2023年1月31日火曜日

息子たちの絵


二階の小部屋に寝てみて、その部屋に飾ってある息子たちが小さいころ描いた絵に癒されました。
額装しておいてよかった!


長男が描いた、保育園の卒園式の絵です。
60歳前後か、園長先生は恰幅のいい方でした。そして何か催しものがあるときは必ず現れる園長先生のお友だちのおばあちゃん。その二人が壇上に上がっていて、グランドピアノに向かっている先生もいらっしゃるので、歌でも歌っているシーンでしょうか?


5歳のころだったか、長男が突然絵を描きたくなって、
「紙ぃ!」
と叫ぶことがありました。そこいらにある紙を渡すと、しばらくは一心不乱に絵を描いていました。


描き終わると、着きものが落ちた感じで、別のことをして遊んでいました。
そんな絵が何枚もあるのですが、多くは小さな紙で、絵が消えかかったりシミが出たりしてしまっています。


「紙ぃ!」
の時代は半年か1年くらい続きましたが、大人になってからも、長男はずっと絵をよく描いていました。
ところが30過ぎてから、
「おれ、絵を描くのは嫌いだったと気づいた」
とのたまったものでした。


さて、長男の絵に比べると、次男の絵は、時間もかけずに描いた子どもらしい絵です。



 

2023年1月30日月曜日

長椅子の座

右は出来上がり見本

息子の家の長椅子、夫はタイの家具屋さんにラタンでつくってもらいたがったのですが、タイのラタン家具も、12年前ですら、すっかり様変わりしてしまっていたので、木で手づくりすることに決めていました。
マットは、座面用と背面用のラバーフォームを4つずつ買って、知り合いの家具屋さんの知人の方に、カバーを縫っていただくことにしました。
我が家のマットを見ると、ラバーフォームにいきなりカバーを掛けないで、シーチング(布)で包んであります。これも含めて見積もっていただいたら、1つ5500円。これなら自分でできるので、つくることにしました。


包む布は古いシーツでも何でもいいのですが、幅広の布がたくさんあります。
プノンペンを離れるとき買ったのですが、シーツにするには腰がなさすぎ、持っていてもこれから使うあてもないのでこれで包むことにしました。


陽だまりに腰かけて、フォームを布で包んでは綴じつけていきます。
私って、やっぱりミシンが苦手、手でしこしこ縫う方が性に合っています。


部屋が暖まってから陽が傾くまで縫って、なんとか2日で包み終わりました。
あとは、2月半ばにカバーが出来上がってくるのを待つばかり、というか、長椅子そのものをつくらなくてはなりませんが。







2023年1月29日日曜日

石と土と木さえあれば


この写真は、昨年トルコ在住の方のブログで見つけた、トルコの村の写真として覚えていたのだけれど、もしかしたら間違えていたかもしれません。
というのは、トルコの村で探しても、全然似た写真が出てこなかったからです。

『よく晴れた日にイランへ』(蔵前仁一、旅行人、2015年)より

ところが、イランのイラク国境に近いパランガンには、このようなクルド人の住む伝統的な家がたくさんあるのです。
イランの写真の説明を読むと、石を積み上げてつくっているそうですが、1枚目の写真は、石というより日干しレンガを使っているように見えました。


高いところにはどうやって行くのか?ロバがいろいろ運んでくれるようです。
大人にはちょっときついかもしれないけれど、子どもたちにとっては最高の空間に見えます。


常見藤代さんのブログ『fujiyo memo』には、屋根に土を乗せて丸い石で均している、興味深い写真が載っていました。

『よく晴れた日にイランへ』(蔵前仁一、旅行人、2015年)より

こちらはパランガンではなく、やはりイランのザグロス山脈の村らしいのですが、すごい!
ここを歩くことを想像すると、足がすくんでしまいます。




2023年1月28日土曜日

漢方薬

「コロナの後遺症ならきたがわさんの薬が効きますよ」
と、Gさんが言っていたのを思い出しました。
後遺症というほどの症状はないのですが、特に朝起きたとき口の中が乾いた感じがすることと、立ち働こうとすると、なんだかお腹に力が入ってない感じがするときがあります。


そこで、「きたがわ快晴堂」に電話して、ほぼ20年ぶりに薬をつくっていただきました。
私のは「補中益気湯加味方」、夫のは何を煎じてくださったのか書いてありませんが、どちらも毎食前に一袋服用、3日分です。
体温以上の暖かさに温めていただくのですが、その美味しい味が想像できて、すぐにも飲みたいくらいでした。

八郷に来てすぐのころは、慣れない力仕事に疲れていたこと、湿疹に悩んでいたことなどから、よくお薬をつくっていただきました。最初のころは、目盛りのある薬瓶に入れていただいて、それを小分けにして飲んでいました。それだと、特に夏場は煎じた薬は長持ちしませんでしたが、途中から画期的なことに、シールで閉じたものをつくってくださるようになりました。


やっと夕食前になりました。
薬は案の定、ちょっと甘くて苦くて美味でした。







2023年1月27日金曜日

那珂湊の首振り兎


茨城の那珂湊張り子の首振り兎です。安定感のある素敵な張り子です。
かつて、村松虚空蔵堂の縁日に、眞弓馬宝船とともに、参道で売られていました。
那珂湊の張り子はひたちなかの飯田家によって明治初期からつくられるようになりましたが、何度かの中断と復活を繰り返し、近くは東日本大震災によって木型が失われ、10年ほど経ってから、5代目の飯田隆司さんに助言を受けながら、「はりこのつるや」の森戸さんによって復刻されているそうです。


こちらのうさぎは、汚れていないし、傷んでいない。
もしかして「はりこのつるや」さんの首振り兎?


