2021年9月9日木曜日

40年の苦しみ


救国イスラム統一戦線(北部同盟)として侵攻してきたソ連と激しく戦い、パキスタンの傀儡政権であったタリバーンにも抵抗したアフマド・シャー・マスードが、アルカイダとタリバーンによって暗殺されたのは2001年9月9日、今日でちょうど20年経ちました。その2日後にはアメリカで同時テロが起こりました。

ソ連のアフガニスタン侵攻からマスードの暗殺まで約20年、そしてマスードが暗殺されてからちょうど20年。アフガニスタンはいまだ混迷を抜け出せていません。40年もの戦争の時代は、元はと言えば大国が仕掛けたものです。ソ連が進行しなかったら、アメリカがソ連や中国に対抗するつもりでタリバーンの芽をつくらなかったら、21世紀の早い段階でアメリカが軍を引き上げていたら、アフガニスタンは平和だったのではないかと、たくさんの「たら」が去来しますが、歴史上に「たら」はありません。

8月の時点で、タリバーンは国内34州のうち、北東部のパンジシール州を唯一掌握していませんでした。パンジシール州では、いまでも「国民抵抗戦線(NRP、かつての北部同盟)」がタリバーンに抵抗を続けていたのでした。


現在NRPを率いているのは、暗殺されたマスードの息子、アフマド・マスードです。そのマスードが、9月6日に、
「対話の用意がある」
と発表、しかしその後すぐに、タリバーンは、
「パンジシール州を完全に制圧した」
と発表しました。
「交渉が決裂したため、武力を用いざるを得なかった」
と説明し、「全土掌握」を宣言しましたが、NRPは、
「州制圧の情報は誤り、我々は戦う」
とツイートしています。

アメリカは20年も戦争に手を染めたと言っていますが、自ら選んでやったこと、アフガニスタンは、好んでもいないのにその倍の40年も戦争状態に苦しんでいます。
国内的には、パシュトゥン系のタリバーン、タジク系のNRPという構図の矛を収めて、アフガニスタンの人々の暮らしを翻弄する「国際社会」に対して、なんとか立ち向かって行って欲しいものですが、どうなるのでしょうか。
アフガニスタンにも、ほぼ間違いなくグローバル化の波は押し寄せています。




 

2 件のコメント:

  1. 1990年頃、自動車補修部品の輸出の仕事で中近東を担当していましたが、アフガニスタンは戦争で取引ないからと前任者から引き継いだのを思い出しました。それがずっと続いているのですね。

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  2. hiyocoさん
    長いですよね。
    1970年代の初め、やっと日本から観光などで海外に行けることになったころ、友人がパキスタン、アフガニスタン、イラン、トルコの旅に行きました。80万円くらい、年収に近い参加費でしたが、この旅はその後の人生に大きな影響を与えたと思います。
    それからソ連侵攻があって戦争状態になりました。人の一生分くらい長い戦争です。アメリカ軍が撤退したのは、決して悪いことではないので、落としどころを見つけて平和になって欲しいと思います。

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