2026年4月20日月曜日

稲わらの腰当て?

日曜日にM+MのMちゃんと骨董市に行きました。
すると、わら靴を4、5種類も売っているお店がありました。わら靴と言っても、昔お土産物屋さんや民芸品店でよく売っていた長靴形のものではなく、スリッパや草鞋のような形のわら靴で、学生時代に行った岩手県雫石にあった何でも屋さんに置いてあったようなものでした。
そんな稲わら製品の中に、籠の肩紐のように編んだものがありました。


肩当てか、牛の口覆いか、何かわからなかったのですが、面白いかたちをしていたので買いました。

背負子の肩紐にしては、幅が広すぎます。


肩紐だったら、もっと細くつくらないと首に当たって皮膚が擦れてしまいます。

別の店を見ていたMちゃんと再会、
「あら、これは何?」
と、稲わら細工を手に取ったMちゃんは迷わず腰に巻いてみました。
「そうか、地機(じばた=いざりばた)の腰当てだったのか!」
Mちゃんが腰に当ててみなかったら、腰当てだとは思わなかったかもしれませんが、もう腰当てにしか見えなくなりました。


幅のあるところは、稲わらを綯(な)わないでそのまま使っていますが、端の「わ」になっているところは、拠りをかけて縄にした稲わらを巻いています。そしてその先には麻縄を結んでいます。
稲わらは、縄にした方が丈夫になり長持ちしますが、硬くもなります。長時間腰に当てるものなので、少しでも柔らかくしようと、幅広の部分は稲わらのままで編んでいるのでしょう。


家に帰って、タイの牛の口当てと比べてみました。
形は似ていますが、日本の牛は放し飼いにしないので、田んぼや畑のお米や野菜を食べたりする恐れはないので口当ては不要、腰当てであっている気がします。

両端に結んである麻紐は、なぜか短いものを3本ずつ繋いであります。織物をしていると、どうしても織りきれなかった経糸(たていと)が残ります。その端糸で縄を綯ったとしたら、ますます腰当てにぴったりです。


地機で越後上布を織っている写真がありました。腰当てで経糸を張っています。


さて、腰当てを飾る場所はここがいいかな?


稲わらのバンドリの横に釘を打ち足して、スズメおどし田ネズミをとる仕掛けと、タイのハエ叩きをちょっと移動させて、腰当てを吊るしました。








2026年4月19日日曜日

庭仕事は楽しい!

やったね!
やっと新らしいコンピュータに写真を簡単に取り込めて、トリミングや色調の調整などができるようになりました。


さて、芝生の草むしりをしていたら、マルがやって来ました。最初は私の足や麦わら帽子に戯れて遊んでいたのだけれど、静かになったなと見ると、呑気に寝いっていました。


「猫の手は貸さないよ。見せるだけ」


「邪魔だねぇ」
「極楽、極楽」
ちなみに、草むしりは古いお風呂の椅子に腰掛けてやっています。








 

2026年4月18日土曜日

庭の木、近くの木

 


食卓の窓の外のカツラの葉っぱは、日ごとに大きくなっています。
細い棒苗を飢えたとき、育った姿が想像できず、近すぎて失敗しました。もうすぐ、食卓は薄暗くなってしまいます。


トチの木(右)は、昨秋の残暑の中で早めに葉を落としてしまったので、枯れてしまうかと、ちょっとだけ危ぶんでいました。
葉をつけて、葉がぐんぐん大きくなって一安心です。


トチの木は、もう蕾が育っています。葉が小さいときは花芽がいっぱい見えていたけれど、今ではほとんど隠れてしまいました。


右の丸いのは、他の人の土地に勝手に生えていたケヤキ、左は移植したケヤキです。
勝手に生えていたケヤキは、覆っていたクズを取り除いてやったら、ぐんぐん大きくなってしまったんだけれど、移植したケヤキは大丈夫かしら?
ケヤキもヤマザクラも芽吹きの時期は個体差があるので、単に遅いだけかもしれません。








