2026年7月17日金曜日

民具これなーんだ?

昨日は、武蔵野美術大学の美術館に、「民具これなーんだ?」展を見に行ってきました。


宮本常一さんが遺した民具コレクションを一度見てみたいと思っていて、たくさんの民具が見られるのではないかと行ったのですが、展示物がは少なめでした。
ウェブ版『美術手帖』(私は見ていない)の同名の連載を「実際のもの」として展示したものだったので、ウェブ版では部分を切り取った写真を見せて「これなーんだ?」と言えても、実物を見せるとなると切り取ることはできないので、この表題では展示方法は難しかったのかもしれません。

「グルグルの民具」。沖縄県那覇市

謎解きの面白さがあったのは、このカヤで編んだものくらいだったでしょうか。蝿帳(ハエがとまらないように料理の上に被せるもの)ではないかと思いましたが、鍋の蓋で、年中行事などのときに、屋外で大鍋料理をしたり、豚の餌を煮るときに使ったものだそうでした。

いわゆる生活用具ではないおもちゃが多かったのは予想外でしたが、楽しみました。宮本常一さんは、おもちゃも好きだったのですね。
そして、会場は写真可だったのですが、帰宅して見ると、私が撮ったのは玩具の写真ばかりで、『民具これなーんだ』と言う本が手元になかったら、まる郷土玩具の展示会だったと思われるほどでした。


「ネコ好きの民具」
後列の高崎張子の猫はどちらもいいお顔をしています。
前列右は岩手県の附馬牛(つきもうし)の「芸者と猫」、初見です。附馬牛土人形は一度途絶えて復活していますが、附馬牛の型はどれも複雑なのに驚きます。


「睦まじさの民具」
睦まじさの民具というものの、なんだか寂しさが漂っているのはなぜでしょう?


「にぎやかな民具」
昔の東京の酉の市の熊手、いつ頃のものでしょうか?
縁起物が好きな私ですが、印刷物やプラスティックの小物で飾られた熊手にはまったく関心がありません。ところが、この熊手は自然素材でできていて、なかなか素敵です。
飾りものは、「七福神」も「鯉の滝登り」もただの平面ですが、生き生きとしています。とくに、おたふくのお顔の美しさに目を惹かれますが、歴史的には熊手にはおたふくのお面だったようです。

『モースの見た日本』より

これは、モースが1882年(明治15年)に浅草で出逢った熊手です。
浅草寺の裏に小さい小屋が立ち並び、小さい米俵、しめ縄、7種類の宝ものを乗せた幸運の舟などと共に熊手が売られていて、大いに賑わい、人力車で駆けつける人たちもたくさんいて、大きな熊手を掲げて歩く人がいて奇妙な光景だったと、モースは書き記しています。


元々、酉の市の熊手は、幸福の女神おたふく(モースの弁)のお面としめ縄や稲穂を飾っていたものだったとわかります。


「卵にまつわる民具」
巻き編みの卵容器は広島県因島で使われていたものだそうです。
世界的に広範に見られる巻き編みですが、日本では竹が豊富だったためか、いづめこ、飯櫃入れなどはあるものの、稲わらやススキなどの草を使った巻き編みの籠は限定的なものだと思っていました。
ところが今回、沖縄の鍋の蓋や因島の卵入れを見て、日本の巻き編みの籠のことを、改めて考えさせられました。
かつて、冬場にご飯を温かく保つための飯櫃入れは日本全国で使われていました。輸送が発達していなかった時代、専門にしろ副業にしろ、巻き編みの籠をつくる職人さんが全国規模でいたのかどうか、知らなかったなぁと気づかされました。

他には、「しろい顔の民具」「ド正面の民具」「脚がステキな民具」「巳年と蛇の民具」「つくりかけの民具」「両手使いの民具」「二重構造の民具」「手のひらの民具」「イヌ好きの民具」の展示がありました。


「これなーに?」の他に、「民具・集めると見えてくる」と言う表題の展示もあり、写真はいろいろな竹籠の展示と、後ろは同じ形でデザインが違う凧の展示です。
奥のテーブルに見えるのは魚籠ですが、手前のテーブルの籠はいろいろでした。


いけ簀籠と魚籠。他に、買いもの籠(市場籠)、豆腐籠などの展示もありました。
「集めると見えてくる」と言うのは私の得意とするところ、私は「双子だとかわいさが増す」と言っていますが。







