八郷の日々
2026年8月31日月曜日
葉っぱを食べなかったなんて!
あっちょから、お土産に長命寺の桜もちをもらいました。
長命寺の桜もち屋さんは、東京向島の首都高速入口のそばにあるのですが、最近は車で東京に行くこともないので、大好きだけれどしばらく口にしていない、早速いただきました。
長命寺の桜もちは、塩漬けの桜の葉3枚で包んでいるので、いつも、葉っぱを3枚とも食べるかどうか迷います。1枚だけ食べたり全部食べたりと、その時の気分次第です。
今日は全部食べようと、硬い主葉脈を取り除きました。
最初の一口はちょっとしょっぱかったけれどあとはいい塩梅で、結局、葉を残さず食べました。
夫はと見ると、葉が残っています。
しかも、3枚ともです。
「あらっ、葉っぱは食べなかったの?」
「えっ、食べられると知らなかった」
もう! これまで桜もちを食べたことがないわけじゃないし、何を考えているのでしょう?
日常の瞬間瞬間、一つ一つ、何も考えずに生きているからそんなことになるのです。
地球の未来に思いを馳せたりする前に、桜もちを見たら葉っぱが美味しかったことくらい思い出しながら食べてもらいたいものです。
2026年8月30日日曜日
撞舞(つくまい)
昨日は、afさんがf邸建設に関わった人たちを招いて完成祝いをする集まりがあり、参加させて頂きました。
af夫妻に、大工さん2人、設備屋さん、確認申請に関わった人、造園の人、棟上げのとき高い梁の上をひょいひょい歩いて大活躍された鳶の人、afさんのお友だちで私たちもよく知っているつくばの建築家の人たちなどなど、大人数の集まりでした。
その中で、鳶のKさんが竜ヶ崎の撞舞(つくまい)の舞男を務めたということで、動画を見せて頂きました。
撞舞は、龍ヶ崎に450年伝わる伝統行事で、戦時中は途絶えていましたが、1950年に復活されています。
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| 写真はすべて、「隙ある風景」からお借りしました |
先に撞(つく、舞台のこと)をつけた高さ14メートルの、布を巻いた杉棒を立てます。
それに舞男2人が登っていきます。
棒は地面に掘った穴に差し込み、揺れないように周りに楔を打っているのですが、それでも上空では60センチほども揺れるそうです。
Kさんは、撞舞保存会に入って数十年ですが、3年前から舞男として棒の上に立てるようになりました。登れるのは2人だけですから、先輩が多ければなかなか順番がこないし、後輩が少なければいつまでも(といっても限界があるだろうけれど)登り続けなければなりません。
一緒に練習してきた仲間も、実際に14メートル(4階建てくらいの高さ)の棒の上の舞台に立ってみて、立てなかった人はそこで終わり、舞男になれることはありません。
お祭りの2ヶ月ほど前から本格的な練習に入りますが、Kさんは、
「もう今年はやれないかな?」
と思っていても、やってみればやれているとのことです。
綱での演技は、大回転などが大変ではなく、演技のあと傾斜のある綱を握って、舞台まで帰っていくのが力が要るので大変だそうです。
Kさん、すごいです!
