2026年4月14日火曜日

壊れちゃった

一昨夜のこと、コンピュータがぶつっと切れて画面に白い枠しか映らなくなり、慌てました。
私が使っていたコンピュータは、本体とディスプレイの一体型で、ちょうど九州からきて泊まっていた長男が、
「ディスプレイが壊れただけかもしれない」
と、昨日コードを買ってきてでディスプレイにつないでみてくれましたが動かず、夫のノートパソコンを、私も使えるようにしてくれました。 古いノートパソコンだったので、アップデートに時間がかかったりしましたが、使えるようになり、昨日はブログの下書きしていた記事をUPすることができたというわけでした。

ところで、データは昔のようにコンピュータに保存されているのではなく、どこか(?)のサーバーに保存されていて、コンピュータが壊れてもほとんどのデータが残っていることにびっくりしてしまいました。
写真やe-メール、ブログなどは残っていると思っていましたが、私がブックマークした、こまごました情報は消えてしまっただろうと思っていたのに、ほとんど(すべてかな?)残っていました。


ただ、写真はデータからダウンロードして使っているのですが、前のやり方ではできなくなっていました。
今日はテスト投稿です。



2026年4月13日月曜日

麦茶ピッチャー

麦茶の季節がやって来ました。
私たち夫婦は夏でも熱いお茶派ですが、客人を迎えるときなど、冷たい麦茶が喜ばれることが多いし、簡便です。
ところが、昨年、手持ちのガラスピッチャーを一つ割って、1リットルの大きさのものは、たった1本しかなくなってしまいました。


その残っている1本は、四半世紀前以上にタイ・バンコクのサイアムスクエアにあった東急デパートで買った、フランス製のアルコロック、クワドロピッチャーです。
友だちのところで見かけて、気に入って買いに行ったもので、2本買ったのですが15年ほど前に1本割ってしまいました。


そこで、便利に使いはじめていたネットショップで見かけた、クワドロよりガラスがずっと薄くて軽いガラスピッチャーを、1リットル用を2本、それよりちょっと小さめなのを1本買い足しました。昨年、そのピッチャー大の2本目が割れて小さいのだけになり、麦茶を冷やすのに支障をきたすようになりました。

そこで、ネットで「ガラスの麦茶入れ」で検索したところ、クワドロピッチャーに行き当たりました。


八角形ではなく四角形ですが、ほとんど同じ形のものが値段が3種類あって、高いのは安いのの倍以上していたので、迷わず一番安いのを買いました。
「なんだ、1本しか買わなかったの?」
と夫。639円だし、送料も無料ですから、確かに2本くらい買ってもよかったかもしれません。安い理由はフランス製ではなくて中国製だったからかもしれないし、高いのも、おそらく中国製ではないかと思われます。


新旧比べてみると、蓋はまったく同じでしたが、驚いたことに、買わなかったあとの2本はよくよく見たら蓋の形がちょっと違っていました。


夏の麦茶、これで安心です。





 

2026年4月12日日曜日

織り物の歴史のこと

最近、織物教室できくちさんとさかいさんと集まったとき、気がついたら編み物(アンギン)や織り物、というか布の起源についての話に、花を咲かせていることがあります。
人は縄文時代にどんな道具を使って自然から繊維を得たのか、どうやってその繊維を布に仕上げたのか、縄文遺跡から出土した布目のついた土の欠片、織り機だったものの破片、糸に撚りをかけてより強くする道具などなど、
「えっ、そんなところまで!」
とびっくりするほど日本国中の遺跡を歩いたさかいさんを中心に、資料を見たり、スマホで発掘品の写真を見たりして、楽しい時間を過ごします。
それに織りものの知識を加えて、もっと真相に迫りたいと、役立ちそうな本を手に入れてみました。


『織物技術民俗誌』(吉井敬郎著、染色と生活社、1991年)です。
ところが、思ったほど、古代の知識は得られませんでした。というのは、遺跡の発掘と、布・籠など消えやすいものの研究は日進月歩で、この本が書かれた35年前より今の方がずっと進んでいるからです。
古代の織物に関しては参考にはなりませんでしたが、近代の織り物については、たくさんの絵や写真でたくさん紹介されていて、興味津々でした。この本が書かれたころには、まだ手機(てばた)で実際に織っている人たちもいれば、もう織ってはいないけれど織り物について語ることができる古老がいるところもあり、そんな人たちを訪ね歩いて、全国の貴重な記録が紹介されていたからです。

この本を読んで知ったことは、筬(おさ)の役割が歴史的に違ってきていたことでした。筬とは、緯糸(よこいと)を経糸(たていと)に通したあと、それを締めるものとしか考えていませんでしたが、それが「高機(たかはた)」ができてからの常識だったと知りました。
踏み木を踏んで2枚以上の綜絖(そうこう)を上げ下げする高機以前の、綜絖が1枚しかなかった地機では、筬は、緯糸を打ち込むためのものではなく、おもに経糸の間隔を保ち密度を一定にするために使われていたのです。


