2026年5月31日日曜日

ホタルブクロ


ホタルブクロが咲きはじめました。


濃い紫色のもあったはずですが消えて、この色のばかりです。
まっ、いいか。野生種の色ですから。
茎を伸ばして蕾をつけているのは20本くらい。


足元には、今年は咲かない、ホタルブクロの小さな苗がいっぱいです。
ホタルブクロは気まぐれですから、来年もっとたくさんの花をつけるとは限りません。







2026年5月30日土曜日

花も咲いたよ

生ゴミを処理するキエーロの中でかぼちゃが育ってから、開き直って、キエーロの蓋を開けっぱなしにしておきました。
ところが、割と強めの風が吹くと閉まってしまい、昨日も蓋が閉まっているのを見つけて開けてみました。


かぼちゃは、たびたび勝手に閉まる蓋にもめげず、いよいよ大きくなっています。


しかし、蓋が閉まってしまっては、蜂も来にくいことでしょう。


そこで、蓋の脇に1本棒を立てて、蓋が風で閉まらないようにしてやりました。

生ゴミ処理の方は、動物性のものが混じらないようにして、庭に直接埋めています。
キエーロのもっとうまい使い方はなかったのかとも思いつつ、当分、かぼちゃの成長を見ることにしました。






 

2026年5月29日金曜日

いい景色!

地方都市の外れみたいなところには、あちこちにパチンコ屋の廃墟があります。
大きなサイン塔を残したまま、奇抜な建物がうらびれた姿を晒しているのが痛ましい。なんとかならないものかと思ってしまいます。おそらく税金対策とか、破産してやむを得なかったとか、いろいろ理由もあるのでしょう。
八郷盆地のヘソ部分に位置する町場にも、2軒のパチンコ屋の廃墟があります。引っ越ししてきたときにはすでに廃墟だったので、いつごろ潰れたものかわかりません。

数年前、そのパチンコ屋の廃墟からそう遠くないホームセンターと100円ショップが相次いで廃業しました。大手チェーン店だったからか、廃業したとき、どちらも更地に戻したのが新鮮でしたが、どちらも再利用されないまま数年が過ぎました。


昨日、100円ショップ跡の前を通ったら、一面に何かが生えていました。
「ん? ミゾソバ?」
そのまま通り過ぎてしまったのですが、気になって帰りにも同じ道を通って、車を降りて見てみました。


あれぇ、雑草ではなくて本物のソバでした。


それにしても貧弱な。
ソバは痩せ地でもよく育つといわれていたけれど、実際は肥沃な土地の方がよく育つそうですが、肥料なしで育てたのかしら? それともただの水不足だったのかしら?
初年ですから、試し植えして、すき込んで肥料にでもするつもりだったのかもしれません。


いずれにしても、いい景色です。
放置されているパチンコ店跡も、錆びた鉄格子が生々しい精神病院跡も、更地になったらどんなに気持ちがいいことでしょう。






2026年5月28日木曜日

ポチ袋


茶々丸さんから富山の招き猫が届いたとき、大量の木版のポチ袋をおまけでいただきました。


私がポチ袋を使うことといったら、お正月にはなちゃんとたけちゃんにお年玉をあげるくらい。ちょうど手元のお年玉袋がなくなっているので、使わせてもらいます。


小さくて四角いポチ袋はコイン用かしら? それともお札を折り畳んで入れるのかしら?
ちょっと使い道の難しいものです。
5つは丸をテーマにしたもの、右下の市松模様だけ、小さめのものです。白黒の市松を見ると、カンボジアの床を思い出します。

カンボジアのプノンペンのアパート(集合住宅)の床はタイル張りが多いのですが、古いアパートの中に、フランスの影響を受けているのか、白黒の15センチ角のタイルを市松に張った床の部屋がありました。同僚のナリンのアパートの床も白黒の市松のタイル張りでした。
私は当時住んでいた、窓から芸術大学や博物館が見えて、芸術大学の向こうの王宮に、ときおり首相専用のヘリコクターが降りてきたり、博物館から夕方に家コウモリが黒いリボンになって飛んでいくのが見えるアパートが気に入っていたのですが、唯一の欠点といえばメコン川が見えないことでした。
それとなくメコン川の見える通りの部屋を散歩がてら物色していましたが、せっかく川に面しているのにほとんどの部屋は窓が小くて、心が動かされることはありませんでした。ところが、あるとき同僚に連れて行ってもらったフランス人の住む部屋は、息を呑むほど素敵でした。3階で、天井は低く川に面している窓は、足元まで大きく開き、床は白黒のタイル張りでした。
その部屋が、住人の帰国で空くことになりました。
「あの部屋に引っ越そうか?」
と、しばらく悩み、見にも行きましたが、そのとき自分が住んでいた部屋の大家さんがとてもいい人であったこと、新たに駐車場を探さなくてはならないけれど近くにはなさそうなこと、とても古い家で、シャワーの状態など暮らしにくいこと(私の部屋でも築50年以上)などから、決心がつきかねていたら、他の人に借りられてしまいました。
それでよかったのですが、白黒のタイルの床の家に住むという夢は消えてしまいました。


鯛は尻尾の方からお金を入れるようになっています。


牛の土人形(土鈴)を模したポチ袋は、どちらも素敵です。


長野の善光寺の布引き牛の絵葉書とのスリーショットです。







 

2026年5月27日水曜日

三河系招き猫がいた!

