八郷の日々
2026年8月10日月曜日
2026年8月9日日曜日
もうひとつの美術館 25周年
昨日は、那須郡那珂川町の「もうひとつの美術館」の開館25周年の記念イベントがあり、行ってきました。
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| 陶器でつくった楽器が、打つ、振る、弾くなど7種類。後ろに見える竹も楽器 |
記念イベントにはたくさんの人が集っていました。その多くは、障がい者の発表の場である「もうひとつの美術館」を、これまで影になり日向になって支えてきた人たちで、私たちのようにK夫妻の友人だからという人は他にはいなかったかもしれません。
「もうひとつの美術館」は、NPO法人によって運営されていますが、K夫妻の頑張りで誕生し、続いてきたもので、K夫人は美術館の館長をしており、建築家のKさんはNPO法人の理事をしています。
K一家は、自閉症の次男が東京で暮らすにはストレスが多すぎると、1998年に那珂川町に移住してきました。1999年に、東京都美術館で開催された「このアートで元気になる」という障がい者の作品の美術展を観る機会があり、また「まひるのゆめ」という映画も観ることがあって触発され、自分も何かしたいと廃校になった矢又小学校で、障がい者のアート展を企画・開催しました。
このアート展を開いたことで、「常設できるような拠点が欲しい」ということになり、2001年に廃校になった小口小学校を借り受け、NPOを設立、以後25年間、様々な展覧会を開催して今日に至ります。小口小学校は、1903年(明治36年)に創設され、1925年(大正14年)に増築された木造校舎です。
以下は、現在開催されている「家とまち 棲むということ」展の作品たちです。「いえとまち 棲むということ」展は、美術の仕事をしているプロの方の作品と、障がい者の方の作品が入り混じって、8人の方たち作品の展示でした。
上の上の写真は、絵画、詩、舞台美術などいろいろな芸術活動のかたわら、粘土で家の彫刻をつくるようになったおがたとしあきさんの作品。
下はごとうたくやさんの作品。家の改築をきっかけに「家」に関心を持ってつくりはじめ、段ボールに絵を描き、小さくきった紙をホッチキスやテープで貼りつけてつくっています。通っている福祉施設で掃除や花壇の手入れなどの仕事をしていて、短いお昼休みにだけ制作するので、1軒仕上げるのに1年ほどかかったそうです。
おおやみさきさんの絵は、全部「お城」という題名がついています。
アニメの好きなおおやさんは、三角や四角を積み上げて、アニメで見たお城を描きます。
かがわさだゆきさんは、小さい頃から鉄道が好きでした。
O学園に入園して、寮に入って避難経路図を見てから、設計図のようなものを描きはじめました。
ペンと色鉛筆で描かれているのですが、透明感があってとても素敵でした。
とりやましゅうさんの絵は、素敵なものがいっぱい詰まっていて、端から端まで、観て、観て、見飽きることがありません。上は「奈良県」という題名の絵です。
そしてこれ! なんだこれ!
私の大好きな鯛がいると近づいてみたら、招き猫もいました。
「いえとまち 棲むということ」展は、11月23日まで開催されています。
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| かわしまなおとさんの作品、「冬の男浅間神社」 |
2026年8月8日土曜日
2026年8月7日金曜日
今年のセミ
土間入り口にセミの抜け殻があります。
今年は、例年のようにまずニイニイゼミが鳴いて、アブラゼミが鳴いて、ヒグラシが鳴いて、先週からミンミンゼミも鳴きはじめました。
「ヒグラシが鳴くからもう夏も終わり」というのは間違っていて、わりあい早くから毎日鳴いています。
今年まだ鳴いていないのはツクツクボウシだけ。東京には北上してきているというクマゼミは、ここまでやってきていません。
あれっ、今朝はドアにまで抜け殻が。
出入りするたびに目につく2つです。
あまり高いところまで登ったら、クモが待ち構えているので、賢い選択だったのかもしれません。
2026年8月6日木曜日
井上陽水英訳詞集
『井上陽水英訳詞集』(ロバート・キャンベル著、講談社、2019年)を読みました。
英訳といっても、英語圏の人たちを対象としたものではなく、日本人向けの英訳詞集です。
目次は、
はじめに「井上陽水はうなぎだ」
第1章 時を彷徨う中で
第2章 余白に気をつけろ
A 時の設え
B 鳥を逃した
C 愛
D 同時代性
第3章 井上陽水英訳詞集
となっていて、多くのページが井上陽水の詞をどう捉えるかに費やされています。
陽水さんはもとより、キャンベルさんも言葉が美しい人なので、とてもおもしろい。日本語が韻を踏んでいるときはどう訳すか、余白と曖昧はどう捉えるかなどなど、英訳しながら、陽水さんの詞を深掘りしています。
英訳詞は50曲、年代順に掲載されています。
これを読んだら、久しぶりに陽水さんの歌が聴きたくなりました。レコードはあるけれどプレイヤーがないので聞くことができませんが、
息子が買ってくれた「井上陽水 SELECTION」という、1991年に活動20周年を記念して出された、それまでの曲が全曲入ったCDがあります。
CDは何枚か持っていたし、もらった時は忙しくて、一度も聞いたことがないものです。
