2026年2月10日火曜日

中国の小さい籠


中国の広西チワン自治区で編まれた、ミニチュアの青竹の蓋つき籠です。


持ち手は、5本の竹を束ねて蔓で巻いてあります。


貴州省の蓋つき籠とならみると、形も編み方もそっくりですが、新しいものはまだ緑が残っていて、瑞々しいです。


どちらも緯材(よこざい)には、細い細いひごが使われています。


地図で見ると、左が貴州省、右が広西チワン自治区です。隣り合っているので、おそらく同じ民族グループの籠師さんが編んだものでしょう。
どちらの地域も、住んでいる人たちのうち漢民族は約60%ほど、あとはいろいろな民族グループの人たちが暮らしています。

余談ですが、『貝と羊の中国人』によると、漢民族は長い年月、近隣の他民族グループとの混血を重ねてきたので、一口に漢民族と言っても、北の漢民族と南の漢民族のDNAを調べてみるとその違いは、日本民族と韓民族のDNAの違いよりもずっと大きいそうです。


さて、この籠を、福建省からタイに渡った中国系の籠師さんが編んだおもちゃの籠と並べてみました。縁巻きだけちょっと似ていますが、編み方がまったく違います。

20世紀にタイ、マレーシア、ラオス、カンボジアなどに移住した中国人は、ほとんどが福建省出身でした。中国出身の籠師さんたちは、定住地で、台所用の籠や、農具、漁具などいろいろな籠を編んだと思われますが、この蓋つき籠はとくに中国系の移民たちにとって大切な、故郷を象徴する籠だったのか、タイ語で「中国籠、タクラ・チーン」と呼ばれています。

福建省

福建省は地図で見ると貴州省や広西チワン自治区からそう遠くない感じもしますが、何せ一つの省が韓国全土に匹敵するほどの広さですから、同じ南中国といえど、地勢も文化も違うのでしょう。









2026年2月9日月曜日

雪の次の日


デスクに座っていて、ふと窓の外を見ると、つららが下がっています。
南に向いた屋根の雪が溶けかかっていたところに夜の冷え込みが来て、つららになったもののようです


朝日にきらきら光って美しいのだけれど、なかなか写真でとらえられません。


作業棟の北向きの屋根の雪は、溶けかけてもいなかったのでつららはありません。


東向きの屋根にもつららはありません。


東向きの坂道は昨日、ざっと雪かきをしておいたので、問題なく使えます。
毎年、年に1、2度は雪が降りますが、坂道の除雪が必要だったのは、ここに来てから25年のうち今回で2度目、数センチの積雪なら、放っておいても次の朝には自然に溶けています。


太陽が昇るにつれて、光は強さを増していますが午前9時の今、南向きの屋根の雪もまだ解け始めていません。

追記:


お昼過ぎの写真です。
南向きの屋根の雪はすっかり解けて、午前中は屋根からぽたぽたと雪だれが落ち続けていましたが、雪がまだ残っているのはコブシの木の陰だけ、もう雪だれも落ちていません。








2026年2月8日日曜日

手ぬぐいワンピース


かねこさんとご一緒に土人形のお雛さまを持ってきてくれたなゆきさんに、お手製のワンピースをいただきました。
土浦の町では、かつては手ぬぐいのやり取りが盛ん、でも使いきれなかった手ぬぐいがおうちにたくさんあるので、ワンピースをつくってみたら、とても涼しいので手放せなくなったとのお話でした。
上身ごろは手ぬぐいを横に使い、スカート部分は縦に剥ぎ合わせてあります。


一番時間をかけたのは模様併せだったそうで、ちゃんと背の真ん中に紋があります。
確かに、手ぬぐいと一口に言っても、糸の太さや布の厚み、幅や長さも1枚1枚違うので、模様併せだけでなく、布合わせにも頭を使わなくてはなりません。
手ぬぐいは未使用でも長く置いておくと黄ばんでしまうので、仕立てた後、染められたとのことでした。


「絹織卸商」の文字、とっても素敵です。


手ぬぐいの服と言えば、その昔、柿渋色や縹色に染めた手ぬぐいをつなぎ合わせたジャンパーを着ていたことがありました。また、大きな招き猫模様の手ぬぐいを4枚使ったブラウスも着ていたことがありました。
手ぬぐいは風を通し、暑いときには着心地がいいので、夏が来るのが楽しみです。






2026年2月7日土曜日

土人形のお雛さま

10余年前に我が家にいらして以来お会いする機会がなかった土浦のなゆきさんから、しばらく前にメールをいただきました。
なゆきさんのお友だちのかねこさんが、土人形のお雛さまを、できればブログで知っている私に貰ってもらいたいというお話でした。かねこさんはかつて、土人形のお雛さまをお内裏さまだけだと勘違いして買入されました。ところが届いてみたら15人揃い、しかも大きい雛人形だったので飾ることができず、お雛さまに対して心苦しく思っていらっしゃるのだそうです。

