2010年2月19日金曜日

ビンロウの鋏



今回の旅で、骨董屋の集まるプノンペンのトゥールタンポン市場で、ビンロウを切る鋏を見つけました。カンボジアで、ビンロウを切る鋏を見たのは、初めてのことでした。もっとも、片刃ですから、鋏と言わず、カッターとか、ビンロウ切り、と言った方がいいかもしれません。

熱帯アジア各国では、日本でキンマと呼ばれている嗜好品があります。ビンロウの実を、石灰、刻んだ煙草の葉などと一緒に、タイ語でプルーと呼ばれる、コショウの仲間の葉に包んで噛みます。苦いのですがちょっとしびれるような感じがあるそうです。
キンマに関しては、特別な、ビンロウを切る鋏、石灰を入れる容器、石灰を混ぜる乳鉢のようなもの(実際は筒)などがありますが、とくに、それらすべてを入れておく箱にすばらしいものがあり、日本では転じて、その箱に見られる漆の手法を、キンマと呼んでいるほどです。

ビンロウを噛んだものをペッと吐き捨てると、真っ赤なので、最初は、「この人は血を吐いているのではないか」と、ギクッとします。タイやカンボジアでは年配の女性だけ噛みますが、ビルマでは若い男性も噛みながら歩いていました。ただ、口の中や歯が真っ赤に染まってとれないので、美容上からも、最近では急速に廃れているようです。

私たち夫婦は、大きいトランクはバンコクの空港に預け、デーバックだけでプノンペンに行っていたので、帰りのプノンペンの空港では、荷物を預けるかどうか迷いました。まあ、古い鋏は凶器にも見えないだろうと甘い期待を抱いて、機内に持って入ろうとしたところ、残念、荷物検査でひっかかってしまいました。
「じゃあ、荷物預けのところまで帰って、預け荷物にしてきます」。最初、「そうしたらいいよ」、と言っていた担当の男性は途中から気を変えたのか、「ここで預かってもいいよ」、と言います。「前に預けたことがあるけど、けっきょく渡してもらえなかったから、やっぱり預けなおします」、と私。「絶対大丈夫。この袋に入れて」。
じゃあそうするかと、私は厚手の封筒に鋏を入れて、渡しました。

「そこへ座って」。えっ、尋問?過激派に見られたかしら。私は観念して、差し出された椅子に座りました。「ところで、どうしてこれを買ったの?」、そんなことを言われても困ります。「好きだから」、「どうして好きなの?」。
私は戦法を変えました。「この鋏、ビンロウを切る鋏ですよね。実は、私集めているんです。これって、タイのものに似ているけど、カンボジアのものですか?それともタイのものかしら」。

日本人同様、東南アジアの人々も、近隣諸国の人々にはちょっと複雑な感情を持っています。
「もちろん、カンボジアのものですよ。私のおばあさんが、まったく同じ鋏を使っていたなあ」、と男性は、夢見る瞳になりました。尋問しているのではなくて、記憶の底に沈んで、長いあいだ忘れていたものを、どうしてここで見たのかと、ただ不思議に思っていて、話がしたかっただけのようでした。

バンコクの空港で、ロッカーから出したトランクに荷物を詰め替え、またデーバック2つで、南部のクラビに行きました。クラビの空港で、係りの男性に、機内でもらった預り証を見せると、荷物がぐるぐるまわっているところに連れて行かれました。でも、封筒はありません。「こっちに来て」。また、別のところにも行きますが、そこにもありません。不安になりはじめたころ、トランシーバーで連絡を取ってくれて、他の人があの封筒を持ってきてくれました。
お礼を言って別れようとしたら、その男性が、「ところでその袋に何が入っているのか、見せてくれますか?」、と真面目な顔でたずねます。「もちろんよ」と、私は封筒をびりびり破き、鋏を見せました。男性は、一瞬の間をおいて、「あはははは」と、大笑いをして、何も言わず、行ってしまいました。




これが、タイのビンロウを切る鋏です。形はカンボジアのものとよく似ていますが、握るところの先端の形が違います。
実は、タイは鍛冶屋の発達しなかった国です。鉄器はすべて、インドやビルマからの行商人が定期的に売りに来たようでした。カンボジアはどうだったのでしょう。勉強不足で知りません。重い鉄のフレームのアコーデオンドア製作など、近代的な鉄細工はとても優れていますが、昔はどうだったのでしょうか。
インドやビルマの鍛冶屋が、タイ好み、カンボジア好みにつくって売りに来たのか、それともカンボジアのものはヴェトナムから来たのか、またはカンボジアでつくったものをタイまで売りに行ったのか、想像すると楽しくなりますが、はっきりしたことはわかりません。
ところで、キセルは、カンボジア語だということをご存知ですか?カンボジア語で、キセルは空洞になったパイプという意味です。また、キセルの修理屋をラオ屋といいましたが、その「ラオ」は、ラオスのラオです。




これは、インドネシアのものです。繊細で優雅、なにかバティクの模様などに通じるものがあります。




インドのものです。インドは広いので、どのあたりのものでしょうか。これだけは、現地ではなくて、横浜のトルクメンというお店で買いました。私が喜ぶようなものをたくさん置いてあるお店でしたが、2年ほど前に行ってみましたら、なくなっていました。




ビルマのものです。
タイのメーソットはビルマとの国境の町です。タイ人なら昼間、ビルマ領に自由に入れて、入るとすぐに市場があります。外国人は行けませんが、どこにいてもタイ人に見られていた私は、友人たちとすんなり入り、市場で売っていた、骨董ではない、実用品のビンロウの鋏と、身体を洗う石を買ってきました。鉄と何との合金なのか、白っぽい色をしていましたが、年月がたって、いい色になってきました。




これも、骨董ではありません。どこかの市場で実用品を買ったのですが、どこの国の市場だったか、覚えていません。形がずいぶん違いますが、タイの市場だったでしょうか。

間違っているかもしれませんが、フィリピンには、ビンロウを切るための、特別な鋏はなかったように思います。もちろん、ビンロウはナイフでも簡単に切れますが、特別な鋏が発達して、ビンロウを切る楽しみがあったことは、とても素敵なことだったと思います。

2 件のコメント:

  1. The scissors or cutters are called "kalukate" in Tagalog. For additional information, please see:http://www.lasieexotique.com/mag_betel/mag_betel.html

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  2. Elmer
    Thank you for your information on kalukate.
    I have never seen a betel scissors in Philippines before.
    It is so nice!

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