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2026年9月11日金曜日

秋野不矩

友人にお礼状を書こうと絵葉書を探していたら、秋野不矩さんの絵葉書が出てきました。


秋野さんの絵は大きいのですが、絵葉書サイズで見ても素敵です。


茨城県北部の五浦(いづら)にある天心記念五浦美術館に「秋野不矩展」を見に行ったのは2003年、あれからもう23年も経ってしまいました。


秋野さんは1962年に日本画の客員教授としてインドで1年間を過ごして以後、ずっとインドに行き続け、インドを描き続けました。


どれも大作ばかりで、この「プラーミンの民家」も横が212センチもあります。

1998年、90歳。この年インドを1ヶ月旅しています。

秋野不矩さんは2001年に亡くなられて、2003年に、兵庫県立美術館、茨城県天津記念五浦美術館と静岡県の天竜市立秋野不矩美術館で追悼展が開かれたのです。


絵葉書は、結局違うもので出しました。
せっかく今まで一緒にいたこの絵(絵葉書ですが)たちをやっぱり一緒にしておこうと思って。









 

2026年8月7日金曜日

今年のセミ


土間入り口にセミの抜け殻があります。
今年は、例年のようにまずニイニイゼミが鳴いて、アブラゼミが鳴いて、ヒグラシが鳴いて、先週からミンミンゼミも鳴きはじめました。
「ヒグラシが鳴くからもう夏も終わり」というのは間違っていて、わりあい早くから毎日鳴いています。


今年まだ鳴いていないのはツクツクボウシだけ。東京には北上してきているというクマゼミは、ここまでやってきていません。


あれっ、今朝はドアにまで抜け殻が。


出入りするたびに目につく2つです。
あまり高いところまで登ったら、クモが待ち構えているので、賢い選択だったのかもしれません。








 

2026年7月26日日曜日

四葉のクローバー

「安住紳一郎の日曜天国」で数週間前に、四葉のクローバーが話題になっていました。
リスナーから、「私は足を止めないで歩きながら四葉のクローバーを見つけるのが得意」という投書があり、それに応えて、今年になってすでに1000本以上(だったかな?)見つけた人、たくさんのものの中の異物を見つけ出すのを職業としているので四葉のクローバーを見つけるのが得意だという人など、たくさんの「私得意です」というメールがある中、熱心に探してもこれまで一度も探し当てたことのない人(安住さんもそのひとり)もいて、2週にわたってその話で盛り上がっていました。
私もかつて、四葉のクローバーを見つけるのが得意でした。行く先々で、意図しないでも見つけたし、何人かで探してもすぐ見つけるのは私でした。ところがラジオを聴いていて、最近はとんと見つけてないなと思い、庭に出た時には下を見て歩いてみました。我が家の庭には、最近はクローバーが増え、刈っても刈っても勢力範囲を広げているのです。
ところが1本も見つかりません。ではと立ち止まって、しかししゃがむと立ち上がるのが大変な年になっているので立ったままでクローバーの群生を見つめても、四葉のクローバーはまったく目に入りません。
これは、このところ生えすぎるクローバーを暇さえあれば抜いている私へのクローバーの報復に違いないと、四葉のクローバーを見つけるのはあっさりと諦めました。

ところが一昨日のことです。
夫の机の上でスマホが鳴りました。例によって夫はスマホを携帯せずに庭に出ていました。そこでスマホを届けて、ふと足元を見ると四葉のクローバーが目に入りました。


わおぅ! 久しぶりです。


見つかると、やっぱり嬉しいものでした。







2026年7月10日金曜日

黒い袋

先日、生協で冷やし中華を買いました。
お昼に食べようと、薄焼き卵を細切りにして、きゅうりは千切りにして、ハムも千切りにして、いざ麺を茹でようとしたらない!
冷蔵庫をくまなく見たのに見当たらず、仕方なくコンビニで麺を買ってきていただきました。
次の日、冷蔵庫の中に見覚えのない袋があり、取り出してみたら冷やし中華でした。


まさか、こんな袋だったとは思わなかった!
例のホルムズ海峡封鎖でカラーインクの使用を控えて、白黒に、そして冷やし中華らしくいつもの水色を加えて3色刷りにしたのでしょうか? 生協で配達されたとき、とりあえずまとめて冷蔵庫に入れておいたので、前の日に探したときは、まさかこの地味な袋が冷やし中華の袋だとは思いもしなかったのでした。
「2日続けて冷やし中華でいい?」
「ああ、いいよ」
「ハムなしでもいい?」
「いいよ」


話題になっているかっぱえびせんの白黒の袋は、スーパーマーケットやコンビニの店頭でまだ見ていませんが、袋が白黒でもいいんじゃないかと思っていました。
でも、冷やし中華を見ると美味しそうでない。袋はやっぱりカラフルな方がいいみたい。

