2016年9月30日金曜日

いくら丼の夜

Oさんから、嬉しい電話がありました。
「北海道からいくらが届いたんだけど、いくら丼を食べに来ない?」
ううう、もちろん、行きます。
 

時間に行ったら、一番乗りでした。
お料理上手のOさんのお台所、興味津々です。石皿の上には、新鮮なクマザサが乗っています。
「庭にクマザサがあるんだ」
「そうよ、重宝してるわよ」
クマザサは北側斜面が好きで、我が家にも植えてあるけれど青息吐息、なかなか株が大きく育ちません。

クマザサの上には、ゆず味噌をかけた大根が、印判の鉢には、ショウガとミョウガの甘酢漬けにきゅうりを加えた、さっぱりした和え物が盛られました。


鬼おろしには、薄味で煮たきのこを乗せ、ほかにもごちそうがいっぱいでした。


古民家を移築したOさんの家は、すてきです。
台所は明るいけれど、居間は薄暗く、所々に置かれた、7年前に亡くなられたOさんのお連れ合いの、鉄作家Mさんのつくられた行燈が、優しい光をなげかけています。
「いいなぁ、ここやっぱりすごくいいよ。こんなに根性を入れて暮らしている人は、なかなかいないよな」
と夫。
「そぉ、普通に暮らしているだけだけど」
「あなたに家を頼む人と、なんて言うか、ちゃんと折り合いがつけられる?」
「まあ、みんな家じゅうむやみに明るくしたがるけどね。あとで、電球を変な明るい色のに変える人もいるし」
Oさんは建築家です。


Mさんの行燈は、春夏秋冬や文字をデザインしたものがあり、大きいのも小さいのも素敵です。
貼ってある和紙には、柿渋を塗ってあるとか、光をさらに温かいものにしています。

さて、みんながそろってからは、食べたり、飲んだり、話したりするのに夢中で写真はありません。
Oさん、いくら丼おいしかった、ごちそうさまでした。






2016年9月29日木曜日

古い棚


その昔、私たち家族が、東京の郊外で暮らしていたときも、棚や家具の大半は手づくりでした。
まだ、周りに空き地があったから作業できましたが、少ない工具で、あまりやったことのない棚づくりは、結構大変でした。
とくに居間の、天井まで届く飾り棚は大きく(4メートル近かった)、部分に分けてつくってから、床に寝かせて繋ぎ、それを必死で二人で立てたという力作でした。


半地下、一階、中二階という間取りで、子どもたちが大きくなって寝室を増築するまで、みんなで中二階に寝ていました。
その奥の棚は、私が一つづつつくっては嵌めていったもので、四つに分かれています。


食卓や階段の踏み板は、ガーナから帰国するおりに荷物を梱包した梱包材を利用してつくりました。
これはとても堅い材だったので、削ったり切ったりするのは大工さんにやってもらいましたが、鋸の刃がこぼれたほどだったそうでした。
テーブルの天板は、ボンドをつけ、播金で抑えて接着してありました。


思い出の家ですが、今はもう跡形も残っていません。


さて、こちらは大きな大工道具を移動させ、がらんとはしているものの、まだ片づけなくてはならないものが雑然と、いっぱい残っている仮設木工室です。
三年前の大雪でフレームがつぶれたものの、もう長くは使わないからと、あまりにも曲がったものはユンボで押し上げて伸ばし、そのまま使いました。そのため、角度がついていないのでビニールは傷みやすく、周りからは木や草が侵入して、めちゃくちゃな状態になっています。


その仮設木工室に並んでいるのが、昔の家から運んできた棚です。
大工道具の数々を収納するのに重宝しました。その大工道具たちはすでに、ほとんど作業棟に移してしまいました。
 

釘など置いていた棚は、ビニールが破れると雨が降り込み、釘箱に水がたまったりしましたが、これもすでに移してしまいました。


消耗品入れの小引き出しの中のものもあらかた移しました。


テーブルソーの脇の棚にまで、昔の棚をつかっていました。

それにしても、仮設木工室は、植物が侵入する、おがくずや鉋屑がたまる、ものもたまる、ときおり雨も降り込むで、本当に限界が来ていました。
この植物の中に、まだ糸鋸などが残っています。
やれやれ。
片づけても、片づけても片づきません。