我が家のお雛さまたちも、満員状態です。それに、お会いしたことはありませんが私の方がかねこさんより年も取っているに違いないのでしばし迷いましたが、まぁ何とかなるだろうと、お引き受けすることにしました。


というわけで一昨日、かねこさんとなゆきさんとお二人で、お雛さまの入った大きな箱を運んでいらっしゃいました。


開いてみると、中箱が3つ入っていて、お内裏さまが一番上の箱に入っていました。


確かに大きい!
お内裏さまは22センチの高さです。
かねこさんのお話では、伏見人形としてネットで手に入れたのだけれど、どうも伏見人形とは雰囲気が違う。調べてみると山形県の鶴岡致道博物館に収蔵されている土人形に似ているので、鶴岡土人形ではないか、とのことでした。


土人形にもかかわらず、布でつくられた雛人形を強く意識して、それを土の置き換えたという感じで、衣装も持ちものも、なかなか複雑な形をしています。
鶴岡の人形なのでしょうか?


もともと、土人形のお雛さまは、御所人形に手が届かない庶民が、その昔から贈り、贈られて飾ったもので、お顔の表情はその土地で昔からつくられた土人形の表情を踏襲しているものです。ところがこの土人形たちは、思い思いの顔をしていて、五人囃子の中には、漫画のようなお顔をした子(右端)もいました。
金粉の砂子蒔きが目立つ人形たち、いったいどこでつくられたものでしょう?

「塩原温泉 彩つむぎ 女将の独り言」よりお借りしました

山形県の土人形を検索していると、塩原温泉の「彩つむぎ」の女将が書かれているブログに、山形の土人形と高山の土人形を手に入れたという記事が見つかり、とうとう五人囃子の髪型が一部違うけれど、同じ姿と色遣いの人形を見つけました。
その記事によると、山形の人形はもう一つの人形の方で、これは岐阜県高山市の高山土人形とのことでした。

飛騨高山文化伝承館の写真をお借りしまし

高山土人形で検索すると、飛騨高山文化伝承館に飾られているお雛さまの写真も見つかりました。高山土人形は、大正期に初代の岩信成さんによってはじめられ、娘の光子さんが二代目として踏襲しましたが、現在は途絶えてしまっているそうです。
かねこさんからいただいた雛人形には三仕丁も含まれていましたが、塩原温泉の女将の雛人形にも伝承館の雛人形にも三仕丁は見当たりません。
ということは、三仕丁はのちになってつけ加えはじめたということで三仕丁がない方が古いのかと思ったりしましたが、

高山市立博物館の写真をお借りしました

高山市立博物館に収蔵されている「高山土人形雛揃」を見ると、三仕丁が揃っていたので、あるなしで年代が違うかどうかは、わからなくなりました。
いずれも二代目の光子さんの作と思われますが、いただいたお内裏さまの着物は金に模様、塩原温泉の女将のお内裏さまの着物は金無地、文化伝承館と市立博物館のお内裏さまの着物は男性が黒に模様で女性が赤に模様という違いがあります。そして、三人官女のうちの立っている官女が打掛を羽織っているかいないかの違いもあります。
推測ですが、この雛揃の中で、お内裏さまが黒と赤の着物で、立っている官女が打掛を羽織ってないものが一番古いのではないでしょうか?
いずれも制作年ははっきりしませんが、高山市立博物館収蔵の雛人形は昭和30年代につくられたものとの記載がありました。

さて、新しいひな壇をつくらないと飾ることができません。そして、ひな壇をつくる前に、どこにひな壇を置くかも考えなくてはなりません。楽しみが増えました。






2026年2月6日金曜日

睡眠時無呼吸症候群、その後

睡眠時無呼吸症候群が著しく疑われる夫ですが、一晩入院しての精密検査の結果を聞きに行くと、詳しいデータが取られていて、上を向いて寝た場合は1時間に20回呼吸が止まり、横を向いて寝たときには26回も呼吸が止まっていたことが判明しました。
夫の場合、睡眠時無呼吸症候群が起こるのは生まれつきの骨格によるものではなく、首に着いた脂肪が気道を狭くしているとのことでした。見た目にはそう脂肪がついているようには見えませんが、レントゲン写真で見ると結構ついています。


というわけで、CPAPを使うことになり、CPAPを取り扱っている業者の方が家に届けに来て、説明をしてくれました。
CPAPは新品ですが、買うのではなく借りるという形になります。


