2026年3月1日日曜日

キルト展、終わりました。



3日間のキルト展が終わりました。


昨日は夫の講演会もあって、大賑わいでしたが、今日もたくさんの方々に来ていただきました。


同窓生、昔の仕事仲間、Facebookのお友だち、八郷のお仲間たち、ブログでつながった方たち、夫の友だち、それらみんなのお友だちや、お友だちのお友だちなどなど、たくさんの方々にお会いしました。


また、設営に、留守番に、撤収に、いろいろな方たちに助けていただきました。
最終日にはなんと、はるばる長野から来てくださったお医者さまにインパクトドライバーを持たせて、枠の解体を手伝ってもらいました。
みなさま、ありがとうございました。





 

2026年2月28日土曜日

お雛さまを飾りました

キルト展初日が終わりました。
来てくださった懐かしい方々、初めてお会いする方々、八郷での開催に加えて二度も足を運んでくださった方々、厚く御礼申し上げます。


さて、予定通り、雨の水曜日にお雛さまを飾りました。


やすおさん(妹の連れ合い)の姉上の木目込みのお雛さまを引き継いでから、私のお雛さまはこれまで雛壇の左側に飾っていましたが、今年は気分転換、右側にしてみました。


この、着物の模様を立体的に絵つけした土人形は、これまでどこでつくられたものか不明でしたが、島根県浜田市の長浜人形に似た手法があり、長浜人形ではないかと思われます。ただ、同じものは見つかってないので、断定はできませんが。


土間入り口も、賑やかになりました。
一番目立っているのは、(誰が見ても富山土人形に瓜二つの)中野土人形、内裏さまの脇に長浜人形も置いてみました。


古い木目込みにも、緋毛氈をつくってやった方がよさそうです。
木目込みの前は、お雛さまの中では一番年長の江戸時代の紙雛さまです。


あれっ、女雛の冠が傾いていました。







 

2026年2月27日金曜日

キルト展、始まります


今日から、つくばの市民ギャラリーでキルト展を開きます。


たった3日間ですが、いろいろな人に見ていただくことができて、行李の中で眠っていたキルトも喜ぶことでしょう。


ほとんどは息子たちが赤ん坊から小学生のころにつくったもの、時間が細切れでもいつでも作業にとりかかれて、いつでもやめられて、台所で、プール脇で、ときには新幹線の中とか、どこでもできるパッチワークは、子育て中にぴったりの手仕事でした。


これは少年野球チームのユニコーンズのキルトです。
ユニコーンズは、野球好きの子どもや大人で結成した地域の少年野球チームで、私も監督、コーチ、お世話係のお母さんとチーム名やユニフォームのデザインを考えたり、毎週練習場所を探して確保したり、試合に同行してスコアをつけたりと、結成時からタイに引っ越すまで、楽しい日々を過ごさせてもらいました。
最後の年に、5年生だった長男はキャッチャーで背番号2番、3年生だった次男は19番で補欠、21番をつけたピッチャーは、途中から参加した抜群に野球がうまい6年生のおやかたくん(あだ名)でした。おやかたくんに、ユニコーンズに入らないかと勧誘したのは、なんと、ずっと学年が下の我が家の次男くんでした。








 

2026年2月26日木曜日

世は変わりゆく

 近所の子安観音では、毎年2月に犬供養が行われ、新しい三つ又が立てられます。


これは、昨年2月に新しい三つ又が立てられた写真です。


ところが、今年の2月に、三つ又が抜かれて何もない子安観音を見ました。三つ又がない光景は初めてで、2月中には立てるのだろうと見ていたのですが、もう2月も終わろうとしているのに、まだ立っていません。


まだ、2月は3日残っているので期待していますが、立つでしょうか?

かつては、多くの子どもたちが感染症などで、幼くして命を落としていました。子どもが無事に育つかどうかは深刻な問題で、各地で婦人たちが集まって子安講が行われ、七五三参り、二十三夜供養、犬供養などで、安産や子どもたちが無事に育つことを祈願しました。
しかし、医学の進歩とともに、信仰に頼る気持ちは薄れ、近年は子安講も形骸化して、20年前には、祈願もそこそこに歌謡ショーなどを見に行く婦人会へと変貌していましたが、婦人会そのものも世代交代とともになくなっているようです。
私たちが八郷に越してきた25年前には、子安講の集まりだけでなく、お年寄りの女性たちが、きよちゃん、ちよちゃん、よっちゃんなどと呼び合って、頻繁に訪問しあい、ちょっとしたお菓子や野菜を届けあったり、お茶を飲んだりしている姿がありましたが、現在ではそんな光景も、まったく見られなくなってしまいました。





