10余年前に我が家にいらして以来お会いする機会がなかった土浦のなゆきさんから、しばらく前にメールをいただきました。
なゆきさんのお友だちのかねこさんが、土人形のお雛さまを、できればブログで知っている私に貰ってもらいたいというお話でした。かねこさんはかつて、土人形のお雛さまをお内裏さまだけだと勘違いして買入されました。ところが届いてみたら15人揃い、しかも大きい雛人形だったので飾ることができず、お雛さまに対して心苦しく思っていらっしゃるのだそうです。
我が家のお雛さまたちも、満員状態です。それに、お会いしたことはありませんが私の方がかねこさんより年も取っているに違いないのでしばし迷いましたが、まぁ何とかなるだろうと、お引き受けすることにしました。
というわけで一昨日、かねこさんとなゆきさんとお二人で、お雛さまの入った大きな箱を運んでいらっしゃいました。
開いてみると、中箱が3つ入っていて、お内裏さまは一番上の箱に入っていました。
確かに大きい!
お内裏さまは22センチの高さです。
かねこさんのお話では、伏見人形としてネットで手に入れたのだけれど、どうも伏見人形とは雰囲気が違う。調べてみると山形県の鶴岡致道博物館に収蔵されている土人形に似ているので、鶴岡土人形ではないか、とのことでした。
土人形にもかかわらず、布でつくられた雛人形を強く意識して、それを土の置き換えたという感じで、衣装も持ちものも、なかなか複雑な形をしています。
鶴岡の人形なのでしょうか?
もともと、土人形のお雛さまは、御所人形に手が届かない庶民が、その昔から贈り、贈られて飾ったもので、お顔の表情はその土地で昔からつくられた土人形の表情を踏襲しているものです。ところがこの土人形たちは、思い思いの顔をしていて、五人囃子の中には、漫画のようなお顔をした子(右端)もいました。
金粉の砂子蒔きが目立つ人形たち、いったいどこでつくられたものでしょう?
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| 塩原温泉 彩つむぎ 女将の独り言よりお借りしました |
山形県の土人形を中心に検索していて、とうとう五人囃子の髪型が一部違うけれど、同じ姿と色遣いの人形を見つけました。
塩原温泉の「彩つむぎ」の女将が書かれているブログの2017年1月27日の記事によると、これは鶴岡ではなく岐阜県高山市の高山土人形とのことでした。
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| 飛騨高山文化伝承館の写真をお借りしました |
飛騨高山文化伝承館に飾られているお雛さまの写真も見つかりました。高山土人形は、大正期に初代の岩信成さんによってはじめられ、娘の光子さんが二代目として踏襲しましたが、現在は途絶えてしまっているそうです。
かねこさんからいただいた雛人形には三仕丁も含まれていましたが、塩原温泉の女将の雛人形にも伝承館の雛人形にも三仕丁は見当たりません。
ということは、三仕丁はのちになってつけ加えはじめたということで三仕丁がない方が古いのかと思ったりしましたが、
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| 高山市立博物館の写真をお借りしました |
高山市立博物館に収蔵されている「高山土人形雛揃」を見ると、三仕丁が揃っていたので、あるなしで年代が違うかどうかは、わからなくなりました。
いずれも二代目の光子さんの作と思われますが、いただいたお内裏さまの着物は金に模様、塩原温泉の女将のお内裏さまの着物は金無地、文化伝承館と市立博物館のお内裏さまの着物は男性が黒に模様で女性が赤に模様という違いがあります。そして、三人官女のうちの立っている官女が打掛を羽織っているかいないかの違いもあります。
さて、新しいひな壇をつくらないと飾ることができません。そして、ひな壇をつくる前に、どこにひな壇を置くかも考えなくてはなりません。楽しみが増えました。


























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