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| 歌川広重、今戸夕照 |
今戸焼きは、江戸は隅田川のほとりの今戸のあたりで、1500年代の後半に始まりました。
江戸に幕府が置かれるちょっと前のことです。
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| 歌川広重、名所江戸百景 |
日用雑器、火鉢(手あぶり)、植木鉢、瓦、土人形などが主な生産品でした。
今戸土人形は、江戸市民および東京市民に広く愛されましたが、関東大震災と東京大空襲によって、割れたり焼けたりして、ほとんど失われてしまいました。
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| 歌川広重、浄瑠璃町繁花の図の一部 |
今戸土人形の研究家で、収集家でもあったいまどきさん(吉田義和さん)は、やがて古型を手本に、再現・制作されるようになりました。そして職も辞されて、土人形の制作に専念されて、今日に至っています。
今節、焼きものの土はいろいろな土地の土を配合したものが多い中、いまどきさんは東京下町の土にこだわり、江戸の顔料にこだわり、土づくりから絵つけまで、お一人でなさっています。
そのいまどきさん、2019年は三度も入院なさいました。
その間に展示会や節季市への出品などこなされていて、さぞかし気の急く、もどかしい一年だったと思われます。というわけで、昨年お願いした座り猫(新しく復刻されたもの)は、しばらくは手に入らなくても仕方ないと思っていましたが、できたとの連絡をいただきました。
私は欲を出して、もし数に余裕があるなら、来年の干支のネズミも欲しいと伝えたのですが、それはまだわからない、とりあえずできたものから送りたいとおっしゃるので、座り猫だけ届くものと待っていました。
ところが、届いた箱の中に、三つの塊がありました。
呉越同舟ならぬ、猫鼠同舟でした。
「座り猫」の身体には可憐な菊の花が描かれ、蝶も飛んでいます。
昔の子どもたちは、こんなかわいい猫を飾ったり一緒に遊んだりしていたのか!
いまどきさんがいなければ見られなかった世界が見えることが、ただただ嬉しく思われます。
「白ねずみ」は背の方に小さな穴が開いていた古いねずみを見て、いまどきさんがこんな尻尾がついていたのではないかと想像してつくられたものです。
尻尾は針金を芯にして、染めた障子紙を巻いてつくられています。
そして、泥めんこのねずみです。
泥めんこは、江戸時代には盛んにつくられ、遊ばれましたが、
明治時代に入ると、めんこの素材が鉛に、やがて木、紙へと変遷して、それらが普及するにつれて、泥めんこは姿を消しています。
今戸には、猫の泥めんこもあったのでしょうか?
毎年、12月17日、18日、19日に開かれる浅草羽子板市では、吉徳人形店の出店に、羽子板とともに、いまどきさんの人形たちが並びます。
一日目に売り切れたりする人気ですが、お近くの方は足を運んで、江戸の姿を今に伝えるいまどきさんの人形に触れてみるのは、とても楽しいかと思います。