私は高所恐怖症ではありませんが、たとえ舞台が2メートル高さとしても、何にも捕まらないで立つことは、考えただけで膝がガクガクしてしまいます。
撞舞に比べると、梯子乗りは梯子が6、7メートルなので、比べものにならないほど簡単だとか。
撞舞起源は諸説あり、古代中国の民間芸能(手品、軽業、滑稽な技)の一種、尋舞(つくまい)が日本に伝わり、五穀豊穣祈願や雨乞いなど祭りの祭りの神事と結びついたとする説もその一つです。「撞」は柱や竹竿を意味する「橦」の字が転化したものとされ、舞の舞台である長い柱の先を意味しています。
撞舞は、1999年に国選択「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」の選択を受け、また2010年には茨城県から無形民俗文化財に指定されています。
2026年8月29日土曜日
人形たちの後ろに
昨日は、水戸市立博物館で開かれている「郷土人形 昔のおもちゃの展覧会」を見てきました。
見ていたら、会場にいらした、博物館の方かあるいは市のボランティアの方かわかりませんが、薄い冊子を持ってきて見せてくれました。
それは、郷土玩具の展示会、「特別陳列 人形紀行」のカタログの『人形紀行』で、水戸市立博物館で1995年に、多かったからか東日本編と西日本編に分けて開催されたものでした。
このカタログは今でも領分されていたので買うと、巻頭にこのおもちゃたちを、博物館に貸し出した、片山龍男さん(明治42年生まれ)の書かれた文が載っていました。
片山龍男さんは京都で育ったお医者さんですが、当時は水戸市に住んでいらっしゃって、おもちゃコレクターでした。
学生の頃、ある日急に思い立って鞍馬山まで歩いて行ったところ社務所にいろいろな授与品(銭はちゃんととる、と書いてある)が並んでいました。その中に張子の阿吽の虎があり、それを買い求めたのが、片山さんが信仰玩具の収集をはじめた第一歩でした。
片山さんは、転任とともにこの虎を持って四国だけでなく満洲にも行ったのですが、終戦の時に奉天(現在の瀋陽)に残さざるを得ませんでした。戦後、片山さんの郷土玩具の収集は軌道に乗るのですが、奉天に残した虎がいつまでも心残りでした。のちに鞍馬の虎を手に入れるのですが、その時は張子ではなくて土のものになっていたそうです。
今回の展覧会は、「企画展・夏休み子どもミュージアム 郷土人形 昔のおもちゃ展覧会」と称するものだったので、郷土玩具を子どもらに理解してもらうための詳しい説明はあったのですが、このおもちゃたちがどうしてここにいるのかという説明はありませんでした。
さて、片山さんのコレクションは1万点とも言われていたそうですが、『人形紀行』には100葉の写真が掲載されていました。
上は、今戸人形の庄屋拳(狐拳ともいう)です。いまどきさんの敬愛されている尾張屋こと、金澤春吉翁作のものでしょうか?
棚尾人形の織田信長と今川義元。
やっぱり愛知の節句人形はすごい迫力です。
ハイカラさんと兵隊子どもも愛知県のもの。この取り合わせに時代を感じます。
仙台の堤人形の猫引花魁。
キャプションを読まなかったら、猫に気づかないところでした。堤人形の芳賀家には、今もこの型があるのでしょうか?
あったらつくって頂きたくなる猫の可愛さです。
2026年8月28日金曜日
郷土人形 昔のおもちゃの展覧会
このところ、何日か眩暈(めまい)がして、別のことで行った病院でお医者さんにそのことを話したら、それは熱中症だと言われてしまいました。
朝起きたら眩暈とか、夜寝ようとしたら眩暈だったので、まさか熱中症とは思ってもいなかったのですが。
そんなこんなで、しばらく体調に自信が持てなくてちょっと心配でしたが、会期も迫っていることだしと、ふぢこさんが教えてくれた、水戸市立博物館で開かれている「郷土人形 昔のおもちゃの展覧会」に行ってきました。
見せるだけでなく、会期中には、紙つばめ、木の餅つきうさぎ、体操人形をつくるワークショップなども開かれていたようです。
博物館の入り口を入ると、民具などを飾ってある常設展の会場に、馬が飾られていました。今年の干支です。ここだけは毎年飾り変えるのでしょう、素敵でした。
いわゆる郷土玩具だけでなく、ピョンピョン駒も飾られていたので、嬉しくなってしまいました。
選りすぐりの郷土玩具だけしかない、土産物など紛れ込んでないのですが、ぴょんぴょん駒に目を留めるなんて、コレクターは素敵な方でした。
郷土玩具の特設会場では、まずは土、紙、木など素材によるいろいろな玩具を紹介していましたが、仙台の堤人形の素晴らしいこと、昭和30年代には、こんな躍動感にあふれる人形がつくられていたのです。
続いて干支人形が並んでいて、その後に干支に入れてもらえなかった動物たちがいました。猫、熊、鹿、狐、狸などです。
節句人形のところには、富山土人形のお雛さまがありました。お内裏さまは雰囲気が違いますが、あとは我が家の中野土雛にそっくりです。中野から送られてきた段ボールの箱を捨ててしまった今、我が家の雛人形を中野土雛だと言っても、誰もが半信半疑になるのは、ちょっと残念です。
複雑な型を使ったという、端午の節句の愛知県の大浜土人形が素晴らしい!
