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2026年9月11日金曜日

秋野不矩

友人にお礼状を書こうと絵葉書を探していたら、秋野不矩さんの絵葉書が出てきました。


秋野さんの絵は大きいのですが、絵葉書サイズで見ても素敵です。


茨城県北部の五浦(いづら)にある天心記念五浦美術館に「秋野不矩展」を見に行ったのは2003年、あれからもう23年も経ってしまいました。


秋野さんは1962年に日本画の客員教授としてインドで1年間を過ごして以後、ずっとインドに行き続け、インドを描き続けました。


どれも大作ばかりで、この「プラーミンの民家」も横が212センチもあります。

1998年、90歳。この年インドを1ヶ月旅しています。

秋野不矩さんは2001年に亡くなられて、2003年に、兵庫県立美術館、茨城県天津記念五浦美術館と静岡県の天竜市立秋野不矩美術館で追悼展が開かれたのです。


絵葉書は、結局違うもので出しました。
せっかく今まで一緒にいたこの絵(絵葉書ですが)たちをやっぱり一緒にしておこうと思って。









 

2026年9月7日月曜日

ランドセル

骨董市のまことさんの店に布製のランドセルがありました。普通のランドセルより一回り小さいもので、デッドストックのようでした。
「なんて可愛いんだろう!」
としばし眺めた後、別のものを見たり、お連れ合いのふくさんとしゃべっていたりしたら、ランドセルの近くで一人のおじさんが、
「じゃぁ、ランドセルもらって行くよ」
と声を張り上げたので、思わずそちらを見てしまいました。
「これからこのランドセル背負って、勉強して、おれ、ハーバードに行くからね」
と周りを笑わせながら去って行くおじさんを見ながら、「売れちゃったのか」と思いながら、ふくさんに、
「あのランドセル可愛かったね」
と言いました。
「そうね、3つあったのよ。2つが野球の模様で、もう1つは別の模様だったの」
えっ、複数あったのかと目を凝らすと、台の上の私の見たランドセルはまだ残っていたので、「私は買わない」と整理のついていた気持ちが、またざわついてしまいました。
「ランドセルの写真を撮らせてもらってもいい?」
「ああ、いいよ」
と、まことさん。


写真を撮っていたらふくさんが来て、留め金を外して、中も見せてくれました。魅力的です。
「やっぱり買おうかな」
というわけで、ランドセルが我が家にやってきました。


全体は布でできていて、要所要所に革を使っていますが、革は貴重だったのか、厚い革を使っている場所は限られていて、あとは信じられないような薄い革が使われているところもあります。


留め金を開けると時間表と名札を差し込むところがあります。


硬い布と硬い革なので、てっきりミシンで縫っているのだと思っていましたが、こうして拡大して見ると縫い目が不揃いです。ミシンで縫ったと見せかけていながら手縫いだったようです。


肩紐の留め金が、長く固定されていたからか(写真の)右側は固まってしまっていて、動かすことができません。


というわけで、残念ながら肩に掛けてみることはできません。


刺繍も手でやっているようですが、当時は手仕事より機械仕事の方がもてはやされたと見えて、ところどころで機械で刺繍した感を強調しています。
このランドセルは、もののない時代につくられたものだろうとは思いましたが、ネットで「代用ランドセル」と画像検索してみると、1件だけヒットしました。


手前の真ん中のランドセルが、私が手に入れたものと留め金などが同じ仕様になっています。
写真の出所はオークフリー、写真の下に「戦後に不要になった兵器(軍事用品の間違い?)を解体してつくられた品」と説明書きがあるのですが、そのサイトに移動してみるとすでに引き上げたのか写真も文もなくて、これ以上の詳しい情報を得ることができませんでした。


私はランドセルと無縁な小学生時代を過ごしました。田舎の、1学年が1クラスしかない小学校に通い、白い肩掛け式のカバンはちらほら見かけましたが、ランドセルは誰も持っていませんでした。そして、自分がどんなカバンで通学していたのか、全く覚えていません。
歳の離れた妹たちはランドセルを背負っていた気もするけれど、ランドセルといって真っ先に光景が目に浮かぶのは、高校通学の時いつも乗り合わせた、付属小学校に通う制服姿の小学生たちの背負っていた黒いランドセルです。今はどうか、あの頃は小学生でも一人で電車に乗って遠くまで行くことができました。

そんな、ランドセルに無縁の私、このランドセルとどうつき合うのでしょうね。





2026年6月29日月曜日

小引き出しの中

原毛や紡いだ糸、織物道具などは不定形で嵩張って、なかなか片づかず、寝室あたりに点在しています。


少しずつでも片づけたいので、適当に突っ込んでいた引き出しの中を整理しました。
引き出しの右に置いているは猫のための暖房マットの入った箱で、猫にはあまり好まれていないのですが、冬にはいつでも使えるようにしておきたいので、通年で場所は確保しておかなくてはなりません。
その箱の上のスペースはもっと有効利用したいものですが、あまりいい案がありません。