それが証拠に、地機の原型を色濃く残しているとされるアイヌの織り機では、筬は織り手(この絵では左側に座る)から遠く離れた位置に置かれています。そして、緯糸を締めるためには、筬ではなく刀杼(とうじょ、とうじ。緯打具。アツシペラ)だけが使われている(使われていた)ようです。
大杼のコメントでhiyocoさんが教えてくれたYouTubeでは、結城紬を地機で織るのに、大杼と筬の両方で緯糸を打ち込んでいました。結城紬では、高機を使って筬だけで打ち込むより、大杼を使った方がしっかり打ち込めるので、今でも高機より効率の悪い地機(織るのに倍の時間がかかる)を使い続けているのだそうです。


そして、アイヌの織り機同様、地機も「中筒」を挟むので、綜絖に結んだ紐を足で踏んで持ち上げないときも、経糸は開いた状態(例えば奇数糸が上で偶数糸が下という具合)になっていて、綜絖を持ち上げたら経糸の上下が入れ替わります。
ちなみに、高機では踏み木を踏んでないとき、経糸はすべて同一平面上にあり、経糸は開いていません。


地機ではアイヌの織り機と違って筬は手前にあり、明らかに緯糸を締める目的に使うことができます。

ところが、東南アジアのカレン人やラオス人の場合、刀杼は緯打具としては使わず、おもに経糸の間に通したら立てて、杼を通りやすくする目的で使います。
「用途は判明。使い方は依然として不明」で紹介したデンマークの刀杼は、薄くて、立てるには幅がありすぎると思っていましたが、もしかしたら経糸の間に立てないで、緯糸を打つ道具としてだけに使ったかもしれない、地機の大杼のように、緯打具に特化したものだったかもしれない、と思ったことでした(真相は不明ですが)。

さて、この本にはアサ(大麻)、フジ、シナ、木綿、絹については詳しく書かれているのに、カラムシについての記述がありません。今では、カラムシ(苧麻・ちょま)アカソ(赤苧)は、縄文時代から利用されたもっとも古い繊維として広く知られていますが、著者の吉井さんの各地での聞き取り調査にまったく出てこなかったのが、ちょっと気になりました。
聞き取り調査のほとんどは西日本で行われたもの、第二次大戦後ですから、各地でカラムシの織物はすでに消えていて、新潟県以外には痕跡もなく、カラムシもアンギンもまだ世に知られていなかったのかもしれません。





2026年4月11日土曜日

つくるのは好き、片づけは嫌いだけれど


この数日、夫は鉄骨(C形鋼)を三角に切り取って、曲げる作業をしていました。
素人なのに、固い鉄骨によく取り組むものだと見ていますと、直角に曲がって形になってきました。


曲げたところには、切り取った鉄板を当てて、ボルトで固定しています。
「何つくってるの?」
「えっ、知らないの?」
「そうか、あれか」
f邸の駐車場の柱に取り付けるのだそうです。


これは我が家の門兼駐車場ですが、敷地に余裕がなかったので、1本の柱だけで済ませたいことから、柱をコンクリートにして、そのコンクリートの柱を屋根の梁につなげるのに、鉄骨を使っています。
そして、今建設中のf邸も広く駐車スペースを取ることができないので同じ方式でつくるのだそうです。
フットワークが軽い!


ところで、工具などの片づけは進みません。1年前に使った工具セットがそのままとか。使うたびに片づけないで、いつか一気に片づけると言うのですが、その「いつか」はいつくるのでしょう?
以前、南アフリカの生活改善運動のリーダーのノグゾラ・マキダさんが言っていました。
「女は一度にいろいろなことを考えたりしたりするけど、男は一つのことしかできない」
世の男はみんなそんなものかしら? 
それって先天的なもの? それとも社会の中で培われてきたもの? 
何歳までだったら修正が効くの?






 

2026年4月10日金曜日

浜松の鯛車


静岡県の浜松張り子の鯛車です。

浜松張り子は、徳川幕府の幕臣だった三輪永保(ひさやす)が幕府の解体で禄を失い、江戸を引き上げて浜松の引佐郡(いなさぐん)で郡書記(今でいう公務員)に就くかたわら、江戸風の張子玩具をつくったのがはじまりとされています
大正13年に、永保没後は息子の永智に引き継がれますが、昭和20年6月18日の米軍による浜松大空襲で、木型、資材などすべてが灰燼に帰してしまいました。

三代目、二橋志乃さんの制作風景。浜松市文化財デジタルアーカイブからお借りしました

しかし、永智の妹である、三代目の二橋志乃さんが、日本郷土玩具協会浜松支部の後援を受けていち早く再興、昭和32年には、旧木型の大部分の復元を果たしました。


虎、鳥神楽、犬張り子、柿乗り猿、犬ころがし、だるまなど、車のついたもの、首を振るもの、手足の動くものなど味のある生き生きとした張り子は、種類も豊富です。
三代目の志乃さんの制作風景は、ユーチューブで見ることができます。
現在は、志乃さんの孫の鈴木伸江さんが引き継いで、制作しています。


