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2020年3月4日水曜日

なます皿

我が家の近くの骨董市に、月に1度だけ店を出す(骨董市は月に2度)、美しい古伊万里などの器を並べている店があります。
骨董市に来る骨董屋さんの中でも、とくに器を選ぶ目が高い、こだわった品ぞろえですが、その分高い値段のついた器が並んでいます。
「買わないけれど、また目の保養させてくださいね」
と、何年も見るだけでしたが、先々月は、店主に思うところがあったのか、いつもとは品ぞろえが違っていてびっくりでした。
使いたくなるような器が、手の届く値段でわりとたくさん並んでいたのです。

7寸(21センチ)ほどの色絵の浅鉢を見ていると、
「これは珍しいでしょう。僕も初めて見ました」
と店主が声をかけてくれました。
確かに美しい色絵で器の形も素敵です。
でも、恥ずかしながら、大きさの同じような浅鉢はいくつも持っています。しかも、7寸の鉢では主菜は盛れません。せいぜいおひたしとか、きんぴらごぼうなどの副菜用に使えるくらい、用途が限られてしまいます。
食器戸棚の中は満杯、どう考えても、必要ありません。


というわけで、いくつあっても困らない染付けのなます皿に目を移します。
一番最初に目についたのは、水辺にサギが立っている模様の皿でした。しかし、花と雲の模様の皿も悪くありません。
持ったときの重さ、呉須の色、絵の描き方、外側の様子、値段(水辺にサギの方がちょっと安い)などなど、かわるがわる手に取ってしつこく比べてみて、花と雲の模様の方にしました。
このお皿、雲は変、手前の雲の間の花みたいなものも変ですが、構図も余白も気に入りました。


店主は江戸と言っていましたが、江戸時代にしても幕末でしょう。
買わなかったサギの模様の方は、私にはコバルトにも見えるほどの鮮やかな藍色でしたが、店主の話ではそれも呉須とのことでした。
呉須には、鮮やかな呉須もあるという話をしてくれました。


前から使っているなます皿ですが、これは呉須ではなくコバルトでしょう。
内側も外側も印判の安いお皿でしたが、判のつなぎ目がわからないように、丁寧につくられているし、外側を見ると意外と時代が感じられ、気に入って使っています。


なます皿はだいたいどれも5寸なので、簡単に重ねることができます。
じつは、形の似た浅鉢はもっと持っています。


いくらなんでも二人暮らしで、とっかえひっかえ使ったとしてもこんなには使いきれませんが、夫の両親が連れて行ってくれた骨董屋さんで買った浅鉢とか、友人が連れて行ってくれた京都の東寺(当時は骨董市があるのはここだけだった)の骨董市で買った浅鉢とか、思い出の詰まった浅鉢もあって、それらはときおり見るだけでいいのです。






2020年1月26日日曜日

萬古焼き

色絵鯛猫皿、明治

2週間前に、『猫のポット』について書いたとき、hattoさんが、三重県北部地方の萬古焼きの古いものの中にはとても面白い焼きものがあった、私の好きそうなポットもあったと、『ここはばんこ焼のまち!』(内田剛一監修、BANKO 300th実行委員会発行、2018年)という本を紹介してくださいました。
萬古焼きといえば、商店街のお茶屋さんで必ずといっていいほど置いていた(売っていた)、紫泥の急須のイメージがありましたが、それ以上のものではありませんでした。

その萬古焼きが、珍しい発祥の仕方をした、個性的な焼きものだったことがわかるのがこの本です。
焼きものの発祥と言えば、よい土が採れて、茶碗、甕、すり鉢、ほうろくなど、近隣の人々の生活用具の需要がある場所ではじまったというのがほとんどです。
ところが、萬古焼きは違いました。伊勢国桑名の豪商であった沼波弄山(ぬまなみろうざん、1718-77)が京焼きを手本に作陶を開始、いわば個人的な趣味で設立した窯だったのです。
沼波弄山は小さいころから茶道に親しんだ人で、京焼きの見事な写しをつくることから始めましたが、洋書解禁の令(1720年)後に入ってきた書物で異国の焼きものを目にすると、それらに魅せられて、異国風の斬新な模様や形の焼きものをつくるようになりました。その異国情緒のある焼きものは、鎖国下で、風流人たちの人気を集めましたが、沼波弄山の死によって、窯は廃絶されました。

森有節が考案した急須に木型

1832年、桑名の古物商の森有節と弟の千秋は、萬古焼きを再興しようと発祥の地に窯を築きました。

森有節の考案した桃色の釉薬、明治

森兄弟は造形的才能に秀で、研究熱心でもあったため、さまざまな技法を編み出しました。再興当初は古萬古の作風を再現していましたが、やがて時代を先取りするような表現をいくつも編み出し、人気を博していきました。

