2026年4月30日木曜日

嬉しいお土産


ふぢこさんから、北海道のお土産をいただきました。
くら屋菓子本舗の「北海道木彫り熊モナカ」です。くら屋のある北海道二海郡八雲町は、初めて木彫りの熊がつくられた地なのだそうです。


木彫りの熊は口を開けていて、毛並みも彫られていて、とてもよくできています。
包装紙を取って写真を写したいのだけれど、食べたいのだけれど、すぐ食べるのが惜しい。しばらくこのまま眺めていたいと思います。


そして、もう一つは桧山郡江差町の五勝手屋本舗の「五勝手屋ミニ丸缶羊完」です。正味期限は長いのですが、ふぢこさんが、
「糸で輪切りにしながら食べるの」
と言っていたので興味津々、包装紙には、「フタを取り上部の固い部分をつぶし下より押し出し糸で切ってお召し上がりください」と書いてあるので好奇心を抑えきれず開けて見ました。


レトロな包装紙がおしゃれだったのに、剥がさないと糸は出てきませんでした。


糸で切ってみます。面白い。


2切れ切ったところで、蓋をしました。
夫に1切れあげるつもりだったけれど、彼もやってみたいだろうと、この2切れは私がいただいて、やらせてあげました。
なんで? 夫は細かいことを気にしなさすぎる性格、糸を縁に沿わせなかったので、まっすぐ切れないで羊羹が曲がってしまいました。


楽しい、嬉しいお土産でした。
ごちそうさまでした。






 

2026年4月29日水曜日

長野からの客人

日曜日には、長野からHさん父子がいらっしゃいました。


キルト展の時も見に来てくださって、たくさんのお土産をいただいたのですが、またたくさんのおいしいお菓子、漬物、野菜までいただいてしまいました。


 久しぶりにテラスで天ぷらを揚げました。


天ぷらのタネの野菜は、庭の柿の葉、タラの葉(芽はとっくに葉になってしまった)、ウドの葉、ギョウジャニンニクの葉、お土産にいただいたナスなどでした。
もう長いこと、ハリエンジュ(ニセアカシア)の花の天ぷらを食べていません。耕作放棄地などにたくさん自生していましたが、ことごとく切られてしまったようです。


八郷ミニツアーをして、やさと暮らしの実験室、つながる図書館、Oくんの家Sくんの家を訪問しました。
Oくん、Sくんは、木を切ったりして整地するところから、自分で家を建てました。自力建設に関心があるHさんたち父子(Hさんはお医者さん、長男さんは建築家、次男さんは森林管理の仕事)は、それぞれの個性が出ている家を見て大感激されていました。
思い立って突然行ったのに、幸い両家とも在宅でしたが、S家では筍でメンマのつくり方のワークショップが開かれていて、15人ほどの参加者がまさに学習中、これはこれで素敵な風景でした。






2026年4月28日火曜日

雨上がり

晴れの日、雨の日、晴れの日、雨の日。
このところ、目まぐるしく天候が変わる日々が続いています。
今朝、ゴミを集積所に捨てに行く途中、昨夜降った雨が、朝日に温められて水蒸気となって上っていく姿が見えました。
ゴミを捨ててから、写真を撮ろうと道を右に曲がって、筑波山が正面に見えるところで車を停めました。


あれっ、最初見た時から3分くらいしか経ってないのに、雲の様子はまったく違っていました。


水蒸気はどんどん上って、どんどん消えています。
家に帰ろうと、道を右に曲がって、さらに右に曲がって、右手に筑波山を見ました。


1分?2分? 写真を撮ってからほとんど時間が経ってないのに、雲の姿はすっかり変わっています。


さっき見た雲は、温められて、もう消えてしまったのです。


左へ曲がって、右へ曲がって山道にさしかかろうとする前に見たら、また雲は高くなっていました。そして、我が家に帰ってテラスから見た時は、もう山の稜線より下の雲は、すっかり消えていました。
この間、10分もかかっていませんでした。






 

2026年4月27日月曜日

うちの象(4)日本の象

野生の象のいない日本でも、象のおもちゃや飾りものが、いつからかつくられています。


『Wanderland of Toys ① ブリキのおもちゃ』(北原照久編集、シンコーミュージック、1983年)には、主に輸出用だった象のおもちゃが載っています。


上の写真の象は1950年代につくられたものですが、30年代につくられた上の上の写真の象に比べると、写実から漫画チックになっています。時代の違いでしょうか、それとも製造会社の違いでしょうか?