冷やし中華に焼きなすをトッピングするのは、同級生だったNくんに教えてもらったものでした。





 

2026年6月26日金曜日

週末の日々

今日は年に一度の健康診断の日でした。
待ち遠しいような、近づくと気が重いような、終わったら肩の荷が降りたようでホッとするその日が終わって、今気分はとっても爽快です。
健康診断は毎年、夫の誕生日と同じ週に行われるのですが、今年は誕生日の翌日でした。


昨朝、夫に、
「誕生日のご飯のリクエストがある? ウナギにする?」
と訊きました。誕生日を予想して、奮発して生協でウナギを買っておいたのです。
「ウナギもいいけど、マカロニグラタンが食べたいかな」
「そうか、じゃぁマカロニグラタンにするね」
と約束したのに、私の頭は何日も前からウナギになっていました。
夕方、鰻丼やら、ナスの煮浸しやらをつくっていると夫が来て、
「あれっ、マカロニグラタンじゃなかったの?」
と言ったので、初めて、マカロニグラタンのことを忘れていたことに気づきました。
「ごめん、すっかり忘れてた!」
というわけで、今夜はマカロニグラタンでした。Sくんからもらった、新鮮な野菜サラダ添えです。


夕方になって、また雨が降り始めました。明日関東を直撃するといの台風はどんなものかしら?
明後日の、集落の全員で行う林道の草刈りはお天気が回復しそうで、一安心です。






2026年5月20日水曜日

蜂蜜


Gさんが、庭で飼っているミツバチの蜂蜜がとれたからと持ってきてくれました。
夫が気管支炎になったのを知っていたみたいなタイミングの良さ。夫に舐めさせ、私も舐めて、もうこんなに減ってしまいました。
美味しい蜜、なんの花の蜜なのでしょう?


いつもは生協の蜂蜜を食べていますが、この数年はビルマ(ミャンマーですが、私はアウンサン・スーチーさんや旧友に倣って、ビルマと言いたい)のひまわり蜂蜜ばかり食べています。これは売り上げの一部が「ミャンマー養蜂協会」に寄付されるもので、気に入っています。






 

2026年5月18日月曜日

ヴェトナムコーヒー

 


キルト展のとき、いつも大工仕事や草刈りを手伝ってくれていたKさんご夫妻が、観に来てくれました。
お連れ合いのHさんは弁護士さんで、ヴェトナム人の裁判に役立てようと、2年前からハノイに語学留学をしていますが、この時は一時帰国していて、お土産にヴェトナムのお菓子とコーヒーをいただきました。


ヴェトナムコーヒーには、この絵のカップの底に沈んでいるような練乳が不可欠ですが、私はこれまで一度も練乳を買ったことがなく、買いそびれて、そのままになっていました。
私の練乳の記憶は、小さめの缶詰で止まっています。プルトップもついてない缶に、缶切りで2ヵ所穴を開け、その一方から練乳を注ぐものです。練乳は固くて出にくく、一度に使い切ったりしないので、缶は糖分でべたべたになります。そして練乳が乾いて出が悪くなったら、片方の穴に口を当てて、思い切り吹くとなんとか出てくるのです。
一体どこで経験したのでしょう? 私の実家にも、たぶん練乳はありませんでした。


スーパーマーケットに行って、店員さんに練乳の売り場を聞いたら、まぁおしゃれ! こんなチューブに入っていました。


ヴェトナムコーヒーを淹れる道具、カフェ・フィンは3組持っています。2組は実用、右の手づくりっぽいカフェ・フィンは展示室の飾り棚に置いています。


コーヒーを淹れ終わったときは皿にもなる蓋以外には、小さな穴が開けてあります。


グラスに練乳を入れ、カフェ・フィンをセットし、コーヒーを入れ、中蓋でコーヒーを軽く押さえ、沸かしたお湯をカップの縁のきわまで注ぎます。するとポタポタとコーヒーの滴が落ちてきます。


蓋をして、コーヒーの滴が落ちなくなるまで待つこと4、5分、コーヒーと練乳を混ぜて飲みます。
久しぶりに飲んだヴェトナムコーヒーは、温かで濃いコーヒー牛乳のような味がして、美味でした。

Hさんは、これまで埼玉県で事務所を持っていましたが、7月に帰国してからは、東京で弁護士登録して、外国人案件を多数扱っている法律事務所に入所するそうです。ヴェトナム人にとっては、心強いことでしょう。