NHKオンディマンドで、古いドラマの再放送を観ることがあります。というか、結構楽しんでいます。
『 タイムスクープハンター』は、タイムスクープ社の記者沢嶋雄一が、色々な時代にタイムスリップして、忍者の修行を見たり、駕籠かきについて箱根まで行ったり、江戸時代の婚活に密着したり、戦国時代の通信手段であった旗振りを見て山から山へ情報が伝わるのを見たり、江戸時代の有名料亭の初鰹の争奪戦を追いかけたり、木の入れ歯職人を取材したりなどなど、歴史教科書には載らないような出来事を追いかけて、映像で記録するもので、今のところシーズン(6)まで放送されていて、タイムスリップする時代も古代から20世紀までと広範囲にわたっています。

このドラマで「おっ」と思うのは、既婚女性はおはぐろをしているし、男性の歯も真っ白ではなくて黄ばんでいるし、髪はみんな思い思いの形に結っていて、着物の着方もだらっとしていることです。
男性だと、丁髷の形も月代の伸び具合もいろいろで、髷の位置もいろいろ、女性の髪ときたらみんな違っていて、まるで帽子のように大きく結ったのや、乱れ毛やほつれ毛は当たり前、普通の時代劇のように、たった今床屋さんが結ったように整った髪の人は一人も登場しません。

さて、シーズン(6)の第5話、「追跡!美男子コンテスト」に、招き猫が出てきました。


明治44年(1911年)に、新聞社主催の日本で初めての容姿を競う美男子コンテストがありました。入選してなんとか写真館の名を挙げたい写真屋の小林さんは、知り合いの女郎屋の女将さんに、美男子と呼ばれるにふさわしい男性を紹介してもらい、その洋反物屋さんを訪れます。
その洋反物屋さんの銭函の上に、招き猫が置いてありました。


愛知県の各地でつくられている、三河系の招き猫です。
写真屋さんがどこに住んでいたかは語られていませんが、おそらく東京ではなかったかと思われます。

愛知県三河地方は、江戸時代から三河木綿の産地として有名でした。三河木綿は堅牢で足袋や布団に仕立てられましたが、明治になってからは積極的に西洋の紡績・染色技術を取り入れ、洋反物(洋服の生地)の製造もはじめました。
1989年には、愛知県の豊田佐吉が日本初の力織機を発明しています。蒸気やモーターを使う力織機の導入は、生産力を20倍に高めているので、三河でもその恩恵を受けていたと思われます。

そんな、愛知県にルーツを持つ洋反物屋さんなら、開店の時、三河地方の開店祝いの定番である招き猫を贈られて、意気揚々と東京に乗り込んだかもしれません。
三河系招き猫は大きいものでは高さ90センチもありますが、はるばる東京に行く洋反物屋さんには、荷物にならないように小さめの招き猫が贈られたのでしょう。
招き猫が、「三河の洋反物」の宣伝になったかもしれません。
もっとも、そこまで考えて小道具としての三河系招き猫を置いたかどうかは不明です。

この洋反物屋さんは結局、美男子コンテストのモデルになることを嫌がり、小林さんは別の学生さんで、コンテストに応募します。


しかし、待ちかねた選考結果発表の日、1位から10位までが新聞に紹介されましたが、その中に小林さんの送った写真はありませんでした。
新聞社が行った1900年代初頭の美人・美男子コンテストは、写真による選考でのみ選ばれるもので、個人の競争というより写真館の腕試しの様相が強いものだったようでした。






2026年5月26日火曜日

富山の招き猫


かわいいねぇ、かわいいねぇ。
富山土人形三代目の渡辺信秀さん(1913−2003年)作の招き猫(小)です。茶々丸さんから譲っていただきました。
富山土人形は厠の神さましか知らなかった時代から、長い空白を経て富山の招き猫に出逢い、そしてまた、小さな招き猫がやってきました。


ねこれくと」には、「とやま土人形工房」に保管・展示されている渡辺家の招き猫の「型」には髭が彫られていると記されていますが、この猫には型に彫った髭が移されていて、しっかり見えています。


赤、紫、黒、黄色(目)だけを使った色つけですが、とても華やかです。


古作の富山土人形とのツーショットです。

作り手が、雄型に土の板を押しつけて型を取り、型から取り出して前後をくっつけて乾かし、窯で焼いて胡粉を塗り、彩色してから金粉を撒いて仕上げた富山の猫たち、長い旅をして我が家に来ました。





 

2026年5月25日月曜日

輝く朝


久しぶりに晴れ渡りました。
農業に、というか食糧づくりに欠かせない雨が大切なのは知っていますが、 晴れると、やっぱり心が浮き浮きしてしまいます。


今朝の筑波山にかかる雲は、笠雲とは言わないのかな?


カエルは鳴いて、ツバメは飛んで、ヒバリも鳴いて、稲の苗たちは日毎に育っています。


夫もやっと長かった風邪のトンネルから抜けそう、一安心です。