2012年4月9日月曜日
袖なしの上着
1970年代の半ばごろ、まだ外国のものが珍しかった時代、渋谷の、できたばかりの西武デパートには骨董コーナーがありました。
珍しいものが並んでいて、寄らずにはいられないところでしたが、売り場そのものがわりあいすぐになくなってしまったような記憶があります。
確か、そこで見つけた袖なしの上着です。
見たとたんどうしても欲しいと思い、値が張りましたが、
「おばあさんになっても着られるし、一生着るからお願い」
と夫を説得して買ったものでした。
「私はお化粧しないから、化粧代だったと思って」
とも言ったかもしれません。
「お化粧代だと思って」というのは、私の、値の張るものを買うときの、常套句でした。
もっとも、私にとっては値が張りましたが、オートクチュールなどに比べると、安いものだったと思います。
中央アジアから東ヨーロッパ、あるいは中東あたりのものだと思いますが、そのあたりは、民族が行きかっていて、どことはっきりは特定できないものです。
『COSTUME PATTERNS AND DESIGNS』( Zwemmer社、ロンドン、1956年)を見ますと、
羊の毛でつくったトルコの男性用袖なし上着というのが載っていて、わりとよく似ています。
色使いは違いますが、ポケットならぬ、手も通らないようなただの穴が開いているところも同じです。もしかして、ベルト通しだったのでしょうか?
説明を読むと、この形の上着は、ロシアの一地方に古くからあり、ロシアの博物館で見ることができるとも書いてあります。
そして、ダルマチアの女性用上着として紹介されているものも、ちょっと 似ています。ちなみにダルマチアとは、クロアチアのアドリア海沿岸一帯のことをさします。
自分で織った羊(か山羊)の毛の、幅の狭い布を、風を通さないように、熱いお湯に浸してはブラシでこすり、フェルト状態にしてあります。それを、つなぎ合わせて、赤と一部黄色の紐を何本も並べて綴じつけて、装飾にしています。
座ると邪魔になる後ろの裾を除いて、まわりには、毛糸のフリンジもついています。
冬の寒いとき、セーターの上からこれを羽織ると、袖がなくても十分暖かく、長年愛用しました。
ところが、一生着るはずだったのに、1990年代に入ってからあまり袖を通さなくなりました。
派手になったからではないのです。胸回りや袖ぐりがちょっときつくなったのです。
昔は、(私だけではなく誰もが)ぴったり身体に合った服を着ていました。しかし、いつからか、袖つけが肩に合っていない、ルーズな服ばかり着るようになりました。
その上、フェミニストの友人から、
「まだ、ブラジャーつけているの?女性の心の解放は身体の解放からよ」
などと言われたころから、身体を締めつけるような服装を一切排除してしまいました。
すると、たまに必要に迫られてフォーマルなスーツなど着ると、窮屈で、身体中こるようになってしまったのです。
というわけで、今ではクローゼットの肥やしですが、大切な一着です。
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