先週は、週末にテラス工事の手伝いの方たちを迎える下準備のため、いつもにも増して朝から夕方まで、材を削ったり、穴を開けたりと、機械音を轟かせていました。
そんなおり、ふと顔を上げると、宅配便の配達の方が、目の前に立っていました。夢中で作業していたし、音がうるさくて、近くに来られるまで気づかなかったのでした。
さて、何が届いたのかしらと見ると、思いがけないことに、差出人はマトリョーシカコレクターの
道上克さんでした。
驚いて包みを開けると、中に『マトリョーシカ アルバム 2019』(道上克著、非売品、2019年12月1日発行)が入っていました。
「どうして、この私に?」
と思いながら、同封されていたお手紙を読むと、ネットで私のブログを目にとめられたとのこと、道上さんのことも書かせていただいていたので、『マトリョーシカ アルバム 2019』を送ってくださったのでした。
道上さんの展示会の会場だった、マトリョーシカのお店の銀座「木の香」に、DMを送っていただこうと私の名前や住所は残していたので、たぶんそこでお聞きになったものでしょう。
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| 裏表紙。ポーランドの小物入れ |
それにしても、嬉しいことです。
「木の香」に道上さんのマトリョーシカ展を拝見しにうかがったときにも、初対面だったのに、一見学者の過ぎない私にいろいろ解説していただいただけでなく、『マトリョーシカアルバム 改訂版』まで、いただいています。そして、今回の『マトリョーシカアルバム 2019』です。
『改訂版』は、資料として見ごたえのある、139ページのアルバムでしたが、『2019』はさらに充実して、249ページもあります。
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| マトリョーシカの産地 |
マトリョーシカの種類や特徴などについて、あるいは産地や制作年代の見分け方について、これまでに私が少しでも知ることができたのは、道上さんのご本、『
マトリョーシカ ノート3』と『マトリョーシカアルバム 改訂版』(ソフトカバー)によってでした。
この2冊がなかったら、マトリョーシカについていろいろ知りたいと思ってもかなえられず、もやもやが募っていたことでしょう。
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| 1900~1910年代 |
『マトリョーシカアルバム 2019』のページをめくると、魅力的なマトリョーシカに次から次へと出逢えます。それを眺めていると、いったいマトリョーシカとは、人々の生活にとって何だったのかと、改めて思ってしまいました。
というのも、昔のマトリョーシカは特に入れ子の数が多いのですが、傷んではいないし、小さいものもほとんど失われていません。ということは、子どものおもちゃだったとは、考えにくいのです。
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| 1910~1920年代のもの。ナポレオンは1912年 |
マトリョーシカはロシアで、19世紀の末からつくられるようになりましたが、1900年のフランスのパリでの万国博覧会に出展され、大人気を博しました。
入れ子でつくられたことから、多産を願うお守りであったとも言われていますが、民間信仰につながっていると思えないものも、数多くあります
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| 1920~1930年代 |
マトリョーシカの制作は、1917年のロシア革命以後、さらに発展しました。
というのも、教会で絵を描く仕事や家庭用のイコンを描く仕事をしていた大勢の、優れた画家たちが革命によって宗教画を描くという職を失い、もともと盛んだった木工と結びついて、その両方の技術を結集させたのがマトリョーシカだったからです。
絵つけにも目を奪われますが、年月を経ても狂わない轆轤細工には驚嘆してしまいます。
今は乾燥機が発達しているためか、日本の新しい木のお椀はあまりゆがんだりしませんが、その昔、どの家庭にも木のお椀しかなかったころ、楕円形になって蓋と合わなくなったお椀(やお櫃)をよく見かけました。蓋を軽く乗せるものでさえそうですから、ピタッと合わせなくてはならない蓋ものはそれ以上につくるのが難しいものです。
マトリョーシカでも、ロシア以外でつくられたものは、そこのところがちょっと甘いのです。我が家にもうっかり上半分をつかもうものなら、ゆるくて下がガチャンと落ちてしまう中国製のマトリョーシカや、閉まったままで二度と開かない、ヴェトナム製のマトリョーシカなどがあります。
その点、ロシアのマトリョーシカは、年月を経ても正円が保たれ、しかも合わせ目はきつくもゆるくもならず、うそのようにぴったりと閉まります。
上の部分と下の部分では、乾かし方を違えた別の木を使って狂わないように工夫しているそうですが、すごい技術の蓄積です。
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| 1920年代 |
1900年にパリ万博に出品されたマトリョーシカは、農民の家族をあらわしたものでした。そのマトリョーシカの一番大きいお母さんは、鶏を持っていましたが、以後いろいろなものを持っているお母さんが描かれました。
このマトリョーシカのお母さんは、アヒルとこうもり傘を持っています。
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| 1920~1930年代 |
袋を持つお母さんも多く、ウサギや豚などを持っているお母さんもいます。
さて、ゴルバチョフ時代からか、歴代の政治指導者を描いたマトリョーシカがあります。
時の指導者を一番大きくしているので、それを見て、ゴルバチョフ書記長の時代につくられたものとか、エリツィン大統領の時代につくられたものとかがわかります。今も、プーチン大統領が一番大きくつくられたマトリョーシカが売られています。
『マトリョーシカ アルバム 2019』には、そんな指導者マトリョーシカとはちょっと変わった、スターリンとその部下の興味深いマトリョーシカが載っています。
もちろん、非情な独裁者として名を馳せていたスターリンが権力の座にいたころにつくられたものではなく、スターリンの死後、1980年代につくられたものです。
このマトリョーシカのスターリンは、拷問用なのか、火のついたろうそくを持ち、部下は処刑を済ませたばかりなのか、血のついた刀を持っています。
実際は、死刑にされた人たちはほぼ銃殺刑で、粛清最盛期の1937年から38年にかけては、旧指導層の中の反革命罪で死刑にされた人だけで、63万余人におよびました。
いったいどんな人がこのマトリョーシカを買い求め、飾ったのでしょうか?スターリンの死後とは言え、1980年代と言えばまだソヴィエト時代、国外向けのものだったのでしょうか?
『マトリョーシカ アルバム 2019』に載っているマトリョーシカの中で、私が一番好きなマトリョーシカです。
形といい、お顔といい毎日見ていたい雰囲気のマトリョーシカです。
この数を覚えるための教材のマトリョーシカ、『改訂版』にも掲載されていましたが、すごいです。高さ4センチの小さいマトリョーシカだけで、160個もあります。
そして、箱も素敵です。
昨年、「木の香」で道上さんとお会いしたとき、最近はマトリョーシカも見つかりにくくなったので、集めることより整理に力を入れたいとおっしゃっていたように記憶していましたが、もしかしたら、私の勘違いだったかもしれません。
というのも、今回同封されていたお手紙には、編集作業をするのは細かい仕事で疲れるので、本をつくることはこれくらいにして、今後は集めることに集中されると書いてありました。
何と頼もしい、裏表紙のような珍しいものがどんどん道上さんの手元に集まって、マトリョーシカの全貌がよりはっきりと見えてくるのが、楽しみで仕方ありません。
どこかに散らばっているマトリョーシカたちの方も、きっと道上さんに見つけてもらいたいと考えているに違いありません。
搬入が大変なので、展示会ももうこれが最後かと昨年はおっしゃっていたのですが、嬉しいことに、2020年6月中旬には、慶応大学の日吉のギャラリーでマトリョーシカの展示会を企画されていらっしゃいます。
またまた、古いマトリョーシカたちをこの目でみたいもの、楽しみに待ちたいと思います。