いえいえ、中川政七商店のミニチュアです。
指の先ほどの大きさしかないのに、首が動きます。


このミニチュアの首振り兎は、「日本全国まめ郷土玩具標本・関東の巻」に入っているものですが、どうして私の手元にいるのか、しかも2匹、その経緯はまったく覚えていません。
そして、関東の郷土玩具たちの中では、神奈川の横浜開港人形も、我が家にいます。
「昔のことはよく覚えているのに、最近のことは」状態になっています。




 

2023年1月26日木曜日

猫にも気持ちが

猫にとっても慣れ親しんだ日常というものがあります。私が二階の小部屋にこもっている間、猫どもは壁の隙間から部屋に入れないかと大騒ぎでした。ところが大きくなりすぎて隙間からは入れず、泣く泣く諦めていたようでした。


それでは、入ってきてもいいよと、ドアを少し開けておいてやりましたが、マルは入り口に座り込んだまま、入ろうとしません。


ちょっとだけ無神経なタマはひょこひょこ入ってきましたが、一点に座ったまま、これまた動こうとしません。


何を見ているのか、見てないのか。マルは入り口のところにどかっと構えたまま、約10分そのままでした。








 

2023年1月25日水曜日

雪の朝

 


寒波が襲っていますが、我が家の生活はほぼ日常を取り戻しました。


今日は晴れ渡るようです。


西の山々には暖かそうな陽がさしていたのは7時半ごろ、8時の今では、我が家にも陽がさしています。





2023年1月24日火曜日

コロナは続く

隔離期間が過ぎ、やっと自由の身を取り戻して最初にやったのは、遅ればせながら昨日熱が出てしまった夫を、病院に連れて行くことでした。
ところがなんてこと、病院では関係者3人に不都合が生じたので、コロナが疑われる人の受付は1週間休むというものでした。 どんな不都合かわかりませんが、1週間という閉鎖期間を見ると、医師など3人はコロナにかかったものと思われます。
「他の病院に行く?」
「どうするかなぁ」
夫はあまり気が進まないよう、幸い解熱剤は私がもらったものがほとんど残っているし、それを飲んで熱が下がってもいるしで、夫は隠れコロナの道を選びました。熱以外には、喉が痛いとか咳が出るなどの症状がありません。
この先1週間も病院が閉鎖しているようでは、身体の様子を見ながら、夫も1週間の隔離期間を持つ以外ありません。





2023年1月23日月曜日

コロナにかかっていました

ブログを無断で1週間近く休んでしまいました。
お察しの方もいらしたかどうか、新型コロナウイルスにかかって、先週いっぱい二階の部屋で隔離生活をしていました。
お正月明けに息子の連れ合いのあっちょがコロナにかかり、次にはなちゃんが発症、はなちゃんを病院に連れて行ったりして濃厚接触者になった息子が発症、そして、新居に越そうとうろうろしていた息子と、そこで作業をしていた私が接触して、発症してしまったというわけでした。


先週の火曜の午後だったか、ちょっと口の中が乾いた感じ、喉が微かに引っかかる感じなので、息子からPCR検査をしてくれる病院の名前を訊きました。病院に電話してみると、朝8時から受けつけるけれど、定員になれば締め切るとのこと、次の朝はちょっと早めに病院に行きました。もし、息子一家がかかっていなかったら、気がつかなかったかもしれないほどの体調の変化でした。
ずっと病院の駐車場の車の中で待機しながら、順番が来たら看護師さんに問診してもらい、熱も計ってもらい、また待機して、次は電話だけでお医者さんの問診、37度2分と高くはないものの熱もあったので、ドライブスルーでPCR検査を受けて、後日の結果を待つという流れでした。
以後、2階の部屋で寝てすごしました。病院からいただいた薬のおかげか、病院で計ったとき以外は熱が出ることもなく、味覚や嗅覚が変わったわけでもなく、息苦しいということもなく、客観的に見ればごく軽症だったと思います。
2日後、検査の結果が陽性とわかってからは、保健所や県庁から定期的に健康チェックの電話がありました。現代的なありがたいシステムだとは思いましたが、夫のように耳が悪くてうまく連絡が取れない場合は、困ったものだと思いました。
夫の補聴器はスマホと連動しており、補聴器をはめてないと電話に気づかないのに、かなりはめていない確率が多く、はめていても何故か通じなかったりします。今回の隔離生活の間に、夫からの電話にはほぼ100%対応できたのですが、私からの電話に夫が出たのはたったの1度きりでした。
それは、せっかくつくってくれたかつ丼を私が半分残し、夫がお膳を下げて行ったのですがすぐに、「もしかして残りを夫が食べるかもしれない」という疑惑が持ち上がったので、慌てて電話したときでした。せっかく通じたのに、
「もう食べちゃったよ」
という返事、
「ダメじゃない!」
と愕然としましたが、それでも夫はコロナにかかりませんでした。夫と私の免疫力は同等と思っていましたが、夫の方がずっと高かったのでした。