さて、うちにはブリキでできた象はいませんが、日本の象も少しだけいます。


竹だけでできた小さな象です。
ソテツギンナンの実、どんぐりのはかまなどなど、ちょっと昔の人々は、自然にあるもので工夫して器用に人形をつくったものですが、この竹の象も節や枝を生かして、見事につくられています。


浜松張子の艶かしい象です。車に乗っていて、押すとかわゆく首を振ります。
張子の象は、意外にたくさんつくられていて、「郷土玩具の動物園」で紹介されています。

「郷土玩具の動物園」からお借りしました

それを見ると、浜松張子には別の象もいたことがわかります。4代目の二橋加代子さんがつくられたものです。

久之浜張子。「郷土玩具の動物園」からお借りしました

ほかには、福島県いわきの久之浜張子(1976年に廃絶)、広島県の常石張子、千葉県の下総張子、香川県の高松張子、福岡県の柳川張子などが紹介されています。また、「ふるさとの玩具」には、張子だけでなく土人形の象も紹介されています。

象が初めて日本にやって来たのは1408年、室町時代のことでした。
二度目は信長の時代の1575年、三度目は江戸時代の1728年にヴェトナムから献上された象で、その時は長崎から江戸まで歩いたので、大ブームになったそうです。大きいから、見逃されるはずはありません。

常石張子。「郷土玩具の動物園」からお借りしました

ちなみに、広島県の常石張子の象や唐子は、江戸時代に鞆の浦へ寄港した朝鮮通信使に由来してつくられはじめました。


最近の象のおもちゃです。









2026年4月26日日曜日

うちの象(3)東南アジアの象


タイのココナツ削り器の象です。
ココナツを削るときは、象にまたがって、殻の一部を割り取ったココナツを象の鼻先に被せ、両手で持って回しながら上下に動かし、ガリガリと果肉を削り取ります。それに少量の水を加えて絞ったものがココナツミルクで、料理やお菓子に使います。

ココナツ削り器はただのお風呂の椅子みたいな形のものが多く、木彫りならウサギが代表的で、昔は各家庭(といっても料理にココナツミルクを使うのは中部から南部タイ)にありましたが、今では市場から機械で削ったココナツを買ってきます。
このココナツ削り器は、何かの機械の部品だったものを象の鼻に見立て、先端を潰してココナツ削りにした、アイデアが光る道具です。


バンコクから北上すると、コーラート高原の国道沿いに焼き物村があります。この道を通るときは、ついつい車を停めて、並んでいるお店を1軒1軒のぞいて見たものでした。その焼き物村でつくっていた小さな象(高さ25ミリ)です。
この地の売りもののメインは庭に置くオブジェや植木鉢などのガーデニング用品で、小さな手捻りの動物ではほかに、ウサギ、水鳥などがいました。


バンコクに住んでいたとき、友人のRさんからいただいた牛の骨の象です。大きい象(高さ29ミリ)の方が子ども連れということに、何か意味があるのかと、考えてしまう象の家族です。


オピウム・ウエイト、アヘンを計るときの分銅です。
まだビルマが鎖国していた時代にタイで買ったものですが、ビルマのものかもしれません。


タイ北部はランナータイと呼ばれていて、歴史的・文化的にビルマと分けられない時期もありました。タイ北部はビルマのシャン州と隣接していますが、シャンはシャム(=サイアム)と同義語、タイ人(族)のことです。


これらもランナータイの織り機の部品、綜絖(そうこう)2枚を吊るす滑車です。
滑車には装飾はいらないのに、木工が得意なだけに、つい美しく飾ってしまうのがランナータイやクメールの人々です。


滑車を横から見たところです。


ビルマのマンダレーのお寺の境内で売っていた(授与していた?)張子の象です。
1981年に買ったもので、ちょっと紙が柔らかくなってしまっています。紐がついていてぶら下げられますが、大きいのであちこちにぶつかって痛みやすいのに、よくぞ生き延びてくれています。


