2018年10月14日日曜日

絞り染めのショール


カンボジアの絞り染めのショールです。
このショールは薄い絹で、布は中国で織られたもの、それを植物染料だけで染めています。19世紀末につくられたものです。

横向き。真ん中の白っぽく見える模様を中心に左右対称

写真の真ん中あたりで模様が左右対称になっていますが、これは長さの半分で布を二つ折りにして、二枚一緒に括って(くくって)あるからです。
布は二つ折りにした後、下絵を描き、下絵に従って、防染したい模様の縁を縫い縮めてから、糸をぐるぐる巻いて(括って)染料に浸します。

絞り染めは、染物の中ではもっとも古い技法で、インドで生まれて、いろいろな地域に伝播していきました。この、二つに折って括って、手間を半分にするという方法もインドのやり方を真似たもので、インドでは四つに折り畳んで括る場合もあります。
なにせ、サリーなどは6ヤード(約5、4メートル)も染めなくてはならないので、四つ折りにしても大変な仕事量です。


多色染めは、部分的にほどきながら染め進めたり、括り足したり、何色も色を重ねたり、あとから色を差す場合もあります。


絞り染めは、布を括っていくにしたがって布が寄せられてきて、いったい何がどうなっているのか、まったくわからなくなってしまいます。


ネットで見つけたこの画像、この括り方からすると、広げたときには大きくて丸い模様のようですが、単純な模様の絞りでも、布はこんなに状態になってしまいます。


こちらは、インドネシアスマトラ島のパレンバンのショール、やはり植物染料だけで染めています。


これも中国で織られた薄い絹を二つ折りにして括ってあり、中心線から左右対称となっています。
真ん中の折れ線が「わ」にした部分ですが、半分の形で縫って染めたにもかかわらず、ほかの模様と同じ形をしているのが見事です。


カンボジアのショールもスマトラ島のショールも、中央部分とボーダー部分は、別な模様になっていますが、これもインドの意匠からの影響を受けたものです。


スマトラ島の絞りの方が、カンボジアの絞りより、よりインドの影響を強く受けているのが、ペーズリー模様の有無でわかります。

ペーズリーの原型は、古代ペルシャにありますが、十七世紀にインドのカシミールで今の形となり、それが英領インド時代にイギリスにもたらされ、1800年ごろからスコットランドのペーズリーで量産されるようになって広く出まわり、名前が一般的に知られるようになったものです。
モチーフはボダイジュともナツメヤシとも、あるいは強風で曲がった糸杉とも言われています



スマトラ島のショールには、金糸(木綿に、金と強度を出すために銀を混ぜたものを貼った糸)で編んだ縁飾りがつけられています。
年を重ねて黒く見えますが、もとは金色に光っていました。

『TRADITIONAL INDONESIAN TEXTILES』より

この二つは、『TRADITIONAL INDONESIAN TEXTILES』(Barry Dawson著、ロンドン、1992年)に載っている、パレンバンの絞り染めのショールです。

『TRADITIONAL INDONESIAN TEXTILES』より

左も、パレンバンの絞り染めショール、このようにシンプルなものもあります。
右は、やはりインドネシアのスラウェシ島の先住民、トラジャの絞りです。パレンバンの布同様に儀礼に使いました。
スマトラ島の絞りに比べると、ずっと簡単、かつ大胆な絞りです。

トラジャの絞り

それでも、本物を見ると、きっと美しいに違いありません。
すでにスラウェシ島では、絞りは失われています。

木綿の絞り

スマトラ島のパレンバンでは、まだ盛んに絞り染めがつくられていますが、技術は簡単だし、染料は化学染料だしで、往年の手の込んだ絞りを思い起こさせるものは、何も残っていません。

『TRADITIONAL INDONESIAN TEXTILES』より

ジャワ島の踊り子の写真です。
いつごろの写真か記載がないのが残念ですが、絞りのサッシュを垂らしています。
さぞかしカラフルで美しかったことでしょう。

 

20世紀に入ると、世界各地に化学染料が普及していきました。
化学染料とプリント機械の出現で、染めものの世界はガラッと変わってしまいました。








4 件のコメント:

  1. 絞り染めというのは、色が染みないくらいぎゅっと固く絞らなくては駄目ですよね…。単純な藍色・木綿の絞り染めでもうまくいくのか半信半疑で、鹿の子の総絞りもその手間に感心するというか、手が痛くならないだろうかと心配するのに…。
    この多色染めには、うへぇー…と驚きます。白い布を、黄色→赤→青と染めるのでしょうかね?途中でくくりなおして…、途中経過の写真を見ただけでも大変なのに、よく間違えずにまぁ…と。それにしても、模様にかける意地というか、何というか…。布地一つとっても、染めでも織りでも編みでも、単純な言葉で括れないような計り知れないエネルギーをいつも感じます。

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  2. karatさん
    私も同じことを感じます。無地ではなく、もっと模様をつくりたい!その気持ちが、絞り染め、型染、パッチワークなどに人を走らせたとして、どうしてここまで!と思いますよね。
    でも、これなど、ちょろいちょろい。インドの絞り染めを見ると、その細かさに卒倒しそうになります!

    その昔、京都の西陣で聞いたことですが、織りもののピークは2000年くらい前だそうです。「金に糸目はつけない、どんなに時間をかけてもいい、極上のものをつくれ」というパトロンがいて、信じられないような織りもの(例えば時代は下がるけど正倉院の御物みたいな)が織られたのだそうです。
    日本でも絞りは江戸時代の辻が花みたいなのを現代つくれる人はいませんよね。人間はいろんな可能性があるのに、それが今では全く生かされていないみたい、おもしろいですね。
    インドの人が、糸を手で紡いでそれを手で織った、6×1ヤードの布が、指輪の中をするすると通ったって、知ってます?これも、卒倒ものです!

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  3. 見ているだけでも気が遠くなりますね。絞り染めは真ん中を摘まんだ花模様のようなものだけだと思っていましたが、ペイズリーとかジグザグとかもあるのですね!

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  4. hiyocoさん
    インドでは、爪で持ち上げてぽちっと括った小さなドットを何百とつなげて、小さな象や人の姿をあらわしたりしています。基本的にはどんな模様でもできるし、彼ら(彼女ら?)は、それを目指したのでしょうね。
    すごい企画力と推進力だと思います。
    絞りは、ステンシルもいらない、スタンプもいらない、一番プリミティブな染物と言われていますが、奥は深いです。

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