CDプレーヤーは、電池式のものも充電式のものも持っていなかったので、語学練習用の簡便なものを購入しました。
音はよくないけれど、蓄音機やAMラジオで聴くことを思えば、なんでもありません。
DISK1の「断絶」から年代順に聴くと、1979年までの歌はほとんど口ずさめるのに比べて、それ以降のCDには10曲ほど入っている中で、1曲か2曲知っているのがあるだけ、それを何枚か聴いていると、DISK10の「LION & PELICAN」まで聴き進んだら、今度は半分くらい知っている歌が出てきたりしました。この間、私自身がどんな生活を送っていたかがわかる、興味深いものでした。
陽水さんをまったく聴いていないころは、子育ても一段落して仕事やら何やらで忙しくしていて、音楽を楽しむ暇もありませんでした。それに、聴くとしたらガムランやモーラムなどの民族音楽が主、タイのグループのカラワンなども聴いていました。
そうそう、マレーシアの空港の薄暗い侘しい待合室に一人で疲れきって座っていたとき、テレビから流れてくるイスラムのアザーンに心を揺すぶられて、アザーンのCDをいく先々のイスラムの国々で買って、その中の1枚をよく聴いていたこともありました。イスラムの国で、アザーンで目を覚ますのは、何か胸が締めつけられるような、懐かしく、もの悲しい、「こんな遠くにはるばる本当に来ているんだろうか?」と思ったりする、不思議な時間でした。
脱線してしまいました。
2026年8月5日水曜日
お疲れさま
たけちゃんのつくったうさぎの椅子とうさぎの机です。
鉛筆書きの設計図通りにできているのが、おもしろいところです。
椅子は、座裏に斜め材を入れているので、大人でも座れます。
3日目に見た時は、机の顔は鉛筆書きでしたが、ちゃんと穴が開いています。
3日目に机の脚を接着したので、することがなくなってつくりはじめたお皿はカエルのお皿になっていました。
そのときたけちゃんは、かんな屑を丸めて包装テープの穴に詰めて、見本に置いてあったお皿(彫りはじめ、途中、完成品の3種類あった)を下に敷いたり蓋にしたりして遊ぶのに夢中になっていて、そのお皿がつくりたいと言うので、余っていた杉板にお皿を当てて丸を描き、その幅に切りました。
長方形になっていた板をすぐ正方形にしないで、あとで糸鋸で落とせばいいやと言うことで、ノミで彫りはじめたのですが、その余白がカエルの目として活きたということでした。
午前中2時間、午後3時間を4日間。大人も子どももちょっと疲れたけれど、とてもいい経験でした。
2週間ちょっといた父娘は、昨日、九州に帰って行きました。
2026年8月4日火曜日
磁器人形の童子たち
先日、骨董市に行ったら、水屋さんの店先に磁器人形の入った箱が置いてありました。
磁器人形と言っても、戦中戦後につくられた、薄くて軽い磁器人形ではなくて、ずっしりと重い、釉薬がかかってテカテカと光っている、絵つけの単純な古い磁器人形です。
人形たちの中に、招き猫を持った童子がいました。
招き猫持ち童子だけ欲しいのですが、おそらくまとめて売っているものだろうと、水屋さんにたずねてみました。すると、案の定一括売りでしたが、優しい水屋さんが市場で買った値段でいいと言ってくれました。磁器人形なら2体、多くて3体しか買えない値段です。
やったぁ!
というわけで、箱買いをしました。
招き猫持ち童子。
我が家に前からいる招き猫持ち童子より、一回り小さいけれどそっくりです。
大きい方を原型にして型をつくって成形し、焼いたら縮んでちょうどこのくらいの人形ができそうです。
他にも、おもちゃで遊んでいる童子たちがいました。
左から、お馬ごっこの棒馬(ぼうま)持ち童子と招き猫持ち童子。ダルマ持ち童子は紐でダルマを押さえて、お馬ごっこをしているように見えます。そして太鼓叩き童子。
一回り小さいのは、花持ち童子と、犬持ち童子です。
鶏、兵隊さん、何も持っていない童(わらべ)。鶏の顔は残念ながら左半分は欠けていました。
這子(ほうこ)。
我が家には先住の這子が2人いたはずと探したけれど、1人しか見つかりませんでした。
この男女児ペアは、ヨーロッパの人形を模したものでしょう。
そして、この2人は中国の人形を模したように見えますが、どうでしょう?
左の女の子は人形を、右の子は花籠を抱えています。
瀬戸でつくられたこれら磁器人形は、どんな人を対象につくられたものでしょうか?
土人形の自在な形や彩色の見事さに比べると、あまりにも素朴です。
そして、もし国内向けではなくて輸出向けだったとしたら、ヨーロッパの磁器人形とは比べものにならないほど稚拙です。
ネットで「磁器人形」と検索して出てくるのは、精巧なつくりのスペインのリヤドロやドイツのマイセンの磁器人形(フィギュリン)ばかりです。
写真上はヘンゼルとグレーテル、下は戦後ドイツでつくられたゲーベル人形、ヨーロッパのフィギュリンです。マイセンなどのフィギュリンは高くて買えないけど磁器人形が欲しい西欧人が、代替として日本の磁器人形を買うとは、あまりにも違いすぎて考えにくいものがあります。
瀬戸あたりに行って調べたら、磁器人形がかつてたくさんつくられた経緯がわかるのかもしれません。
招き猫持ち童子たちは、お仲間ができて、とても喜んでいるように見えます。
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