食料紅のビンをUPしたとき、九州のあかずきんさんが、
「家に未開封のベニヤのビンがあるから、差し上げます」
と、コメントしてくださいました。
そのあかずきんさんから、包みが届きました。
小さな包みではなく、ずっしり重くて大きい箱でした。開けて見ると、中に缶と紙箱とが入っていました。
缶は、以前話に聞いていた
サクラクレパスのクッキー缶でした。
しかし、クッキーが入っているのではなさそう、缶は閉まり切らないで、膨れ上がっていました。
中を開けて見て呆然、いろいろ詰まっています。
缶に入っていたビンの詰まったプラスティックの箱も、閉まり切らないで、メンディングテープで留めてありました。
サクラクレパスの箱の中に入っていたものだけで、この賑々しさです。
紙の箱の方には大きめのものが、博多銘菓のひよことともに、こちらもぎっしりと詰まっていました。
ものたちに圧倒され、しばし声もなく、座り込んだまま動けませんでした。
添えられていたお手紙を読むと、あかずきんさんの家にあった薬ビンやインクビンなど、川や浜辺で拾ったり掘り出したりした磁器やガラスビンなど、いろいろ入れてくださったようでした。フィギュアも入っていました。
さて、いただいたものたちを順次UPするとして、まず、いただくことになったきっかけの食料紅の未開封のビンです。
「ベニヤのビン」で、ほかの方のブログからお借りした写真には、表のラベルに
「紅屋食品色素株式会社」と書いてありましたが、あかずきんさんからいただいたビンには、「紅屋工業株式会社」と書いてありました。時代が違うのでしょう。
もっとも、裏側のラベルには、
「紅屋食品色素株式会社」と書いてありましたが。
ビンのラベルの下には、「ベニヤ」と「スカ川」のエンボスもありました。
そして、蓋には牡丹柄のシールが貼られていました。
ビンから見てそう時代が新しいものではない。食紅で、どこの家庭にも置いてあったようなものだから値段は安い。道路は悪くてトラックも少ないから、輸送はほとんど鉄道に頼る。関門海峡では船に荷物を詰め替えなくてはならない。荷揚げ荷降ろしは人力に頼らなくてはならない。荷揚げ荷降ろしはかなり乱暴に行われた。鉄道も長時間かかり輸送費は高かった。
そんな時代に福島でつくられた食紅が九州まで運ばれていたということがわかるだけで、びっくりです。
ちなみに、明日は薬ビンをUPしますが、九州内でつくられた薬がおもでした。
九州の磁器は鉄道が発達していない時代に、船で関東以北にも運ばれましたが高級品でした。もしかして、食料紅もいわきまで鉄道で、あとは船で九州に運ばれたのでしょうか?
いろいろ考えると、わくわくしてしまいます。