2026年2月25日水曜日

搬入しました

2月27日、28日、そして3月1日に開催するキルト展に向けて、25日にキルトの搬入を予定していましたが、あいにくその日は雨の予報、急遽昨日搬入することにしました。
会場は24日から借りていましたが、お昼過ぎまで用事があったので、運ぶものは23日のうちに車に積んで用意しておきました。


枠は夫に軽トラックで運んでもらいます。


キルトは、乗用車に詰めておきました。


会場には2時過ぎに到着、組み立て作業は夫と二人で、途中からM+MのMちゃんが手伝いに来てくれて、2時間ちょっとで終わりました。
高さがある2点以外は、すべて家で組み立ててみていたし、頭の中でどう配置するかも決めていたので、ほとんど迷わず端から組み立てることができました。


会場が広いので、埋まるかどうか心配でしたが、なんとか格好がついたようでした。


会場の広さに比べて寂しいかなと、1枚だけ新しくつくった(写真右)のもよかった。
昔つくったものの、家を建設していたときの仮設小屋のビニールハウスの中で使い倒してしまったものとコンセプトが同じで、その隣のと対になっています。


泥縄式で、直前に看板もつくりました。
本日25日は、予報通り雨が降り始めました。




 

2026年2月24日火曜日

雛壇づくり


3月1日まで3日間キルト展があるので、お雛さまを飾るのは旧暦でいいと思っていたのですが、やはり新暦の3月3日に間に合わせようかと、雛壇づくりに取り掛かりました。


雛壇は、しまっている時間の方が長いので、しまいやすく小さく分解できるようにつくりました。


それをつなげて使います。


棚板は、無垢の木でつくりたいものの、適当な端材がなかったので、f邸のごみの中から拾っておいた型枠に使った合板をきれいにして使いました。


場所は、いろいろ考えたけれど、ここしかありません。後ろに壁がないのでちょっと不安定ですが、猫たちはいたずらしないので、人間さえ気をつければ問題ありません。


緋毛氈にふさわしい布があるかしらと引き出しを開けたら、ちょうどぴったりの厚手の赤い布がありました。
どうしてあるのかしら? 厚みがあるので、お地蔵さんの前垂れや頭巾用の布ではないし、買った覚えはないのだけれど、幅が広くてぴったりでした。


高山土人形二代の、父娘共演が実現しました。
夏だったか秋だったか、骨董市で季節外れの雛壇用屏風を売っていたのを見たことがありました。「古い屏風だけ買う人がいるのかしら?」と思ったのですが、買っておけばよかったのはこの私でした。あれから、骨董市で屏風は見ません。
お内裏さまの後ろに屏風を置くスペースはちゃんと取ってあるのですが、右近の桜と左近の橘を置くスペースはありません。ぎゅうぎゅうです。


大きい今宿土人形は、またもや飾り場所をつくってあげることができませんでした。


明日は一日雨とか、残りのお雛さまたちも飾ってあげることができそうです。





2026年2月23日月曜日

久しぶりの庭仕事

いろいろなことがあり、余裕がなくて庭仕事にはずっと目をつぶっていましたが、久しぶりにやる気持ちが戻ってきて、この数日勤しんでいます。


カミキリムシにやられて枯れてしまったイチジクの木を、昨秋に伐り倒していたのですがそのままになっていたのを、まず片づけました。
カミキリムシにやられやすいイチジクは、これまでは大きな幹が枯れても、新しい枝が伸びて生き延びてきましたが、昨年とうとう枯れてしまいました。


まず枝を落としたり、運べる大きさに切ったりして、燃やしました。
幹の芯がやられているだけでなく、枝も幹も穴だらけ。幹の中の幼虫には申し訳ないのですが、燃やしてしまいました。


イチジクの木を伐ったおかげなのか、今年はお隣のビワの木が元気いっぱいです。


花もいっぱい。


春が楽しみです。

枯葉は理論的にはいい腐葉土になるのですが、長年の里山暮らしに慣れた木々は、富栄養より栄養少なめの方が元気なようで、枯葉の下でさび病などいろいろな菌が繁殖しないように落ち葉も、そこそこ取り除かなくてはなりません。

芝生の中の雑草たちは元気で、枯色の芝の中にいち早く鮮やかな緑の葉を伸ばしています。
中でも元気なのはシロツメグサとチチコグサ。タネツケソウ、ナズナ、ヒメジョオンなども侮れません。この春こそはチチコグサもヒメジョオンも、開花する前にあらかた駆逐したいところですが、勝ったためしがありません。


この冬に、二年物以上の古い薪は使いつくしたので、薪もつくっています。