2011年4月4日月曜日

スペインの椅子





我が家の椅子の中では、最古参の、スペインの椅子です。
柔らかい木を組んで、座面にはラッシュを張ってあります。当時は、この椅子がどのようなものか知りませんでしたが、簡単につくれる、南ヨーロッパでは最も大衆的な椅子のようです。
もう、ずいぶん長い間使っているのに、木組みもグラグラしていないし、ラッシュもしっかり張っています。

1960年代は、洋服が欲しいなら、自分でつくる時代でした。
ちょっと気張った服や、仕立てるのが難しいオーバーコートなどは、洋裁を習った人に仕立ててもらうか、あるいはデパートで、マネキンが着ているるものと同じものを、身体に合わせて仕立ててもらうイージーオーダーでつくりました。

やっと、安価でおしゃれな既製服が誕生した時代でもあって、渋谷にあった「すずや」は、そんな既製服が手に入る、新しいタイプのお店でした。シーチング(天竺ともいう、厚手の木綿布)を鮮やかな色に染めた服が並んでいて、見るだけで楽しめました。

「すずや」で、あるとき、この椅子を見つけました。洋服だけでなく、ベルトなどの服飾品も見かけましたが、椅子を見たのは、珍しいことでした。




値段も、買える値段なので、私は欲しくなり、お店の人にたずねました。
「この椅子、配達してもらえますか?」
デパートなどでは、数日かかりましたが、大きいものは、配送してくれました。まだ、宅配便のような便利な配達システムはありませんでした。
「どちらにお住まいですか?」
「五反田です」
渋谷から、五反田までは、そう遠くありません。
「配達できますよ」
「じゃあ、これください」

支払いを済ませると、女性は男性を呼びました。
「この椅子を、この方に配達してあげて」




「今、配達してくれるのですか?」
「はい」
まさか、そういう展開になるなんて思ってもみませんでした。心の中では唸ってしまいましたが、若かった私は平静を装っていました。

背広姿の男性は、椅子を持ちました。一緒にエレベータに乗り、渋谷駅まで一緒に歩き、切符を買って改札口を通り、山手線の電車の中に立ちました。気のせいか、視線を感じます。

恵比寿、目黒と過ぎ、五反田に着くまでが、長く感じられました。
駅からは、10分ちょっと、バスの通る広い道を歩きます。車が少ない時代でしたから、歩道にはたくさんの人通りがありました。
私はいつもの顔で歩き、椅子を持った男性も、軽やかな足取りでついてきます。

とうとう家について、扉を開けると、母もびっくりしました。
椅子を置くと、男性は静かに引き返していきました。




そんな、由緒ある(?)椅子ですが、座面の奥行きが浅く、背もたれがまっすぐ立っているので、くつろいで座れないと、夫には冷遇されています。でも、背筋がぴんと伸びて、私は大好きです。


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