ラベル 農作業 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 農作業 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018年3月18日日曜日

不思議なもの


新手のイノシシ除けです。


ペットボトル利用だけれど、ただぶら下げているのではありません。上の黒いところが何か、気になります。
ソーラーでもなさそう、ビニールで包んでいるのは、見たときには気がつきませんでしたが、にんにくにも見えます。


なにか、イノシシの嫌いな臭いでも発しているのでしょうか?


誰かに訊いてみたいけれど、あたりには、なつっこい猫がいるだけです。
 

このあたり、みんなイノシシ害に困っています。
でも、ものは考えよう、猿、鹿、熊などはいません。

そう言えば、我が家では最近、コーヒーを入れたあとの粉を、手あたり次第庭に撒いていますが、最近はあまり掘り返されていません。少しは効果があったのでしょうか?




2017年7月7日金曜日

七月第一週


しばらく前に、きゅうりフレームにネットを張りました。
七、八年、もしかしたらもっと使いましたが、さすがにぼろぼろ、張りなおしたのです。 



場所は固定したままです。
立てた当初は、うずら豆とともにナタマメ、オキナワスズメウリ、フウセンカズラなどなど、賑やかに植えていましたが、この数年、うずら豆だけを蒔いています。 



八郷の地元で伝えられたうずら豆、七月の第一週に蒔かなくてはなりません。
毎年、「まだまだ、まだまだ」と思っているうちに、七月第一週がやってきます。


昨年は、平年以下の収量だったけれど、おいしくいただいたし、Yさんに種をおすそ分けすることもできました。


欲張って、フレームの内と外の両側、四列蒔きました。
蒔いたところをしっかり踏み固めて、これで私の夏が来ます。


それにしても、トチ、カツラ、ヤマボウシ、スモモなど大きくなりすぎ!
ちょっと枝を落とさないと、家の周りに暗闇が出現しています。

今年は、Uさんにいただいた、やはり八郷の在来大豆の「青御前」も、蒔かなくてはなりません。
七月第一週は、飛ぶように過ぎていっているんだけれど.....。






2017年6月3日土曜日

楽しい道具

インドから友人夫妻が来ているので、一夜、有機農業の草分け的存在であるUさんをお招きしました。すると、
「畑を見に来ませんか?」
というお誘いを受けたのですが、私は何度か見せていただいたことがあるし、家に残って食事の準備をするつもりでした。
 

ところが、採れたての野菜を届けてくださったおりに、こんな冊子をくださいました。


開いてみると、全ページ、おもしろそうな道具が、楽しいイラストつきで満載されていました。
これは、食事の支度そっちのけで、行って見なくてはなりません。
というわけで同行、いろいろな手作りの道具を見せていただき、田んぼを見せていただき、畑も見せていただき、楽しいひとときを過ごしました。


これは畑の道具、「コロコロ」です。
Uさんの家には、たくさんの消費者が援農に訪れます。
初心者もいるし、まっすぐ種や苗を植えることができず、曲がってしまう人もいます。
そんなとき、このコーキングのキャップを利用したコロコロで穴を開けると、誰でも正確に種穴を開けることができます。
コロコロはいろいろなサイズのがあり、前後左右の間隔や穴の深さを変えられます。
規則正しく植えると、あとの草取りが楽になります。


その草取りの道具の、「土郎丸」二連です。
市販の草引きに、長い竹の柄をつけています。普通、草取りはしゃがんで作業をしますが、これだと立ったまま作業できます。
また、竹の柄は軽いので長時間使っても疲れず、傷んだら容易に取り換えられます。
土郎丸って、もしかしたらラグビーの五郎丸と、野球の一郎を組み合わせたものでしょうか。

苗はできるだけ直播を避けて、温床でつくり、耕して草をなくした畑に植えると、その時点で作物が草より一歩先を行くので、簡単に除草できるそうです。


こちらも草引き、熊手ならぬ「猫の手」です。
これは、アングル(金物の一種)を切断してつくってあります。Uさんは、金属の切断も溶接も、道具作りを通じて腕を上げてきたそうです。
 