で、とうとう長い間役だった棚を処分するときがきました。


板状で取ってあったものは、まだ再利用するつもりですが、ボンドをつけて釘を打ち、釘隠しまでしてある材の廃物利用する時間と根気がありません。
長い間、ありがとう。








2016年9月28日水曜日

なんでも直します。


電動工具を夢中で使っていると、ついついその道具でコードを切ってしまうことがあります。
これは電気鉋。
こんな時は、電線どうしをつなぎ、しっかり分けてビニールテープで包み、さらに全体を包んで補修します。


切らないように、もちろん注意しているのですが、夢中になるとコードの位置を忘れてしまって、傷つけてしまいます。
これはヘッジトゥリマー、生け垣刈り込み機です。買って、わりあいすぐに切ってしまいました。


丸鋸です。
しばらく前、大工さんたちが来ていたとき、コードを補修した丸鋸が置いてありました。
あれっ、私こんなところに丸鋸を置きっぱなしにしたのかと片づけようとして、よく見たら大工さんの丸鋸でした。
そうか、大工さんでもコードを切ってしまうことがあるのです。


昨日、延長コードを使おうとしたら、先がありません。ぶつっと切れています。
「どうして?」
夫に見せたら、何も言わないで修理してくれました。
でも、どうして切れたかは、謎のままでした。

しばらく前ですが、電動チェーンソーをコンセントから抜こうとしたら、差し込み具の一本が抜けて、コンセントの中に残ってしまったことがありました。
なんてこと!
コンセントに残った差し込み具は、電源を切ってから抜きましたが、一本足になってしまった差し込み具は使えません。
「これ、なおる?」
と、なおし屋の夫に訊きました。
「あぁ、簡単になおるよ」


どうやってなおすんだろうと見ていたら、こうなりました。
確かに使えるんだけれど.....。
これを見ると、なんか、優雅な生活と程遠い、冗談生活を生きている感じがして、楽しくなります。




2016年9月27日火曜日

素敵なはがき


このところ、いつも目につくところに、一枚のはがきが置いてあります。
『日之影の竹細工職人 廣島一夫さんの仕事』(galleryKEIAN、文京区白山、10月6日-11月13日)の案内はがきです。
素敵な魚籠、素敵な写真。
たった一つの魚籠から、廣島さんが語り掛けてきます。

 
95歳くらいまで現役で籠を編んでいらっしゃった廣島さん。その籠たちは、どれも、これ以上ない美しさを見せています。
これを逃したら、見る機会がないかもしれない、籠たちに逢いに行きます。


川崎毅さんの展覧会の案内状、『川崎毅展、寛土里、千代田区紀尾井町、10月2日-10日』 を手にしたとき、靴かと思ってしまいました。
あれあれ、つくるものが変わったのかな?
よく見たら、小さな家があって、丘の後ろに雲が出ているとわかりました。
これも見に行きたいなぁ。
でもこの時期には、訪問者も立て込んでいるので、行けるかどうかわかりません。川崎さんは、もう40年も同じ画廊で展覧会しています。それって、すごいことですね。








2016年9月26日月曜日

梯子

外仕事用には、たくさんの梯子や脚立を使っています。
でも室内用には木の梯子とアルミの脚立の二つだけでした。アルミは伸ばせば梯子になりますが、ちょっと短くて用が足りないこともあったので、もう少し長いのがあったらいいなと思っていました。


アルミでは味気ないなと思っていたら見つかったのがこれ、二つ折りにしても、伸ばしても使える、樫の木でできた梯子です。
金具もしっかりしていて、十分使えそうです。日本製ですが、形は近代のものというか、和洋折衷と言ったらいいのでしょうか。


もともと日本には、室内で使うためには踏み台が、外で使うには木や竹の長い梯子がありました。


かつて、鉄道の駅という駅には、都会の電車の駅といえど、必ず列車から見えるところに竹の梯子を備えていたものでした。


また、植木屋さんは三角で三本足の梯子を使っています。
15年ほどまえに八郷に来ましたが、このあたりで見かける植木屋さんは、誰もがアルミの三角梯子を使っています。中には、トラックの荷台に設置した昇降台の上で作業している、進んだ植木屋さんもいます。
ところが、母を訪ねたとき、東京郊外で、いまだに木の三角梯子を使って、はっぴを着た植木屋さんが刈り込んでいるのを見て、びっくりしたことがありました。その植木屋さんだけなのか、あるいは東京ではそれが珍しいことではないのか、わかりませんが。


さて、我が家の梯子の置き場所も、居間の戸袋の中に決まり、出番を待っていました。


そして、いよいよ出番がきました。
ところが、高いところでの作業で使った夫が、
「だめだこりゃぁ、設計が悪いよ」
と言います。


言われて見ると、踏み板が、支柱に対して直角に収まっているのです。
これでは、いくら面を取っていても、踏み板が水平でないので、角が足に食い込みます。 しかも、踏み板は広ければ広いほど安定するのに、狭い方に足を乗せるようにできています。


踏み板の広い方を上にして、水平に取りつけてあったらよかったのですが、どうしたのでしょう?
そうすると、ほぞを横広に開けるので、支えの木が弱くなると考えたのでしょうか?それとも、ただ上るだけで、途中の踏み板の上に立って作業するとは考えずにつくったのでしょうか?

