2026年9月9日水曜日

元気になってください

8月末にべにや民芸店で「吉田義和 今戸土人形展をされたいまどきさんは、展示会に向けての追い込みで無理をされたに違いないのに、毎日実演のためにべにやに通われました。きっとできるだけたくさんの作品を皆さんに届けたいと思われてのことでしょう。
ところが、いまどきさんには持病があり、足が悪い身で、電車の乗り換え、駒場東大前駅での急な階段や坂道がこたえたのか、べにやにいるときに調子を崩されて、そのまま入院されました。
Facebookを拝見すると、ずいぶんよくなられているようですが、そんないまどきさんにエールを送ろうと、我が家にあるいまどき作品たちを全員集合させて集合写真を撮ろうと思い立ちました。
しかし、集めてみたら多すぎる! とても集合写真は撮れないので、個別に撮りました。





狐たちはたくさんいました。
鉄砲狐、口入れ狐、王子の狐、子守り狐、馬乗り狐、三すくみ(狐拳)などです。

次に干支人形です。私は、縁起ものが好きですが、干支人形と七福神にはあまり関心がないので、十二支全部が揃っているわけではありません。





伝統的には日本人に馴染みのなかった羊が、3匹もいました。
後ろの羊は背に羊羹を乗せていますが、ようかんという漢字に「羊」の字が入っているので、洒落ているのです。
羊羹は、もともと羊肉のスープ(羹、あつもの)で、鎌倉時代から室町時代にかけて、中国に留学した禅僧によって日本へ伝えられました。当時の禅宗では肉食が厳しく禁じられていたため、僧侶たちは羊肉の代わりに小豆や小麦粉、葛粉(くずこ)などを使って羊肉のスープに見立てた精進料理(点心)をつくり、それが羊羹になりました




うりぼうが瓜に乗っている、これも素敵な洒落です。



一文人形(?)とお福さんの火入れです。

いまどきさんの1日も早い回復をお祈りします。
招き猫たちはまた明日です。





2026年9月8日火曜日

大雨一過

このところ、強い雨が降ったり風が吹いたりするたびに、夜の間に木が倒れて道を塞いでないかヒヤヒヤしていますが、木もなかなかしぶとく、小枝とか葉っぱが落ちているだけで、今のところ問題ありません。


昨日ブロワーで坂道の葉っぱを吹き飛ばす前、忘れずに写真を撮っておきました。
坂道の真ん中のタマリュウのグリーンベルトは、いつまでも美しさを保っていたかったのに、何度もイノシシに掘り返されて、植え直す元気も失せて、今では見る影もありません。
昨日も掘り返されて、仰向けになったタマリュウを見ました。ヌスットハギ、メヒシバ、カヤツリグサなどが生え放題ですがしばらく前に少し抜いたので、まばらです。


ブロワーは、下まできれいにする頃には、電池がもう弱々しくなっていました。その間、5分ほどでしょうか。


さて、もう一つの電池で、市道を20メートルほどきれいにできるでしょうか?


いつもは水が流れていない側溝ですが、昨日はどっとどっとと音を立てて流れていました。


残念ながら、目標達成前に電池が弱くなり、それでも使っていたらとうとう止まってしまい、ちょっとだけ残ってしまいました。
まぁ、「あまり続けて働くなよ」とブロワーが言っていると思って、やり残したままであがりましたが、箒で掃除するよりはきれいになっているので、よしとします。


電池がなくなるのはあっという間ですが、充電には30分、いやもっとかかるでしょうか?
本物の庭師さんだったら、これでは仕事になりませんね。






2026年9月7日月曜日

ランドセル

骨董市のまことさんの店に布製のランドセルがありました。普通のランドセルより一回り小さいもので、デッドストックのようでした。
「なんて可愛いんだろう!」
としばし眺めた後、別のものを見たり、お連れ合いのふくさんとしゃべっていたりしたら、ランドセルの近くで一人のおじさんが、
「じゃぁ、ランドセルもらって行くよ」
と声を張り上げたので、思わずそちらを見てしまいました。
「これからこのランドセル背負って、勉強して、おれ、ハーバードに行くからね」
と周りを笑わせながら去って行くおじさんを見ながら、「売れちゃったのか」と思いながら、ふくさんに、
「あのランドセル可愛かったね」
と言いました。
「そうね、3つあったのよ。2つが野球の模様で、もう1つは別の模様だったの」
えっ、複数あったのかと目を凝らすと、台の上の私の見たランドセルはまだ残っていたので、「私は買わない」と整理のついていた気持ちが、またざわついてしまいました。
「ランドセルの写真を撮らせてもらってもいい?」
「ああ、いいよ」
と、まことさん。


