2019年11月12日火曜日

浮世絵カレンダー


hiyocoさんが、神奈川県藤沢市にある藤澤浮世絵館の2020年のカレンダーと、東海道双六を送ってきてくれました。
カレンダーは、1月から6月までは喜多川歌麿の「見立七福神船遊び」で、その裏、7月から12月までは、歌川芳員の「蚕いとなみの図」になっています。

「見立七福神船遊び」はなぜ、七福神を美人に替えたのでしょう?
それだけ、美人画が好まれていたし、七福神の存在も人々になじみの深いものだったということでしょうか。


その見立てですが、七福神に疎い私が一目でわかったのは、千両箱と小槌を持っている大黒さまだけでした。
あとは、恵比寿さますらわかりませんでした。

以下は同封されていたカンニングペーパーを見ての照らし合わせです。


かんざしが三叉槍という武具になっているので、毘沙門天。


巻物をつけた杖と扇を手に持っているので、寿老人。


美人の中にただ一人の男性は、手に鼓を持っているので、男女が全部逆転したところの、弁才天というわけです。

この浮世絵は七福神というのに、9人描かれています。2人一組で1人をイメージしているのもありました。


長寿のシンボルである鶴と亀がいるので福禄寿。


こちらは上着をはだけて、うちわを持っているので布袋。


そして、私の知っているはずの恵比寿さまは、この方でした。
理由は、漁具にちなむ着物を着ているからだということですが、わからないよぅ!
よく見ると、襟のあたりにわずかに漁網結びらしい感じがあるものの、あとは漁網には見えません。ただの綱に見えます。
天下の歌麿さんですが、漁網はしっかり見たことはなかったでしょうか?
ちなみに、恵比寿さまが持っているはずの鯛は遠く、弁才天のわきに置いてありました。


さて、「蚕いとなみの図」は江戸時代にたくさん描かれた養蚕の絵です。
これにも、七福神が描かれています。


種紙に産みつけられた蚕の卵を飼育箱に羽(羽箒)で移しているのは、『絵本寶能縷』とそっくり、必ず羽が使われたのでしょう。


蚕が幼齢期では、桑の葉は細かく刻みます。
葉を集める竹籠がよくわかります。


その桑摘み籠は。専用の稲わらでつくったもっこで担いできました。


できた繭は煮て糸にしています。


また、こちらでは繭を煮て綿にして乾しています。


次期養蚕のため、蚕の種を採っているところです。


そして、蛾となった蚕を放しています。
 

チンはよくいたから描かれているのか、珍しいから描かれているのか、今だったら犬ではなく人気の猫が描かれたことでしょう。
猫は、蚕をネズミから守るために、養蚕にとって、当時はとても大切なものでした。


江戸時代も今同様、萱葺き屋根はすぐに傷んで草が生えたのか、作業場とは言え、屋根も壁も傷んでいるのを興味深く拝見しました。
hiyocoさんありがとう。







2 件のコメント:

  1. 七福神を美人に置き換えて描くなんて発想がユニークですよね。
    確かに恵比寿さまの象徴が漁網の柄でしかもわかりにくいというのが不思議ですね。なぜ釣り具や鯛を持たせなかったのか不思議。
    茅葺の雑草には気が付きませんでした。さすが!

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  2. hiyocoさん
    他の美人の着物も見ましたが、わかりにくいですよね。せめて鯛の籠を近くに置いてくれていたなら想像できたのに。
    萱葺きは、八郷にはまだ残っていますが、どんどん減っています。大金をかけて葺き直しても、20年もしないうちに傷んできます。八郷で代表的な家も、取り壊されることになりました。
    先日益子に行ったら、城内坂に藍染屋さんがあって萱葺きなのですが、南側には大きなシートをかけていて、北側は草だらけでした。湿気るとそこに草の種が着地して、どんどん生えてきます。そして雨漏りするようになったのでしょうね。
    下が開いていて、風が通る萱葺きの門でさえ長持ちしないので、やっぱり維持は大変なようです。そんなことで、つい萱葺き屋根の傷みには目が行きます(笑)。葺くのはともかく、萱を集める、葺くときには下から投げ上げるなど、たくさんの人手が要るので、「結」がなくなった今となっては、難しいのでしょう。
    この絵は、蚕の世話で忙しくて、屋根を葺き替える時間がなかった、やっと蚕の世話が終わって、これから葺き替えるのかもしれません(笑)。

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