ところで、この小引き出しには使えない引き出しが一つあります。


この小引き出しを買ったとき入っていたものをそのまま入れている引き出しです。
ばらばらと入っていたものを、一つの引き出しにまとめましたが、この何だかわからないものたちを、小引き出しの外に移すこと(絶対行方不明になる)も、捨ててしまうこともできません。
この中で、たった一つだけ、最初から用途がわかっていたものがありました。左奥の円筒形のものです。



座繰り機の中にセットして、竹のガイドを左右に振って、繰った生糸を糸巻きにうまく巻くための装置です。
他にも座繰り機の部品がないかと、座繰り機と引き出しの中身を比べてみると、一つありました。


座繰り機のハンドルでした。
というわけで、座繰り機の部品が2つも見つかりましたが、だからと言って座繰り機をつくっていた職人さんの小引き出しだったというわけでもなさそうです。


この、手で加工したような真鍮の板は何でしょう?


特に、この目立てした真鍮の板はどうやってつくったのか、何に使うのか不思議なものです。


くの字型に切り込みを入れて、それを立てていますが、間隔はそろっているし、曲げてあるのに板は歪んでないし、これを手作業でつくったとしたなら驚きです。


印鑑が一つ入っていて、ちょっと珍しいもの、関東蚕座紙組合の印です。
蚕座紙(さんざし)とは、蚕を飼育するとき蚕棚や籠(蚕座)に敷く紙です。蚕と繭の輪が、斬新です。

引き出しを使っていた人は養蚕に関係があった人であったことは確かですが、それ以上のことは分かりません。そして、やっぱり捨てられません。











 

2026年6月21日日曜日

招き猫のいる缶マグネット

八郷のこんこんギャラリーで今日まで、おおやぎえいこさんとさかいひろこさんの「ねこと縄文5 」が開かれています。


私はさかいさんの友だちなのに、おおやぎさんの缶マグネットを2つも買ってしまいました。


キジトラが遊んでいるのは豪徳寺の招き猫




黒猫が遊んでいるのは三河系の招き猫


他に常滑系の招き猫今戸人形の丸〆猫(?)と遊んでいる猫の絵もあったようでした。











2026年6月15日月曜日

万能工具

夫は、1週間に1度の割合で、財布、鍵、補聴器など大切なものをなくします。
その度に、
「あれっ、おかしいな」
と言いますが、ちっともおかしくない。なくすことがほぼ日常になっていて、その度に私までハラハラに巻き込まれてしまいますが、今朝も病院に行くのに、診察券も入った財布が見えなくなって、一騒ぎありました。
とりあえず、診察券がないまま(後で見つかった)夫が出かけた後、財布を探していて、夫のデスクの片隅で、見たことがなかったマルチツールを見つけました。どうしたんだろう?


両側を、外に引っ張って開けようとしてみましたが、開きません。
帰ってきた夫に、
「どうやって開けるの?」
と訊くと、


前後にねじって、簡単に開けてくれました。
「ふーん、こうやって開けるんだ」


「欲しかったらあげるよ」
「いらないけど」
ちゃちで、あまり役に立ちそうにはありません。

いつもスイス製のアーミーナイフを携帯している友人がいました。
必要な場面でサッと取り出し、それなりに役立てていたのを見ましたが、私に関しては、自分のマルチツールやサバイバルナイフが役立ったことはまったくありません。


LEATHERMANのマルチツールを、海外で役に立つと書いたことがありましたが、実際には結構重いので常備はしたくない、持っていたとしても肝心なときにそれが使えることを忘れてしまったりして、役に立てたことは一度もありません。


LEATHERMANは、昔むかし、夫と私の分を2つ買いましたが、夫は最初から、
「ふん」
という感じで興味を示さず、1つは息子か誰かにあげてしまいました。
そして1つは、引き出しに入れっぱなしで、これからも活躍しそうにもありません。
かつては、お土産にもらったスイス製のアーミーナイフもありましたが、使わないままで失せています。
マルチツールを使いこなす日がやってくることはなさそうです。







2026年5月28日木曜日

ポチ袋


茶々丸さんから富山の招き猫が届いたとき、大量の木版のポチ袋をおまけでいただきました。


私がポチ袋を使うことといったら、お正月にはなちゃんとたけちゃんにお年玉をあげるくらい。ちょうど手元のお年玉袋がなくなっているので、使わせてもらいます。


小さくて四角いポチ袋はコイン用かしら? それともお札を折り畳んで入れるのかしら?
ちょっと使い道の難しいものです。
5つは丸をテーマにしたもの、右下の市松模様だけ、小さめのものです。白黒の市松を見ると、カンボジアの床を思い出します。

