2019年6月28日金曜日

磁器いろいろ

 

あかずきんさんからのプレゼント、磁器の品々です。


金魚印と書かれたおちょこ、九谷焼です。
瀬戸内の祖父母の家でも九州の有田焼のおちょこを使っていたはず、どうして九谷が九州にと思いましたが、


「金魚印 九州総代理店」と朱書きしてあります。
陶磁器の一大産地である九州に、北陸の九谷焼の九州総代理店があったということは、どういうことだったのでしょう?
興味津々です。


蝙蝠模様の伊万里の向付完品は、あかずきんさんが浜で拾ったものです。


浜でこんなものが拾えるなんて、さすが玄界灘です。
あかずきんさんはほかにも、なます皿など完品をたくさん拾っていらっしゃいます、


中の模様は松竹梅でしょうか?


これは、紅皿です。
直径50ミリほど、以前、あかずきんさんがこのお皿を拾ったことをブログに書かれていたのを見て、初めて知りました。ボトルソウドウさんはご存じだったようですが。

ハマグリに紅を入れていたのは知っていました。小さめのハマグリを閉じて紙で留めてあったのを見たことがあったような、中に紅が入っているのを見たことがあったような気もします。しかし、実際に見たことがあったのか、あるいは映画などで見たのか、記憶はあいまいです。


今も紅花でつくられている「小町紅」は、紅皿に入っているときは赤ではなく玉虫色で、水で溶くと赤くなるそうですから、ハマグリにぽっちっと入っている紅という私の記憶は、間違っているのかもしれません。


一緒に入っていた海洋堂のフィギュア、「日本の昔話」シリーズの中の金太郎です。


それにしても、よく立つものだと感心しました。
もっとも、猿を立たせるにはコツが要りました。手前右のリスは高さ5ミリくらいです。


海洋堂×中川政七商店の「日本全国まめ郷土玩具収集」の、神奈川県の横浜開港人形と、茨城県の那珂湊張り子のウサギです。


那珂湊張り子のウサギは2匹目でした。
あかずきんさんも、ガチャガチャをしたのでしょうか?


金太郎は飾るには小さすぎますが、まめ郷土玩具はこちらの棚に収まりました。


いやぁ、いろいろ楽しみました。
あかずきんさん、ありがとうございました。








14 件のコメント:

  1. あかずきん2019年6月28日 12:39

    ハマグリのクスリは骨董市で頂きました(^o^)
    くすりと書い紙の帯が付いています(笑)
    可愛い~!と感動した記憶があります。

    返信削除
  2. あかずきんさん
    ハマグリに薬?素敵ですね!
    だってハマグリの殻はあんなに使い勝手がよさそうだから、使わない手はありませんものね。
    昔の薬は、膏薬とか、とっても薬らしい匂いがしていましたね(笑)。

    返信削除
  3. 春姐さん戦災でいろいろ焼失しましたが
    記憶の中にハマグリに軟膏が入っていました。
    江戸時代の笑話に
    医者がさも繁盛しているようにハマグリの殻を並べてある話があります。

    返信削除
  4. あかずきん2019年6月28日 18:01

    紅皿を調べて波佐見~有田と資料館や陶磁器会館と回りましたそこで使用済みの器を染付の色絵用に幾つも並べて使っていたそうです、今も昔もすごいなぁと思いました(笑)

    返信削除
  5. ボトルソウドウ2019年6月28日 19:16

    その手の紅皿は雰囲気が最高ですね。前にもっと新しい年代の物は拾ったことありますがとにかく小さくて可愛いですよね。
    九谷の代理店ではなく金魚印のお店の代理店という意味にも見えますがどうなのでしょうか?
    伊万里の図柄も素敵だしどれもこれも良いですねー!

    返信削除
  6. 昭ちゃん
    ハマグリはそうでしたね。私の思い違いで、紅ではなく軟膏が入っていたのかもしれない。そういわれれば、私も記憶の片隅にそんなものがあった気がします。
    記憶と言うのは、かさぶたが何枚も重なったようなもので、上の方のかさぶたを取り除かないと下の方のかさぶたが出てこないとか(笑)、ほとんど何もかも埋もれています。
    江戸時代なら、ハマグリは軟膏を入れるのにうってつけですね。

    返信削除
  7. あかずきんさん
    紅皿を色絵用の絵の具皿として使っていた話、面白いです。
    で、もともとの紅皿も波佐見や有田でつくったんでしょうね?
    しのぎを入れた型に粘土の板を貼りつけて成形し、はみ出した部分を水平に切り取る。乾かしたあと、どう持って内側と縁だけ釉薬をかけたのか、外に半分だけ釉薬がかかっているので、すくって余分を返したと思われますが、縁にはきれいに釉薬がかけなくてはならない(のかな?)、面倒な作業ですね。
    あと、焼くときはどうしたのですかね?二つ合わせて焼くとくっついてしまう。重ねて焼いた跡もない。小さいので一つ一つさやに入れると無駄な気がする。
    雑器で高いものではなかったと思われるので、つくり方も興味津々です。

