2014年7月2日水曜日

バナナ(芭蕉)の繊維

かつて、身近な植物から繊維を取り出し、つなげて糸をつくり、織って布にする生活が日本全国にありました。
今でも、クズ布、シナ布、カラムシ布などが、各地で細々とつくられていますが、最も確かに伝承されているのが、沖縄の芭蕉布です。
芭蕉布づくりは、戦前は沖縄のどの地方でも見られ、祖母から母へ、母から娘へと受け継がれてきましたが、戦後はそのほとんどが消えてしまいました。
そんな中、喜如嘉では平良敏子さんの努力によって芭蕉布を残すことができたのです。

平良さんは二十代で勤労隊として岡山県の倉敷に赴きましたが、戦争が終わって、どうしようかと考えていたとき、倉敷紡績の社長の大原総一郎さんと、民藝運動のリーダーの一人であった外村吉之助さんから、
「沖縄の織り物を守り、育てて欲しい」
と、励まされました。
平良さんはその言葉を真摯に受け止め、沖縄に帰ると芭蕉布づくりを知っている人たちに声をかけて協力を求め、技術を磨き、そして後継者育成に励んできました。

そんな喜如嘉でも、近年は携わる人たちの高齢化が進み、とくに「苧績み(うーうみ)」と呼ばれる、糸をつなぐ作業のできる人が減り、また、材料を集めるのも困難になるなど、不安材料もいろいろあるようです。
  

糸を採る糸芭蕉は、あまり肥えていない潮風のあたる土地でいじめて育てます。
繊維を柔らかくするために、年に三、四回、芯を切り落とします。


二、三年経って芭蕉が成熟すると切り倒し、一枚ずつ皮をはぎ、固さによって繊維を四種類に分けます。
一番外側は、ほんのりと緑色が残る皮までで、繊維が固いのでクッションやテーブルクロスに使い、二番目はネクタイなどに使います。
そして、三番目を着物を織る糸にします。
四番目は芯に近い部分なので柔らかいのですが、三番目の糸と混ぜて織ると、茶色く変色してむらになります。そのため、染めて使う糸だけに用います。


いちいち書きませんが、切り倒したあと、気が遠くなるようないくつもの工程を経て、芭蕉の繊維は糸となり、やっと織り機に掛けられます。

織りものは、知らない人から見ると、織っているところに技術が集約しているように見えます。
ところが実際は、すでにできあがっている糸で機(はた)を織るときでさえも、整経(せいけい、織り機に経糸(たていと)をかけること)して、あとは織るだけという段階までできたら、全行程の半分から七分目の作業が終わったようなものなのです。

これが糸をつくるのがたいへんな芭蕉布であれば、織り機にかけた時点で、たぶん99%くらいは出来上がった気がするのではないかと、想像してしまいます。


『いとなみの自然布展』で、沖縄県喜如嘉の芭蕉布について書かれた、薄い冊子を手に入れてきました。冊子には芭蕉の」実物がおまけでついていました。
というか、芭蕉布のことは、『季刊銀花』(文化出版局、廃刊)などで知っていましたが、このおまけに釣られて冊子を求めたようなものでした。

写真の左から、皮、繊維にしたもの、そして糸です。


芭蕉糸の特徴は、苧績み(繊維を裂いたものをつなぐ)のとき、繊維と繊維に撚りをかけてつなぐのではなく、結んでつなぐことです。


ところで、しばらくまえからバナナ(芭蕉の仲間)の繊維でつくったバッグを使っています。
ケニア産です。


これまで、ずいぶん長い間、肩に掛ければ両手を空けられるショルダーバッグ一辺倒でした。
仕事をしていた頃はもう少し大きいバッグを使っていて、七つ道具を詰めていました。
「爪切りある?」
「はさみがある?」
などと乞われるたびに、さっと取り出して、友人から、
「まあ、このバッグだけで、しばらくはサバイバルできるね」
などと、言われていたものでした。

最近は、さすがに爪切りまでは入れていませんが、それでもいろいろ入っています。
財布、眼鏡二つ、鍵、カメラ、裁縫道具、小さなレジ袋、エコバッグ、はさみ、薬手帳、ノート、ペン、櫛、ティッシュ、ハンカチなどなど。急に出かけることになっても、これさえつかんで行けばなんとかなります。
ところが、小さめのバッグにいろいろ入れるものだからいつもぱんぱん。順序よく詰めないと、ファスナーを閉めるのも一仕事でした。


バナナバッグはその手間を解消してくれました。
無精に拍車をかけるようですが、ただ放り込めばいいのです。
小さいので、トートバッグのように、奥に何を入れたか見えなくなるほどではありません。持ち手を一つ離すとぱっと口が開いて、欲しいものが一目で見渡せます。

バナナの繊維はサイザルほど固くないので、着ているセーターが擦れて、けば立ったりすることもありません。
どんな素材だったか忘れましたが、以前使っていた籠バッグの中には、使っているうちに繊維がぼろぼろ崩れて、そこいらじゅうにゴミが落ちてくるものもありました。


バナナは木ではなく、草に分類され、一本の茎には一度しか実が生りません。
バッグをつくるには、糸芭蕉ほどデリケートに、細くてしなやかな繊維を取り出す必要はないので、実が生ったあと切り倒して繊維を採れば、一石二鳥です。もっとも、バナナは実だけでなく花や葉も利用できますから、一石二鳥どころか、一石三鳥にも四鳥にもなるのでしょう。
経(たて)糸には、目方がかかりますから撚りをかけた「紐」を使っていますが、緯(よこ)糸はただ繊維を足しながら編んでいるように見えます。


持ち手も持ちやすく、丈夫で、当分ショルダーバッグの出番がなさそうです。




4 件のコメント:

  1.  連日貴重な話がつづいて驚きです。
    便利さばかり追う時代になってしまいましたね。

    返信削除
  2. 昭ちゃん
    乗りかかった船っぽく続けています(笑)。何もかも昔がよかったといいたいわけではありませんが、苦労した積み重ねの上にしかない満足感の重さを思うとき、みんな幸せを感じていたのではないかと想像してしまいます。
    ところで、私が皮をはいだカラムシ、あぁん、ひどい色です。美しい肌色になるはずなのに、腐った色(笑)。ものごとはなかなか安直にはいきません。

    返信削除
  3. こうゆう物を見ると弥生時代の「貫頭衣」ってすごいですね。
    食べることが精一杯なのに衣類まで、
    出土品の繊維をつぐむ用具に再度感激です。

    返信削除
  4. 昭ちゃん
    侮ってはいけませんよ(笑)。先日ジオツアーの参加したとき聞いてなるほどと思ったのですが、今と比べて古代の暮しは原始的なんて思ってはいけない、同じような工夫や便利さ、生活態度だったというものです。
    お金さえあれば知恵のない人間でも生きていける今より、もっと一人一人に暮らしの知恵が蓄積されていたでしょうね。衣類だけでなく、おしゃれも楽しんでいたと思います。
    それにしても糸紡ぎって、考えてみればすごい工夫ですね。撚りをかけるだけで、信じられないほど強くなるのですから。

    返信削除