八郷の日々
2026年11月5日木曜日
紅絹(もみ)
ぬいぐるみの招き猫の埃を、ブラシで取り除きました。
きれいになったのですが、もっときれいにしようと粘着クリーナーをちぎって、ペタペタと貼りつけ、埃を取っていると、
「あらぁ!」
なんと、前垂れの紐の紅絹(もみ)が粘着クリーナーにくっついて、破れてしまいました。
紅絹とは細い細い絹糸で平織りにした「平絹」と呼ばれるもので、ウコンで下染めしたあとベニバナを揉みながら染めたので、「もみ」という名前がついたと言われています。
女性用の袷(あわせ)の着物の胴裏(どううら)や袖裏、襦袢(じゅばん)などに広く使われたもので、ちょっと前だったらどの家にもあったものですが、糸が細いので擦り切れたり、時間が経つと糸が弱って破れやすいものです。
写真は、ずいぶん前に私が木目込みにした犬張子犬ですが、首紐が擦り切れています。経年劣化や摩擦、湿気などで糸が弱くなり、ちょっと触っただけで、ぼろぼろと崩れたのです。
この布は、厳密に言えば紅絹ではなくて薄い縮緬(ちりめん)ですが、それでも破れてしまいました。
招き猫の首紐は、もう少し厚めの地紋のある布を使っているので、まだ破れていません。
紅絹や紅色の縮緬なら我が家にもいっぱいあるので、ぬいぐるみも犬張子犬も修理可能ですが、招き猫の首紐は端を木目込んでいるので、もし修理するとすれば、ちょっと面倒なことになります。
2026年11月4日水曜日
ヴェトナムの背負子
骨董市のまことさんの店にヴェトナムの背負子が4、5個ありました。いろいろな形や色の籠でしたが、使用感がないので新品のようでした。
まことさんの話では、外国人の店主(どこの国の人?)が持っていたものだったとか、重ねることもできず、嵩張るわりには安価なものをよくはるばると運んできたなと、感心しました。
もっとも、肩紐はみなぺったんこに潰れて本体に貼りついていたし、胴もへこんだりしていましたが、お湯に浸けるとあっさりと元の形を取り戻しました。竹で編んでいるのに、ひごが薄くてしなやか、あまりにも軽いので計ってみると、44センチ高さで300グラムしかありませんでした。
縁は、内側からと外側から太い半割りのラタンを当てて、細いラタンで綴っています。
縁がしっかりしているので、本体はふにゃふにゃしていますが、ある程度重いものもしっかり運べます。
肩紐は、肩に当たるところは食い込まないように平たく編んで、身体から浮くところは、使いやすいように筒形に編んでいます。
さて、肩紐の掛け方がおもしろいヴェトナムの竹の背負子を持っています。
これも軽いのですが、ちょっと大きいこともあって800グラムありました。
肩紐には大いに工夫がありますが、この籠はそれでも背中に当たるところが平らではなくて円筒形なので、ちょっと背負いにくいものです。
それにしても、これは複雑。
2026年11月3日火曜日
ウキペディアに見る箕
11月3日は箕の日。箕の日に勝手に協賛です。
「箕」をWikipediaで見ると、意外と力を入れて書かれていることに気づきます。そして、写真も豊富です。
ただ、最初に「箕」の代表として選んだ写真が、なぜ藤箕ではなくて竹箕なのか、日本を代表する箕は籐箕ではないか。どうなんでしょう?
