2013年7月31日水曜日

ゴミ置き場

家の中できれいに見せるのが難しい掃除用具とともに、ゴミまわりも美しく保つのは難しいものの一つですが、洗濯物干しと違って、我が家ではゴミ置き場は、設計段階から家の一部に組み込まれていました。


これが台所の入口を出た、家の北側にある、分別ゴミ置き場です。
プラスティックとペットボトルは、一旦コンテナに一緒に入れておいたのを、捨てる時はビニール袋に入れますが、缶+不燃ゴミ、無色のビン、茶色いビン、その他の色つきのビンなどはコンテナに入れて捨てるので、いっぱいになったら決められた日に、そのまま村のゴミ置き場に持って行きます。


すぐたまってしまうのは缶類です。しかもほとんどビールの空き缶です。あとはワインの色つきビンで、その他はゆったりしたペースでたまります。

母屋の瓦は、高くて危険なこともあり瓦屋さんに葺いてもらいましたが、ゴミ置き場の瓦は、瓦屋さんが残した瓦や、買い足した瓦で、自分たちで葺きました。
左右や軒先、棟などに使うのは、そこ専用の特殊な形をした瓦で、「やくもの」と言います。こんなに小さいと、普通の瓦は数えるほどで、ほとんどやくもののため割高ですが、どこの瓦屋さんにも残りものがあったので、そんなものをさがして葺きました。
たぶん、淡路島や三州の焼きしめ瓦が混じっていると思います。


台所の入口から、ゴミ置き場を見るとこんな感じです。
こちら側から見える瓦は、すべてやくものです。

このゴミ置き場とは別に、台所入口のすぐ脇にワイヤーの籠を置いてあります。
捨てるものは一旦それに何でもぽんぽん入れ、いっぱいになったらゴミ置き場に移す時に分別します。


燃えるゴミ入れは、「マストのダストピン」というのが欲しかったのですが、私がゴミ入れをさがした時はもう、販売していませんでした。
いつか、売られることがあるでしょうか? それとも、製造をやめてしまったのでしょうか?
ギリシャ製ですが、ギリシャでは観光業だけになってしまって、製造業はなくなったとか。まさかそんなこともないでしょう。
マスト以外のゴミ入れも検討してみましたが、欲しいものがありませんでした。

あくまでも仮のものとして、近所のホームセンターで買った、45リットルのビニール袋を入れられるゴミ入れを使っています。
仮設小屋に住んでいた時は、自分でつくった木の箱を台所(メイン)のゴミ入れとして使っていましたが、濡れたものを入れることもあり、木箱よりしっかり洗えるものの方が安心して使えます。

ゴミ入れの横に見える引き出しは、上二段は野菜入れですが、一番下の引き出しには、生ゴミを入れるバケツが入れてあります。


各部屋に置いたゴミ入れは、乾燥したものだけ入れるのが原則です。
食卓の下に置いてあるのは、夫の両親が使っていたラタンのゴミ籠です。30年来のものですが、びくともしていません。


私のデスクの下に置いているゴミ籠は、カンボジアの北部ラッタナキリの背負子です。
肩に背負う紐を傷めたないように、いつも紐が奥になるように、気をつけて置いています。


夫のデスクの下のゴミ籠は、マレーシアのサラワクのものです。
うっかりするとバナナの皮を捨てたりするので、夫専用には、どちらかというと惜しげのない籠を当てています。


寝室の、夫のベッドの脇に置いてあるゴミ籠は、ラオスの籠です。
さすがに寝室ではバナナを食べたりしないので、こちらは安心して、大切な籠を使っています。
湿布を捨てられることもありますが、くっついても、生もののように籠がかびたりしないので、問題はありません。


2013年7月30日火曜日

ひねり鳩


かつて、浅草の観音さまの境内で売られていたという、江戸土産のひねり鳩です。
子どもが食事するとき、胸がつかえるようなら、ひねり鳩を食膳に置いておくと、つかえが取れると言われていたそうでした。

ところが、ひねり鳩のお話は残っていても、実物はなかなか残っていないそうです。
というのも、この鳩は土を指でひねって身体をつくり、嘴と両足、そして尾の竹ひごや経木を差し込んで乾燥させ、そのまま胡粉や泥絵の具、あるいは染料で着色したものなので、とても脆いものだったのです。


このひねり鳩は、いまどきさんが再現なさったものです。 
乾燥させただけの土は脆いので、いまどきさんはあらかじめ孔を空けておいた身体を素焼きしたあと、細く割った竹ひごや経木を差し込んで彩色するという方法をとられています。
前にも書きましたが、いまどきさんは東京の土や当時の顔料、膠などにこだわって土人形をつくっていらっしゃいます。