2026年4月17日金曜日

試運転

新しいコンピュータが届きました。しかも、長男から勧められて、25年ぶりにマックにしました。

私のコンピュータ歴は、1985年に夫が冬のボーナスを全部はたいて家族用に買ったNECからはじまり、1998年にカンボジアに赴任した当時は、マックのノートパソコンを使っていました。
私の働いていたNGOの東京事務所では、1980年代には手書きか、英文の場合はタイプライターを使い、そのうち各自がワープロなどを持ち込んで使うようになりました。そして、1990年代にはどこかの会社が20台ほどくれた中古の同じコンピュータを使うようになりましたが、海外赴任するときは、それぞれが自前でワープロやコンピュータなどを用意するのが当たり前でした。また、各国の現地スタッフたちも、人数分はありませんでしたが、事務所備へつけのコンピュータを使いはじめていました。


アップルのノートパソコンを持って行ったカンボジアでは、どこもかしこもWindowsばかりで、マックは影も形もない、当時はマックとWindowsの互換性はまったくありませんでした。プノンペン在住の他の団体などから、毎日何通も届くメールはマックでも読むことができましたが、添付資料はそのままでは読めず、すべてテキスト変換するのですがテキストになった書類は読みづらいことこの上なく、しかも変換し切れない書類もありました。添付資料は、当時は森林法が改正されたり、新らしい条例案が提案されたりと、人々の慣習法をなんとかして守りたいと連絡を取り合っていたNGOsにとっては、とても大切なものばかりでした。
約半年後に一時帰国したとき、不便していた私は迷わずWindowsに切り替え、そのときも息子の勧めでソニーのバイオを買って持って行き、それ以来ずっとWindowsでした。


新らしいコンピュータは、取説もついてなくて、電源を入れて出てきた画面に従って進むだけでしたが、なんとか使えるようになりました。古いデータが壊れたコンピュータに保存されているのではなく、新らしいコンピュータに替えてもそのまま使えることを知らなかったら、不安でマックにはしなかったかもしれません。
以前コンピュータを取り替えたときは、確かデータをいちいち移さなくてはならなかった、世の中は日進月歩です。

ところで、新らしいコンピュータでの写真の加工の仕方はまだわかっていません。試しに入れてみた写真は、ちょっと明るくしたかったのですが、一体どうしたらいいのか?
使い慣れていた「Google フォト」アプリをダウンロードして使ってみましたが、「Google フォト」を使うのをやめて、マックに元から入っている「写真」アプリを使えば加工できるのかもしれません。





2026年4月15日水曜日

スピンドル(錘、つむ)

 


織物教室の集まりのとき、さかいさんが、いろいろなスピンドル(錘、つむ)を持ってきて、その中に素焼きのコマ(独楽、盤)のスピンドルがありました。
茨城県の縄文遺跡から出土したスピンドルのコマを模してつくったもので、粘土を掘り出して成形し、野焼きしてつくってあります。棒は竹のかぎ針を利用していますが、木の枝を利用することもできます。
素焼きのコマはちょっといびつですが、糸は問題なく紡げます。これは羊毛で紡いでいますが、縄文の人たちは羊毛を紡いだのではなく(あたりまえですが)、カラムシやアカソの繊維に撚りをかけて、より強い撚糸をつくるために使いました。


上の写真は、縄文の布に関心を寄せているさかいさんが、子どもたちを対象に「縄文の糸づくりを知る」ワークショップを開きたいと考えて、初めて手にしたスピンドルと木綿わたのセットです。
説明書を見てもなかなかコツがわからないと思っていたところに、織物の先生だった亡き近藤さんに出会ったのだそうです。


我が家にある、東南アジアの山岳民族のスピンドルです。紡いだ木綿糸が残っています。
さかいさんが初めて手に入れたスピンドルと同じくらいの位置に、コマが収まっています。


