静岡県の浜松張り子の鯛車です。
浜松張り子は、徳川幕府の幕臣だった三輪永保(ひさやす)が幕府の解体で禄を失い、江戸を引き上げて浜松の引佐郡(いなさぐん)で郡書記(今でいう公務員)に就くかたわら、江戸風の張子玩具をつくったのがはじまりとされています。
大正13年に、永保没後は息子の永智に引き継がれますが、昭和20年6月18日の米軍による浜松大空襲で、木型、資材などすべてが灰燼に帰してしまいました。
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| 三代目、二橋志乃さんの制作風景。浜松市文化財デジタルアーカイブからお借りしました |
しかし、永智の妹である、三代目の二橋志乃さんが、日本郷土玩具協会浜松支部の後援を受けていち早く再興、昭和32年には、旧木型の大部分の復元を果たしました。





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