2017年1月17日火曜日

鶏さん


輸出用につくられた塩コショウ入れの鶏です。


底に、OCCUPIED JAPAN{と印があるので、第二次大戦後、1945年から52年までの七年間に、輸出用につくられたものです。
この時代、動物のキャラクターを使った安っぽい塩コショウ入れやエッグスタンドが、欧米に向けてたくさん輸出されました。

小さな鶏ですから、塩を入れるには穴が小さすぎるような気がします。


そして、塩を振るにも穴が小さすぎるような気がします。

   
1968年、二年間暮らしたアメリカで出逢ったさらさらのモートンソルトには、本当にびっくりしたものでした。
なんて便利なの、若い私は添加物のことなど考えもせず、モートンソルトを重宝しました。べたべたと湿気る本当の塩が、アメリカにあったかどうかさえはっきりしないほど、モートンソルト一筋でした。
アメリカ暮らしの直前にはガーナで暮らしていましたが、塩は、粒々の灰色の岩塩を喧騒の市場の中で、値段交渉の末、買ってくるものでした。
そして当時の日本には、べたつく「塩」と、「食卓塩」というやや固まりにくい塩の二種類があるばかりでした。

1886年に、モートン氏は株を買い取った塩の販売代理店(1848年創業)の名前を、「モートン」と改名しました。そして、1911年には、炭酸マグネシウムを固結防止剤として加えることによって、さらさらの塩をつくることに成功しています。
そう、OCCUPIED JAPANの時代には、すでにアメリカには、さらさらのモートンソルトがあったのです。

塩コショウ入れをつくった日本の人たちがその存在を知っていたかどうか、モートンソルトだとこんな小さな穴にさらさらと入り、さらさらと出てきたことでしょう。
もっとも、よく知りませんが、ヨーロッパではこの塩コショウ入れは実用にはならなかったかもしれません。


鶏はなかなか凛々しい顔をしています。
絵つけも魅力的、とくに目が魅力的です。







8 件のコメント:

  1. 懐かしい言葉を思い出しました。
    九州に来る直前まで横浜の基地で働きました。
    (1945・10から11月まで)
    物資倉庫の中にある砂糖をポケットにくすねましたが
    復員服のほつれから歩くたびに全部流れおちました。
    これがグラニュー糖との出会いです。
     G,I,が真っ先に覚えた日本語は「オハヨウ」です。
    発音が「オハイオ州」に似ているからです。(笑い)

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  2. 昭ちゃん
    懐かしい言葉って、もしかしてモートンソルトですか?ではそのころ、アメリカの軍物資には、使われていたのですね。私は戦後長い間経ってから、初めて出会いました。
    そう言えば、私はNGOの携わっていましたのでレーションという言葉を知っていましたが、一回り大きい友人から、東京でも戦争直後にアメリカ(確かNGOのCARE)からのレーションをもらっていたと聞いて、びっくりしたことがありました。
    グラニュー糖と言えば、小さい頃に、氷砂糖をお菓子として食べていたのを思い出しました(笑)。舌で転がして長い間楽しめました。あれもアメリカから来たものだったのでしょうか。
    私も時々、夫に朝、ふざけて「オハイオ」と言ったりします(笑)。アメリカに住んでいた知人が、近所の人に日本語を教えていて、「ジョージア」と言われて何かと思ったら、あいさつが州の名前に似ていたと思ったその人が、「オハイオ」の代わりに「ジョージア」と言ったのだったという笑い話を聞いたことがありました。

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  3.  基地で日本人が初めて聞いた言葉は
    「ハバ ハバ  レッゴー」で
    東京裁判・極東軍事裁判では「ビー  サイレント」です。

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  4. 昭ちゃん
    あっはっは、面白いですね。ハバの後はなんて言ったんだろう?
    タイのレストランで昔、知人が、「痒いかいかいかい言ってりゃ通じるよ」と言っているので、任せておいたら通じてました(笑)。本当は「サイ・カイ・ガイ」、鶏の卵を入れてくれと頼んでいるのです。「オハイオ」と「おはよう」ではありませんが、発音が似ている言葉があるのって楽しいですよね。適当に通じて。
    タイ語で、下着のパンツは「カンケン・ナイ」といいます。日本人同士で、「関係ない、関係ない」と言っていて、タイ人に「いったい何の話をしているんだ?」と訊かれたことがありました(笑)。
    タイ語で「名前は?」は、「チュー・アライ?」です。新井さんだったら、答えが「チュー・アライ」になるとか、荒井注だったら、「チュー・チュー・アライ」になるとか、玉井さんだったら、「チュー・タンマイ?=なんで名前聞くんだよ?」とけんかを吹っ掛けるようになるとか、習いはじめのころは楽しんだものでした。

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  5. 話がつきませんねー
    沖縄で戦ってきた兵隊相手にブロックン イングリッシュで立ち向かい、
    面白かったです。
    住む家が有れば九州にはきていませんね。

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  6. 昭ちゃん
    住む家がなくてよかったですね(笑)。おかげで素敵な出会いがあり、素敵な家族があるじゃないですか。
    「なんぼごつ、九州の方がよか」

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  7. 20%の未練を抱えて「到るところに青山あり」っと。

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  8. 昭ちゃん
    そうそう、「いたるところに青山あり」ですよ。でも、近くに青海も欲しかったなぁ(笑)。

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