このコマは、ココヤシの殻を利用してつくったものです。


スピンドルのコマの大きさはいろいろで、これは直径5センチほど、大きいのは12センチほどのものもあります。コマが小さくて軽いスピンドルでは細い糸が紡げて、コマが大きくて重いスピンドルでは太い糸が紡げます。


『はじめての糸つむぎ』(スピナッツの本棚、スピナッツ出版、2004年)に載っていた「スピンドルのいろいろ」の一部です。
棒に対するコマの位置がいろいろなスピンドルがあることがわかります。


私も一度はスピンドルを使って糸を紡ぐことを近藤さんに習ったのだけれど、全然身についてなくて、すっかり忘れています。
『はじめての糸つむぎ』には、スピンドルも上達すると、紡ぎ車と同じくらいのスピードで糸が紡げると書いてあります。今度、スピンドルでの糸つむぎにしか関心がないさかいさんに習って、ちょっとやってみようと思います。





2026年4月14日火曜日

壊れちゃった

一昨夜のこと、コンピュータがぶつっと切れて画面に白い枠しか映らなくなり、慌てました。
私が使っていたコンピュータは、本体とディスプレイの一体型で、ちょうど九州からきて泊まっていた長男が、
「ディスプレイが壊れただけかもしれない」
と、昨日コードを買ってきてでディスプレイにつないでみてくれましたが動かず、夫のノートパソコンを、私も使えるようにしてくれました。 古いノートパソコンだったので、アップデートに時間がかかったりしましたが、使えるようになり、昨日はブログの下書きしていた記事をUPすることができたというわけでした。

ところで、データは昔のようにコンピュータに保存されているのではなく、どこか(?)のサーバーに保存されていて、コンピュータが壊れてもほとんどのデータが残っていることにびっくりしてしまいました。
写真やe-メール、ブログなどは残っていると思っていましたが、私がブックマークした、こまごました情報は消えてしまっただろうと思っていたのに、ほとんど(すべてかな?)残っていました。


ただ、写真はデータからダウンロードして使っているのですが、前のやり方ではできなくなっていました。
今日はテスト投稿です。



2026年4月13日月曜日

麦茶ピッチャー

麦茶の季節がやって来ました。
私たち夫婦は夏でも熱いお茶派ですが、客人を迎えるときなど、冷たい麦茶が喜ばれることが多いし、簡便です。
ところが、昨年、手持ちのガラスピッチャーを一つ割って、1リットルの大きさのものは、たった1本しかなくなってしまいました。


その残っている1本は、四半世紀前以上にタイ・バンコクのサイアムスクエアにあった東急デパートで買った、フランス製のアルコロック、クワドロピッチャーです。
友だちのところで見かけて、気に入って買いに行ったもので、2本買ったのですが15年ほど前に1本割ってしまいました。


そこで、便利に使いはじめていたネットショップで見かけた、クワドロよりガラスがずっと薄くて軽いガラスピッチャーを、1リットル用を2本、それよりちょっと小さめなのを1本買い足しました。昨年、そのピッチャー大の2本目が割れて小さいのだけになり、麦茶を冷やすのに支障をきたすようになりました。

そこで、ネットで「ガラスの麦茶入れ」で検索したところ、クワドロピッチャーに行き当たりました。


八角形ではなく四角形ですが、ほとんど同じ形のものが値段が3種類あって、高いのは安いのの倍以上していたので、迷わず一番安いのを買いました。
「なんだ、1本しか買わなかったの?」
と夫。639円だし、送料も無料ですから、確かに2本くらい買ってもよかったかもしれません。安い理由はフランス製ではなくて中国製だったからかもしれないし、高いのも、おそらく中国製ではないかと思われます。


新旧比べてみると、蓋はまったく同じでしたが、驚いたことに、買わなかったあとの2本はよくよく見たら蓋の形がちょっと違っていました。


夏の麦茶、これで安心です。