2026年4月17日金曜日

試運転

新しいコンピュータが届きました。しかも、長男から勧められて、25年ぶりにマックにしました。

私のコンピュータ歴は、1985年に夫が冬のボーナスを全部はたいて家族用に買ったNECからはじまり、1998年にカンボジアに赴任した当時は、マックのノートパソコンを使っていました。
私の働いていたNGOの東京事務所では、1980年代には手書きか、英文の場合はタイプライターを使い、そのうち各自がワープロなどを持ち込んで使うようになりました。そして、1990年代にはどこかの会社が20台ほどくれた中古の同じコンピュータを使うようになりましたが、海外赴任するときは、それぞれが自前でワープロやコンピュータなどを用意するのが当たり前でした。また、各国の現地スタッフたちも、人数分はありませんでしたが、事務所備へつけのコンピュータを使いはじめていました。


アップルのノートパソコンを持って行ったカンボジアでは、どこもかしこもWindowsばかりで、マックは影も形もない、当時はマックとWindowsの互換性はまったくありませんでした。プノンペン在住の他の団体などから、毎日何通も届くメールはマックでも読むことができましたが、添付資料はそのままでは読めず、すべてテキスト変換するのですがテキストになった書類は読みづらいことこの上なく、しかも変換し切れない書類もありました。添付資料は、当時は森林法が改正されたり、新らしい条例案が提案されたりと、人々の慣習法をなんとかして守りたいと連絡を取り合っていたNGOsにとっては、とても大切なものばかりでした。
約半年後に一時帰国したとき、不便していた私は迷わずWindowsに切り替え、そのときも息子の勧めでソニーのバイオを買って持って行き、それ以来ずっとWindowsでした。


新らしいコンピュータは、取説もついてなくて、電源を入れて出てきた画面に従って進むだけでしたが、なんとか使えるようになりました。古いデータが壊れたコンピュータに保存されているのではなく、新らしいコンピュータに替えてもそのまま使えることを知らなかったら、不安でマックにはしなかったかもしれません。
以前コンピュータを取り替えたときは、確かデータをいちいち移さなくてはならなかった、世の中は日進月歩です。

ところで、新らしいコンピュータでの写真の加工の仕方はまだわかっていません。試しに入れてみた写真は、ちょっと明るくしたかったのですが、一体どうしたらいいのか?
使い慣れていた「Google フォト」アプリをダウンロードして使ってみましたが、「Google フォト」を使うのをやめて、マックに元から入っている「写真」アプリを使えば加工できるのかもしれません。





2026年3月1日日曜日

キルト展、終わりました。



3日間のキルト展が終わりました。


昨日は夫の講演会もあって、大賑わいでしたが、今日もたくさんの方々に来ていただきました。


同窓生、昔の仕事仲間、Facebookのお友だち、八郷のお仲間たち、ブログでつながった方たち、夫の友だち、それらみんなのお友だちや、お友だちのお友だちなどなど、たくさんの方々にお会いしました。


また、設営に、留守番に、撤収に、いろいろな方たちに助けていただきました。
最終日にはなんと、はるばる長野から来てくださったお医者さまにインパクトドライバーを持たせて、枠の解体を手伝ってもらいました。
みなさま、ありがとうございました。





 

2026年2月16日月曜日

つくば市民ギャラリー



キルト展の会場のつくば市民ギャラリーに、事前確認に行ってきました。
市民ギャラリーは公園内に建っているのですが、重くて大きい枠やキルトを一般駐車場から何度も何度も運ぶのは大変なので、自動車を横づけできるのか、無料駐車場はあるのかなど確かめて、内部の空間も、再度確認してきました。


池には鴨が泳いでいました。
池の近くに、「人間が泳ぐための池ではないので、泳ぎたい人は自分で責任を持つように」との貼り紙があって、笑ってしまいました。


もう準備がほとんど整っているし、ギャラリーを2月24日から3月1日まで借りているのに、開催日は2月27日、28日、3月1日の3日間だけなので、余裕たっぷり(?)です。





 

2026年2月14日土曜日

ふやき御汁


金沢土産の加賀麩のふやき御汁をいただきました。


粉末のスープの上に乗せた麩に親指で穴を開け、


そこに熱湯を注ぎます。


ちょっと混ぜて、おしゃれで美味しいハートのスープの出来上がりでした。
ごちそうさまでした。




 

2025年12月28日日曜日

「お膝をお借りします!」

我が家の猫たちは、脚にじゃれつくのは好きですが、抱っこされるのは好みません。
抱かれれば、すきを見て逃げようとするし、自主的に膝にくることはめったにありません。

「おばあちゃん、きてぇ」
という声が聞こえたので行ってみると、そんなタマが、どうしたことか九州から遊びに来ているたけちゃんの膝の上で、のんきに寝ていました。
これには、猫たちに触りたくてもなかなか触れなかったたけちゃんは大喜び、とはいえこの姿勢でいつまでもいるのもきついものがあります。


