ふと、鳩と目があいました。
「あれ、何と書いてあるのかしら?鏡があったら、それに写して見られるのに」
などと思いながら、手に取って見ていたら、まことさんが寄ってきました。
「裏返してみればいいんだよ」
なぁんだ、そんな当たり前のことを失念していました。
裏返したら、「八己た」と読めました。
読めたからと言って、読めないのと大差ありません。「八己た」ってなんだかわかりません。家に帰ってから、反対から読む「た己八」でも検索してみましたが、わかりませんでした。
「この鳩、お菓子の型かしら?」
「やっぱり、ほれ、あの.....」
「サブレーの型?」
「それじゃないかなぁ。鳩って言えばサブレーだろう」
だったら、もう少し厚めの銅板を使ったら、ペコペコしないのにと思いながら、ついつい、銅板のへこみを指で直していたら、まことさんに見れられてしまいました。
「持ってったら」
「そうしようか」
いったいどうするんだ、鳩よ!
消極的な理由で我が家に来た鳩ですが、見れば見るほど、いい形をしています。
豊島屋の鳩より、鳩らしく見えませんか?
追記:
これはべっこう飴の型でした。
化石入れが確か頂き物の鳩サブレと思い出しました。
返信削除案の定「鎌倉豊島屋」でした。
こちらでは「ひよこサブレ」です。
昭ちゃん
返信削除化石入れですか。我が家の箱も頂き物ですが、袋のままや封を切った塩、砂糖が入っています(笑)。ちょっと格が落ちますね。
ネットで見たところ、京都にも鳩サブレーがあるようですが、見たことがありません。
ひよこサブレーは、吉野堂のものですか?昔博多の友人が地元でしか買えないと、里帰りしたときはいつも得意げにひよこを携えて帰ってきましたが、ひよこはいつの間にか「東京名物」になってしまいましたね。東京の友人が知らずに福岡へのお土産として、ひよこを持って行ったという笑い話もあります。
鳩サブレーが食べたくなりました。食べなくても味がわかるので、食べたつもりにもなれますが(笑)。
歯の技工士だった友人から頂いた空箱が
返信削除ずらっと重ねて並びますから便利です。
ところで東京土産に以前「東京バナナ」のお菓子を、
東京とバナナどういう関係があるのー
昭ちゃん
返信削除「東京ひよこ」も「東京バナナ」も知りませんよ(笑)。どちらもいつからか、キヨスクでもパーキングエリアでも売っている、勝ち組の新参者です。
東京土産と言えば、修学旅行なら雷おこしと人形焼き、大人ならとらやの羊羹、ちょっと通なら小川軒のレーズンウィッチや空やの最中に決まっています(笑)。
topcatさんから、facebookでコメントいただきました。
返信削除「いつまでコメントできないんだ!」
と怒らないでtopcatさんコメントをご紹介します。
はるさんこんにちは。
今日の記事の鳩いいですね!ジャンル問わず、菓子型は見てて楽しいですね。
ちなみに「八己た」は「やわた」ではないでしょうか、この「わ」は旧変体がな「王」の崩し字です。鳩っちゃ八幡さまだから、やっぱり鎌倉の鶴岡八幡?鳩サブレーの御先祖さまかも(笑)
やわた=八幡様なら、その可能性が大ありです。鎌倉で昔使っていた型だとしたら、面白いです。二十代のtopcatさんにいつも変体仮名とか教えていただいて、面目ありません。ありがとうございます。
いろいろなコメントが楽しいですね、
返信削除年をとっても新鮮でいられますー
今回も解決が早いバイ。
昭ちゃん
返信削除ほんと、勉強になりましたね。「やわた」と読むとは考えてもみませんでした。
こんな型を使った時代があったのでしょうか?現在はこんなのではなくて、クッキーの抜き型のようなのを使っているようです、
昭和40年代「八幡製鉄は「やわた」と読み
返信削除溶接棒などはYAWATAでした。
新カナ使いも縁遠くなりましたね。
昭ちゃん
返信削除♪八つやわたの八幡さん♪ですね(^^♪
私の時代ではなく、祖母の時代の毬つき歌です。
♪一番初めは一宮、二は日光の東照宮、三は讃岐の金比羅さん(東では佐倉の惣五郎)、四はまた信濃の善光寺、五つ出雲の大社、六つ村々鎮守さま、七つ成田の不動明王、八つやわたの八幡さん、九つ高野の弘法さん、十でところの氏神さん♪
でしたね(笑)。
鳩から始まり受け継がれた数え唄まで楽しく広がりましたね、
返信削除一昔前なら連日図書館行ですからね。
私は当時珍しい男女組の走りなのでお手玉の唄は懐かしいです。
祖母(明治8年生まれ)から「汽笛一斉新橋を、、、」とか
「日清会談破裂して、、、」
これも覚えています。(大笑い)
訂正です。
返信削除「♪♪日清談判破裂して、、、♪」でした。
やはり調べないといけませんね。
昭ちゃん
返信削除あれは毬つき歌ではなくて、お手玉でしたか。
私は、♪いちれつ談判破裂して♪と聞いていました。今考えると「一列(列強の意味?)談判」でしょうか。あれも数え歌で、二が♪日露戦争はじまった (三)さんざん逃げるはロシアの兵、(四)死んでも尽くすは日本兵、(五)五万の兵をつくづくと、(六)六人残して皆殺し♪という、今では考えられない歌でした。めちゃくちゃですね(笑)。