2026年8月15日土曜日

イラク水滸伝

舟大工に作ってもらった古代の舟タラーデを漕ぐ前から2人目が高野さん、3人目が山田高司さん

『イラク水滸伝』(高野秀行著、文藝春秋社、2023年)を読みました。
イラク南部、ティグリス川とユーフラテス川が交わるあたりのアフワール(湿地帯)に住む人たちの暮らしを紹介しています。


イラクにティグリス・ユーフラテスが流れていることは知っていましたが、大きな湿地帯があり、人々は5000年前と同じように葦で浮島をつくり、その上に葦で家を建てて暮らしていることは、全く知りませんでした。


上は、同行された山田高司さんの描かれたイラストです。繊細にしてかつ味のある絵、山田さんはみんなの似顔絵を描いて引っ張りだこだったそうです。
実はその昔、山田さんにはお会いしたことがありました。山田さんがNGOの一員としてサヘルにいらっしゃる前にお会いして、アグロフォレストリーのお話などしました。

さて、葦では簡易な掘建て小屋だけでなく、大きな家もつくることができます。


上の写真は、高野さんと山田さんが泊めていただいていたゲストハウスの内部の様子です。


この辺りの葦は8メートルにもなり、浮島や家の材料となり、燃料、そして新芽は水牛の餌になります。鯉など魚も獲れて、水牛の乳からゲマール(非常に濃厚な生クリーム)をつくることができ、アフワールの中だけで生活が成り立ちます。
ラクダも戦車も入れない湿地帯は、戦うことを望まないマンダ教徒の住処であるだけでなく、抗争から逃げたい人、反体制の人などの格好の隠れ家となってもきました。


浮島を高野さんたちにつくって見せてくれたのは、船頭のアブー・ハイダル(アブーとはお父さんの意味。アラブでは、長男が生まれると、長男の名前をとって「⚪︎⚪︎のお父さん」と呼ばれる)です。


アブー・ハイダルは、いつも長着や伝統服を着ていますが、それを脱ぎ捨てて浮島をつくってくれました。

過去にほとんど知られていなかったアフワールに、高野さんと山田さんが政情不安定、入局不許可、パンデミックなど、数々の困難を乗り越えながら数年かけて3度赴き(1度に1ヶ月しかいられない)、アラビヤ語のイラク方言だけでなくアフワール方言にも対応しながら、湿地帯の暮らしを観察し、記録したこのご本は、ほとんど謎のなくなった地球上の営みの謎の一角を紹介した貴重な一冊です。
たくさんの登場人物が出てきますが、登場人物たちを水滸伝の梁山泊の好漢たちにたとえているので覚えやすく、より身近にも感じられます。


477ページもある分厚い本ですが、夜寝る前に布団の中で、病院の待合室で、そして机の前で、ワクワクしながら読みました。


望んでいないのに、勝てない戦いにすぐに巻き込まれてしまうイラクの人たち。
「将来は暗い。でも、今日は・・・楽しもう‼︎」
と飛び跳ね、しゃべりまくり、踊り、歌うどこまで陽気なイラクの人たち。
学術的な事柄をしっかり押さえながら、色々なことを実際に経験してみて、経験に基づいて分析し直す、とても素敵な本でした。


 

2026年8月14日金曜日

「江戸時代」

昨日は、朝起きたら眩暈がしてなかなかおさまらず、とうとう一日寝てしまいました。
今日はすっかりよくなって起きたのですが、ずっと横になっていたもので、肩も痛いし腰も痛い。寝たきりの人の辛さを、ほんの少しだけ味わっています。


写真は、先日「もうひとつの美術館」に行ったときミュージアムショップで手に入れた手拭いです。


以前、ミュージアムショップで買った手拭いは庭仕事で使っていて、重宝しています。ただ、あれは裏まで染料が染みていないプリントだったので、ちょっと寂しい。今度は捺染で裏まで染料が染みているものを選びました。


「江戸時代」という題がついていますが、いろいろな人がいて、色々な動物がいて、見ているだけで元気が出る手拭いになっています。




 

2026年8月12日水曜日

足元が危ない!


