友人の出版記念の集まりがあり、長く着てなかった「イベント服」を引っ張り出して着て行きました。
タイ、ラオスの山地に住んでいるラフ人の衣装です。
ラフ人の総人口はおよそ100万人、中国に72万人、ビルマに15万人、タイに10万人、ラオスに1万5千人、アメリカに1万人、ヴェトナムに1万人が暮らしています。
1980年ごろまで、東南アジアの山地民たちは、ラフに限らずモン、アカ、リス、カレン、ヤオなどなど、それぞれの民族衣装を日常的に着て暮らしていました。
しかしグローバル化が奥深くまで達した今では、お祭りのときぐらいしか、民族衣装は着ないのではないかと思われます。
東南アジアの山地に住む人たちの源郷は中国で、迫害され、暮らしにくくなった人々が東南アジアに移動してきて住みつくようになったとされています。
彼らは、綿や麻を育て、藍や木の実で濃い青や黒に染めた服に、交易で手に入れた色布を飾りつけたり、色糸で刺繍したりして、民族独自の手の込んだ衣装をつくり出してきました。
この上着は、右身ごろはウエストまでもないような短いもの、左身ごろと後ろ身ごろが長くつくられています。
『From the Hands of the Hills』より |
伝統的には、黒地に段状にアップリケをした腰巻きと合わせるものですが、私は白いパンツと合わせて着ています。
地の黒い布と、袖のアップリケ布は手織り木綿を使い、垂れた布の両端のアップリケは、工場製の綿ブロードを使っています。
胸元に縫いつけているのは、直径1センチほどの薄いアルミのお椀形の飾りです。ボタンは、同じくアルミ製の真ん丸なものです。
このアルミの飾りは、ラフだけでなく、リス人も好んで、男性服にも女性服にも使います。いつ頃からアルミの飾りを使っているのか、その昔は本物のコインや銀細工などを使っていたと思われます。
山地に住む人々は銀色が好き、金色は好みません。銀細工の技術があるので、職人さんがアルミ板を丸く切り抜いてこんもりさせるのは、造作もなかったと思われます。
ラフの服は、形としてはヴェトナムのアオザイと似ています。
ただ、アオザイが一人一人の体形に合わせて、仮縫いもしっかりして、身体にぴったりと仕立てるのと違って、ラフの衣装は平面的な裁断なので、どんな体形でも安心して着られます。
袖のまわりもゆったりしていて、山地の民の衣装としては、とても着心地のいい服です。
姐さん早速
返信削除子供の頃祖母の着物姿を見ていましたが裾を合わせ衿を合わせて
シャキッとなるのが不思議で紐の多いのも。
母も工場で働くまでは、、、 これもいいなー
昭和32年西ドイツに行った友人が着物姿の「岸 恵子」に逢いファンになったですよ。
これもいいですね。
昭ちゃん
返信削除中国服も着物もアオザイも、そしてこの民族衣装もルーツは同じなのか、左身ごろが上になっていますね。
着るとしゃっきりはしますが、ボタンで留めてあるので、和装のように懐に、小判やら匕首やら十手を忍ばせるわけにはいきません(笑)。
先日ラジオの対談で中井貴一が出ていました。小さいころお父さん(佐多啓二)が交通事故で亡くなったのですが、お母さんができる限り映画館に足を運んでお父さんの映画を観せてくれたそうです。それで、『君の名は』を観せられた時、確か中井貴一は小学生くらいだったのか、あまりにも岸恵子とすれ違うのにもやもやして、お父さんはどうして岸恵子さんと結婚しないで、自分のお母さんと結婚したんだろうと思ったそうです(爆)。
お母さんが、「あんたはこうして映画でお父さんと会えるだけ幸せなんだよ」と言っていらしたとか、いいお母さんですね。
岸 恵子はフランスの監督と結婚してフランスに、、、、
返信削除「君の名は」ですね、最初は確かラジオドラマでその時間帯は銭湯の女風呂が
空いていたとか、数寄屋橋が有名になりましたね、真知子巻も 笑い
昭ちゃん
返信削除私もラジオで聴いていたような気もしますが、じれったいお話でしたね。まさかこんなところでといったところですれ違って(笑)。