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2020年3月18日水曜日

歌うカナリア


「ブリキのカナリア、いいっしょう?」
とおもちゃ骨董のさわださん。
デッドストックのカナリアは、小さな箱に、ゴムでできた尻尾を、頭の方に向けて折り曲げたままで長年しまわれていました。


折り曲げた尻尾がゼンマイを巻く鍵の差込口をふさいでいたので、尻尾を伸ばそうとしたら、ゴムが硬化していてぽきっと折れてしまったのだそうです。
尻尾が折り曲がったままのもカナリアも2羽いたのですが、どうせ伸ばそうとしたら折れてしまうだろうからと、壊れたのをいただいてきました。


MADE IN OCCUPIED JAPAN。
日本がアメリカに占領されていた1945年から1952年の間に、アメリカ輸出用につくられたおもちゃです。



すぐに捨てられてしまっただろう粗末な箱に描かれたカナリアは、とても楽しそうに歌っています。

さて、折れてしまったゴムの尻尾は、熱湯に浸けてみました。
ぷーんとゴムの匂いがして、熱湯の中では柔らかくなり、多少成形することもできましたが、温度が下がると元のようにカチカチになりました。ハサミで形を整えようとすると、切れずに刃があたったところが、ボロボロ粉になってしまいました。


尻尾の根元をちょっと細くして、収まるべき隙間をねじ回しで少しこじ開け、尻尾を挟んでみました。
本当は切ったところ(ぼろぼろ崩れたところ)をやすりで磨いてなめらかにしてやればいいのですが、ぎざぎざのままです。
尻尾が折れるので、二度と箱にしまうことはできなくなりましたが、尻尾をつけてもらって、カナリアは喜んでいるようです。
油を差せばゼンマイも動くようになるかもしれませんが、ちょっと怖い。
ゼンマイの鍵を差し込む突起を前後に動かすだけで、カナリアはチイチイ鳴くので、それで楽しむだけで十分です。






2020年3月16日月曜日

石けり

「のらくろの石けり要る?」
と、おもちゃ骨董のさわださん。
「いらない。石けりはいっぱい持っているから」
と、私。
「石けりってなあに?」
骨董市に一緒に行ったOちゃんは、石けりを知りません。遊んだことのない人は、ガラスの玉だけ見ても、遊び方は想像もつかないことでしょう。
「今日は石けりもっと持って来てるんだ。見る?」
「見せて!」


さわださんが、後ろの方に置いてある段ボール箱を開けると、二重にも三重にも、珍しい石けりが入っていました。


いつも店先に並んでいる、「柏戸」、「大鵬」、「W&K(早慶戦)」などのありふれた石けりとは全然違います。


石けりコレクター垂涎の不二家のペコちゃんやポパイ、一世を風靡した抱っこちゃんの石けりは初めて見ました。
力道山もあります。「忠勇」とは、周りのぎざぎざからして、赤穂浪士でしょうか?


で、私は飛行機の石けりが気に入りました。

富士山を目当てに飛んできた爆撃機B29

飛行機が複数で飛んでいると、ちょっと戦争を思い出してしまいますが、ガラスとして素敵です。


経年の汚れを洗い落そうかどうしようか?