    返信削除
  8. ボトルソウドウさん
    そうでした!金魚印の代理店でした(笑)。九谷全体が九州に乗り込もうとしたわけではありませんでした。
    向付のコウモリは匹いますが、どれも違ってかわいい顔をしています。
    金魚は九谷独特の金魚ですね。

    返信削除
  9. 軟膏容器のつづき
    仲良しの骨董屋さんから頼まれました「これはなんですかー」っと、
    蓋つきの瀬戸容器で径8センチ高さ10センチぐらい手にとると
    微かな匂いと手触り一発で解りました「軟膏容器」です。
     友人のお父さんが江戸時代から伝わる「なぐら流」の接骨院で
    柔道も教え棚にはこの容器が並んでいました
    この容器の特徴は
    蓋にヘラを入れる切り込みが無い事とニップル状のつまみでしょー
     若い業者の方は知らなくてあたりまえですよね。

    返信削除
  10. 蝙蝠の絵付け、いいですねー。
    たっぷりと呉須を含ませた筆で、さっさっと羽根を描いてるだけなのに
    生きている感が感じられますね。
    こんなものが拾えるなんていいなー。
    そしてこんなものがもらえる春さんもいいなー(笑)。

    カップくらいの大きさの器なら高台を持って、中に柄杓で注いだ釉薬を
    手首をグリンと回しながら空けて釉掛けをします。
    紅皿は柄杓で注ぎ入れるには小さいので、釉薬をすくった後にやはり高台を
    持った手首をグリンと回して中の釉薬を空けたのじゃないかと思います。
    グリンと回す勢いで釉薬は縁のところで切れて外側まで釉薬が掛かりません。
    半分かかった釉薬を拭き取らないのは、安い小皿に手間をかけなかったためじゃないでしょうか。
    昔は大きな窯の中で焼いていたので、大物の間にいくらでも小さな雑物を詰められたと
    思います。
    そういう生き生きとした職人仕事が感じられる器たちですねー。うっとり。

    返信削除
  11. 昭ちゃん
    ハマグリの殻だけでなく、たっぷり入る軟膏容器もあったのですね。
    そしてその昔は中身がなくなるとまたそれを持ってもらいに行ったのでしょう。私が小さいころは軟膏はガラスビンに入っていました(^^♪

    返信削除
  12. kuskusさん
    コウモリたちは、いたずらっ子がかくれんぼしているみたいでかわいいですよ(^^♪
    内側の縁の花菱紋は印判かなと見てみたら手描きでした。あっという間に描いちゃうんでしょうね。

    紅皿は、それがね、高台が薄くて持てないんですよ。指じゃなくて爪でつまんでみたけど無理。でも、それでは高台をつける意味がないからと、ラジオペンチを高台の中に入れて広げるようにして持ってみたけど、やっぱり不安定で無理みたい。左手で縁を持って、面倒だけどひしゃくで入れて、グリントまわしたら、真直ぐに切られた縁にもきれいに釉薬がかかるかしら?
    とぽんと釉薬に漬けてしまって、後で糸敷きをちょっと削る方がずっと楽みたいです。まったくの素人考えだけど(笑)。

    返信削除
  13. うーん、高台がつかめないとしたら、ハサミのような形の道具があるんだけど
    それを使ったのかな?
    ハサミというよりは鉗子のような感じで、器の内側と外側を挟んで使います。
    先は画鋲の針先のように尖っていて、放した後もピンホール程度の跡が残るだけ。
    釉薬が溶ければこの跡も分からなくなるだしょう。
    このハサミではさんで、さっと釉薬を汲み取りハサミごと手首をグリンと回して
    中を空にする。
    慣れた職人さんなら1秒くらいの作業かも。
    縁まできれいに掛かります。
    この紅皿が作られた頃に、この道具が使われていたかどうかは分かりませんけど。

    返信削除
  14. kuskusさん
    それだったら手も汚れないし、釉薬も無駄にならないですね。
    なにせ、人間機械みたいにならないとやっていられない使い捨てのもの、やっていられない時代でしたからね。
    そんなに昔のことではなくても、学生時代に柿右衛門窯を見学に行って(だいぶ昔のことだけど、笑)、すべての手作業があまりにも早いのに驚いたことがありました。
    機械がすっかり人の能力を奪ってしまったことでしょうね。

    返信削除