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2020年3月17日火曜日

ゑびす染


ゑびす染のブリキの蓋バージョンです。
ラベルは右から読みますが、


蓋は、左から読みます。


1つは空きビンにしようと、2つ手に入れたのですが、開けてみるといじらしいことに、染料が縁までいっぱいに入っていました。
せっかくここまで生き延びてきたのにと、ちょっと躊躇しましたが、


思い切って捨てました。


ラベルをはがすと、こんな感じになっていました。
最初はひび割れているのかと思い、次に汚れが落ちていないのかと思いました。
でも、指で触ってみてもつるつるで、模様はガラスに練り込まれたものとわかりました。金属が混じって溶かされて、それが伸ばされたのでしょう。


なかなか、味のあるビンです。


蓋もおもしろい、外国製(多分アメリカ製)の空き缶の再利用でした。
それに薄い薄い、紙のようなコルクが貼ってあります。ブリキは再利用品ですが、コルクの張り方を見ると、とても丁寧な仕事です。もっとも、ものが足りないからコルクは薄くして、はさんだだけのものが固まったのかもしれませんが。
外国の缶の再利用ということは、戦後わりあいすぐ、1950年代のものかもしれません。


ラベルは、戦前にコルクの蓋のビンに貼っていたのと同じものを使っています。
ということは、ブリキの蓋のゑびす染が売られた時代は、まだ右から読むことに違和感のない時代だったのでしょう。











2020年3月16日月曜日

石けり

「のらくろの石けり要る?」
と、おもちゃ骨董のさわださん。
「いらない。石けりはいっぱい持っているから」
と、私。
「石けりってなあに?」
骨董市に一緒に行ったOちゃんは、石けりを知りません。遊んだことのない人は、ガラスの玉だけ見ても、遊び方は想像もつかないことでしょう。
「今日は石けりもっと持って来てるんだ。見る?」
「見せて!」


さわださんが、後ろの方に置いてある段ボール箱を開けると、二重にも三重にも、珍しい石けりが入っていました。


いつも店先に並んでいる、「柏戸」、「大鵬」、「W&K(早慶戦)」などのありふれた石けりとは全然違います。


石けりコレクター垂涎の不二家のペコちゃんやポパイ、一世を風靡した抱っこちゃんの石けりは初めて見ました。
力道山もあります。「忠勇」とは、周りのぎざぎざからして、赤穂浪士でしょうか?


で、私は飛行機の石けりが気に入りました。

富士山を目当てに飛んできた爆撃機B29

飛行機が複数で飛んでいると、ちょっと戦争を思い出してしまいますが、ガラスとして素敵です。


経年の汚れを洗い落そうかどうしようか?


あぁぁん、汚れを落として大失敗、陰影がなくなり、飛行機も目立たなくなり、ただのガラス板になってしまいました。


ただ、光を通すと、とってもきれいです。







2020年1月20日月曜日

糊ビンはそっくり


骨董市で、珍しいことに玩古さんのおやじさんがごちゃごちゃと、古いビンを箱に入れて持っていました。もっとも、おやじさんは商品集めに一貫性がないので、そこがまた、何があるかわからないという楽しみにもつながるのですが。

上に乗っていたラムネやソーダのビンなど大きなビンを丁寧によけると、下に小さなインクビン、薬ビンなどあり、その中から糊ビンと染料ビンを取り出してみました。
「この糊ビン、持っていたかしら?」
似たビン、しかも蓋つきが我が家にあり、同じではないかという気もしました。
でも、気泡がいっぱい入った素敵なビンなので、もし同じものがあれば、ラベルをはがしてビンを楽しめばいい、そんな気持ちでいただいて帰りました。


みやこ染は、ベークライトの蓋のものはこれまで持っていませんでした。


毛糸・毛織物専用の染料ということで、蓋のマークは毛糸玉になっていて、ビン底にはラベルが貼ってありました。


家に帰ってから、中に入っていた染料を捨てて、ビンを洗いました。
  

蓋は劣化はしていましたが、歯ブラシでこすると、少しきれいになりました。

右のビンが今回買ったもの

エンボスは横書きです。


縦書きのものの方が、古い形のビンから踏襲されているので、時代は古いのではないかと思いますが、真意のほどはわかりません。


さて、持っているかと思った日の丸糊のビンは、我が家にはありませんでした。


そのため、ラベルはそのままにして、中だけをきれいに洗いました。


すでに持っているかと、私が思ったのも無理はありません。
ニシキ糊、東京糊と日の丸糊は、文字といい、色といい、意匠がそっくりでした。
ニシキ糊と東京糊だけのときは、ビンの大きさも違うので、はっきりとは意識できませんでしたが、並べてみると、瓜三つでした。