水谷孫三郎作、亀の置物、明治

明治に入ると、萬古の職人たちはパリ万博や内国勧業博覧会、京都博覧会などに作品を出品して高く評価され、いくつもの賞を取りました。

さて、嘉永年間に、四日市市の大地主で村役であった山中忠左衛門は、水害に苦しんでいる困窮民をなんとか救いたいと思案していました。
忠左衛門は有節萬古の人気に注目、焼きものを地場産業にしようと、1853年(嘉永6年)に邸内に窯を築きました。人々に陶土や道具を与え、自分が体得した技術を惜しげもなく教え、やがて1873年(明治6年)には、焼きものの量産体制を確立しました。

色絵面土瓶、明治

四日市港が整備され、輸送網が発展すると、海外向けの製品を考えて製作し、販路を海外へと向けて行きました。
それら、輸出向けにつくられた製品が、猫ポットに通じるものとhattoさんが教えてくださったものでした。


なるほど、発想は同じ、そしてそれらはとってもみごとなポットや土瓶たちでした。


遊び心満載、ヨーロッパで熱狂的に受け入れられたであろうことが、容易に想像できました。


萬古と言えば急須を思い浮かべますが、じつは市場に出回っている土鍋の80%は萬古焼きで、現在では海外にもたくさん輸出しているそうです。

かもしか道具店のごはんの鍋

本のページをめくると、なんと我が家のご飯鍋が載っていてびっくり、萬古焼きとは知らずに使っていました。
もしや、我が家のほかの土鍋も萬古焼きかしらと、気になって調べてみました。

土楽窯の黒鍋と無印良品(古伊賀)の土鍋

案の定、手前の黒鍋も、奥の無印良品の土鍋も伊賀の焼きもの、つまり萬古焼きだったのでした。長年愛用しているのに、土鍋たちのふるさとのことを考えたこともありませんでした。
もっとも、土鍋の方も、あえて萬古焼きのふるさとでつくられたものであることを謳っていないので、萬古を飛び出した新しい焼きものという意味を込めて「伊賀焼き」と言っているのかもしれませんが、江戸時代に山中忠左衛門の尽力で四日市に窯が築かれ、量産体制が整わなかったら、これらの土鍋はなかったと思われます。


今となっては出自不明ですが、このお櫃もたぶん萬古焼きだと思われます。


そして、我が家のいつものそうめんや冷や麦も、萬古の町四日市でつくられているものでした。
萬古の町は、私にご縁のある、お世話になっている町だったのです。

追記:

鳥の土瓶や急須、もう少し写真を載せておきます。










2020年1月22日水曜日

フランスの弁当箱


フランスのアルミでできたお弁当箱です。
ぴったり閉まるようにできていて、少々のことでは中身がこぼれたりしません。


よくできた素敵な蓋、両側の留め金を上げて蓋を開け、真ん中の針金は持ち手になっています。


メインの深い箱は結構でこぼことへこみができていたせいか、格安でした。


それを、あて金をして叩いて、少しだけ直しました。
中に当てるようなちゃんとしたあて金は持ってないので、外にあて金を当てて中から叩いただけですが、大きなへこみは小さくなり、置いたとき底はガタガタしなくなりました。

フランスのお弁当ですから、深い箱にスープを入れ、浅い箱にはチーズ、そしてパンはむき出しで持って行ったのでしょうか?
それとも、深い箱に切ったパンを詰め、浅い箱にスープやシチューを入れていたのでしょうか?


面白いことに、薄い箱を使わないときも蓋が閉められるようになっています。


胴にほんの小さな突起をつくっているだけですが、これにうまく留め金がかかります。
小ぶりなので、学校に通う子ども用だったのでしょうか。

イギリスのお弁当箱は、持ち手が下の方についているせいか、ただでさえひっくり返りやすいのに、蓋に留め金がついていない、使いにくい代物で、どうやって持って歩けたか不思議でしたが、フランスの職人さん、いい仕事をしていました。






2020年1月11日土曜日

猫のポット

2019年の、日本招猫倶楽部の復刻猫は、「オレンジリボン猫ポット」でした。



復刻猫だけでなく、『猫のポット』(荒川千尋著、風呂猫発行、2019年)も発売されました。
猫形のお茶ポットについて書かれた本は、これまであまりないと思われます。

猫のポットだけでなく、様々な形をしたポットは、紅茶文化を背景にヨーロッパ、とくにイギリスでつくられました。また、もう一つのお茶文化圏である中国でも猫のポットがつくられましたが、どちらが先だったのか、お互いに関係しあっていたのかなどは、いまだによくわかっていないようです。

日本では、1930年ごろから輸出向けの猫のポットがつくられましたが、とくに第二次世界大戦後、さまざまな猫のポットがつくられ、輸出されました。
瀬戸から輸出された猫のポットに関心を持たれた板東寛司・荒川千尋夫妻は、さまざまな猫のポットを、おもにオークションサイトのeBayで、約350点手に入れられ、本になさいました。
ちらっとeBayをのぞいてみましたが、欧米ではコレクションアイテムなのか、とても手が出ないお値段、それきり猫ポットのことは忘れていました。