写真を撮っていたらふくさんが来て、留め金を外して、中も見せてくれました。魅力的です。
「やっぱり買おうかな」
というわけで、ランドセルが我が家にやってきました。


全体は布でできていて、要所要所に革を使っていますが、革は貴重だったのか、厚い革を使っている場所は限られていて、あとは信じられないような薄い革が使われているところもあります。


留め金を開けると時間表と名札を差し込むところがあります。


硬い布と硬い革なので、てっきりミシンで縫っているのだと思っていましたが、こうして拡大して見ると縫い目が不揃いです。ミシンで縫ったと見せかけていながら手縫いだったようです。


肩紐の留め金が、長く固定されていたからか(写真の)右側は固まってしまっていて、動かすことができません。


というわけで、残念ながら肩に掛けてみることはできません。


刺繍も手でやっているようですが、当時は手仕事より機械仕事の方がもてはやされたと見えて、ところどころで機械で刺繍した感を強調しています。
このランドセルは、もののない時代につくられたものだろうとは思いましたが、ネットで「代用ランドセル」と画像検索してみると、1件だけヒットしました。


手前の真ん中のランドセルが、私が手に入れたものと留め金などが同じ仕様になっています。
写真の出所はオークフリー、写真の下に「戦後に不要になった兵器(軍事用品の間違い?)を解体してつくられた品」と説明書きがあるのですが、そのサイトに移動してみるとすでに引き上げたのか写真も文もなくて、これ以上の詳しい情報を得ることができませんでした。


私はランドセルと無縁な小学生時代を過ごしました。田舎の、1学年が1クラスしかない小学校に通い、白い肩掛け式のカバンはちらほら見かけましたが、ランドセルは誰も持っていませんでした。そして、自分がどんなカバンで通学していたのか、全く覚えていません。
歳の離れた妹たちはランドセルを背負っていた気もするけれど、ランドセルといって真っ先に光景が目に浮かぶのは、高校通学の時いつも乗り合わせた、付属小学校に通う制服姿の小学生たちの背負っていた黒いランドセルです。今はどうか、あの頃は小学生でも一人で電車に乗って遠くまで行くことができました。

そんな、ランドセルに無縁の私、このランドセルとどうつき合うのでしょうね。





2026年9月6日日曜日

やっと読んだ本


『百年の挽歌』(青木理著、集英社、2026年1月)は、発売されてからすぐ買ったのに、なかなか開くことができませんでした。というのも、私は寝る前に本を読む習慣があるので、読んだら到底眠れないだろうと思って手が伸びず、ただ枕元に置いておく日が長く続いたのでした。

2011年3月、福島第一原発のメルトダウンからしばらくして、空中に放出された放射能が、事故後の風雨によって、山を隔てて遠く離れた飯館村に多量の放射能をもたらしていたことが判明しました。
原発近くの、放射線量の高い地域に住んでいた人たちの避難所にもなっていた飯館村には全村避難命令が出ててんやわんや、そんな4月11日から12日にかけた夜半に、農業一筋に生きてきた102歳の大久保文雄さんが自ら命を断ちました。

この本は、その大久保家のお話です。

目次は、

序章 衝撃の朝
1章 美しかった村
2章 交錯する生と死
3章 運命を変えた雨
4章 じいちゃんの生涯
5章 「国策」に殺された兄弟
6章 残された者たちの願い
終章 それでも美しい村

となっています。
文雄さんの弟は、第二次世界大戦のおり、召集されて硫黄島で戦死されています。


第二次世界大戦は、たくさんの死者を出しただけでなく、生き残った人たちにも大きな傷を残しました。その傷を抱えて、しかし明るく土と共に生きてきた文雄さんの悲しみ。そんな文雄さんが原発事故で絶望してしまったことに対して、何ができただろうかと悩む、残された家族たち・・・。