 

2026年7月16日木曜日

メダカ

メダカの鉢はケヤキの木の下にあるので、毎日のように落ち葉が鉢の中にも落ちます。


葉っぱを取り除いていたら、おやっ、コウホネの葉の上にカエルが、


ニホンアマガエルです。


メダカに餌をやろうとして、猫が近くにいるときは悩みます。
猫たちには絶対にメダカに関心を持って欲しくないのですが、メダカの餌が美味しい匂いがするのか、餌をやると猫たちはそわそわし、鉢に近づこうとします。
2匹の性格の違いがあるので、タマの場合、
「ダメっ!」
と大きな声で追い払い、マルの場合は黙って抱き抱えて室内に連れ戻します。


今年新しくやってきたメダカたちは、ケヤキの葉っぱを拾っているときも、あまり警戒もせず浮き上がって来るようになりました。猫はメダカたちの大敵、鉢の淵には乗りにくいので大丈夫とは思いますが要注意です。
青く光るの、オレンジ色っぽいの、地味な茶色などのメダカの中に、真っ黒で鉢の中ではほとんど目立たないのが3匹いて、彼らが私の一番のお気に入りです。







 

2026年7月15日水曜日

食料配給

新聞の切り抜きをファイル帳に整理するために、まだ貼りつけていない記事の切り抜きと、ファイルを食卓に置いていました。
切り抜きを入れてあるクリヤーファイルを全部引っ張り出していたので、その中に古い写真が混じっていました。というか、しまい込むとどこにしまったかわからなくなるので、この写真はここが定位置なのでした。


食卓にあれこれ広げたままで他のことをやっていたら、夫がこの写真を見つけて、
「これはあんたか?」
と訊いてきました。
「違うわよ。私じゃないわよ」
当時の子どもたちは似たような格好をしていますが、この女の子は私よりはお姉さんです。

この写真は、私の働いていたNGOの事務所にありました。アメリカのNGO(非政府組織)のCAREから贈られたパッケージを開いている写真は、アメリカのカメラマンが撮ったものかもしれません。
誰が持ってきたのか、いつの間にか事務所にあった写真で、世代交代していて誰も何も知らないというので、もらってきたものです。
CAREは第二次世界停戦の終わった1945年に設立、荒廃したヨーロッパに食料や生活必需品を詰めたパッケージを届けることから活動をはじめ、1948年からは、日本でも1000万人にレーション(配給)を届けました。
第二次世界大戦の敗戦直後、食糧難で誰もが食べ物を手に入れるのに必死だったことは知っていましたが、CAREが日本でも食料を配ったことは、この写真を見るまで知りませんでした。

ちなみに、規模は全然違いましたが、CAREとはインドシナ難民の流出したタイ・カンボジア国境や飢餓のエチオピアなどで、何度も同じ場を共有しました。

追記:

しかし、女の子が持っている缶詰はコーヒー。米軍への物資ではないのだから、コーヒーより豆の缶詰とか、魚の缶詰の方がずっとありがたい。ちょっとずれていましたね。






 

2026年7月13日月曜日

金魚風船

九州からたけちゃん父娘が来る季節になりました。
エアコンのない我が家に、なにも暑い時と寒い時に来なくてもいいのにと思っていましたが、たけちゃんも小学生になり、夏休みや冬休みを利用する以外なくなってしまいました。


さて、たけちゃんと一緒に遊ぼうと、こんなものを買ってみました。


折り畳んでいるのを広げて、半球状になったところで穴に口をあて、息を吹き込むと膨らむ、紙風船の金魚です。
紙風船はよくできていて、一度膨らませても、またきっちりと畳むことができます。

その昔、鉄道の駅の売店には、大きいのから小さいのまで何枚かセットになったセロファンの袋入りの紙風船が吊るしてありました。鉄砲の形をした容器に入った金平糖、刀のおもちゃなどとともに吊るしてある風景が、駅独特のざわざわした、ちょっと緊張した雰囲気とともに思い出されます。
買ってもらった記憶はあまりないのですが、どうして家にあったのか、わりとよく紙風船で遊びました。膨らませるとバレーボールほどの大きさになる大きな風船は、小さい風船より大切にしていたいものでしたが、いざ遊ぶとなると、期待に反して小さな子どもの手には余るものでした。