というわけで、後ろにクッションを積み上げてみました。
タマはたけちゃんの事情にお構いなく熟睡。たけちゃんはタマがどこかへ行くまで、長いこと追い払わず、つきあっていました。






 

2025年12月26日金曜日

黒豆

 


お正月用に、生協で買った黒豆を煮ました。
『みおつくし料理帳』シリーズの中に、江戸の黒豆と大阪の黒豆の煮方の違いでお互いに譲らない場面が描かれています。江戸の人にとっては長寿を表すしわしわの黒豆が正しい煮方、大阪の人はしわのないふっくらと炊いた黒豆が正しい煮方というものです。そんなことになっていたとは、つゆぞ知りませんでした。
私が親しんできた祖母や母の煮た黒豆は、しわ一つないものでもなく、しわだらけのものでもなく、しわがないように炊いたつもりが、ちょっとだけ(だいぶ?)しわが残ったようなものでした。
そして、大人になってから、ふっくらと煮てしわのない黒豆を食べたとき、黒豆はこんなにおいしいものだったのかと、改めて思ったことがありました。
だから、『みおつくし料理帳』に登場する江戸の人たちが、主人公の澪が炊いたふっくらと柔らかい黒豆を食べてみて、「おいしい」と言わずに、「しわのない黒豆なんてダメだ」と口を揃えて言っているのは、ちょっと信じられないことでした。


さて、子どもたちが小さかったころ、私もおいしい黒豆を炊きたいと、『土井勝お正月料理』(お料理社、1975年)を参考にして、何年か煮ていたことがありました。


『土井勝お正月料理』は、おせち料理からお雑煮、お正月のお菓子から七草がゆまで丁寧につくり方を説明してある、美しくて有用な本ですが、参考にしてつくったのは黒豆と煮しめくらいなもの、活用には程遠かったのですが、黒豆はふっくらと、しわ一つ寄らずに炊けました。


子育て時代以後は、日本にいなかったり、父母が存命中は毎年、実家でお正月料理をいただくのを恒例にしていたりと、自分で黒豆を煮る機会はありませんでした。


この本では黒豆を700グラム煮ています。
手元にある黒豆は200グラムだけ、つくるにあたって、砂糖、しょうゆ、塩、重曹、水などほかの材料を、豆の量に合うように、計算して減らしました。


材料を熱湯に一晩浸しておいた後、煮るのは弱火で8時間ですが、豆の量を少なくした分、水の量も少なくしたのが悪かったのか、あるいは落し蓋が穴開きのものだからか、煮汁が減るのが早いので、何度も水を足さなくてはなりませんでした。また、今どきのコンロなのでお鍋が熱くなるとすぐに自動停止装置が働いてしまい、何度もガスをつけなおすなど、とてもレシピ通りには煮ることができませんでした。
煮る時間も、半分の4時間くらいだったか、夜も更けたのでやめてしまいました。


それでも、しわ一つないおいしい豆に煮あがりました。

昨年は、初めて冷凍のおせちを買ってみたけれど、まったくおいしくありませんでした。今年は黒豆とあとはお雑煮でお正月とします。


『土井勝お正月料理』のお雑煮の章では、お雑煮の由来についても書かれています。
一般的に関西のみそ仕立て、関東のすまし仕立てと言われていますが、江戸時代は仕立ての違いが階級によって分かれていて、武士階級は関西も関東もすまし仕立て、町人階級は主にみそ仕立てでしたが、全国から人が寄り集まった江戸では、みそとすましが混在していたそうです
また、江戸時代の宮中では、ひし形の角もちに丸もちを乗せた「ひし花びら」のお餅が使われていて、これがお餅の原型になり、関西の丸もち、関東の角もちに分かれて現在に至っているそうです。そして、関西と関東の中間点である三重県の北部には、今もひし花びらのお餅を食している地方が残っているそうです。

ちなみに、私のつくるお雑煮は実家でつくっていたものに似せたものです。
倉敷地方のお雑煮はどんなものだったのか、祖母と母がつくったお雑煮は、瀬戸内の漁港の祖母の実家のお雑煮を踏襲したものでした。ささがきゴボウ、ニンジンと昆布の細切りにブリを入れたすまし仕立ての汁に、ゆり根を加えたものが、大鍋いっぱいに用意されました。
食べるときは、茹でた丸餅をお椀に入れ、汁を注いだあと、茹でたホウレンソウとかまぼこ、ゆずの皮などを乗せました。どのあたりにルーツがあるお雑煮なのかはわかりません。
廻船問屋を営んでいた祖母の実家の料理には、他の地域からもたらされて定着したのであろう「薩摩めし」など、自宅以外では見たことも口にしたこともない珍しい料理もいろいろありました。