こちらは田んぼの道具、「草取りジョーズ」です。
「サメの歯」に「上手」をかけた、素敵なネーミングです。

田んぼの草取り機は、各種ありました。
田植えしてから、約一週間過ぎたころから約一か月半まで、一週間に一度の割で使うと、苗の周りの草も徹底的に混ぜ返すので伸びる余地がなく、やがて稲の穂が茂って草が生えなくなるので、あの腰を曲げての、米作りで一番厳しくて辛い「田の草取り」をしないで済むそうです。
「これだと、田んぼに入らなくても済むしね」
「田んぼの真ん中の方はどうするんですか?」
「それは、実際に見て」
ということで、田んぼに行きました。
  

こちらの田の草取り機は、アングルを切った刃ではなく、古いホースを利用したものがついています。


草取り機を、田に入れました。


そして、引っ張りはじめます。
子どもでも引っ張れるほどの軽さ、稲は一時的に寝ますが、一時間ほどで起き上がります。
  

そして、端からぐるぐる回って、次第に田んぼの中へと、草取り機を進めます。


汚れず、軽く、速く作業が進みます。


Uさんは、この方法が日本中、世界中に広まればいいと思っています。
 

ほかにも、簡単に大根が洗える道具、里芋が洗える道具、コンテナが洗える道具などなど、道具たちはどれも、楽しい工夫に満ち満ちていました。


ちなみにこの日は一週間で一番忙しい出荷の日とかで、お連れ合いのMさんと息子さんご夫婦は、箱詰め作業で、大忙しでした。
Uさん、お忙しい中、ありがとう。






2016年12月25日日曜日

お米づくりの思い出

物置にしていたビニールハウスを取り壊し終わりました。
更地にすると、篠竹、ヤブカラシ、ヘクソカズラ、ドクダミなどが、縦横に根を張っていたのが露見しました。
「隙あればはびこるぞ」
という、草たちの姿勢に圧倒されます。

さて、このビニールハウスには、お米づくりの道具もいろいろ仕舞っていました。籾摺り機や精米機はとっくにもらわれて行っていて、籾摺り機は赤米、黒米など、白いうるち米と混じってはいけないお米の籾摺りに、目の細かいフィルターをつけた精米機は、キビやアワの殻を落とすのに役だっているようでした。
 

今年のお餅搗きには、その精米機で殻を摺ったモチキビをいただいたので、モチキビ入りのお餅をつくることができました。
キビ餅は、美味でした。


足踏み式脱穀機は、Oさんが預かってくれることになりましたが、新規に就農したMさんが大豆の脱穀に使ってみたいと、もらわれて行きそうです。
踏めば今も元気良く動いて、気持ちいい道具です。


十年ほど米づくりをしましたが、そのほとんどの年を、川口由一さんの、不耕起の方法で栽培していました。
田んぼを耕さず、田植えの直前に張っていた水を抜き、草を刈って植える方法です。
そのため、手づくりの箱(舟)に苗を入れ、水を抜いた田の上をずるずると引っ張って運び、一本植えしていました。


これが、田植え風景でした。
手前にはもう、苗を植え終わっています。
この年は、田んぼの雑草だけでなく、家から持って来た篠竹も並べ入れてあります。植えた苗はほとんど見えません。
奥の、草が生えているところは、これから刈って、それを敷いて、田植えをするところです。


水を張って十日も経てば、苗はしっかりしてきて、草は腐って、稲が見えるようになってきます。


そして、実ったところ、縞々に見えるのは、赤米、黒米、緑米など、五種類くらい植えていたからです。


そして、稲刈りが終わったあとは、すべてのわらを、そのまま田んぼに戻しました。これに、落ち葉、米ぬか、時には篠竹などを入れ、その次の年の肥料にしました。


そんな苗箱。
役目を終えたので、感謝しながら燃やしました。







2016年11月12日土曜日

田んぼ

今年も盛大にひこばえが伸びて、この季節でも緑の田んぼが多い中、暗渠(あんきょ)をつくっている田んぼがありました。


八郷では、35年ほど前に大規模な農地改良をして、給水パイプをはりめぐらし、蛇口を各田んぼにつけました。そのおり、小さな田んぼを統合して大きくして、再分配しました。
幹線道路のあたりでは、水道水を田んぼに供給していますが、我が家のあたりは谷あいなので、川の途中に堰をつくって水をため、その脇にポンプ小屋を建てて、堰にたまった水を田んぼに供給するシステムになっています。