一番上の踏み板だけは広くて水平になっています。
でも、この形でこの高さの梯子や脚立は、最上段に立って作業するよりも途中に立って、身体の一部をより高い部分で支えて作業することの方が多いものです。
実際、アルミの脚立には、どれにも「最上段には絶対に立たないでください」という注意書きがついています。バランスを失ったときに支えるものがないからです。


ということで、夫は汚い外用のアルミの脚立の足を拭いて、室内に持ち込んできました。
やれやれ。
  

百戦錬磨の脚立ですから、曲がったり、コンクリートがこびりついたりしていますが、踏み板は広く、水平ですから、よっぽど使いやすいというのです。
というわけで、ちょっと登って、高いところのものを取ったりするには差し支えありませんが、立って作業するのは、樫の木の梯子は無理だとわかりました。


木でできていて、機能も十分果たす梯子はなかなか見つかりません。
まぁ、いつか高いところの本を出してみるのには、きっと役立つことでしょう。






2016年9月25日日曜日

助っ人の来た日

昨日は、夫の昔の職場のSさんとKさんが、神奈川県から遠路はるばるお手伝いに来てくれました。
そんなとき夫は必ずプロジェクトをつくります。普段の作業はエンドレスですが、一定時間内で完成する作業で、手伝ってくださった人たちが達成感が得られるようにするためです。
また、一人では手をつけかねる、作業量の多い作業を選び、重いものを持ってもらったりもして、一気にことを運びます。


というわけで、昨日は万能木工機、テーブルソー、そしてまだ移動させていないスライド丸鋸から出る木屑を、集塵機で一ヵ所に集めるための配管をしてもらいました。
 

敷いて固めた砕石を掘り返すのは、力が要る作業です。
掘った所に塩ビ管を埋めてつなぎ、三ヵ所で立ち上げました。


その管の、一方の先を集塵機に結びます。


集塵機は、またしてもヤフーオークションで落札、200ボルトですから、木くずを強力に吸い込むはずです。


あらっ、テーブルソーの木屑は下の箱にたまるのですが、ずいぶん高いところに吸い込み口があります。


そして、万能木工機の鉋屑が出るところは、ずいぶん下に吸い込み口があります。
もっとも、高いところにあったら、作業ができませんが、どうやって飛散する鉋屑を集められるのか、私にはちょっとわかりません。
吸い込み口が鉋屑が出てくる方向を向いていませんし。
 

作業台に乗せて使うスライド丸鋸の吸い込み口も低いところにあります。
夫には、どんなアイデアがあるのでしょう?うまくいくといいのですが。
Sさん、Kさん、ありがとう。




2016年9月24日土曜日

カンボジアの水入れ

居間の棚の掃除をしていたら、カンボジアの水入れの籠が二つ重ねてあるのを見つけました。
「あれっ、二つあったことはすっかり忘れていたなぁ」
昔書いたブログを見返しましたが、大きい水入れは一つしか出てきません。そのとき、一つはいったいどこに仕舞っていて、どこからでてきたのでしょう。


縁の始末がちょっと違いますが、ほぼ同じ大きさです。


水入れの内側の底にはおへそのような突起があります。
竹ひごをどう収めたんだろう?難しそうで、想像もつきません。


そして、外側から見た底のくぼみです。


小さい水入れの内側。
こちらは何か樹皮でも貼ったのか、細いひごの姿は見えません。


外側。
 

タイ、ビルマ、カンボジアなどでは、籠に漆などの樹液を塗って水を漏れなくして、水入れやコップとして使っていました。
土でつくるよりずっと軽く、アルミが使われる前の金属のように、錆びを気にする必要がありません。


塗った樹液が剥がれることもありますが、そんなときはまた塗りなおせばいいのです。
カンボジアでは水入れだけではなく、お米の測量升手箕などにも、 目詰まりを防ぐためと、荒い仕事にも耐えるように、よく樹液を塗ります。


水入れの竹籠は、底の中心を尖らせて編むと決まっているところが、面白いと思います。