2016年8月2日火曜日

サトクリフ


ときおりと言うか、一年に一度くらいは、ローズマリー・サトクリフの本が読みたくなります。
何度も読んだものを引っ張り出して読んだり、まだ読んでいなかった本を探したりします。
サトクリフの物語の主人公は、ほとんど、若い男性や少年です。挫折を味わったり希望が断ち切られた彼らが、絶望の日々を過ごしたのちに蘇る、そんな物語が描かれています。


ところが、『イルカの家』(ローズマリー・サトクリフ著、乾侑美子訳、評論社、2004年、オリジナルは1951年)は、サトクリフにしては珍しく、舞台が古代ではなく、黄金の新世界へと夢を馳せる大航海時代です。
しかも、主人公は女の子で、幼い時に両親を亡くしてはいますが、祖母や叔父叔母によって、たいせつに育てられています。登場人物はすべて心温かい人たちで、悪人が一人も出てこない、胸を傷めないでいい、安心して読める異色作です。


『イルカの家』は、C.ウォルター・ホッジズの挿絵も楽しめます。
これは、少女タムシンが暮らす、ロンドンの鎧師(よろいし)の叔父の仕事場の情景です。制作中の鎧兜とともに、鉄床(かなとこ)、やっとこ、ハンマー、たがね、ふいご、柳でできた籠などが置いてあって、当時の鎧師の仕事を興味深く見ることができます。

この時代、女性は買い物の時ぐらいしか、外を出歩くことはなかったのでしょうか。タムシンの叔母さんは毎日のように、タムシンと娘のベアトリクスを連れて、居住空間である階上から降りてきて、この仕事場を通り、ちょっと臭気の漂う、舗装されていないロンドンの街に、食料を買いに出て行きます。
また、休日には舟を雇って、川を辿って、家族で田舎にピクニックに行くこともあります。


航海や貿易にかけてはポルトガルが一歩先を進んでていた時代です。
それに追いつこうとするイギリス。活気のある造船所風景や、船に乗って航海に出たいというタムシンの夢。地球がまだまだ広かった時代の物語です。
それにしても、船をつくるこの木たちは、どこで切られたものでしょう?ちょっと気になります。レバノンあたりの木でしょうか?
イギリスが世界中に植民地を持って、「日の沈まぬ国」と呼ばれるのは、まだまだのちのことです。


『闇の女王にささげる歌』(乾侑美子訳、評論社、2002年、オリジナルは1978年)もまた、女性が主人公の、サトクリフにしては珍しい一作ですが、『イルカの家』とは反対に、重い物語です。

実存したイケニ(ケルト)の女王ブーディカは、自分たちの民族を守ろうと、ローマ軍に勝ち目のない戦いを挑み、ローマに復讐します。
古代の女王が、目に浮かぶほど生き生きと描かれていて、とても身近に感じますが、サトクリフの筆力のなせる業でしょうか?それともブーディカのことを知らない外国人だからでしょうか?
もし、たとえば卑弥呼の物語を生き生きと描く人が現れたとしてたら、いくら生き生きと描かれていても、どうせ古代の人だという先入観から逃れられるかどうか、わかりません。でも、ブーディカは、昔の人とは思えない息遣いで迫ってきます。

内容のあまりの重さに、ときには一、二ページしか読み進めない時があり、読んだら心がざわついて、眠れない時がありました。








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