我が家の2階の廊下部分はすのこになっています。
先住猫のトラは晩年、この2センチの隙間を踏んで足を突っ込みそうになったりしていました。
「おかしいなぁ。猫ってこんなもんだったっけ?」
とトラを見ていましたが、タマやマルを見ると隙間を上手に、いとも簡単に避けていて、歳を取っても変わらないと思っていたトラも、老化現象が現れていたのでした。


タマとマルは、足元で戯れるのが大好きです。というか足先にごろんと横になるのが大好きです。私が階段を上り下りしていると、すぐに私の足で遊ぼうとします。そんなとき、身軽な猫が階段から落ちることを心配するより、自分が落ちることを心配した方がよいことがわかっているのに、つい、猫が落ちないかとハラハラしてしまいます。


夜、暗いところを歩くときは、摺り足にしています。忘れて普通に歩いていると、暗闇の中で待ち構えていた猫を踏みそうになります。
夜、外から帰ったときなど大変です。暗いところを玄関まで歩いていると、待ち侘びていた猫が歓迎のために足先に何度も先回りしては横になるので、うかうか歩けません。








 

2026年8月11日火曜日

福福


招き猫を持っている人形たちを集めてみました。
まずは、先日の磁器人形の招き猫持ち童子です。


こちらは射的の的の猫を抱いた少女(?)。
ん? これは招き猫ではありませんでした。


招き猫持ち福助さん。
福助さんも招き猫も現代的なお顔をしています。ずいぶん前に浅草の助六で買ったものですが、店主さんが昔のものか写真を誰かに見せながら、
「同じようなのを、できるだけ小さく、小さくつくってくれ」
と言って発注したものに違いありません。


招き猫持ちお福さんは、フィギュア(右)の方が先にきて、名古屋土人形の本物が手に入ったのはその後でした。お顔とか着物の裾回しの色などがちょっと違うのは、フィギュアのモデルとなった人形が違っていたからだと思われます。


こちらは吉田義和さん(いまどきさん)が試作された、今戸人形の招き猫持ちお福さんです。


右のお福さんは今戸の色、今戸のお顔。
似ているのにどちらもバックグラウンドが一目でわかる素晴らしさ!


そして、磁器人形の妖艶なお福さんです。
縁起物(お守り)である福助さんやお福さんが縁起物である招き猫を持つ。さぞかし福は何倍にもなってやってきたことでしょう。






 

2026年8月10日月曜日

夏の猫


夏の猫。
と言っても見ているだけで暑くなってしまうような猫です。


では涼しげな猫を・・・。
服部京子さんの猫です。


見ているとスイカが食べたくなります。


服部さんの猫はどれもハッピー、いつもハッピーです。


猫のルーツはリビアの砂漠にあるので、暑さはそうこたえないそうです。 
我が家の猫たちも、案外涼しい顔をしています。






2026年8月9日日曜日

もうひとつの美術館 25周年

昨日は、那須郡那珂川町の「もうひとつの美術館」の開館25周年の記念イベントがあり、行ってきました。

陶器でつくった楽器が、打つ、振る、弾くなど7種類。後ろに見える竹も楽器

記念イベントにはたくさんの人が集っていました。その多くは、障がい者の発表の場である「もうひとつの美術館」を、これまで影になり日向になって支えてきた人たちで、私たちのようにK夫妻の友人だからという人は他にはいなかったかもしれません。
「もうひとつの美術館」は、NPO法人によって運営されていますが、K夫妻の頑張りで誕生し、続いてきたもので、K夫人は美術館の館長をしており、建築家のKさんはNPO法人の理事をしています。
K一家は、自閉症の次男が東京で暮らすにはストレスが多すぎると、1998年に那珂川町に移住してきました。1999年に、東京都美術館で開催された「このアートで元気になる」という障がい者の作品の美術展を観る機会があり、また「まひるのゆめ」という映画も観ることがあって触発され、自分も何かしたいと廃校になった矢又小学校で、障がい者のアート展を企画・開催しました。
このアート展を開いたことで、「常設できるような拠点が欲しい」ということになり、2001年に廃校になった小口小学校を借り受け、NPOを設立、以後25年間、様々な展覧会を開催して今日に至ります。小口小学校は、1903年(明治36年)に創設され、1925年(大正14年)に増築された木造校舎です。


以下は、現在開催されている「家とまち 棲むということ」展の作品たちです。「いえとまち 棲むということ」展は、美術の仕事をしているプロの方の作品と、障がい者の方の作品が入り混じって、8人の方たち作品の展示でした。



上の上の写真は、絵画、詩、舞台美術などいろいろな芸術活動のかたわら、粘土で家の彫刻をつくるようになったおがたとしあきさんの作品。
下はごとうたくやさんの作品。家の改築をきっかけに「家」に関心を持ってつくりはじめ、段ボールに絵を描き、小さくきった紙をホッチキスやテープで貼りつけてつくっています。通っている福祉施設で掃除や花壇の手入れなどの仕事をしていて、短いお昼休みにだけ制作するので、1軒仕上げるのに1年ほどかかったそうです。


おおやみさきさんの絵は、全部「お城」という題名がついています。


アニメの好きなおおやさんは、三角や四角を積み上げて、アニメで見たお城を描きます。


かがわさだゆきさんは、小さい頃から鉄道が好きでした。
O学園に入園して、寮に入って避難経路図を見てから、設計図のようなものを描きはじめました。


ペンと色鉛筆で描かれているのですが、透明感があってとても素敵でした。


とりやましゅうさんの絵は、素敵なものがいっぱい詰まっていて、端から端まで、観て、観て、見飽きることがありません。上は「奈良県」という題名の絵です。


そしてこれ! なんだこれ!


