従妹のきょうこちゃんが、正御影供(しょうみえく)について手紙をくれたとき、家にあったからとドイツの切手を同封してくれていました。以前送ってくれたマトリョーシカの切手を私が喜んでいたからでしょう。
切手に描いてあるドイツ語が読めないのでネットで調べようとしたら、すごいサイトを見つけてしまいました。
「ドイツの切手、A Virtual Museum of German Postage Stamps」というサイトで、ドイツの切手について詳細に知ることができます。
1849年にドイツで初めての切手が発行されてから、2016年発行予定分までの切手を、解説つきで、まるまる見ることができます。
第一次世界大戦で戦勝国となって、ドイツが占領した地域で発行された切手、ドイツが植民地にした国の切手、第二次世界大戦で敗戦国となりドイツが分割占領されたときの切手、東西ドイツ分裂後の、西ドイツの切手と飛び地だった西ベルリンの切手、東ドイツと統一後の切手などなど、すべての切手が写真つきで網羅されています。
しかし、1934ー1945年の、ナチス占領下のナチスのシンボル入りの切手はその性格上、写真を載せていません。
切手と言えば、花や鳥などの切手やクリスマスの華やかで美しい切手に、ついつい目がいきますが、このバーチャル博物館を見ると、普通切手や地味な記念切手こそが情報の宝庫、歴史の証人であることがわかります。
例えばこの切手は、1995年にベルリンで、気候変動枠組条約第一回締約国会議が開かれるのを記念して発行された記念切手で、汚染されて灰色になった地球にかかる虹を描いたものです。
1997年には気候変動枠組条約が京都で結ばれましたが、あれから四半世紀、地球環境は悪化の一途をたどっています。
シリーズで発行されている、1972年発行の普通切手。
これまで漫然と見ていましたが、どれもが「事故に注意」という切手で、うっかり屋根から落ちた私にぴったりでした。
ヨーロッパと書いた切手は、「ヨーロッパは一つ」という意味を込めて、1961-1970年に発行された切手です。
例えば上段の真ん中の切手は、糸で編んだ太陽が描かれています。周辺諸国を敵として戦ったドイツならではの、ヨーロッパはこうありたいという、願いを込めた切手だったのです。
ちょっとほかの切手と雰囲気が違う切手は、第二次世界大戦後、ソヴィエト占領区で発行された切手でした。なるほど、CCCPの匂いがします。第二次世界大戦後、ドイツはアメリカ占領区、イギリス占領区、ソヴィエト占領区に3分割されています。
時代が前後しますが、1941年、ドイツ占領下のウクライナの切手には、ヒットラーの肖像が使われています。
私の持っている切手は、一番古いもので1921年発行、一番新しいもので1997年発行の切手でした。
地味な切手にこそ情報がありますが、クリスマスの切手などもそれはそれで素敵です。
さて、肝心のきょうこちゃんからもらった切手は、1958年に発行された、青少年育成のための基金を目的とした寄付金付きの切手で、テーマは民謡、2種類のうちの1種類とわかりました。18世紀の民謡、「クアプファルツから来た漁師」の1シーンでした。
2種類のうちのもう1種類は、「キツネがガチョウを盗んだ」の1シーンで、日本では「こぎつね」という名前で小学生唱歌になっている歌です。
東ドイツの切手 |
ドイツの切手バーチャル博物館には、東ドイツの切手はありません。
私の手元にある東ドイツの切手は、外貨獲得のためにつくられた、大型のカラフルな切手ばかりです。東ドイツ、ハンガリー、ルーマニアなど、当時東欧諸国でつくられた外貨獲得目的の切手は生活感の全然ないものばかりで、ドイツ切手バーチャル博物館でも、取り上げる必要なしと判断したのかもしれません。
生活に必要な普通切手も絶対にあったはずですが。
アメリカやフランスの切手にも、同じような切手バーチャル博物館があるかどうか調べましたが、残念ながら見当たりませんでした。
私は、ドイツの切手だけでも200種類以上、アメリカの切手など、切手帳1冊分持っています。どうしてかって?
もともと切手好きで、訪れた国の郵便局で、よく切手を買っていました。住んでいたタイでは、記念切手をまとめた冊子が、毎年つくられていて、購入していましたが、タイの友人からも、たくさんいただきました。
また、私が働いていた職場は、数か国に現地事務所を持っていました。コンピュータがなかった時代は、急ぎの報告は電話かテレックスでしたが、ほとんどは手書きの業務連絡だったので、いろいろな国から届いた封筒に貼られた、いろいろな切手を目にする機会がありました。
ソマリアの切手 |
ソマリアの切手などはすべてサイズが大きく、しかも1枚の額面が安いので国際郵便だと何枚も張らなくてはならず、封筒の裏表にびっしりと切手が張ってあって、封筒が見えなくなっていたくらいでした。
業務連絡はファイルして保管しますが封筒は捨てます。私は捨てられた切手を拾っていましたが、そのうち、誰かれとなく机の上に置いておいてくれるようになりました。海外出張した際、お土産に新しく出た記念切手などを買って来てくれる人もいました。
また、私の職場では古切手は集めていませんでしたが、寄付のつもりで送ってくださる方がいました。前もって電話があったときは、切手を集めている団体を紹介しましたが、送りつけられた古切手は、古切手を集めている団体に転送しました。
転送の前に、私はその中から自分が持っていない切手をいただき、いただいた分、お金で自分の職場に寄付し、それから転送していました。
古切手は封筒ではなく、ダンボールで届くことも、よくありました。どこからどう集まったものやら、小分けにして家に持って帰って選り分けたものの、仕事が忙しいときは、デスクの足元に切手入りの段ボール箱が積んであったこともありました。
いただいた切手は、水に浸して紙から剥がし、よくすすいだら雑巾などに挟んでざっと水分を取り、当時は分厚かった電話帳に挟んで乾燥させてから、切手帳にまとめていました。
3冊ほどあった電話帳はどれも、水分で紙がチリチリになっていました。
こうして、1950年くらいからの日本切手はほとんど、外国の切手もそこそこ集まったというわけでした。
北朝鮮の切手 |
また、私の切手好きを知っている同僚が、交渉相手の政府などからお土産として貰った切手帳をくれることもありました。
というわけで、珍しい北朝鮮の切手なども持っています。
戦争末期には切手に糊の塗布がなく
返信削除ハガキは小さくなりました。
博多市立博物館に寄贈。
昭ちゃん
返信削除昔の糊は、舐めると味が違いました(笑)。
今の日本の切手はシールばかり、その糊を取り去るのは結構な手間なので、2000年以後の切手には興味ありません。
事故に注意切手、楽しい!特に10マルクは春さんにピッタリ。30マルクの人の顔が可笑しい!50マルクは怖いですね~。ただ25マルクだけが何かわからないのですが。飲酒運転で車がひっくり返ってる?
返信削除hiyocoさん
返信削除10マルク、本当に私にぴったりです(笑)。
そして、50マルクは飲酒運転だそうです。あと、私は持っていませんが、火事とマンホールに落ちないようにというのがあるようです。
しかし、手紙を書くときはできるだけ気持ちの良い切手を貼りたいものだと思うけれど、ドイツの人は気にしないのでしょうね(笑)。まっ、デザインがわりとかわいいから、いいんですけど。