CPAPを寝るときに顔に装着してスイッチを押すと鼻に風が送られます。そして呼吸が止まったときには、通常時より風が強く送られて呼吸を助けます。風量の多少は、検査の結果に合わせて設定されているそうです。
夜中にお手洗いに行きたいときなどには、送風管を簡単に外すことができます。そして、利用していない時間に、データは自動的に検査を受けたクリニック(夫の場合、当面は入院検査を受けた水戸のクリニックKで、いずれは近くのOクリニック)に送られます。


CPAPを装着して口で呼吸すると意味がないので、口にシールを張るという手もあるようですが、見ると夫は息を吸うときは口をつぐんでいました。
また、CPAPを届けてくださった方が、慣れないうちは1、2時間使っただけで外してもよい、じょじょに慣れればと言っていたのですが、夫は最初の夜から大丈夫でした。


CPAPが健康保険が適応されて身近になったのは、約20年前だそうです。


CPAPを着けて寝はじめてから数日経ちましたが、変化は起きているでしょうか?
夫はこれまで、朝起きると朝寝して、昼食の後は昼寝して、夕方には夕寝する、私が運転するときは車の中ではずっと眠っているといった具合で、猫並みに寝ていましたが、着用後は、昼寝だけになったような気がします。






 

2026年2月5日木曜日

腰籠


先日の骨董市、水屋さんのお連れ合いの店でブルガリアの民族衣装の人形を買った日に、水屋さんの店にはいくつかの籠が並べてあり、その中に腰籠がありました。スズタケできれいに編んである腰籠です。
腰籠はいろいろ持っているので一旦見送りましたが、ちょっと心残りがしていて、一巡したあともう一度見に行ってみると、まだ売れ残っていました。
値段を訊いてみようか?


籠の中には、包装用の小さい籠と、サンゴと巻貝が入っていました。
「いくらですか?」
「1500円。きれいに編めているし、傷みもないでしょう?」
と水屋さん。
置き場所に困るのに、見捨てがたい。中身つきでいただくことにしたら、100円引いてくれました。


貝たちは、上左タルダカラ、上右クロダカラ、中左ヒロクチイモでしょうか?
中右は貝にしてはやけに殻が薄いので、もしかしてマイマイではないかと調べてみると、やっぱり! アフリカマイマイの殻でした。どうして貝と一緒になっているのか不思議でしたが、アフリカマイマイの殻だけから、くるくる回すと砂がいつまでも出てきたので、浜に打ち上げられたもののようでした。
右下は凸凹しているからカズラガイじゃないし、左下はてっぺんが尖っているからトリノコガイじゃないし.....。
タルダカラとアフリカマイマイ以外は、よくわかりませんでした。


さて、手に入れた腰籠を、夫の父が遺したスズタケの腰籠(右)と比べてみました。
両方ともござ目編みですが、経ひご(たてひご)が2本と4本の違いがあります。また、縁は巻き編みと矢筈巻き(じゃばら巻き)という違いがあります。


底は左の腰籠は2本と2本のござ目編み、父の腰籠は3本と4本のござ目編みになっています。


父の腰籠は、底は3本なのに、うち1本だけ折り返して、胴として立ち上がるのは4本という、なかなか複雑な技術でつくられています。


腰籠は、幅が薄ければ身体に沿いやすいのですが、薄すぎると立たせにくくなり、左の籠は、空の状態では雑に置いたら立ちません。もっとも、もともと入っていた珊瑚を入れると重さが出て立ちやすいので、収穫籠として使うときは問題ないかもしれません。
小さい腰籠なので、Yさん作の腰籠のように、じつは底が丸くても問題なく使えます。

さて、腰籠として使うならどうやって紐をつけようか? 巻いてあった紐に新たに紐を結びつければいいのか?
やっぱり一度は、腰籠として使ってみたいと思います。




 

2026年2月4日水曜日

柚餅子ができた!


又次の柚餅子」をつくってからそろそろ1か月、毎日寒風と陽ざしにさらされてどうなったか、1か月を待ちきれなくて解いてみました。


手に取るとすっかり軽くなっていました。最初重さを計っていなかったけれど、おそらく半分以下、25グラムほどの重さです。


そして見たところ、すっかり姿が変わっていますが、つまんでみると弾力があって、カチカチにはなっていません。


なかなか美味でしたが、もう少し松の実とクルミをたくさん入れて、ちょっぴりお砂糖を多くした方がよかったかな。
元のレシピは、柚子5個に対して、赤味噌150グラム、三温糖50グラム、酒大さじ2分の1、みりん大さじ2分の1、クルミ40グラム、松の実20グラムでした。