1980年に、タイ・カンボジア国境のアランヤプラテートにあったカンボジア難民のキャンプにいた子どもがつくった象です。
キャンプで活動していた仲間のにしざきさんが、子ども相手に粘土教室を開いたことがあり、参加した子どもたちは思い思いにいろいろなものをつくって楽しみました。その中に、この象がいたのです。事務所に置いてあったのを愛でていたら、にしざきさんに「欲しいならどうぞ」と言われて、狂喜乱舞していただいてしまったものです。
これは、昔のいくさの姿で、人の背後の鞍の中には砲弾がいくつか入っていて、戦士は砲弾を投げるために一つ持っています。
いくさとは無縁なような、おっとりとした象と人です。







 

2026年4月25日土曜日

うちの象(2)インドの象


インドの象、鉄板の象です。
バスタール地方で鍛冶屋さんがつくる動物は、手づくりなので1匹、1匹形が違います。そんな中で、この象はバランスのとれたいい形と自賛、気に入っています。


彩色した木彫りの象(高さ39ミリ、もしかしたら紙塑)です。下地として胡粉を厚く塗っているので、残念ながら塗料が剥がれやすい運命にあります。



珍しく、塗料の剥離を免れている象(高さ40ミリ)です。インドの象だと思っていましたが、もしかしたら彩色の方法が違うスリランカの象かもしれません。


そしてこれは、スリランカの木彫りの象(高さ30ミリ)です。小さい象たちはお土産にいただいた象もあります。

タイ人たちを連れてマレーシアのサラワク(ボルネオ島)に行ったとき、
「おかしい。環境としてはいていいのに、どうしてここには象がいないんだろう?」
とKがつぶやいていて、新鮮に感じました。スリランカには野生の象がいるのも、面白いことです。ただ、その昔インドと陸続きだったに過ぎないのかもしれませんが。

初めての象の記憶は、幼いときの岡山での木下サーカスです。
祖父母や両親ではないことは確か、おそらく母の実家の誰かに連れて行ってもらったサーカスで、開演前か後のアトラクションで、象の背中に乗せてもらって、差し出された鼻に食べるものを渡しました。足踏みしていた大きな象の姿は覚えていますが、何を食べさせたか覚えていません。

長じて1990年代に、タイのチェンライ県の山を、地元のNGOを訪ねるために、3、4度象に乗ってくだったことがありました。木の輿に座っての下り坂、約1時間かけて、象は道端の笹や草を喰みながら細い道を危なげなく、のんびりとくだります。見えるのは木と象の頭ばかり、短い毛がまばらに生えた象の三角頭が案外間抜けなものだと、毎回思ったものでした。





 

2026年4月24日金曜日

がっかりするのよね

昨日、朝の連続テレビ小説『風、薫る』の19話を見ていたら、ヒロインのりんの働く「瑞穂屋」の店先に、インドネシアのバリ島でつくられた木彫りの猫が置いてありました。


りんは、日本の近代看護師の草分けである大関和(おおぜきちか、1858−1932)さんをモチーフにしたヒロインです。そして「瑞穂屋」は、当時としては珍しい、洋書や舶来品を商っている店という設定です。

バリ島には木彫りの伝統があります。
しかし、この画面にあるような猫が彫られるようになったのは、1990年代半ばからです。「日本招猫俱楽部」の荒川千尋さん、坂東寛司さんご夫妻が、日本の招き猫を持って行って職人さんたちに見せて、招き猫を彫ってもらったことがきっかけだったと思います(そのことが書かれている冊子を探したのですが、見つからなかった)。
それ以前、バリのお土産ものの木彫りは、バナナの木やカエル、果物などが定番でした。


猫(虎?)もありましたが、1990年代半ば以降の猫とは全く違います。


バリ島にはたくさんの木工家がいるので、猫にもいろいろなバリエーションがありますが、この猫は確実に新しいもので、明治時代に無かったのは確か、時代考証が真面目にされていないと思いました。

ちょっと昔を舞台にしたドラマを観るとき、ついつい田園の風景や室内の様子、民具などが気になってしまいます。粗探しをしているわけではないのに、違和感として目に飛び込んできてしまいます。前回の朝ドラ「ばけばけ」でも、熊本の茶の間に、東北でつくられたこけしが置いてあったのがイガイガしてしまいました。流通が今のように広域ではなかった明治時代に、熊本でこけしは飾っていなかったと思われます。
その点、昨年の大河ドラマ「べらぼう」の時代考証は力が入っていました。