もともと、谷あいに広がる谷津田は、どちらかというと、水はけが悪いものです。
水はけの悪い田んぼの一番の問題は、今は何事も機械なので、収穫時に刈り取り機械を入れにくく、ときには刈りどきが来ても刈れず、そのうち稲が倒れてお米が水に浸かり、だめになったりすることです。


そこで暗渠をつくることになります。
竹を入れて水はけをよくしようとするところは、伝統的な暗渠のつくり方と言えますが、もちろん手で掘ったりしないで重機を使っています。

化学肥料を使えば土が締まります。農薬を使えば生物がいなくなって土に団粒構造がなくなり、堅くなります。田植え機や刈り取り機などの重い機械を入れれば柔らかい土がつぶれます。
その全部をやっているわけですから、せっかく暗渠をつくっても、その効果は長続きしません。


かつては、山の落ち葉をさらって、田んぼに入れるのが農閑期の仕事でしたが、今ではそんなことをする人はいません。
ただ、わずかにコンバインが刻んだ稲わらが有機物として、田んぼに残るだけですが、これでは足りないのでしょう。



 






2016年7月4日月曜日

ブリキの缶

毎年、七月第一週にはKさんからいただいた、八郷のうずら豆を蒔いています。
うずら豆は莢も食べられ、乾燥豆も食べられるすぐれものですが、莢で食べるなんてもったいない、我が家では毎年、乾燥豆にしていただいています。
今年も種蒔きどきが近づいてきたので、種箱を開けてみたら、ない!うずら豆の種がありません。
「おかしいなぁ」
食品庫に置いてあるビンも全部見てみましたが、見つかりません。
「困ったなぁ」
うずら豆はもう、十年も育てています。長年育てて、長年食べているので、ないと困ります。
Kさんに訳を話して、少し豆をいただこうか、それもあまり気が進まないなぁと、ぐずぐずしていたある日、食品庫の棚の前の方に錆びた缶が出ているのを見ました。


役立たずの缶が前に出ていては邪魔です。
後ろにさげようと持ち上げたら、ずしりと重い、中に何か入っていました。
「何だろう?」
何を入れたか、まったく覚えがないので、開けてみました。 


中には、あんなに探したうずら豆が入っていました。

食品庫の容器は、思いついたときに整理整頓して模様替えすることがあります。いつか、うずら豆に光があたるのはいかがなものかと思いついて、ガラスビンからブリキの缶へと移したに違いありません。
そして、忘れはてていたのです。

中身が見えない容器に入れたとき、シールを貼って表示するのが賢明なやり方です。でも、容器を愛でたい私は、ほとんどシールを貼りません。そして、しっかり覚えたつもりで、忘れてしまうのです。
うずら豆は蒔いても、二、三度煮て食べられるほどの量が残っていました。


ブリキの缶は、以前、恵比寿のアンティークス・タミゼで買ったものです。お店で、錆びたものや汚れたものたちに囲まれて、とっても素敵に見えました。
家で見ると、 飾り物として眺めるにはいい缶なのですが、錆びすぎているので、何か入れるのは、躊躇われました。
そのため何も入れないで、棚の後ろの方で、場所だけを塞いでいたのです。


昨年か、あるいは今年の初めか、うずら豆を移し入れたときは、我ながらいい考えだと思ったに違いありません。
そして、忘れました。
でも、これからは、何が入っているか忘れることはないでしょう。
しかも、豆の植えつけには間に合うように見つかりました。まあ、もう七月二週ですから、今日植えるほかありませんが。
直径14センチ、高さ27センチの大きな缶です。
   

ここまで書いたら突然、母からもらった赤い缶があるのを思い出しました。
慌てて、食品庫の棚を見ると、こちらはからっぽでした。よかった。
赤い缶も、なかなか存在感があります。








2015年3月27日金曜日

八郷暮しの実験室で

 
ジンバブエのジョンの、八郷滞在最後の訪問先は、桜のつぼみもほころんでいる、八郷暮しの実験室でした。
暮しの実験室には七人の専従(二名は研修生)がいますが、おりしも、女子高校生と引率の先生たち12人の体験学習受け入れや出荷などで大忙し、手が足りなかったので、通訳がてら私も残って,、一緒に見学させていただきました。
何度も来たことがあるのに、畑や畜産場などを見せてもらうのは初めてでした。
  