金魚風船の頭のてっぺんに貼ってある紙はひれです。


ひれを立てたら、吊り下げたくなりました。


というわけでひれに穴を開け、テグスを通して吊り下げてみました。


ごちゃごちゃとものの多い室内は、こうやって、さらにごちゃごちゃするのです。





 

2026年7月12日日曜日

飛行機の秒針


先日、作業棟を片づけていた夫が、掛け時計を持ってきました。
「これ、壊れているんだ」
「時計はたくさんあるから、それは捨ててもいいわ」
どこにあったんだろう? 長く見なかった時計です、
しばらくして夫が、
「なおった」
と、見せてくれました。


電池が、ビニールテープでがんじがらめにくっつけられていました。
数時間後、夫が、
「進みすぎて、やっぱり使いものにならないなぁ」
と言います。
「裏のネジで進み具合を調節すればいいんじゃない?」
「そんなネジはついてないよ」
「そう? 昔の時計にはあったけどなぁ」
この時計は、プラスティックではなくガラスを使っているので、そう新しいものとは思えませんが、進み具合調節のネジはありませんでした。
私の勘違いじゃないよねと、掛け時計をいくつか調べてみると、時間を合わせるネジだけでなく、進み具合調節のネジがある時計とない時計がありました。


「捨ててもいいけれど、この秒針は可愛いよね」
「そうだよな」
赤い飛行機が、ピッピと動くさまは、見ていて楽しいものです。

文字盤は汚れているし、時間は進むしで、木の枠とガラスだけ利用して額縁にしようと思っていたのですが、数日後に見たらわりと正確に時を刻んでいます。
「なんか、この時計進んでないみたい」
「苦労してなおしたんだ」
「へぇぇ」


しかし、こんなところに掛けてどうするのでしょう?
そのうち作業棟に戻すとして、文字盤の汚れはどうしましょう? 秒針の可愛さだけで、今のところ命拾いしている掛け時計です。





 

2026年7月11日土曜日

講演会

昨日は、母校で建築家のHさんの出版記念の講演があり、久しぶりに母校を訪れました。

授業風景。お借りした写真です

今でも大木が残されていてキャンパスが鬱蒼としているのでホッとする一方、牧歌的だった歩くと床がぎしぎし音を立てた木造の建物群は一掃され、講演が行われた講義室は、かなり急な階段式教室になっていました。


そういえば、私が学生だった時代、どの建物にも空調機などなかったので、夏の風通しを考えた設計をしなくてはなりませんでした。今では空調機があるので、デザイン範囲は広がって好きな形にできることでしょう。
100年後には、この建物も古くなっているのでしょうか?

みんなでたむろした、木造平屋のO食堂は、コロナ禍の2021年に、創業以来83年営業の幕を閉じていました。
カツ丼が65円、カツを抜いた玉子丼が55円。とんカツは1.5ミリほどの薄い肉で、肉と「ころも」の間に肉より厚い隙間があって全体を厚く見せている、神技的なものでした。





 

2026年7月10日金曜日

黒い袋

先日、生協で冷やし中華を買いました。
お昼に食べようと、薄焼き卵を細切りにして、きゅうりは千切りにして、ハムも千切りにして、いざ麺を茹でようとしたらない!
冷蔵庫をくまなく見たのに見当たらず、仕方なくコンビニで麺を買ってきていただきました。
次の日、冷蔵庫の中に見覚えのない袋があり、取り出してみたら冷やし中華でした。


まさか、こんな袋だったとは思わなかった!
例のホルムズ海峡封鎖でカラーインクの使用を控えて、白黒に、そして冷やし中華らしくいつもの水色を加えて3色刷りにしたのでしょうか? 生協で配達されたとき、とりあえずまとめて冷蔵庫に入れておいたので、前の日に探したときは、まさかこの地味な袋が冷やし中華の袋だとは思いもしなかったのでした。
「2日続けて冷やし中華でいい?」
「ああ、いいよ」
「ハムなしでもいい?」
「いいよ」


話題になっているかっぱえびせんの白黒の袋は、スーパーマーケットやコンビニの店頭でまだ見ていませんが、袋が白黒でもいいんじゃないかと思っていました。
でも、冷やし中華を見ると美味しそうでない。袋はやっぱりカラフルな方がいいみたい。

冷やし中華に焼きなすをトッピングするのは、同級生だったNくんに教えてもらったものでした。