初節句にこんな人形をあげたりもらったりしていたなんて、なんて豊かだったのでしょう。
子どもの病気平癒に欠かせなかった「赤もの」です。
定番の熊金(熊に金時)や鯛だけでなく、
獅子、赤べこ、奉公さんなども、赤ものだったのですね。
毛たたき人形は、軍人バージョンのものが展示されていました。
大阪堺の張子の相撲人形は、二人で戦うお相撲さんだけでなく、起き上がり小法師のお相撲さんもいたようです。
大阪張子も含めて、堺の人形は全部好きです。
素敵な犬たち。
入場無料で、冊子までいただいて、とっても楽しみましたが、私の他には入場者はいませんでした。もっといてもいいのに、もう夏休みの子どもたちはとっくに来てしまったのか、それとも展覧会自体があまり知られてなかったのかもしれません。
紙つばめのワークショップに、参加したかったなぁ。
開催日はとっくに過ぎていますが、「小学生以上」誰でも参加できたので、ちょっと残念でした。
2026年8月27日木曜日
新しいブロワー
エンジンのブロワーがずいぶん前から壊れています。
息子が何度か修理したのですがエンジン式は壊れやすい(我が家のものだけ?)ので、息子は「断然充電式が欲しい」と言います。確かに、この数年、充電式の道具は飛躍的に進歩したし、エンジンのブロアーもチェーンソーも発動させる力が無い私が使うとしたら、充電式のブロワーが最も相応しいのです。
でも、「いつも使うものではないし、熊手と箒でなんとかなるし」と、私はブロワーを買うことには長く消極的でした。
息子の家のテラスは、今の季節になるとハイイロチョッキリがどんぐりに卵を産んで、そのどんぐりがついた枝を切り落としてすぐに枝だらけになってしまうので、確かにブロアーがあれば手軽く掃除できます。
また、コンプレッサーが使えない日に、使ったチェーンソーを小さいブロワーで掃除しようとして、できないことがありました。隙間に入り込んだ木屑がまったく取り除けず、役に立ちませんでした。
そんなことから、とうとう、落ち葉の秋を控えてブロワーを買うことにしました。ブロワーといってもピンからキリまでいろいろあるのですが、強力でないと意味がありません。
悩んだのは、すでにいろいろな道具で使っている18Vの電池が使用できる機種にするか、持っていないけれどさらに強力な40V の電池を使う機種にするかということでした。
電池は高いので、18Vが使えれば出費が少なくて済みます。しかし性能は日進月歩、しばらく迷いましたが、思い切って40Vの電池のものにしました。
40V使用のブロワーを買った人たちのレビューを読むと、概ね好評でした。しかし最強の風力で使うと6、7分しか使えないとのこと、そこで電池が2つついているものを買いました。
確かに、最大のパワーで使っていたら数分で風力が弱くなりましたが、電池2個で我が家の坂道とその下の市道の、落ち葉、ハイイロチョッキリが切った枝、落ち葉が堆積してできた土などを、すっかり吹き飛ばすことができました。土のところまで運んでおけば、分解します。
熊手と箒を使うと30分以上はかかるところ、10分以内ですっかりきれいになったので、時間の節約だけでなく、体力の節約もできました。
刈り払い機だけは、体力がなくても発動のための紐が引けるので、相変わらずエンジン式派ですが、チェーンソー、トリマーに続いて、ブロワーも充電式になってしまいました。というか、これまで男性に任していたブロアーにデビューしました。
2026年8月26日水曜日
バリ島の餌をついばむ鶏
ネットショップで、インドネシアのバリ島製の「餌をついばむ鶏」のおもちゃを見たのは、もうずいぶん前のことです。
安っぽい漫画ちっくな鶏で、実際安いものでした。
ところが、そのショップはずっと情報を更新していなくて、商品も少なくて、店をやっているかどうかが不確かだったので、ブックマークをつけておきましたが、連絡してみたことはありませんでした。