そんな猫のポットは、骨董市でも時折見かけます。
先日は、玩古さんの親父さんが大小3つほど持っていました。


見ていると、
「これ、中国製だよ」
と親父さん。
「知ってる」
中国製、しかも底にMade in Chinaとある新しいものなので、お値段は二束三文でした。
小さい、絵つけしたのを買えば場所を取らないので、どちらにするかちょっと悩みましたが、絵つけしたのは似たのを持っているので、茶一色の大きいのをいただきました。

以下は、『猫のポット』に載っていたポットたちです。

1930年代

イギリスのポット。

1950年代

ドイツのポット。

1950年代

日本から輸出された、黒猫のポット。

名古屋九谷、1930年代

戦前つくられた、日本製の輸出用ポットは、とても素敵です。


『不思議な国のアリス』のチェシャ猫、『マザーグース』のバイオリンを弾く猫など物語の猫のポット、クリバン・キャット、トムとジェリー、ガーフィールドなどキャラクターのポットもいろいろあったようでした。

1950年代、日本製

『猫のポット』は、猫のポットの多様さに驚くとともに、坂東・荒川夫妻の集めるエネルギーに感心してしまった一冊でした。







2019年10月30日水曜日

真壁のおかもち

今日は映画会。
観終わった後で、持ち寄った料理を食べながらああだこうだと話し合います。


今回はおでんにしました。
ほうろうの重箱に詰めていく手もありますが、土鍋ごと持って行けば、あちらで温めてもらうことができるかもしれません。


となると、運ぶのはこの、魚屋さんのおかもちでしょう。


これは景気がよかった石の町真壁で、魚屋さんがお刺身を何皿も運ぶためにつくられたおかもちですから、嵩のあるものを入れるとき、蓋はできません。
石屋さんたちはベンツを乗り回し、毎日のようにお刺身を食べ、魚屋さんは大忙しだったと聞きました。


マイプレートはいつもの木曽塗り、今日は大きい方を持って行きます。


というわけで今しがた帰ってきました。
映画は、『焼肉ドラゴン』。
観終わった後のああだこうだは、いつものようににぎやかに意見が飛び交いました。
おでんはおかげさまで、きれいになくなりました。







2019年10月8日火曜日

補充しました


小さなスプーンが、ミッフィーも含めてたった2本になってしまってから1か月余り、何故だかさらに1本消えて、ミッフィー1本だけになるという非常事態が起きました。
カップのアイスクリームは木の匙ではなかなか食べられません。家には、私の買っておいたアイスクリームを勝手に食べてしまった人がいますが、その人とスプーンの紛失の関係はわかりません。


しかし、この事態を何とかしなくてはならなくなり、ネットで12本セットのスプーンを見つけて買いました。
なくなってしまったのは夫の母が使っていたスプーンと、デンマークのカイ・ボイスンがデザインしたスプーンでした。
こんなに消えていくものに、贅沢は言っていられません。カイ・ボイスンのスプーン1本分の値段で12本も買えるスプーンにしました。


持つところは艶消し、スプーンの部分は光沢仕上げになっています。
これは持つところは滑りにくくして、すくう部分は滑りやすくつくったという、日本的な忖度の上にできたものらしく、ちょっとばかり(だいぶ?)へんてこりんですが、三条製で、品質は悪くありません。
ちなみに、カイ・ボイスンのカトラリーは、同じデザインで艶消しか、光沢かを選べました。


1965年にフィンランドに渡った照明デザイナーの石井幹子さんが、フィンランドに行って驚いたのは、どの店にもデザインの優れたものしか置いていない、したがってどの家庭の何を見ても調和がとれていて美しいと書いてあったのを、今でも忘れられません。当時も今も、日本には、家には置きたくないような材質、形、色のものがあふれています。
ただ日本のよいところは、値段が安いものの中にも、家にあっても嫌ではないものも、ないわけではないところです。北欧に暮らす人だと、デザインはよいけれど安く手に入るものは、あまりないかと思われます。


久しぶりにティースプーンの数が賑々しくなりました。


毎日使うものですから、一安心です。






2019年10月5日土曜日

オレンジリボン猫ポット


今年の日本招猫倶楽部の復刻猫、「オレンジリボン猫ポット」です。
思ったより大きなポットでした。


戦後の輸出品からの延長のような、安っぽさが何とも言えません。
右手を挙げて、尻尾が持ち手になっています。


帽子を取ってみると、てっぺんが平らな姿もよし、耳がとってもかわいいです。


蓋になっている帽子は、突起も出てお茶を注ぐときに蓋が落ちない工夫もされています。
もちろん、お茶のポットとして使えます。


招き猫は日本オリジンですが、猫ポットは中国オリジンでしょうか?