『メソポタミアのボート三人男』を読み終えました。
どうして、時間的に後から訪れたイラク南部水郷地帯の訪問記の『イラク水滸伝』が先に出版されたのかと疑問に思っていましたが、『メソポタミアのボート三人男』の方は書き上げるのに、いろいろな苦労があったと知りました。
メソポタミア文明については、中学校や高校の世界史の授業で習うので、おそらく日本人であれば誰もが知っていますが、「メソポタミア」という名前と、ティグリス・ユーフラテス川の流域に生まれた文明だということは知っていても、私にとっては現実味の薄い、遠い教科書の中だけの存在でした。
1990年代の半ばだったか、マニラ空港から成田までの飛行機で、イラク人の男性と隣り合わせになったことがありました。何かのシンポジウムに参加するために来日しようとしていた気さくな方で、気候のこと、生活のことなどあれこれ、フライトの6時間、ほぼずっとお話しし続けたのですが、機内で席が隣り合っただけの見知らぬ人とあんなに喋ったことは、後にも先にもないことでした。
そのとき、ティグリス・ユーフラテス川の話が出て、不学な私は、
「えっ、ティグリス・ユーフラテスってイラクを流れているんだったっけ?」
と驚いてしまいました。
湾岸戦争の直後に、私が働いていたNGOでイラクの調査に行った同僚もいて、事務所で何度もイラクの報告会や話し合いがあり、イラクの状況は一般的な日本人よりよく知っていると思っていたのに、そんな基礎的なことも知らなかった。学校での世界史の時間以来、ティグリス・ユーフラテスを現実の世界に当てはめて考えたことがまったくなくて、漠然と中東のあたりとしか認識していなかったのでした。
私のうろ覚えは、『イラクの水滸伝』や『メソポタミアのボート三人男』を読んだことで、ティグリス・ユーフラテスはイラクを流れているだけでなく、トルコに源流があり、旧メソポタミア地域にはクルドの人たちが生活していることが、遅まきながら生きた知識となりました。
『メソポタミアのボート三人男』を読むと、あらためて、天体観測をして初めて暦をつくったのも、それに基づいて本格的な農業を行なったのも、地球上で初めて巨大な神殿を造ったのも、学校や役場を設立し、パンとビールを創造し、家畜や土地の売買や賃貸の契約を行い、法律を定めたのも古代メソポタミア人であり、現代文明の基礎となる知識や技術、そして社会システムは、ほとんどすべてメソポタミアで生まれたことに、衝撃を受けずにはいられませんでした。
約6000年前に、地球が温暖化して、世界中の海面水位が上がり、メソポタミアの海岸沿いの集落は内陸への移動を余儀なくされました。その結果、各集落の人口は過密化し、多様な人間が大勢で同居しなくてはならなくなり、城壁やルールが必要になり、これが古代メソポタミアで、地球上で初めての「都市」が誕生した理由の一つとされているそうです。
歴史に「たら、れば」はありませんが、そのとき地球が温暖化しなかったら都市も「文明」もできるのはもっと後のことになり、私たち人間の生活もきっと変わっていたことでしょう。
高野秀行さんはいつも、古今東西のたくさんの文献を読み込み、語学を学んで現地に赴いています。そして山田高司さんと行くことで、地質、植生など自然科学の目も豊かにして書かれたこの本は、ユーモアに満ちていながら、世界に知られていないメソポタミアを知る教科書として、最高の1冊になっています。
山田さんのイラスト、かわいいです。



