あぁぁん、汚れを落として大失敗、陰影がなくなり、飛行機も目立たなくなり、ただのガラス板になってしまいました。


ただ、光を通すと、とってもきれいです。







2020年3月8日日曜日

コケーシカ

夕食後、ぼんやりとマトリョーシカのお店のホームページやブログをのぞくことがあります。高くなっていておいそれと買えないけれど、ロシアの手仕事を垣間見るのは楽しいものです。いくつかのお店をのぞいたあと、ふと思いついて鎌倉のコケーシカのホームページをのぞいてみました。
コケーシカは、ネット販売はしていませんでした。お店で直接見る人だけを相手にするというのは、一つの矜持かもしれませんが、さりとて行けないところには行けないもの、それならホームページなんて見ないぞという気持ちになったのか、何年ものぞいたことはありませんでした。
「あれぇぇ!」
コケーシカのオンラインショップが開設されていました。
日本のほとんどのマトリョーシカショップが、どちらかといえば作家ものを中心に扱っている中、コケーシカでは、伝統的な産地の職人さんのマトリョーシカと、コケーシカのオリジナルのデザインでロシアでつくったマトリョーシカを売っています。もちろん、日本各地のこけしも売っています。
店主の沼田元氣さんは、マトリョーシカの本を書かれたり、毎年、希望者を募って、ロシアにマトリョーシカを訪ねる旅をされたりしているユニークな方で、できるならお店を訪ねてじかにお話をうかがう方が楽しいに決まっていますが、なかなかそうもいきません。
ネットで見つけたのも何かの縁と、沼田さんデザインのコケーシカ(オリジナル・マトリョーシカ)を一つ買うことにしました。


届いた箱には、沼田さんデザインの、「コケーシカ」のシンボルのマトリョーシカのシールが貼ってありました。


そして、反対側にはこけしのシールが。
私は包装にはこだわらない、むしろ再利用の箱の方が好きですが、まいったなぁ、こんなシールを見ると、段ボール箱が捨てられなくなります。


 同封されている紙類も面白いものばかり、


これは、ご著書の中で沼田さんが紹介されていた、ロシアの飛行機の座席に常備している非常時のための注意書きのコピーですです。
ちなみにこの裏には、この夏のマトリョーシカ・ツアーの日時や訪問先が書いてありました。
  

同封されていた紙で楽しんだ後、やっとコケーシカまでたどり着いたら、これまたかわいい箱に入っていて、しばし見とれてしまいました。


開けると、コケーシカを包んである紙も、素敵です。


そして、やっとコケーシカが出てきました。
コケーシカのマトリョーシカには、セミョーノフでつくられた基本形のコケーシカがありますが、これはノーリンスクでつくられた麦藁細工のものです。
色で染めた麦わらを貼ってあります。


端正なコケーシカたち、麦わらの菊はどれも豪華で、一番小さい娘も丁寧に模様がつけられています。


コケーシカは、腕のあるものないもの、胴が生地のままのもの黄色に塗ったものの4種類があります。
私は、胴が黄色で腕のあるタイプを選びました。


後ろ姿は、プラトーク(スカーフ)で頭を包んだマトリョーシカの後ろ姿と違って、 あっさりしたもので、ちょっと笑いを誘います。


伝統に伝統を重ねると思わぬものができてしまうというか、いやはや、存在感のあるコケーシカたちでした。







2020年2月26日水曜日

日本の入れ子人形


いつからあったのか、どこで手に入れたのか、すっかり忘れている箱根細工の入れ子の七福神がいます。
招き猫、だるま、福助など、庶民の信仰に結びついた縁起物が好きな私ですが、七福神はなんとなく好きになれないので、たぶん、骨董市(ほかの可能性がない)で見かけて、
「まぁ、買っておくか」
ぐらいの関心しかなかったので、時間が経つうち忘れ果てていたのでしょう。


七福神とは言え中は空っぽ、寿老人だけでほかの6人は失われていました。
それゆえ、値段も安かったものと思われます。

玩具博物館の展示

ロシアのセルギエフ・パサードの玩具博物館には、1890年代に箱根を訪れたロシア人が持ち帰り、セルギエフ・パサードの芸術村で、それをもとに、画家のマリューチンと、轆轤師スビョズドチキンによって、最初のマトリョーシカがつくられたと言われている、入れ子の七福神が展示されています。
かつて、七福神の入れ子は箱根でつくられていましたが、箱根の入れ子細工は現在は後継者もなく、寂れる一方のようです。

『ロシアのマトリョーシカ』より

しかし、こけしの産地東北では、今でも入れ子人形がつくられていて、『ロシアのマトリョーシカ』(スヴェトラーナ・コロジャーニナ著、スペースシャワーブックス、2013年)には、遠刈田の小笠原義男さんが2010年につくった七福神が載っています。

