2026年10月21日水曜日

アカ人の衣装

世界遺産ナビPamonより、お借りしました

中国雲南省の元陽(モウビン)には、広大な、そして美しい棚田があります。
哈尼梯田(ハニ棚田)と呼ばれる棚田で、少数民族のハニ人の里です。ハニ人のルーツは北方遊牧民である羌人(キョウ人)で紀元前から4世紀ごろにかけて、青海や清蔵(チベット)から南下を開始、現在は中国だけでなく、ビルマ東部、タイ北部、ラオス北部、ヴェトナム北部にかけて広く点在していて、アカ人(ヴェトナムではハーニー)として知られています。


家族と共にタイに住んでいた頃、私はアカの上着を手に入れました。半年に1度くらい開かれていた、山岳民族のハンディクラフトのバザーで出逢ったものでした。
そのバザーを主催していたのはアメリカのNGOで、山岳民族の収入源である芥子(アヘンの材料)の栽培に代わるものとして、竹やラタンの細工、木彫り、織り物、刺繍など、彼らが得意としている技術を生かした商品をつくることを奨励・指導し、できたものをバンコクのISB(インターナショナルスクール)の体育館で展示販売していました。
バザーでは、伝統的なパッチワークを生かしたベッドカバーやエプロン、木とラタンでつくった椅子やラタンの葛籠など、山岳民族の伝統技術を活かしていながら現代生活にも似合うものがたくさん売られ、売上金は生産者に還元されていました。


バザーには、新しくつくったものだけでなく、彼らがつくりためた民族衣装が売り出されることもあって、これはそんな1枚ではなかったかと思います。
手織り布を藍で濃く染め、小さな三角の色とりどりの布を刺繍糸で縫いつけ、刺繍を施したアカの典型的な民族服です。


美しいものをつくりたいという気持ちに突き動かされてつくったであろう細かい刺繍の後ろ身ごろ。まわりには小さなジュズダマを縫いつけてあります。


この上着は、よく羽織りました。アカの上着は着物のように身八つ口があり、脇の下に余裕があるためか、袖は太くはないのに着やすいものでした。


その後、もう1枚アカの上着を手に入れました。これはどこで手に入れたものだったか、もしかしたらやはりバザーだったかどうか、忘れてしまっています。
当時は、タイ北部では、山岳民族の人たちはまだ普段着として民族衣装を着ていましたが、アカの人たちは黒にしか見えないほど濃く染めた服を着ていたので、藍色を感じられるこの上着は珍しいものでした。


袖には別布も使っていましたが、
後ろ身ごろは刺繍だけで、三角模様はありません。もしかしたら、アカにはもともと三角模様はなかったものの、より派手にしようと、時代が下がってから三角模様が流行ったのかもしれません、


超人的な根気がないと刺せないほどの細かい刺繍です。


刺繍は、横に細長い7枚の布に施され、それを後ろ身ごろ布に上部と脇だけ縫いつけ、下部は3ヵ所、点で縫い止めています。小さい布だとどこにでも持って行けるし、刺繍もしやすかったのだと思われますが、布を重ねることによって防寒のことも考えていたのかもしれません。
そういえば、たった今思い出しましたが、これには染めてない白い布でつくった、まったく同じ形の重ね着がついていました。無くしてしまいましたが。


袖も美しい。写真では袖に縦に使ってある赤い布が鮮やかな赤に見えますが、実物は草木染めと思われる、もっと落ち着いた深い色をしています。


左の上着は、右の上着よりわずかにサイズが小さいので、着ることができるけれど窮屈。それに、背中の布をダブルにしているからかちょっと重く、ほとんど着ることはありませんでした。

『FROM THE HANDS OF THE HILLS』より

さて、アカの人たちは短いスカートにスパッツを履きます。12月ごろ、乾季ともなれば北タイのしかも標高の高いところではスパッツは防寒のためにも必需品です。
これも今気づきましたが、上着の下に白い重ね着を着ているようです。


そのスパッツは、小さなポシェットをつくるのにちょうどいいからと買った覚えがあります(つくりませんでしたが)。
赤色が洗濯で滲み出ているので赤は化学染料でしょう。ちなみに東南アジアに化学染料がもたらされたのは、20世紀初頭です。


こちらのスパッツはシンプルですが、配分も配色も粋です。








2026年10月20日火曜日

猫もおもてなし


昨日は客人があり、久しぶりにテラスで夫が天ぷらを揚げる昼食をとりました。


最近は、いらっしゃったみなさんが、あとでそれぞれに写真を送ってくださるのが楽しみになっています。


当たり前ですが、自分とは視点が違います。


猫たちもしっかりおもてなししたようでした。


あれっ、どっちも無愛想な顔しているけれど、どっちがどっち?


これはタマだな?




 

2026年10月19日月曜日

昭和のお土産もの


昨日のおもちゃ骨董さわださんの店先です。
いつもの、おはじき、ビー玉、ベーゴマ、石蹴り、メンコなどに加えて、自然素材とろくろで挽いた木などを合わせた各地のお土産ものが棚いっぱいに、朝の光を浴びていました。
安っぽくてカラフルで、そして工夫と手間の詰まったお土産ものたちです。


貝、稲穂、松ぼっくりを利用。
手前左は納豆なのか、栗なのか?