尻尾の先は金色に輝いて、体は赤くてつやつや、紺碧の海に映えています。
鯛車には素敵なものが多いのですが、浜松張り子も「いとおかし」です。









2026年4月9日木曜日

用途は判明。使い方は依然として不明

折々に書き綴ってきたブログですが、民具の用途、籠の材料などを正しく知らないままで書いていたことが、もしかしたら多々あったのではないかと思われます。


写真は、布を織るときに緯糸(よこいと)を巻いた管をセットして経糸(たていと)に通すときに使う杼(ひ)の一種ですが、私はこの大きな杼の使い方を知りませんでした。
杼は英語ではシャトル(shuttle)と言い、シャトルは往復するという意味です。


杼は左右から投げ入れ、上下に開いた経糸の間を軽ろやかに飛んでいくイメージのもの、なめらかに滑りやすいように、近代の杼には車がついています。

大きな杼は、大杼、あるいは打杼と呼ばれるもので、地機(じばた)で使われていたことが、このたびわかりました。



大杼は、杼でありながら刀杼(とうじ、とうじょ)としても使うもの、そのため、1辺が鋭角に尖っています。

デンマークの刀杼?幅がありすぎる気が.....

一般的な刀杼は、薄いけれど幅はある形につくられていて、寝かせて経糸(たていと)の間に通し、通しきったところで立てて、経糸の上下の隙間を大きく開いて杼を通しやすくする用途と、その通した緯糸(よこいと)を織りあがっている布の方に打ちつけるようにして、しっかり目を詰めるという、2つの役割を持った道具です。

地機と刀杼

上の写真は、『日々織々』からお借りしたもの、東南アジア大陸部の国々の山間部に住むカレン人の地機で、手前に刀杼を立てているのが見えます。
もっとも、カレンの場合は「杼」は刀杼とは別に用意されていて、刀杼を立てて、隙間を大きく開いたところに杼を通すので、刀杼と杼が一緒になっている「大杼」とは使い方が違います。
大きな杼が、大杼あるいは打杼(下の絵では管大杼)と呼ばれていて、地機で使うということはわかったのですが、肝心の使い方はどうだったのでしょう?


地機には、踏み木がありません。
踏み木があれば、経糸を通した綜絖と踏み木をつないで、それを交互に足で踏んで経糸を上げ下げして、糸を織って布にしますが、踏み木のない地機では、手で綜絖を上げ下げしなくてはなりません。
大杼とは「刀杼と杼が一体化したもの」なので、刀杼として経糸の間に立てているときに、同時に杼として緯糸を通すことはできません。ということは、大杼は「経糸の間に立てて、上下の経糸間を広げる」という用途には使わず、通した緯糸を打って締める機能だけを使っていたという可能性が考えられます。
大杼を寝かせて経糸の間を通すときに、杼としての機能もあるので緯糸も真ん中のあたりまで通ります。そこで、大杼を左右均等になるよう真ん中まで通したら前の段の緯糸を打って締め、大杼を立てることなしに、そのまま抜いて織り進んだのでしょうか?

私的には、カレンやラオスの織りもののように、刀杼は刀杼で、杼は杼で別々の方が使いやすいのではないかと考えてしまいますが、刀杼を立てて杼で緯糸を通すという二度手間を取らないで、速く織ることができるとも言えます。実際に織っているのを見てみたい!

新しいことがわかったと、勇んで書きはじめたのですが、使い方を想像しながら書いているうちに、いろいろ疑問が出てきて、使い方は相変わらず謎のままでした。








2026年4月8日水曜日

マルの怪我


昨日、マルが怪我をして帰ってきました。初めての怪我です。
頭の3カ所の毛がなくなり、頭頂の傷1カ所には血がにじんでいます。縫わなくてはならないほどの深手ではないので、アルコール綿で消毒して、様子を見ることにしました。マルは居間の座布団に落ち着いて、身体を舐めはじめました。


しばらくして、
「どうしているかな?」
と見ると、タマがマルを舐めてやっていました。


お風呂の蓋の上以外では、お互いに思い思いに行動していて、一緒にいることはあまりないマルとタマですが、いざとなったらしっかり助け合っています。


タマが舐めたおかげか、血は見えなくなりました。舐めることによって消毒もできただろうからと、病院には行きませんでした。


2時間ほどマルに寄り添っていたタマは、もう大丈夫と思ったのか、いつもの単独行動に戻って行きました。


座布団の上にとどまっているマルの頭をよく見ると、毛が抜けているところは3カ所ではなく6カ所ありました。
いったい何があったのでしょうか?

とはいえ、今日も元気に外に遊びに行っています。