手びねりですから、どれも形が違います。


身体の大きさがわずか2センチほどですが、江戸土産として人気があったのがうなずけるかわいさです。


こんなかわいい鳩を貰ったら、子どもたちはずっと握りしめて離さず、そしてすぐ壊してしまったことでしょう。


江戸の生活をかいま見ることのできる、ひねり鳩でした。





2013年7月29日月曜日

洗濯物干し

家の中には、飾って置きたいものもあれば、隠しておきたいものもあります。
いや、そんなに割り切ってはだめ、できるだけ隠しておきたいものを持たないで、納得のいくものだけ持って過ごしたいと思っています。

誰にも共通する、できるだけ見せないでおきたいものは、掃除用具、洗濯物干し場、ゴミ置き場などでしょうか。
かつて、団地のベランダはどこも、干した洗濯物のオンパレードで、洗濯物はその家の家族構成や元気度を測るバロメーターのようなものでした。
ところが、今どきのマンションでは、洗濯ものをひらひらさせるのが見苦しいと、禁止されているところもたくさんあるようです。


さて、我が家の事情ですが、掃除用具は気に入ったものだけしか持たないで、見せて収納することで解決しています。
もっとも、掃除機は別のところ、戸棚に入れています。掃除機に限らず、電気製品は何でも、あまり見ていたいものではありません。


箒やブラシは、しまうのも取り出すのも便利なので、この方法はよかったなと思っています。

物干し場に関しては、四年前、母屋が九分どおり完成して住みはじめるようになってから、機会を見つけては、夫に設計してくれとせっついて来ました。自分では、見ても美しい物干し場をつくるイメージが、なかなか湧いてこなかったからです。

「 陽あたりがよくて、干すのに便利な場所でなきゃだめ。雨が降っても取り込まなくていいように屋根もつけて」
他の人にお願いするなら、どんな要求でもすらっと言えます。


ところが、夫の腰は重く、全然考えてくれません。

洗濯は毎日のこと、待ったなしです。仕方なく、テラスに伸びているケヤキの高い枝に、重しをつけた綱を投げてひっかけ、元から使っていた物干しハンガーを掛けて干したこともありました。
ところが、ハンガーをしまい忘れた時はもちろん、うっかりすると、洗濯ものごと、夫に片づけられてしまいます。
山の稜線を遮って、見苦しいというのです。

かといって、他に物干しハンガーを掛けられて、使いやすいところは、近場にはありません。それに、目に触れないような場所に干したら、いつもうっかり取り入れるのを忘れてしまうに違いありません。


しかたなく、ずっと二階の手すりに干してきました。
あちこちに手すりがあるのでゆうゆう干せますが、二度も洗濯機を回した時は、梁にも干しました。
手すりには、幼児の転落防止のためのをつけたので、手すりと柵と二段になっています。そこで、靴下など短いものは手すりに干して、Tシャツなどをその下の柵に干し、重宝に使ってきました。

二階なら、夜でも干せるし、乾きも早いし、文句はありませんでした。
ただ、お客さんが来る時などは見苦しいので片づけなくてはならず、便利とはいえ、手すりに干すことは、あくまでも「仮の姿」でした。


一年ほど前に、ネットショップでドイツ製の木の物干しを見つけ、買うかどうか迷いました。一番のネックは値段でした。
自分でも折りたたみの物干しはつくれるのではないかと、デザインもしてみました。また、屋根つきの物干し場をつくるなら、いくらぐらいかかるだろうかという試算もしてみました。
また、この木の物干しよりたくさん干せて、値段も安い折り畳み式の物干しも、比較検討してみました。そちらの問題は、金属はともかく一部プラスティックを使っていること、と重さでした。
広げたり畳んだり、出したり入れたりするものですから、使っている時の姿とともに、畳んだ姿や、重さも重要でした。


迷いに迷ったものの、とうとう買ってしまいました。
決心がついたのは、高いとはいえ、屋根つきの恒久的な物干し小屋を建てるよりは安くつくという点でした。
安くあげようとあれこれ材料を買い、結局高くついた上に時間もかかり、しかも完成しない時もあれば、完成しても気に入らない時もあるという、自分によくあるパターンを避けたのでした。

使い心地は悪くありません。雨の日は二階でも広げられます。
先日、テラスに置いておいた時、お客さんがいらしたのにそのままにしておいて、夫も片づけようとは言いませんでした。


持ち運びも楽々、畳んだ姿もまあまあで、場所も取りません。
これにしてよかったと思っています。

ただ、シーツ(自分でつくったもので2メートル×3メートル)は、上の写真のように畳んでやっと干せるので、シーツと布団専用の、幅が広く、高さもちょっと高く、しかも畳める物干しは、自分でつくってみようかなと思っているところです。


ちなみに、洗濯ばさみは長いことステンレス製のものを使っています。
 



2013年7月28日日曜日

どこから来たの?


