2017年6月24日土曜日

重さを軽く受け止める工夫


1980年初頭、タイのバンコクのガソリンスタンドでは、すでに自動車にオイルを注入するポットはプラスティック製だったと思います。
ただ、田舎町に行くと、プラスティックのポットとともに、ブリキのポットが併用されているところも残っていて、ブリキ屋さんの店先には、バケツなどとともに、こんな手づくりのオイルポットも並んでいました。
 

持つところを太くしてあり、手が痛くなりません。


本体が小さくて、オイルを満たしても重くないオイルポットには、持ち手に、手を痛くさせない膨らみはつけられていませんでした。
手の込んだ、素敵な工夫だとは思いましたが、このときは、これが欧米のオイルポットを模してつくられたものだと、知りませんでした。

 
のちに、イギリスのポットや、お湯入れにも同じ工夫がされていたのを見つけました。
「あぁ、あのオイルポットの原型は欧米にあったのだ」
と、初めて思い至ったものでした。
 

このイギリスのポットやお湯入れを手に入れたのは、1990年代の初め頃だったでしょうか。
もともと、鉄でできたものが好き、水差しやオイル差しが好きでしたが、ヨーロッパのものにまで手を出してしまったのは、このぷっくりした持ち手に惹かれてだったのかもしれません。


決まった一か所を持つのでなく、いろいろなところを持つヨーロッパの道具にはまた、持ったときに痛くない、別の工夫がなされているものもあります。


イギリスのじょうろですが、水を入れて運ぶ時の持ち手も、水遣りの時に掴む持ち手も、鉄板を曲げてパイプのように丸くする工夫がされています。


同じくイギリスのじょうろ、こちらは、小さな町工場でつくられたものではなく、現代の大工場でつくられているものですが、やはりじょうろの重さを掌に感じないで、バランスよく持てるように、工夫されています。


持ち手は、パイプを曲げてつくってあります。
水を1ガロン半入れて重くなっても、両手で持つと安定し、手も痛くありません。
古いじょうろは室内用、新しいのは室外用として使っていますが、どちらも使いやすいものです。
 

さて、バケツの持ち手と言えば、木製のこんなものを、まず思い浮かべます。

これは、フランス製のバケツです。
1970年代から80年代にかけて、日本のバケツやじょうろはプラスティック全盛で、ブリキのものは巷に見当たりませんでした。そして、ごくまれに見かけても、目の飛び出るような値段でした。手仕事はすたれ、中国製のものはまだ入ってきていなかった時代です。
そんなおり、銀座のデパートのプランタンで見つけたのがこのバケツでした。
私は意気揚々と、このバケツをぶら下げて歩き、もちろん電車にも乗り、家まで凱旋したものでした。
日常使いの道具も、プラスティックで間に合わせるのではなく、好きだと思えるものを使いたいと思っていたのでした。


ところが昔は、日本には、意外と、このような持ち手のバケツは少なかったのかもしれません。
木の持ち手がついたおもちゃのバケツはいずれもヨーロッパ製です。


日本のバケツのおもちゃにも、木の持ち手がついたものがありますが、少数派です。もちろん、ただのおもちゃですが。


そして、こちらが日本のバケツ、


持ち手は、鉄板をお菓子の八つ橋状に、外を向けて丸く曲げてあります。


小さいバケツの持ち手も、同じ加工がされています。
木の持ち手をつけるより、この持ち手の方が縁にぴったりと沿って収まるので、日本人の気性に合ったのかもしれません。

この加工方法も、実は日本独自のものではなく、イギリスのバケツなどに多く見られるものです。
たかが持ち手、されど持ち手。
こんな持ち手にも、ヨーロッパの工夫が世界を席巻している様子が見て取れます。






8 件のコメント:

  1.  手軽さや大量生産向きに進化すると同時に
    使い込んだ良さが失われる世の中になりましたね、
    これを口にすると「また年寄りの昔話が、、、」っと。
     今私が愛用しているペーパーナイフは72年前
    米軍基地のG,I,の食事用セットです。
    刃幅や持ち加減切れ味は最高で1944年製です。

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  2. え~、プランタンから電車にバケツぶら下げて帰るって、なんだかすごい!もちろん春さんは意気揚々としていたと思いますが(笑)。一時期フランスにかぶれていた私はプランタン銀座が好きでした。

