企画したのは、最近再会した、古い友人の息子、Kさん。大学を出た後、いろいろ考えて鍼灸師になった方で、お連れ合いは自然食品の食べ物屋さんで調理師をされています。
最初、4、5人の予定が膨れ上がり、都市生活に疑問を感じて農業をはじめた方、木工家、福島からの避難民の方などなど多彩な方々が集まり、お勤めを休んで参加された地方自治体の職員の方も二人ばかりいらっしゃいました。
メインテーマは「地域を考える」でした。
この日は暑くなり、途中から室内に移動です。
いつもなら、
「さっさと乾杯しようぜ」
という夫も、彼らの熱心さにつられて一時から六時まで、お茶だけ。南北問題、グローバリゼーション、原発などなどの話題で盛り上がっていました。
避難民の方からは、学校の校長先生の意向や、親が原発処理の仕事をしているかいないかによって、「へたに怖がらせてはいけないから子どもたちに事実を隠す」人たちと、 「子どもたちに放射能の怖さをありのままに話す」人たちの二極分解が起こっていて、現場でその折り合いをどうつけたらいいのか、今後どうしたらいいのかという、深刻なお話がありました。
その方は、小さい子どもたちを外で遊ばせられない土地にとどまれなくて、軌道に乗ったお店と、安達太良山が眺められる新築の家に夫だけを残し、三人の子どもたちと避難されています。
原発反対の運動に参加している人たちは、運動のあり方について悩んでいました。国や東電を「敵」とみなして戦う方法に疑問を感じて、もっと「愛」のある運動はできないものかと考えているのです。
そう、原発については、これまで止めることもできなかった自分たちも悪いので、自分たちは「被害者」、彼らは「加害者」と言いきれないのに、自分の手は汚れていないと勘違いして、自分の生活を変えようともせず、相手に要求だけしている人が多すぎます。
アメリカ先住民の言葉に、
「人を諭したり、人を変えようとするのはおやめなさい、まず、自分自身を見つめ、自分の声を聞きなさい。そうしなければ何も解決はしないのです。自分が変わった時、世界も変わります」
という言葉があります。
一人ひとりが変われば、周りも変わっていくのです。
さて、やっと第二部がはじまりました。
野菜は、買ったものはなくて、全部彼らの農場で採ってきたものばかり、新じゃが、ニンニク、 にんじん、たまねぎ、カブ、それにソラマメの焼いたものは、ことのほか美味でした。
おまけに、肩まで揉んでもらってしまいました。
肩こり症の私は、これまでいろんな方に揉んでいただきましたが、Kさんの揉み方はいままでにないような、きつい揉み方、肩甲骨の下を揉んでいただいた時も、耳の後ろを揉んでいただいた時も、痛さにひいひい言いました。
「目が疲れていますね」
「酷使しているからねぇ。朝、左目がちょっとかすむんだけれど」
「きっと明日の朝はすっきりしていますよ」
本当だ!
今朝はとってもはっきりしていました。お見事。
人生で初体験のお灸もしていただきました。
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