ところが、久しぶりにそのショップが目について、のぞいてみたら一新されていました。インドの雑貨などいろいろ売られているなか、まだバリ島の餌をついばむ鶏が売られていました。
「きみたち、健在だったのか!」
このショップはインスタグラムもはじめていたので見ると、持ち手を持って揺するのではなくて、赤い球を持って、それを左右に振って鶏を動かしているので、笑ってしまいました。
乗りかかった船というか、乗ってしまっている船というか、もうものを増やすのはいかがなものかと思っているのに、注文してしまいました。
厚みの違う合板2種類を切り抜いてつくられた鶏たちは、軽ろやかな音を立てて、餌をついばみます。
羽が手のよう、お辞儀をしている鶏に見えます。
もう一度ショップをのぞいてみたら、この鶏は1点だけだったようで、売り切れになっていました。新しく仕入れたものではなく、たぶん何年も売れ残っていたものだったのでしょう。
ヨーロッパだけでなく、アジア、中米などで餌をついばむ鶏がつくられていることは、おもしろい。
ビー玉、お手玉、人形など、もっとシンプルなおもちゃは世界中にあったり広まったりしていますが、動くおもちゃで、自動車のような実際のものを写したものではないものが、地球上の各地で、その地域の特性を意図もせずに盛り込んでつくられているなんて、おもしろくないですか?
2026年8月25日火曜日
吉田義和 今戸土人形展
日曜日に、駅まで行ったのに地震で列車が運休していて行くことができなかった、「吉田義和 今戸土人形展」を見に、咋日駒場東大前のべにや民芸店に行ってきました。
いただいた案内状に載っていた「浅草かんのん猫」たちはすっかり売り切れていました。なんでも、初日の日曜日の早い時間に売り切れてしまったとのことでした。
3日目の昨日、招き猫で残っているものといえば丸〆猫1匹だけでした。
いまどきさんが実演もしていらっしゃって、これから絵つけをする人形たちが作業台の上に置いてありましたが、その中にもかんのん猫はいません。
猫でいたのは、火入れ猫2匹と、
丸〆猫2匹です。
狐を1匹いただいて帰ろうとしたら、店主さんがいまどきさんに電話をかけてくださいました。なんと、もうそこまでいらっしゃっているとのこと、お会いすることができました。
いまどきさんは、足を悪くされていました。足はまだなんとか大丈夫な私でさえ、あの渋谷駅のJRから井の頭線への乗り換えの長さにはうんざりだったし、駒場東大前駅の長くて急な階段も青息吐息だったので、杖をついて通われているいまどきさんは、さぞかし大変だったことでしょう。
失礼とは思ったけれど、思い切って訊いてみました。
「あの、朱だけ塗った制作途中の丸〆猫が、欲しいなと思って」
「どうして、完成してないのがいいの?」
いまどきさんにそう訊かれると、答えに詰まります。
「お顔は描いてあるし、白と赤の感じが可愛いから」
「うぅん、絵つけをし終えたら、完結した感じがするんだよねぇ」
そうでしょう。つくる人としたら、そう考えるのが当然です。
「同じ猫でも、描いた時代によって雰囲気が違うけどね」
その一言で納得して、完成している方の丸〆猫をいただいてきました。
右が新入りの丸〆猫です。
いまどきさんの猫は、何匹いても可愛らしいものです。
どの猫がいつやって来たか、記録もつけてない私。緑の前垂れの丸〆猫は、よく見ると鼻先が黒くて、目尻がキリッと上がっていて、目の上の髭も描かれていました。
新しい猫さんは、型が違うのか、ちょっと小さい気がします。
上は招き猫がいないならといただいた胸に宝珠が描かれた狐です。
優しいお顔で、台座も素敵な狐です。
さて、常磐線の特急は、数年前から品川まで乗り入れています。
久しぶりに降りた品川駅は、高校と大学の通学に7年間使っていた馴染みの駅で、当時はがらんどうの殺風景で寂しい駅だったのですが、今は人、人、人で溢れかえっていました。






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