『更紗、美しいテキスタイルデザインとその染色技法』 (田中敦子編著、渞忠之写真、誠文堂新光社、2015)は、たくさんの美しい更紗の写真が載っていて、布に関心のある人なら、誰でも楽しめそうです。
更紗とは、木綿布に模様を色彩豊かに染めた布のことです。
インドではインダス文明の時代にすでに木綿の栽培、織りや染めもはじまっていて、紀元前後には、更紗の基本技法が編み出されていました。
木綿は、藍色と茶色以外の植物染料が定着しにくい(染めにくい)のですが、インドでは高度な科学的な処理を施すことによって、赤、紫、黄、緑などの鮮やかな色を、堅牢に染めることができました。
とくに茜の根で染める赤は、インド更紗の象徴とも言える色です。
手描き、インド、17世紀 |
ヨーロッパ人の大航海は、香辛料を求めてはじまったものですが、インド更紗はその一つの重要な交易品となり、東へ西へと運ばれたからです。
インドはそれぞれの国の好みに合わせて、違うおもむきの更紗をつくったのです。
この本は、インド更紗とともに、ジャワ更紗、ヨーロッパ更紗、和更紗などが紹介してあり、実際の染め方についても記してありますが、ここでは各地域向けにつくられた、インド古更紗だけ取りあげてみます。
ヨーロッパ向け、手描き、19世紀 |
ドレスにも仕立てられました。
ヨーロッパ向け、手描き、17-18世紀 |
インドネシア向け、手描き、17-18世紀 |
鋸歯文は古くからあった模様ですが、インドネシアでは多産、豊穣の象徴である若竹の芽を表現しているとして、女性のサロン(腰巻)に好んで用いられました。
日本向け、手描き、17-18世紀 |
これは「ごとくて」と名前のついているものです。火鉢に置いた五徳から連想した名前です。
タイ発注、手描き、17-18世紀 |
細かい手書きで、宮廷や寺院の掛け布として用いられました。
シャム仕様の更紗は、日本でも「暹羅染」と呼ばれて珍重されました。
ペルシャ向け、手描き+木版、18-19世紀 |
やがて、彼らはペルシャに帰っても更紗をつくったので、ペルシャ向けの更紗は、インド更紗かペルシャ更紗かの見分けは、とても難しいそうです。
ペルシャでは、更紗は主には祈祷のときに敷く布として用いられました。
このように、国によって用途も違う、さまざまな更紗を染めて送りだしたインドですが、自国向けの更紗は小紋のような小さな模様が多いのです。
木版、18世紀 |
木版、19世紀初頭 |
木版、20世紀初頭 |
エジプトのフスタートで発掘された、現存する最古の更紗に通じる素朴な更紗だそうですが、現在つくられている更紗ともつながりを感じる、素敵な更紗です。
サンガネールの木版更紗を着る王、19世紀初頭 |
なんて、かっこいいのでしょう。
更紗は、この本にあるように、木綿、織りの技術、染めの技術の三拍子そろってやっとできるものです。
でも、私は木綿とともに竹も加えたい気持ちがします。
織り機は、元々は竪機(たてばた)でしたが、筬(おさ)ができて水平に経糸(たていと)を張れるようになりました。そして、竹のあるアジア一帯では竹の筬を使ったので、細かい織り目の布を織ることができました。ところが、竹のない地域では、目の詰んだ精巧な筬をつくるのは難しいことでした。
大航海時代に、ヨーロッパで織られていたのは、毛織物と麻織物だけでした。
ヨーロッパの古い筬のことを考えてみたことはありませんでしたが、竹ではない植物でつくったものでつくっていたのか、あるいは中国あたりから筬を輸入していたのか、それとも、一般家庭ではまだ竪機が使われていたのか、どうだったのでしょう?
ヨーロッパでは、もしかしたら、織り物では繊細さを出すことができなかったのが原因で、編みもの、ボビンレースや鉤針編みなどが発達したのかもしれません。
彼らは産業革命で、金属の筬をつくったことによって、やっと薄手の布を織ることができるようになったのです。
さて、我が家にあるインドの布、インド古更紗に比べると単純ですが、これらもインド更紗と呼んでもいいのでしょうか?
これは木版です。
これは、どうでしょう?
上の茜の「木の葉模様」の流れをくんでいると思えば、嬉しいものです。
そしてこれ。
シンプル過ぎるけど、大好きな布です。
19世紀初頭のマハラジャーの絵には遠く及びませんが、我が家にもインドの細密画もどきの絵があるので、見てみました。
みんな、更紗の服を着ている!
嬉しくなりました。