2018年9月24日月曜日

カンボジアの籠


庭にタイルを敷いて間にモルタルを詰め、小石を並べたら、それまで石を入れていたカンボジアの小籠がいくつか空きました。
籠や箱に、手たたり次第に石や木の実が入れられ、缶入りや箱入りは、忘れられてもいるのです。


この籠は、誰かにもらったもの、あちこちでいろいろもらったので、誰だったかはっきり覚えていません。
がっちりと編んであり、それに樹液を塗ってあります。持ち主が塗ったものです。
カンボジアの籠にしては珍しい仕上げ方で、四方で絞っていません。


ちなみに、四隅で絞っている籠とはこんな籠、平面的に編んでいたものを絞って丸くします。


籠の外側は5目飛ばしの綾に、内側は4目飛ばしの綾になっています。
編み目は、綾を飛ばすほど食い込んで目が詰まりますが、長ければ引っ掛かりやすく、傷みやすくもなります。それを家庭で樹脂を塗って補強します。


縁の始末は、針金で巻いたあとタコ糸で締めてあります。
もしかして、縁に針金を巻いたのも、タコ糸を巻いたのも、使っていた人でしょうか?
普通、カンボジアの籠の縁は、ラタンでかがってあります。


ラタンのかがり方も、同じだと思っていたましたが、こうして比べてみると、地方差か個人差か、ちょっとずつ違っています。


横から見ても、一本どり、二本どり、斜めと違います。
  

これらの小籠は、その昔、タイにあった難民キャンプで難民から買ったもの(売って資金にしていた)、難民からもらったもの、プノンペンやプレイヴェンの農家でもらったものなどなどです。
カンボジアでは、各村、あるいは二、三の村に一人や二人籠編みのうまい人がいて、農閑期にひごが細い手の込んだ籠をつくっていて、村の人はみんなその籠を使っています。
ところが、町の市場の籠屋では、村でつくられているものに比べると目の粗い、売るためにつくった籠しか売っていなくて、双方には、歴然とした差があります。

そのため、みんなが使っているような籠が欲しいとなると、村の籠師さんに頼んで、つくってもらうか、人が使っているものを欲しがるかしかありません。
ふらっとのぞいた市場の竹籠屋さんで、掘り出しものを見つけるという楽しみは、カンボジアではあまりないような気がします。









2 件のコメント:

  1. 姐さん一時期「ベトナム難民船」が
    ニュースに取り上げられましたが今は多方面
    それなりに生活レベルが向上したわけですか、
     米類の話お陰で広がりました。

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  2. 昭ちゃん
    1980年ごろ、ラオス難民はサーチライトで照らされる中をメコン川を泳いで、カンボジア難民は国境にばらまかれた地雷をかいくぐって、ヴェトナム難民は小さな船で、命がけでタイを目指しました。
    背後には複雑な力関係もありましたが、出る以外ない道のない人もいました。今の難民も基本そうだと思いますが、もうある特別な人たちだけでなく、国境を超えることは世界の流れになっています。
    アメリカの人口は、白人とその他が拮抗していて、何年かで非白人の人口が上回るのだとか、その焦りがトランプ支持に出ているとの分析もありますが、いつか国境のない世界がやってきくるでしょうか?
    もう、すでにものや情報には国境はなくなっていますが、人の移動に関しては、既得権益を放したくない人々によって、国境で死守されています。

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