土人形は、自分なりに大切にしているつもりですが、常時飾っていて、何度も引っ越しをし、ときには梱包したまま、条件のよくないところに置いておくこともあったりで、痛みの激しいものもあります。

この踊る娘は、禿(かむろ)を舞っているのでしょうか?それとも別の舞でしょうか?
顔もかわいくて大好きな人形ですが、表面が湿気て顔料が粉になってはがれ落ち、かわいそうな状態になっています。


同じ人のつくったもので、加藤清正です。

今だったら、少しは分別もあるので、実家に預けるなどしたと思いますが、この人形たちはその昔、ガーナに連れて行きました。
段ボール箱も便利な梱包材もなく、輸送事情も悪い時代でした。
ガーナを引き上げる時、引き続きアメリカに行くことになったので、人形たちはアメリカにも渡りました。
幸い無傷で帰って来たものの、後に湿気させてしまったのです。
娘の方は地震で後ろが割れてもいます。


この人形たち、後ろまでしっかり描きこまれています。
娘の肩脱ぎの着物は、褪せていますが薄緑色で、白ではありません。

ところが、この人形たちがどこの人形だったか、どうしても思い出せないのです。というか、なんとなく中山人形だと思っていました。


ところが、よく見ると中山人形とは表情が違います。また、中山人形も上の人形たちと条件が違わなかったはずなのに、顔料がはがれ落ちていません。
たぶん、顔料が違うのです。


しかも、中山人形は後ろまで書き込んでいなくて、白い部分を残し、銘もあります。

さぁて、踊っている娘と幼い加藤清正はどこの人形だったのでしょう?

学生時代に訪ねた郷土玩具の窯元は、数が知れています。窯元への道、戸をがらっと開けた時の印象なども断片的には覚えているので、地図も思い浮かべながら、思いを巡らせてみるのですが、どうしても思い出せません。
虎退治をしていない幼少の加藤清正は珍しいものです。後ろまで全部絵つけをしている土人形も珍しいものです。それなのに残念、まったく見当もつきません。


2013年7月27日土曜日

バラエティーに富んだ石像たち



石の板を買いたい友人のため、値段を調べに、石の町真壁に行きました。

相変わらず、真壁には独特の風景が続いています。最近の石像はバラエティーに富んでいますが、以前は石像と言って思い浮かぶのは、お地蔵さま、せいぜい観音さまでした。

それにしても、この大きな笑っている豚たち、庭に置いてどうするののでしょう?


どの石像も巨大で、場所を取るだけでなく、重いため一度置いたら移動させようもないのが気になります。


これらは、どれも中国で切りだされた石です。
中国で石像に仕上げてから、日本へ送られてきます。


高さが5メートル以上ある龍。
でも、龍なら置きたい人もいるでしょう。


でも、スノーボードの像は、いったいどんなお客さんを想定しているのかな?


地震から数ヶ月は、どこもかしこも首の取れた観音さまなどが散乱して悲惨でしたが、石の町真壁の風景はすっかり取り戻されています。

さて、45センチ×90センチ×9センチの石の板の値段は、1,800円ほどでした。ホームセンターでは6,000円くらい。夫は、30枚も買うなら、友人の鎌倉の家までユニックを借りて運んでも、真壁で買う方が安くつくと言うのですが、正直私には計算できません。
運んだ石は置いておかなくちゃならないし、置き場があるとしても、一枚ずつ敷くのが問題です。友人にできるかどうか、一人ではおそらく持てないでしょう。
腰を痛めていると言うのも、気になります。

造園家に頼むより、ホームセンターで買うより、真壁で買うと安上がりなことは確かです。
でも、重機も持っていないセルフビルドは、そう甘いものではありません。
ましてや石は、最も厄介なものの一つです。

私ならどうする?きっと、石を諦めるでしょう。




2013年7月26日金曜日

見つけました


我が家には、収納場所らしい収納場所のほかに、一見収納場所には見えない収納場所もあります。
例えば神棚の脇の漆喰の壁は、下は戸袋になって障子、夏の萩戸など入っていて、上はクリスマス、お正月、お雛さまなど季節の飾りものを、上から入れています。
上の収納はたっぷりスペースがあり、組立式雛壇もこの中に収まっています。


そして、こちらはお手洗いの上の収納です。
籠の後ろに糸の入ったつづら、蛇の目傘など長いもの、予備のトイレットペーパーなど置いてあります。
先日、トイレットペーパーを取り出そうと梯子を掛けて登り、前面に飾ってある籠を移動させようとしたら、中に何か入っています。


「何を入れたかしら?」
さっぱり覚えていないので開けてみたら、妹の連れ合い、やすおさんの姉上の形見分けのお雛さまの道具一式が入っていました。
なぁんだ、なくなっているとばかり思い、やすおさんに確かめてみたりしていたのに、自分でもう二年以上、しまいわすれていたのです。
どうして、お雛さまをまとめてしまっているところにしまわなかったのでしょう。