私の大好きな鯛がいると近づいてみたら、招き猫もいました。


いえとまち 棲むということ」展は、11月23日まで開催されています。

かわしまなおとさんの作品、「冬の男浅間神社」









2026年8月8日土曜日

設計図通りだったよ

たけちゃんの椅子と机よくできてたよな。まったく設計図通りなんだもん」
と、夫が言います。
「設計図? 私見なかったなぁ」
というわけで、息子にたけちゃんの設計図をメールで送ってもらいました。 


「あっ、ほんとだ!」
右が椅子で、左が机です。


そしてこれが、机の甲板の設計図(?)です。









2026年8月7日金曜日

今年のセミ


土間入り口にセミの抜け殻があります。
今年は、例年のようにまずニイニイゼミが鳴いて、アブラゼミが鳴いて、ヒグラシが鳴いて、先週からミンミンゼミも鳴きはじめました。
「ヒグラシが鳴くからもう夏も終わり」というのは間違っていて、わりあい早くから毎日鳴いています。


今年まだ鳴いていないのはツクツクボウシだけ。東京には北上してきているというクマゼミは、ここまでやってきていません。


あれっ、今朝はドアにまで抜け殻が。


出入りするたびに目につく2つです。
あまり高いところまで登ったら、クモが待ち構えているので、賢い選択だったのかもしれません。








 

2026年8月6日木曜日

井上陽水英訳詞集


『井上陽水英訳詞集』(ロバート・キャンベル著、講談社、2019年)を読みました。
英訳といっても、英語圏の人たちを対象としたものではなく、日本人向けの英訳詞集です。
目次は、

 はじめに「井上陽水はうなぎだ」
 第1章 時を彷徨う中で
 第2章 余白に気をつけろ
     A 時の設え
     B 鳥を逃した
     C 愛
     D 同時代性
 第3章 井上陽水英訳詞集

となっていて、多くのページが井上陽水の詞をどう捉えるかに費やされています。
陽水さんはもとより、キャンベルさんも言葉が美しい人なので、とてもおもしろい。日本語が韻を踏んでいるときはどう訳すか、余白と曖昧はどう捉えるかなどなど、英訳しながら、陽水さんの詞を深掘りしています。


英訳詞は50曲、年代順に掲載されています。

これを読んだら、久しぶりに陽水さんの歌が聴きたくなりました。レコードはあるけれどプレイヤーがないので聞くことができませんが、


息子が買ってくれた「井上陽水 SELECTION」という、1991年に活動20周年を記念して出された、それまでの曲が全曲入ったCDがあります。
CDは何枚か持っていたし、もらった時は忙しくて、一度も聞いたことがないものです。


CDプレーヤーは、電池式のものも充電式のものも持っていなかったので、語学練習用の簡便なものを購入しました。
音はよくないけれど、蓄音機やAMラジオで聴くことを思えば、なんでもありません。
DISK1の「断絶」から年代順に聴くと、1979年までの歌はほとんど口ずさめるのに比べて、それ以降のCDには10曲ほど入っている中で、1曲か2曲知っているのがあるだけ、それを何枚か聴いていると、DISK10の「LION & PELICAN」まで聴き進んだら、今度は半分くらい知っている歌が出てきたりしました。この間、私自身がどんな生活を送っていたかがわかる、興味深いものでした。
陽水さんをまったく聴いていないころは、子育ても一段落して仕事やら何やらで忙しくしていて、音楽を楽しむ暇もありませんでした。それに、聴くとしたらガムランやモーラムなどの民族音楽が主、タイのグループのカラワンなども聴いていました。

そうそう、マレーシアの空港の薄暗い侘しい待合室に一人で疲れきって座っていたとき、テレビから流れてくるイスラムのアザーンに心を揺すぶられて、アザーンのCDをいく先々のイスラムの国々で買って、その中の1枚をよく聴いていたこともありました。イスラムの国で、アザーンで目を覚ますのは、何か胸が締めつけられるような、懐かしく、もの悲しい、「こんな遠くにはるばる本当に来ているんだろうか?」と思ったりする、不思議な時間でした。
脱線してしまいました。