2020年1月6日月曜日

みやこ染と白元


お正月に、益子の古本+古道具のお店内町工場で、みやこ染のビンを見つけました。


手持ちの、左端のビンと同じです。右端は青花液のビンです。


ほかにもみやこ染のビンがあると見せていただいたのは、ハイドロコンク、やはり桂屋が発売元になっている色抜きのための化学薬品です。
濃い色の着物を薄い色に染めなおしたいとき、まずこれで処理しました。色抜きしたい布を切り取って、色が抜けるかどうか試してから本番に取り掛かるようにとの説明書きがついていますが、濃い色の着物を薄い色に染め変えようなんて、今では何とも考えられないことです。

またハイドロコンクは、スレン染料には還元剤として用いると書いてあります。
スレン染めとは、アルカリ性の染料を布や糸に染み込ませ、空気中に広げて酸化させると発色し、固着するという、昔から馴染みのある「藍染め」と同じ原理の染め方です。

内町工場の店主Sさんのお話では、ハイドロコンクと次の白元の出どころは藍染をしていた方とのこと、藍染めのときに還元剤として使っていたのでしょうか。


「蛍光染料 白元」は、白いシーツ、ワイシャツ、ハンカチなどの漂白剤です。
1953年に蛍光染料「白元」が看板商品となり、株式会社白元は以後、「パラゾール」、「ノンスメル」、「ホッカイロ」、「アイスノン」など次々と、名前を聞いたことのあるヒット商品を出しましたが、やがて社運が傾きました。
民事再生スポンサーとして「アース製薬」が名乗りを上げ、2014年に「白元アース株式会社」を立ち上げて今日に至っています。

白元の箱に入っているセルロイドの匙が、何とも素敵です。


白元はラベルをぐるっと巻いてビンの胴は隠されていますが、底に「白元」のエンボスがあります。









2019年12月24日火曜日

謎の染料ビンたち


久しぶり(?)に、染料ビンです。
使い捨てるため大量につくられたとはいえ、たぶん小さな家内工場のようなところで、一つ一つ口で吹いてつくられたビンには、何とも言えない魅力があります。

12月初めに息子のところに行ったとき、家には見事に何もありませんでした。
息子も片づけ性ですが、その連れ合いもそれに輪を掛けた片づけ性、いっそ清潔さを保つには、何も置かない方がいいとの判断のようでした。
そんな家に行ってみると、まわりにいろいろなものが置いてないと落ち着かない私の性格が、ちょっとだけ恥ずかしくなりました。といっても、反省は長続きしないもの、染料ビンを見ると、わくわくしてしまいます。


みやこ染のビンは、ガラスに皺や濁りが入っています。


底には、棒をばってんに組み合わせた下に「三」とあります。どうして、みやこ染のビンなのに、屋号のようなものが入っているのでしょうか?
ちなみに、みやこ染を発売元は桂屋で、古いロゴマークは灯台、どこをさがしても、この「×三」のマークは出てきません。


みやこ染というエンボスの字体も違うといえば違う、まさか偽物?あるいは本物だけど時代が違うの?また一つみやこ染ミステリーが増えました。

関東大震災と東京大空襲で桂屋自身にも失われてしまってはっきりしないというみやこ染の歴史、いつかは全貌が見えてくるのでしょうか。


もう一つのビンには、「濃墨」とエンボスがあります。
ということは、染料ビンに間違いないのに、胴に社名のエンボスがありません。


底には、何か書いてありますが、読めません。
肉眼では読めないので、写真に写してみましたが、やっぱり読めません。
右上の字が「鳥」か「島」に読める、それ以外、「門構え」の字も読めませんでした。












2019年11月7日木曜日

大掃除二日目

 