さて、戦後のお雛さまですから、道具はいったいどんな素材でできているのか、開けてみます。
箪笥や長持ちは、木でできていました。

ただ、引き出しが、ただの木片だったのには笑ってしまいました。


お膳は木か紙でできているようです。


雪洞の上部は金属、布、木など、足だけが黒いプラスティックでした。
 

裁縫箱や鏡台の引き出しは木で、箪笥と違ってちゃんと引き出しになっています。
火鉢のようなものも、木を轆轤で引いたもののようでした。


重箱も薄い板で組み立ててあります。


おかしいのは、菱餅と、


桜と橘を囲った柵のプラスティックでした。
どれも単色で堂々とプラスティックであることを前面に出しています。
もしかして、プラスティックが木などの代替素材ではなくて、新素材として誇る時代があったのかもしれません。
今は、プラスティックであることはできるだけ隠しているのに...。


一緒に飾っていたのか、ミニチュアの急須セットも入っていたので、こちらは常飾りにしました。


2013年7月25日木曜日

インシュリン


我が家には、糖尿病の犬がいます。
インシュリンは、犬用のものはなくて、人間用のものを使います。以前はこのビンに入ったインシュリンを注射していましたが、技術は日進月歩しているのか、注射器を使う方法は、ペンシル型の容器に入ったインシュリンをノックする方法に取って代わられ、ビン入りのインシュリンは姿を消してしまいました。
ビンが廃止されてからも、一年近くビン入りを使っていましたが、五月にとうとうなくなってしまいました。
 

しかたなく、ペン型に移行しました。
 

蓋をはずし、

頭に専用の針をかぶせてねじり留めます。


針を装着して蓋を取り、
 
 目盛を打ちたい数字に合わせ、ペンのお尻をノックします。

1単位以下の調節はできないのですが、しばらく前に1.5単位から2単位に増やしていたので、問題はなさそうでした。
ところが、ノックの仕方が弱いと、一度のノックで1単位しか打てず、もたもたしていると、犬が餌を食べ終わってしまいます。
また、注射針はアルコール綿で拭いて、何度か使うのですが、説明書には、使う前に一度1単位空打ちして、針がインシュリンで満たされるのを確かなものとしてから使うと書いてあります。そう高価なものではないとしても、一度に2単位打つのに、1単位は捨てるというのは、なかなか納得できませんでした。

そうこうしているうちに私が入院して、犬の注射担当は夫の手に移りました。
さて入院中、夫からの電話では、糖尿病の犬が、毎日のようにそそうをするようになったとのことでした。
「ぼけた。もう、だめかもしれないな」
「そうかもね」
インシュリンを打ちながらの生活は難しいらしく、我が家はよくやっていると、いつも獣医のK先生に褒められていました。

退院早々、K先生を訪ねました。
「血糖値が高いよ」
「えっ」
思いがけないことに、血糖値は400にもなっていました。それで水ばかり飲み、おしっこが外に到達するまでに間に合わないのでした。
しかも、夫がインシュリンを打つのを忘れていたわけではありませんでした。朝は2単位、夕方は2単位では多いかなと判断して、1単位打っていたと言うのです。もっとも、しっかりノックしないと打てないので、打ったと思っていた量が、打てていなかった可能性はありました。

「新しいやり方、難しすぎます」
人なら、少なくても4単位とか6単位打つので、問題ないのでしょう。
「それがね、前とおんなじように注射器でやれることがわかったよ」
「えっ、どうやって」


「ほら、ここへ注射針を刺せばいいんだよ」
ノック式の専用の針は、上下に針が出ていて、インシュリンの液にも、やっぱり針を刺していたのでした。
「なぁんだ。助かりました。ノック式って、しっかり見極められなくて、いやだったのよね」
「なにせ人間用だから、犬向きには難しいね」


そう、以前のビンは、頭の部分に注射針を刺して使っていたのですが、ペンシル型でも同じことをすればいいのでした。

それからしばらくは、試行錯誤が続きました。
犬の状態が不安定になっていて、血圧が高いかと思えば、同じ量を打っても低血糖になって、足元がふらふらしてしまい、何度かあわてて蜂蜜をなめさせました。

一度、K先生から人間用の簡易血糖値測定器もお借りしましたが、これは肉球に傷をつけ、血液を絞りだすのが難しくて、すぐやめてしまいました。
それでも、やっと元と同じ1.5単位ずつで安定して、そそうもなく、低血糖もなく、今は元気に過ごしています。もっとも食いしん坊の犬ですから、近頃は蜂蜜がなめられなくなったと、残念がっているに違いありませんが。