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  3. 昭ちゃん
    欧米の台所道具が優れているのは、お鍋でもおろしがねでも使ってみるとすぐわかります。手仕事が主だった時代から、あまり気がつかないところにもいろいろな工夫がされて、それが工業化時代にも生かされてきているのでしょう。
    昭ちゃんのご愛用品も工場製品ですが、そんな、長い手仕事の歴史を下地にしてつくられたものなのでしょうね。今は使い勝手のいいものを長く使うより、使い捨てて新しいものを取り入れる時代ですが。

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  4. hiyocoさん
    銀座に行ったらまず松屋銀座をチェック。それから伊東屋、教文館、数寄屋橋の角にあったソニープラザの地下、数寄屋橋阪急、数寄屋橋西武などをざっとチェック。というのが私のパターンでした(笑)。何を探しているんだ?生活道具だったり、おもちゃだったり、いろいろでした。プランタン銀座は二階だけかな(笑)。バケツのほかには買ったものもないような。でも楽しい器や雑貨は、隅から隅までチェックしていました。
    今はネットショップがあるから、足腰が弱りそう(笑)。

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  5. 庭の作業に使っているステンレスのバケツがあります。持ち手には何も付いていません。今日の午前中、庭作業中の主人に春さんのブログのバケツの持ち手の話をしました。午後に家族みんなでショッピングセンターに行くと、高さ10センチの金色金属製で持ち手に木が付いているバケツが売っていました。次男が手に持って離さないので買いました(笑) 鉛筆立てにします。
    主人が話していましたが、ジプシーの人たちは不要になった鍋からバケツを作って売っていたようです。上手だったようです。

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  6. Bluemoonさん
    我が家にも、持ち手がついていない、直径5mmほどの鉄棒を曲げただけの、カンボジアのブリキのバケツがあります。これは井戸で釣瓶の代わりにもするもので小さめ、カンボジアの大きいバケツには持ち手がついていたかどうだったか、今となってはわかりません。さすがに、もう町の工場でつくっていないでしょうから。
    1990年に仕事でカンボジアに初めて行き、そのバケツをぶら下げて(底に鉄の輪がついていて意外と重い)、プランタン銀座からどころか、当時は直行便もなかったプノンペンからホーチミン、バンコクを経由して、意気揚々と帰国しました(笑)。今は新聞入れになっています。
    うちの生ごみを捨てているステンレスのバケツには、同じ素材をらせんに巻いてくっつけた持ち手がついています。よくあるかたちですよね。
    バケツの鉛筆立て、中に重石を入れておいた方がよさそうですね(笑)。ロマの人たちには、デンマークで初めて出会いました。昔はいろいろなものを積んで、回ったのかなぁ。南米の話ですが、ガルシア・マルケスの『百年の孤独』に、ロマが馬車にいろいろなものを乗せて売りに来る場面があり、子どもたちはワクワクしているのですが、私も見たいなと思いました。お鍋を改造したバケツ、見かけたら欲しいです(笑)。

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  7. 今日買い物先で3センチくらいのミニバケツを見ました(笑)黄色とピンク色でした。
    会社の慰安旅行初日にゴールドコーストのお店で、可愛い大きな蓋つきバケツを買いました。中にクッキーが入っていて妹へのお土産でした。次はシドニー観光、同僚友達が「えぇ~本当に買うの」と言っていました。春さんの本物バケツお持ち帰りは愉快です。
    私はハンガリーで初めて会いました。義兄さんのお友達さんなので遊びに行きました。奥さんは、(私の)肌が白くないから親しみが持てると(夫の通訳)、コーヒー、ビール、食べ物、次から次へと出してくれました(笑)。主人が言うには、今も場所によると馬車に乗せて品物を売っているみたいです。見てみたいですね。

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  8. Bluemoonさん
    旅の途中でも、かさばるものを買ってしまうことがあります。恥ずかしくはないけれど、持ちきれないほどの張り子の人形をぶら下げていて、子どもに「一つくれ」と欲しがられたり(ケチな私はあげなかった)、漁具をぶら下げていて、搭乗口で手続きの人の爆笑を買ったり、いろいろありましたね(笑)。
    ロマの人たちは、私は路上で見かけただけでした。お話もなさったのですね。
    それにしても、手作りのお鍋は、いくらなんでももう売っていないでしょう。残念!(笑)。

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