2018年10月2日火曜日

野分の後

上の方は掃除済み

夜じゅう嵐が吹き荒れた後、坂道は落ちた枝で大変なことになっています。
でも、大きい木が倒れなくてよかった、大きい木が倒れた年が何度かありました。


前の公道も、枝だらけです。


よく見ると、折れているのはほとんどクヌギの枝です。
コナラの木も同じくらいあるのに、折れたコナラの枝はほとんどなく、2、3の折れた枝も、ハイイロチョッキリが切ったような小さなものだけ、直径7センチもある枝が折れていたのは、全部クヌギでした。
余談ですが、ハイイロチョッキリが切り落とす枝は、ほとんどコナラです。


クヌギの実もごっろごろ。


左が我が家への入り口、道の上の方だけ、きれいになったところです。


さて、今朝の様子。
まぁまぁ、きれいに保たれています。


片づけきれなかったクヌギのドングリ、まだ転がっていますが。







4 件のコメント:

  1.  春姐さんさすが題名と内容がピッタリ!!
    久しぶりに虚子の歳時記を出して見ています。
    昭和26年・1951年購入

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  2. 昭ちゃん
    いやはや、ちょっと昔の人なら、嵐が来るとたきぎが楽に手に入ると大喜びだったことでしょう。
    このあたり、山持ちでない人は、落ち葉などを集めさせてもらって、労働で返したようです。でも、落ちた枝なんか拾うのは見逃してもらっていたのではないかしら。
    瀬戸内の私の祖母の家のあたりは、家に山があったこともありますがそうシビアでなかった、芝刈りしてきた「そだ」で、たきつけは間に合いました。

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  3.  家内の両親が昭和17年から炭焼きだったのでよく解ります。
    竈に火をつけることから一日が始まりで
    ぱちぱちと言う弾ける音と煙で目が覚めます。
    その10年後から私が登場します。(笑い)


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  4. 昭ちゃん
    私の若き友人(昔よく一緒に仕事をしていた、今はもう若くない、笑)は新潟で炭焼きになろうとして挫折、今は森林組合で働いています。
    趣味ならいざ知らず、今のご時世で炭焼きで生計を立てるのは難しいですね。
    小さいころ吟遊詩人になりたいと言っていた友だちの息子は、吟遊詩人にはなれなくて、音楽の先生になっています(笑)。

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