そのため、きっと喜ぶだろうと、『編布(あんぎん)の発見』を一冊送ったことがありました。そのH.Kさんから、手紙が届き、中には、一片のアンギンが入っていました。
H.Kさん、すごい機動力です。
あれから、アンギンを見に、『編布(あんぎん)の発見』に載っていた、新潟県の十日町博物館まで行かれたのでした。
そして、そこで求めた小さなお土産のアンギンを送ってくれたのです。
このアンギンを見ると、もっとも一般的だった「袖なし」を編むときの経糸(たていと)の使い方、縁の始末の仕方、裾の経糸の始末の仕方などがよくわかります。
アンギンは、こもなどと同じように、ケタ(編む台の横棒)に、錘のコモヅチを糸の両端につけた経糸をたらし、ケタに緯糸(よこいと)を置いて、コモヅチを一本おきに前後に動かして編みます。
次の緯糸を置くと、休めていた方のコモヅチを動かすので、経糸は、常に緯糸二本を一緒に、交互に綴っていきます。
もし、緯糸一本ごとに全部のコモヅチを動かせば、倍の時間がかかります。
なにより、経糸のところに厚みが出て、よい布とはならなかったのかもしれません。
この布は、経糸の間隔が1センチくらいですが、もっと経糸の幅を詰めてつくったものもあったようです。
『編布の発見』 |
コモヅチとして使う木の直径は2センチほどですから、経糸の間隔が1センチでも、ずいぶん混みあいます。
私は庭に生えたカラムシの繊維を取り、干すまではやったのに、あとが続きませんでした。
自分で採ったのは色も悪いし、繊維の取り方も悪いのですが、H.Kさんから送っていただいた麻やカラムシの、もう糸にするばかりになっている繊維もあるのに、糸づくりのところで挫折してしまって、全然進む予定もありません。
それにしても、織物以前、6000年も昔の縄文時代に盛んにつくられていた編みものが、世界中で消えたのに、つい最近まで越後では普通につくられていたことは、奇跡のようです。
しかも織りものと違ってアンギンは男衆の仕事だったというところが、実に実に興味深いところです。
0 件のコメント:
コメントを投稿