この竹箕は目が荒く、持ち手の穴も空いているし、どう見ても塵取りや土運びに使うもので、箕の最大の用途である米の風選用に適しているとは見えない竹箕です。
日本の箕の写真は1葉だけで、あとは、東南アジア、南アジア、そしてアフリカの箕が紹介されています。
![]() |
| 1952年以前に撮影された写真 |
まずは、アムステルダムの熱帯博物館に所蔵されている古い写真から。
インドネシアの西チモールの、収穫時に米を風選している写真です。円箕と片口箕の両方を取り入れたような形の箕を使っています。
![]() |
| 撮影年は不明 |
これもアムステルダムの熱帯博物館所蔵の写真で、インドネシアの北スマトラ州、シリマクタ郷の籾摺り(もみすり)の様子です。
インドネシアでは、伝統的には毎朝、その日食べる量の籾を臼に入れ、杵で搗き、打ち上げ箕でゴミを取り除いていました。籾を搗く音は高く響くように工夫し、臼の下に共鳴板を入れたりして、その音を神に届けました。
上の写真2葉は、インドの竹ひごで編んだタミルの伝統的な箕2種です。
インドのタミルナドゥ州は竹と竹細工の産地として知られていましたが、竹細工や燃料のため取り尽くされ、広い州ですが、竹が消滅しました。
1990年に私がチェンナイ(マドラス)からポンディチェリーまでバスで行ったとき、辺りを目を凝らして見ましたが、竹を目にすることはできませんでした。
ただ、ポンディチェリー郊外にある国際的共同体のオーロヴィルでは竹の植林が試みられていました。
![]() |
| 2011年撮影 |
米を選別している、南インドのタミル人女性。
![]() |
| 2011年撮影 |
片口箕(塵取り形の箕)を使って米を選り分けているのは、北インドのウッタラーカンド州の女性です。
![]() |
| 2005年撮影 |
円箕を使って、でも打ち上げないで米を風選しているネパールの女性。
![]() |
| 2010年撮影 |
ピーナッツを選り分ける、マダガスカルの女性が使っている箕は、ほぼ平らな籠に見えます。
![]() |
| 2011年撮影 |
北スーダンの女性が使っている籠は、箕でしょうか? 風選しているのですが、何にでも使える万能籠を使っているように見えます。
以下は、箕以外の風選道具として紹介されていた写真です。
古代エジプトの農民は、風選フォークを使って穀物を選別しました。
フランスの画家ジェイムズ・ティソ(1836ー1902年)が描いた「小麦の風選」の絵です。古代地中海世界の作業を描いているのですが、柄の長いスコップのようなものですくい上げて落としています。
リトアニアでは、伝統的に風選に木のスコップを使いました。
以上が日本のWikipediaの「箕」に掲載された写真、情報量豊かでした。
それに比べると、英語のWikipediaや韓国語のWikipediaはあっさりしたものでした。
以下、英語のWikipedia、「winnowing basket 」に掲載されていた3葉の写真です。
まず日本語のWikipediaと同じ写真が使われていました。
インドネシアのスマトラ島のアチェの変形円箕。
![]() |
| 2008年撮影 |
最後は箕を被った子どもの写真です。おねしょをした子どもが箕をかぶって近所を回り塩を乞うという説明もありました。韓国語のWikipediaから転載したものかもしれません。
韓国語のWikipedia、「키 」に掲載されていたのは、日本の竹箕と子どもが箕を被っている写真の2葉だけでした。
2026年11月2日月曜日
さくら猫?
白猫です。
形がとても優雅で、耳にちょっと欠けがあります。
あちこち色が剥げてしまっていますが、幸いなことにかわいい目が残っています。
伏見人形ではないかと思いましたが、自信がなかったので日本招猫倶楽部の荒川千尋さんにお尋ねしたところ、伏見の菱平系、もしくは丸顔で雅な面立ちから、京焼ではないかとの返事をいただきました。
京都の招き猫といえば、型に流し込んだのしか知りませんでしたが、流し込み技法が編み出される前までは、確かに型に粘土の板を貼りつけてつくっていたに違いありません。
底のつくり方を見ると、大きい菱平の猫とは違いますが、
小さい伏見人形(丹嘉製の饅頭喰い)と同じ方法でつくられています。
前垂れがない、シンプルな形ですが、美しい型でつくったことがうかがえます。
2026年11月1日日曜日
助っ人現る!
これまで、チェーンソーのチェーンは、丸くて細い専用のやすりで研いできました。角度を正しく研ぐのは難しく、なかなか切れるようにはならないで苦戦していたら、夫が電動の「刃研ぎ名人」を買ってくれました。
ガイドがついているので、刃の上から被せて研ぎます。
「レビューを見たら、研ぎ過ぎてすぐ刃が減っちゃうと書いてあったぞ、気をつけろよ」
と夫。
刃の脇のスペースに、刃に触れないように砥石をセットしてスイッチを入れ、砥石を右に動かして一瞬刃に当てること2、3回。わずか数秒で砥石を刃から離さなくてはなりません。
スイッチがちょっと入れにくいのが、欠点でしょうか? 小さな突起を左へ押すとスイッチが入り、左へ行くほどスピードが増すのですが、何せ研ぐのは一瞬なので、スイッチを切ろうとして間違ってスピードを上げたりしてしまいます。また、本体を握った右手でスイッチ操作するのか、ガイドを押さえている左手で操作するのかも悩むところです。というのも、右手の親指でスイッチを左に押すのは簡単だけど、右に戻すには、スイッチは小さくて硬いのでちょっと難しいのです。スイッチを切ったつもりが、切れてなかったりします。