松ぼっくり、栗のいが。
果物摘みや田植えの乙女たち、揃えた足が目立ちます。


この写真の中に、下駄が3つもあります。
どれも、温泉町のお土産のようです。頭に手拭いを乗せたり結んだり、そして湯船に浸かっているのまで・・・。
温泉町に、下駄はつきもの、よく似合っていたのでしょう。

さわださんは、大量の人形たちを運んでくるのが大変だったそうです。




 

2026年10月18日日曜日

デザートフォーク


お客さんにお菓子を出そうとデザートフォークを探したら、2本しかありませんでした。
「えっ?」
元々は6本、ついこないだまで4本はあったのに、いったいどこへ消えたのでしょう? 誰がなくしたのでしょう? 


その日は仕方なく、魚の形をしたプラスティックのフォークにしました。


ときおり、まさかこんなところからと思うところから失せたものが見つかることがありますが、2本しかないのでは困るので買い足しました。
柳宗理のデザートフォークは、使いやすいのに北欧のカトラリーに比べると安価だし、何よりも、40年以上前に買ったものと同じものが、しかも1本から買えるのが嬉しいところです。


お菓子用には、真鍮のフォークがあるのですが、和菓子はともかく、洋菓子には小さすぎて使えません。ネットで買ったときサイズをよく確かめなかったのが悪いのですが、和菓子とのバランスはいいものの、洋菓子に小さすぎて無理、それに手にも小さすぎます。


右から2つ目のフォークは、夫の母が使っていたものです。おそらく貰いもの、当時のモダンデザインかもしれませんが、今では昭和を感じます。
お菓子を食べるには、大き目だけど大きさを感じさせない、柳宗理のフォークが、我が家では最適でしょうか。




 

2026年10月17日土曜日

いつの間に?

庭仕事をしていたら、髪の毛が引っ張られたような気がしました。
頭の上なので見ることはできないので、手でぱっと払ったら、カマキリが落ちてきました。


いったい、どうやって私の頭に乗ったのか、木の下を通ったとき、飛び移られたのでしょうか。


通常、成虫になったカマキリは見つかってもじっとしているものですが、羽が傷んだこのハラビロカマキリは、よたっ、よたっと足を運んで逃げていきます。


柱に登りはじめるとお腹の赤い色が見えて、ムネアカハラビロカマキリでした。
中国から竹箒に卵がついてきたらしいムネアカハラビロカマキリに、元から日本にいたハラビロカマキリが駆逐されるのが問題になっているようですが、我が家の庭でも外来種のムネアカハラビロカマキリが年々増えている気がします。
と言っても、9月はずっと雨だったので、今年はいつもの年よりカマキリを見ていません。





 

2026年10月16日金曜日

さすが、大地!




生ゴミ処理のキエーロを使うとき、以前は生ゴミを埋めたら、表面を平らに均していました。
ところが、片側を掘って埋めて、その上に反対側の土を盛っておけば数日で平らになっていることがわかりました。これで、苦労しないで、右左、右左と交互に埋められます。


片側が盛り上がっている土を勝手に平らにしているのは、微生物でしょうか? それとも群生している芋虫たちでしょうか?
キエーロでは、時間が経っても分解しにくいものがあります。鶏の骨、卵の殻、アボカドや桃の種などで、いつまでも分解しないでごろごろしているので、見かけたら取り除くこともありますます。
キエーロだけでは間に合わないときは、畑(と言えるか?)に埋めています。動物性の残滓を埋めると、ハクビシンかアナグマか、あるいはタヌキかアライグマか知りませんが、何者かが抜け目なく見つけて掘り返すので、畑には植物性のものに限って埋めます。


大地はさすがです。
キエーロの中ではいつまで経っても干からびた種のままでゴロゴロしてしまうアボカドの種が、芽を出していました。


畑(と言えないだろう!)で育てているのはレモングラスと、農産物直売所では売っていないし、生協でも手に入らなくなったルッコラだけで、筋蒔きして、間引きした小さいものも全部食べています。









2026年10月15日木曜日

『猫は愛でたし目出たし』


『猫は愛でたし目出たし』(荒川千尋編集・坂東寛司企画、写真、装丁、有限会社風呂猫、2026年発行)は、則武広和さんの猫の郷土玩具や浮世絵のコレクションの本です。


通常、本はハードカバーであれソフトカバーであれ、1枚の紙や布が表から背、裏とぐるっと回してありますが、この本は、短めのカバーを取ってみると、表と裏は別々の厚紙でできていて、いわゆる背表紙はむき出しで、浅く綴じてあるのを見ることができます。


その綴じ方のおかげで、本は綺麗に開き、2ページにまたがっている写真を隅々まで見ることができます。


可愛い猫ばかりで、うっとりしてしまいます。

則武さんのコレクションは立体と平面の版画や絵という両方があり、浮世絵などを見ると人と猫の関係、とりわけ女性と猫の関係、中でも花街の女性がどんなに猫を慰めとしていたかが伝わってきます。

古今比売鑑(ここんひめかがみ)薄雲 芳年画

実際にモデルがいたかどうか、この花魁(おいらん)の猫紋の着物の袖には猫の絵が描かれていて、笄(こうがい)の1本1本に猫がついています。


コレクションは古い猫がおもな中、いまどきさんの丸〆猫たちもいました。