悲しみを抱えて生きなくてはならない人をたくさんつくりながら、経済のためとして戦争に向かったり原発を受け入れようとする昨今の風潮に、なぜ人(や他の生物たち)を殺してもお金や権力が欲しい人たちがいるのだろう、人とは何か、人はそれでもなぜ生きるのだろうなどと、考えずにはいられない一冊です。






2026年9月5日土曜日

ナラ枯れ

2023年にナラ枯れが八郷にまで波及、以後24年、25年と山の木がたくさん枯れました。


今年は目立ったナラ枯れがないと安堵していましたが、今頃になってちょくちょく目にするようになりました。
くみさんの家の前の木は、明らかにナラ枯れのようです。


これは、昨年だったか一昨年だったかに枯れてしまった木。


そしてこれは、2023年に枯れた木です。だいぶ枝が落ちてしまっています。


問題は、昨年枯れた、くみさんの家への道から市道に張り出している木です。
紅葉がきれいな木だったのに、少しずつ傾いています。


激しい風雨の次の日は、倒れていないかどうか必ずチェックしていますが、今のところ小枝が落ちるくらいで、木自体は持ちこたえています。
それでも、遠くない将来倒れるのは必至です。倒れたら、M+M家、我が家、くみさんは通行不能になるし、ひろいちさんの庭にも落ちるので、ひろいちさんも片づけないと出られないかもしれません。


2年前には危なかった我が家のコナラは、なんとか持ちこたえています。


今日は、珍しいことに早く咲きすぎた彼岸花を見てしまいましたが、色も緋色ではなく、スカーレットでした。
なんだ、こいつは?







 

2026年9月4日金曜日

実り


稲穂が実り、収穫がはじまっています。
今年は、ヒエが生えた田んぼが多かったような気がします。稲をかき分けてヒエ切りをしていた人もいましたが、おおかたはそのままです。
そして、畦の草刈りをちゃんとせずに草ぼうぼう、畦にもヒエが伸び放題の田んぼもたくさんありました。もしかしてコンバインの性能が良くなって、収穫した米にヒエが混じっていても取り除けるので、問題ないのでしょうか?


3月の水張り、田植え、成長とその変化をずっと楽しませてくれた田んぼもそろそろ切り株とひこばえになって来春を待ちます。





 

2026年9月3日木曜日

インドの箕

9月3日、箕の日にちなんで、勝手に協賛です。


あの、韓国の世界食糧デーの記事に載っていた、パキスタンのとびきり素敵な箕を覚えていますか?
同じような水草(葦と思われる)で編んだ箕の写真を、ネットで見つけました。


この箕は、水草を並べて紐で綴って、奥を折り曲げてつくってあります。


水草を経材(たてざい)にして、端、折り曲げるところ、補強のために途中に入れる緯材(よこざい)は、水草を複数本まとめるかあるいは平らな材を使っていますが、経材と緯材を編むのではなく、経材を紐で緯材に綴りつけています。
どの箕も、折り曲げたところの両脇に、斜めに掛けた紐が見えますが、この紐はずっと残しておくようです。


箕を編んでいる動画もありました。


男女どちらかがつくるものと決まっているわけではなく、どちらもつくるようです。
これが、東南アジアや南アジアの面白いところです。北から織りもの、陶芸、籠つくりなどの手工芸が伝播したアフリカでは、男性の職能と女性の職能がはっきりと分かれていて、職能だけでなく、市場での商売で手織りの布は男性の扱う商品、工場生産の布は女性の扱う商品などなど、男女の役割が交わることがありません(遅れての海側からの伝播には当てはまりませんが)。


箕は、インド(バングラデシュやパキスタンを含む)では何世紀にもわたって使用されており、現代でも広く使われています。


西ベンガル州、オリッサ州、アッサム州、ビハール州では、結婚式で新郎を迎える際にも箕が使われるそうです。

現在では水草を綴るのに市販の紐が使われていますが、かつては自然素材の紐が使われていたものと思われます。