スイッチとスピード調節が別々になっている方が使いやすいと思いました。
砥石は、ダイヤモンド砥石です。
研いだチェーンソーで、以前から気になっていた入口の倒木を切ってみると、
「あっ!」
切れ味鋭く、サクッと切れました。
刃渡りが短いチェーンソーは、刃の数を数えながら研いだのですが、刃渡りが長いものは、夢中になって研いでいると研いだ刃の数を忘れてしまいます。よく見ると、研いであるか研いでないかわかるのだけれど、サッと見てわかるほど、よい目を持っていません。
研ぎ過ぎないよう、用心しなくては。
2026年10月31日土曜日
ばたばた
夫は、いつも一つのことに集中するタイプです。
これまで数年、f邸の設計と建設管理にかかりきってきました。
1日に何回も進捗状況を見に行って、大工さんから「ネジ釘がない」と言われればホームセンターに走りました。
「丁稚か?」
テラスをつくるために鉄骨が必要となると、注文しに行くだけでなく、自分で運んできて、錆止めや塗料を買ってきて塗って、職人さんを頼むとお金がかかるからと、鉄骨を切ったり曲げたりする加工もやってと、八面六臂に活躍でしたが、家のことなどには一切目を向けないできました。
草を刈るなど、我が家のメンテナンスは昔から私のワンオペでしたが、出すことは厭わないけれどしまわない夫のせいで、全然片づきません。その上、建設現場のゴミまで引き受けてきて、作業棟の周りはひどいことになっていきました。
さて、f邸が終わってしばらくして夫は、やっと片づけモードになりました。長く放置していた作業棟の片づけに着手、北側はまだ片づいていませんが、
南側の雑物は片づいてすっきりしました。
ところで、ここにあったいろいろなものを運ぶために、車を入れたことがないところに軽トラックを持ってきました。
落ち葉はたまっているし、土はふかふか、それでも軽トラックはそんなことには耐えるものだと思っている夫は軽トラックを駆使して、使える家具、古い自転車、ゴミになってしまったものなどを運び出しました。
そして咋日、ゴミをクリーンセンターに引き取ってもらおうと、夫は出かけていきました。私も一緒に行こうかどうか迷ったけれど、夕食の支度もあるからと残って家にいると、電話がかかってきました。なんと、軽トラックのクラッチ板がすり減って動かなくなったので、途中のコンビニに停めてあるから迎えにきてくれというものでした。一緒に行かなくてよかった、一緒に行ったら帰れなくなっていたところでした。
迎えに行った私は夫をピックアップし、わりと近くにある軽トラックを買った中古車屋さんに修理してもらえるかどうか訊きに行くと、立て込んでいるので、2週間を見てもらえればとのことでした。
夫は、車が冷えれば少しなら動くのではないかと思っていて、次の日の早朝(今朝のこと)持ってくると言いましたが、中古車屋さんは、途中で動かなくなると危ないので、保険会社に連絡してレッカー車に運んでもらうようにと忠告してくれました。
その帰りに、我が家の近所の自動車修理屋さんにも寄りました。修理代を比べるためです。クラッチ板の交換代をたずねると、中古車屋さんより安い修理費だったので、夫は即座に修理屋さんで修理してもらうことに決めましたが、そのためには約20キロ運転しなくてはなりません。
今朝、夫はいつもより早起きして、何やら外でゴソゴソやっています。途中で軽トラックが動かなくなったらワイヤーで引っ張るよう、ワイヤーやら金具やらを準備していたのです。
これまで何度、そんなことをやったことか。首都高で軽トラックがおかしくなり、仕方なく調布の出口で降りて、安全なところに停めたらまったく動かなくなったので、軽トラックをそこに置いたまま、当時は日野に住んでいた息子のところに行って泊めてもらい、次の日息子の車を借りて調布まで行き、動かなくなった軽トラックと息子の車を縄で結んで、夫が先に、私が動かない軽トラックに乗ってノロノロと交通量の激しい甲州街道を走って、日野の自動車屋さんまで運んだこともありました。
その時はエンジンが焼け切れていて、結局その軽トラックは廃車になってしまったのですが。
さて、7時前には軽トラックを停めさせてもらっているコンビニに向けて出発しました。
「自動車屋さんにキャリー車があるんだから、運んでもらった方がよかったんじゃないの?」
と訊いてみたら、
「やってみたいんだよ」
という返事。お金を節約しなくてはならないから仕方なく自力でやるのかと思っていたら、そういうことか、やりたいのかとお腹の中でニヤリとした私、ここで腹を決めました。
コンビニに到着して、軽トラックを動かしてみたのですが、明らかに音が変で、自力で走らせることは無理そうでした。そして、夫が自動車を軽トラックの前につけるようにと言ったのですが、私は断固拒否しました。途中で動かなくなったのでワイヤーで曳くならともかく、最初から曳いて走るなんてやりません。20年前には何度かやったことも、もうできません。時代も違ってしまっているような気もします。
9時を過ぎたので近所の修理屋さんを訪ねたら、親子でキャリー車で軽トラックを運んできてくれることになり、一件落着しました。
片づけモードの夫は、修理屋さんが貸してくれるであろう古くてボロくて運転しにくい代車の軽トラックでどうやって単管パイプを運ぶかということで頭がいっぱいなようです。
1週間休んでもいいのに。
登録:
投稿 (Atom)





















.jpg)







_-_James_Tissot.jpg)



