『マトリョーシカ大図鑑』より

日本の入れ子人形は七福神だけではないようで、『マトリョーシカ大図鑑』(沼田元気著、二見書房、2010年)には、だるま、こけしなどの入れ子人形が載っています。


ところで、さすがです。
道上克さんの、『マトリョーシカアルバム 2019』には、箱根でつくられた珍しい入れ子人形が載っています。
これは何でしょうか?
修験者が修行を積んで達磨になったという物語でしょうか?でも、だるまさんにしては、手が見えます。まだだるまになる途中なのかもしれません。


そして、全部女性の入れ子です。
修験者も女性も、明治時代のものです。


一番大きい女性は、手に羽子板を持っています。
全部女性であることといい、右手に羽子板を持っていることといい、まるでロシアのセルギエフ・パサードのマトリョーシカのようです。
箱根と東北、箱根とロシア、ロシアと東欧諸国など、入れ子人形は人の手によって運ばれて、それを目にした轆轤の職人さんたち、絵つけをする職人さんたちは、お互いに刺激を受け合っていたのでしょう。
もちろん、電気のない当時の轆轤は足で蹴るものや、手で回すものなどでした。


ところで、私の持っている寿老人は、筑波山と書いた紙だか巻物だかを持っているのが不思議です。
箱根でつくられていたにもかかわらず、筑波山でも売られていたのでしょうか?
道上さんのお話では、中をくりぬいたものは、入れ子人形だけでなく、経文入れもあったそうです。
ただ、これが寿老人であることから、最初から単独のものと考えるのは難しいこと、中の6人が失われてしまったと考えるのが自然に思えます。








2020年2月22日土曜日

小さい大型船


おもちゃ骨董のさわださんの持っていた、木とブリキでできた船です。
木の船体に、プリントしたブリキを釘づけしてあります。


プリキは凹凸をつけてあり、飛び出ているところは、三か所で爪で組んであります。


そして、舳先の方は、ブリキを切り取って穴まであけてあります。
ブリキ部分に手を掛けたわりには、二本の釘でカシの木の船体に打ちつけてあるのは、あっさりしすぎているような気もしないではありません。


船体のカシの木は、太さといい、質感といい、込み栓を利用したものに見えてしまいます。それだったら、わざわざ轆轤(ろくろ)で挽かなくても、簡単に手に入ります。
ただ、いまどきの込み栓は、端をちょっと細くしてあるだけだけれど、昔は、先端を丁寧に轆轤で丸くしていればの話ですが。


船の舳先(へさき)の方は轆轤仕上げですが、艫(とも、船尾)の方は、明らかに小刀で削って仕上げてあります。

ところで、丸い棒を縦に半分に割るのは、ことのほか大変です。
私なら、ここで挫折してしまいます。
もしかしたら、ブリキ部分をパーツとして売っていて、船体の部分は、おもちゃ製造業の人がつくったのではなくて、パーツを買った人(子ども?)が、一生懸命つくったものかもしれないと、妄想を膨らませてしまいます。









2020年2月20日木曜日

八幡起き上がり

骨董市の、おもちゃ骨董さわださんの店には、きれいに並んでいるもののほかに、こけし、郷土玩具、お土産ものなどなど、雑多な古いものが箱に入れられておいてあります。
貝でつくった人形、ソテツの実でつくった人形などが見つかることがあるので、ちらっとだけ見ますが、その日は金沢の八幡起き上がりがありました。
もう持っている、ソテツの豚もいましたが。


「100円!」
100円だったら、もちろんいただきます。
「これもどう?」
他にもだるまがいろいろありましたが、ほかのだるまは要りません。


我が家には、もっとたくさん八幡起き上がりがいると思ったのに、土間入り口の棚にはこれだけしかいませんでした。


いっぱいいたと勘違いしていたのは、こんな連中がいたからでした。


八幡起き上がりは、時代によってか、つくる人によってか、わりとバリエーションがあります。
この4つも、比べて見ると表情、松竹梅の描き方など、同じものがありません。


赤い色さえ、いろいろでしょうか。