2011年9月3日土曜日
刺繍の裏
その昔、アメリカの小さな町の小さな路地裏のお店で見つけた、メキシコのブラウスです。
いくら年齢を問わないとしても、もう着ることはないと思いますが、手放せない、大切な一枚です。
メキシコのブラウスの中では、この刺繍はどちらかと言えば、控えめで、あっさり目です。
裏返してみると、私が刺したものなどと違って、サテンステッチの針目が、きちんと揃っています。
クロスステッチは、モン人の刺繍です。ところどころに、別布がアップリケされています。
モン人は中国からラオス、ビルマ、タイなどの山岳地帯に、小集落をつくりながら住んでいます。
細長い、木綿や麻の手織りの布にクロスステッチして、細かく糊を手描きして防染し、藍で染めた模様布と縫いあわせます。
それを細かく縫いたたんで長い年月寝かせて、細かいプリーツスカート(写真:People of the Golden Triangle)をつくっていました。
かつて、衣装はモン人だけでなく、山岳民族グループの重要な社会的サインでした。他の山岳民族との差別化をはかり、同じ民族グループの中では、出来栄えを競い合いました。
時間をお金に置き換えず、ひたすら、より美しいものをつくろうと、励みました。
しかし近代になり、国境線を越えての移動を禁じられたこと、自立生活の依拠していた豊かな森が、国などによる森林伐採などで消失したこと、経済のグローバル化が進んだことなどにより、伝統社会は崩壊していきました。
そして、30年ほど前から、衣装はもはや重要なものでなくなり、丹精込めてつくりためた衣装は、大挙して商品として市場に放出されました。
一つ上の写真の刺繍も、古いスカートをブラウスに仕立て直したもので、ヴェトナムのお土産にいただいたものでした。
クロスステッチをふんだんに使った、縦縞のブラウスはちょっと派手すぎたので、着ないでしまってありました。しかし、10年ほど前だったでしょうか、ふと刺繍の裏に目を留めると、針目は揃っているし、表より地味でいい感じです。
というわけで、解いて刺繍は裏返し、汚れていた労作の糊染の布は裏地にまわし、
手持ちのモン人の藍染めの無地の布と合わせて、はっぴ風の上着をつくりました。
刺繍の裏を表に出して使っているなんて、モン人以外、気づきそうにもありません。
やはり、中国から東南アジアにかけて住んでいる、ヤオ人の女性用ターバンの布端の刺繍です。
ヤオ人は、長いターバンを頭に巻いていました。
他人に頭髪を見せない文化は、地球上広範囲にわたっていますが、ヤオもその一つでした。
布をめくってみると、裏はこんな感じ、ヤオ人の伝統の縦横模様は、表も裏も同じです。わずかに、一番下の段と、三番目の段のクロスステッチの部分が、表か裏かをあらわしています。
ヤオ人は、もともとクロスステッチを持っていませんでしたが、モン人からの影響を受け、7、80年前から、取り入れるようになりました。
これが表で、
こちらが裏です。
ヤオ人は、子どもの頃から刺繍をはじめますが、表ではなく裏を見ながら刺繍すると聞いたことがあります。糸の締め具合など、表を見て刺していてさえ難しそうなのに、裏から刺すと表ができていたなんて、私にはとうてい考えられません。
縫いはじめや、縫い終わりの糸は、いったいどんなふうに始末しているのでしょうか?
ヤオ人女性のパンツです。ウエストは、サロンのように巻いてはさみ込みますが、私が勝手にゴムを入れて、使っているものです。
このスカートは、ターバンより時代が新しいのか、あるいは、長い上着でほとんど隠れてしまうからか、裾と、上端以外には、ふんだんにクロスステッチを使っています。
こうやってみると、ヤオの伝統模様より、クロスステッチの方が自由自在で華やかな模様ができるようです。
もともとパンツの刺繍は、裾だけにしていたものが、競いあううちにだんだんエスカレートして、パンツじゅう模様で埋め尽くすようになったそうです。
伝統模様の部分の、黒っぽく刺繍していないように見えるところにも、藍地に黒糸で刺繍してあります。
裏も見事です。
クロスステッチの、白い糸と桃色の糸が交差するところなど、いちいち糸を切るのか、美しい仕上がりになっています。
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