カンボジアのプノンペンのアパート(集合住宅)の床はタイル張りが多いのですが、古いアパートの中に、フランスの影響を受けているのか、白黒の15センチ角のタイルを市松に張った床の部屋がありました。同僚のナリンのアパートの床も白黒の市松のタイル張りでした。
私は当時住んでいた、窓から芸術大学や博物館が見えて、芸術大学の向こうの王宮に、ときおり首相専用のヘリコクターが降りてきたり、博物館から夕方に家コウモリが黒いリボンになって飛んでいくのが見えるアパートが気に入っていたのですが、唯一の欠点といえばメコン川が見えないことでした。
それとなくメコン川の見える通りの部屋を散歩がてら物色していましたが、せっかく川に面しているのにほとんどの部屋は窓が小くて、心が動かされることはありませんでした。ところが、あるとき同僚に連れて行ってもらったフランス人の住む部屋は、息を呑むほど素敵でした。3階で、天井は低く川に面している窓は、足元まで大きく開き、床は白黒のタイル張りでした。
その部屋が、住人の帰国で空くことになりました。
「あの部屋に引っ越そうか?」
と、しばらく悩み、見にも行きましたが、そのとき自分が住んでいた部屋の大家さんがとてもいい人であったこと、新たに駐車場を探さなくてはならないけれど近くにはなさそうなこと、とても古い家で、シャワーの状態など暮らしにくいこと(私の部屋でも築50年以上)などから、決心がつきかねていたら、他の人に借りられてしまいました。
それでよかったのですが、白黒のタイルの床の家に住むという夢は消えてしまいました。


鯛は尻尾の方からお金を入れるようになっています。


牛の土人形(土鈴)を模したポチ袋は、どちらも素敵です。


長野の善光寺の布引き牛の絵葉書とのスリーショットです。







 

2025年12月10日水曜日

日記


2001年の秋に、八郷に引っ越しして来ましたが、その次の年のお正月から、10年日記を書いていました。
畑をつくって野菜を育てるつもりだったので、何月何日ごろ何を植えたかといった農業歴は必需だし、建設の作業歴も書ければいいと思ってはじめたものでした。

自分のはびっしりと書いているので、来年の10年日記の写真をお借りしました

10年日記は分厚いもので、毎月1か月分の予記のページがあり、次に1日に4行ずつ書ける、1ページ10日分の日記のページがあり、巻末にも色々記載できるページがあります。
ところが、毎日4行びっしり書いたので、何を書いているか一目見ただけではわからず、簡単には過去の日記を参照することができませんでした。
農業なら農業だけ、建設作業なら建設作業だけに特化するか、あるいはペンの色を替えたりして記せば役に立ったのだろうけれど、いろいろなことを書いてあるので必要な情報は見つかりにくく、便利に参照することにならなかったのです。
当初、力を入れるつもりだった畑作は、7月の第一週に種を蒔かなくてはならないとか、今が収穫時だとか、年中待ったなしなのですが、ついつい建設の方を優先してしまい、
「今週中だよ。蒔かなきゃ」
と焦っていても、適期を逃してしまうことが続きました。それにイノシシに手ひどくやられてしまったこともあって、数年で畑はあきらめて、続けたのは田んぼだけとなってしまいました。


田んぼに関しては、毎年どんな品種の苗を植えたかを日記の後ろの方のページに記していて、これは役に立っていました。
2005年には、うるち米のトヨサトとイワタ、もち米の羽二重もち、それに加えてもち米の黒米、赤米、緑米を植えています。その田んぼも、だんだん身体の自由が利かなくなって、草取りや水の管理の作業が追いつかなくなり、10年で借りていた田んぼを返してしまいました。


10年日記の後ろの方には自由に書けるページがたくさんあり、新聞の切り抜き、展覧会のチケット、写真など貼っていました。
これは世相も反映しているので今見ても楽しいものです。


ところが、10年日記が2冊目となると、なんとなく雑に書いていて、8年目ほどから書いていない日もあり、最後の2年はほとんど白紙となり、とうとう最後まで書かないでしまい込んでしまいました。


それから数年は日記を書かなかったのですが、昨年はスイカのペンギンに惹かれて「Penguin Diary2025」を買いました。


各ページにイラストが入っている楽しい日記帳、月末と月初めは重複しているので、どちらに書くかは気分次第、必然的に白紙の枠が残ります。だから、枠が埋まってなくても罪悪感がない、書きたいとき、書きたい長さで書けばいいので、続くかどうか疑問でしたが、なんとか続きました。


あんまり巻末など開いて見ることはないのですが、おまけのイラストページもあり、シールなどもついています。
メモ代わりのような日記は楽しかったので、「Penguin Diary2026」も買いましたが、スイカのペンギンキャラクターは来年で役目終了、ペンギン日記も終わるのでしょうか? それとも、来年以降も続くのでしょうか?
来年の年末になってみないとわかりません。