大掃除二日目です。
よく見ると、天井のあちこちから蜘蛛の巣がぶら下がっています。いくらなんでも、梁伝いに、居間の真ん中あたりに登ることはできません。


というわけで、3メートルほどの棒の先にはたきをつけて、目についた蜘蛛の巣を取りました。
蜘蛛さん、あちこちで仕事をしています。


一日目には、南の棚しか掃除できなかったので、二日目は西側の棚をきれいにします。
棚に乗せてある籠類は降ろして、外に出し、ブラシで埃を取り、棚の方は棚の方で、掃除機をかけたり、水拭きしたり、周りの蜘蛛の巣を取ったりして、籠を元に戻します。
棚の一区画に収まっている漁具も、出してみるとなかなかの量です。

タイ、ブリラムの、今は亡きパンさんがつくったもの、ラオスの道路上で、前を走っているトラックの荷台に人とともに乗っていたのを、トラックを停めて分けていただいたもの、カンボジアの村のはずれに積み上げてあったのを貰ったもの、友人がマレーシアから買ってきてくれたものなどなど、どれにも思い出が詰まっています。


「そうだ、いさりは漁具じゃないか!」
漁具の棚を片づけてよかった、いさりはここにくることに、決まりです。
 

「明かりが一つ切れているよ!」
というわけで、夫が新しい明かりを取りつけました(写真は取りつけ前。左が切れている)。
一応窓も拭いたし、大掃除は食品庫と居間の半分しかできていませんが、今回はこれで終わりです。






2019年11月3日日曜日

内町工場


益子の陶器市の帰りに寄った内町工場の一角に、経木の箱がぶちまけたように積んでありました。
アイスクリームの箱です。


その昔、経木に入ったアイスクリームは鉄道の駅でしか売っていませんでした。しかも、比較的大きな町の駅にしか売っていませんでした。冷凍設備がどこにでもあるというものではなかったからです。
昔の汽車は、急行ですら駅には長く停まりました。発車するまで、お弁当、お土産もの、お茶などの売り子さんが、停まっている列車のホームを足早に行きかい、呼ばわる大きな声が共響して、旅心を盛り上げていました。
「えぇ、アイスクリン、アイスクリン」
と、肩から紐をかけた木の箱に入ったアイスクリームを売る人がホームを歩いていて、買ってもらえるとわかると、開けた窓から身を乗り出して手を振って合図したものでした。


経木の箱には蓋はなくて、すりきりに入ったアイスクリームには紙がかぶせてありました。
どうやって凍らせていたのか、冷凍ミカンやアイスクリームはカチカチに凍っていたので、すぐには食べられず、しばらく溶かしてから紙の蓋を取ると、アイスクリームはかすかにクリーム色で、卵の味がほんのりとして、とても美味しいものでした。


内町工場の経木の箱はどれも反り返っていたので、わりと反っていない箱を二つばかりいただきました。


みやこ染のビンも見つけました。


「みやこ染」というビンのエンボスを見る前に、錆びた蓋の灯台模様を見て、
「あっ、みやこ染だ!」
と気づきました。
写真に撮るとわりと読めますが、肉眼ではその上の写真のように錆びていて、字までは読めません。


持っている中身入りのビンの蓋と比べてみると、まったく同じでした。

さて、夫が本を2冊、私も2冊買ったので、なんとビンとアイスクリームの箱はおまけにしていただきました。
本だって、1冊300円とか500円なので申し訳ない気分ですが、ありがたくいただいてきました。


夫が買ったのは、ゴッホの画集と『石田徹也ノート』です。
「あれっ、この本うちになかったっけ?」
「あったかもしれないなぁ」
我が家には私が買った石田徹也と夫が買った石田徹也、2冊あるはずです。
「取り置きして、後でご連絡いただいてもいいですよ」
と、内町工場のSさん。
「あぁ、まあいいです。いただいていきます」
「そうですか」
というやり取りのあった『石田徹也ノートでしたが、


やっぱり、ありました。


私が買ったのは、池澤夏樹の『見えない博物館』と田中小実昌の『香具師の旅』でした。
田中小実昌さんは、野見山暁治先生の妹さんのお連れ合いで、野見山先生のエッセイの中では「こみちゃん」としておなじみですが、本は読んだことがありません。


これは夫が大好きな絵、ゴッホのジャガイモを食らう人々です。


そして私は、画集の中に「織り機」という絵を見つけました。
当時の織り機の様子がとてもよくわかるのですが、さらにじっくり見ると、よくわからないところが一か所あって、何だかもやもやしてしまうのですが。