豚はバークシャーの種豚や、ミッド・ヨークシャーの母豚、その子どもたちの肉用の豚などいましたが、おもしろかったのは、ヴェトナムあたりの在来種らしい豚が、勝手にやってきたという話でした。
ある日、雄雌二頭、豚舎の周りでうろうろしていたそうです。
Sさんの話では、ミニ豚ブームが過ぎ、行き場のなくなった豚をブリーダーか誰かが近くの山の中に捨てたところ、豚の匂いにつられて、二匹が暮しの実験室まではるばるやってきたのではないかということでした。ちょっと小型の、いかにも武骨な豚です。
そのヴェトナム豚とミッド・ヨークシャーをかけ合わせると、生まれた子豚の中には、右にちらっと見えているような白黒ぶちの豚が混じるそうでした。

日本の法律では、豚の屠殺は定められた屠殺場でしかできません。そのため、屠殺は外注していますが、豚は丸ごと引き取って、暮しの実験室の加工室で加工するとのことでした。
豚の顔の皮を食べるのが好きな私は、顔をどうしているのか関心のあるところです。
ところが、Sさんのお話では、どうやっても顔の毛の処理ができない、抜けないし剃っても毛が残るので、残念ながら皮ははいでいるとのことでした。
タイなどでは、豚の顔を皮ごと茹でて食べます。そんな地域では、毛を処理するのに薬品を使っているのではないかとのことでした。
どんな薬品を使っているのでしょう?
全然知りませんでした。 


健康そうな大きい山羊は、クズ小麦を蒔いて出た芽をもらって食べています。


ポニーもいました。
 

トマト用のハウスでは、春菊、ホウレンソウ、レタス、小松菜などが元気に育っていました。


南アとジンバブエにパーマカルチャーの農場を持っているジョンが特に関心を示したのは、かつての湿田に掘られた池でした。
フナなど魚を捕まえて来て放流する暇がないとはSさんの話ですが、魚はすでにいるようで、オオサギやらカモが楽しく生息していました。
用心深いオオサギは、私たちが近付いたため、後ろの松の木の上に逃げているところです。


次の日が出荷だとのこと、二泊三日の体験学習にきている高校生たちは、サトイモを洗っていました。
その横で、ジョンと私は、ジャガイモの芽を取って売りものになる大きいのと、ならない小さいのに分けたり、人参をクズとそうでないのに分けたりのお手伝いをしました。
ジョンが、引率の先生に、生徒たちは農民になるつもりかと聞きましたが、先生のお話では、たぶん誰も農民にはならないだろうとのことでした。

 
高校生たちの一部は、小麦粉をこね、伸ばして、さらに思い思いにトッピングして、ピッツァつくりに取り組んでいます。


ジョンも参加して、つくりました。


ジョン作のピッツァ。


燻製の豚肉は暮しの実験室でつくったもの、他の材料もほとんどここでつくったもので、トマトソース、マヨネーズ、ホワイトソースなども自家製です。


さて、ピッツァは20個、もっとできたでしょうか。


それを石窯で焼いてもらいます。
ガラス扉の奥は加工室、肉を切り分けている人の姿が見えます。


石窯の上には、屠った豚たちの頭がい骨が置いてありました。
一年に一度、まとめて焼いて供養しているそうです。


ここでは、石窯の中の薪は取り除かない方法で、ピッツァを焼いていました。


ほどなく、焼き上がりました。
特においしかったのが、薄切りのレンコンのトッピングでした。しゃりしゃりしておいしい!
菜花+マヨネーズ、ジャガイモ+燻製肉など、どれも美味でした。


二泊三日の体験ツアーの女子高校生たちも大満足、明日には帰るそうです。


昔はいざ知らず、今では、スマホで写真を写すのがみんなの共通言語です。


さて、グーグルマップはすごい!
ジョンの南アフリカのプレトリアの農場、ジンバブエの農場、彼の生家など、全部たちどころに見ることができました。
「敷地のこのあたりに、池を掘りたいんだ」
そんなところまで、しっかり見えます。


ジョンの小学校も見ました。家から8キロくらいの位置にあり、毎日歩いて通ったそうです。
グーグルマップさえあれば、世界のどこに行っても寂しくない、でしょうか?