明日から通常運航できるといいのですが、ぼつぼつです。





2023年1月17日火曜日

連想


お正月前後は約1か月のお休みがあり、久しぶりに織物教室に行きました。
こぶな草、ススキ、ヤマモモなどで染めた毛を紡いで糸にしています。
私の使っているのは古い糸車、と言っても買ったときは新品だった糸車で糸を紡ぐのに、相変わらず四苦八苦しています。 四半世紀の月日は、私にとっては何でもなかったように見えるのに、今では日本製の、回転バランスなどが考えられた、ずっと使いやすい糸車が発売されているのです。
しかし、古い織り機と周辺機器が使われないで遊んでいることが心苦しくて再度習いはじめた織りものですから、この糸車をうっちゃって使いやすい糸車を手に入れるなんて本末転倒、Kさんのお力を借りながら、ずっとこれとつき合っていくつもりです。

ところで、羊の毛と向き合うことは、家ではなかなかできない貴重な時間ですが、毛を梳くカーダーを使うときだけ、何故か脈絡なく常陸太田の笹団子屋さんを思い出します。毛を梳くことと笹団子屋さんとは何の関係もないのに、決まって思い浮かぶのは何故でしょう?
そして笹団子屋さんを思い出したことなどすぐ忘れてしまうのですが、約1か月ぶりに織物教室に行き、カーダーを使いはじめるとやっぱり笹団子屋さんを思い出したので、不思議な気持ちがします。
まったく無自覚でしたが、書いてしまったことでどう変わるかわかりませんが、次に毛を梳くときにも、多分思い出すに違いありません。
他にも、どこかの角を曲がった何かを思い出すとか、何かを見たら何かを思い出すこともあったような気がしますが、またその場面に遭遇する以外は、思い出せそうにもありません。





2023年1月16日月曜日

猫はお風呂好き

猫は水が苦手だって?
我が家の先代猫のトラは、お風呂場に置いた容器からお湯を飲むのが日課でした。
タマは3回、マルは1回半(一度は2つの湯船の間で足を滑らせ、縁にお腹を載せて足だけ水とお湯に浸かった)湯船に落ちたのに、懲りずに毎日風呂場にやってきます。しかも、座りやすいところに座るのではなく、敢えて狭い縁などに座って、尻尾がお湯に入っても平気です。


今朝はタマが、水風呂に手を突っ込んで濡らしては、それを舐めていました。


手をしっかり浸しては、


それを舐めています。
もちろん、水のみ容器の水が切れているわけではありません。以前は洗い場のタイルの欠けたところにたまった水を飲んでいましたが、それでは飽き足らなくなったのでしょう。

そして、猫は猫舌だって?
歴代の猫、ミャオ、トラ、タマ、マルみんなお湯好きです。





 

2023年1月15日日曜日

揃った、ゲド戦記単行本

岩波書店から出ている「ゲド戦記」シリーズには、単行本版、単行本ソフトカバー版、岩波少年文庫版、物語コレクション版などがありますが、私は「物語コレクション」版で読みました。


それより前に、息子の持っていた単行本の『ゲド戦記外伝』(ル・グウィン著、清水真砂子訳、1976年)を読んでみようとしたことがありました。ところが本編をまったく読んでなかったので、何が何やらさっぱりで、読み進むことができず、そのことを長男に話したら、
「そりゃそうだろうな」
と言われたことがあり、「物語コレクション」版を買って読んだのでした。

本にまみれていた長男が、東京の郊外の家から都心の狭いアパートに移ったとき、手放した本やその他のものを我が家に引き取ってきました。その時はまだ母屋ができてなくて、私たちの荷物は、斜面にコンクリートでつくった母屋の居間の床下の半地下室に押し込められていて、さらに息子の荷物となると置き場もなく、倉庫にしていたビニールハウスの中に積み上げたり、単管パイプを組んでその上に置き、ビニールシートを掛けたりして置く以外ありませんでした。
母屋ができてから、それらをやっとのことで安全な場所に移したり処分したりすることができたのですが、たくさんの本が雨や湿気などで失われてしまいました。
もっとも、息子は手放したのだし、私としてはプライオリティーをつけて保管していたので、後悔はありませんでしたが。

さて、母屋に入居して、落ち着いてから息子の蔵書を手に取り、面白そうな物語や漫画、特に息子が入れ込んでいた作家のものなどは保管して、あとは古本屋さんに引き取ってもらいました。手塚治虫の『ブラックジャック』など、欠けてしまった巻を買いそろえたりして、私の本棚の脇に居場所を得た本たちもありました。



「ゲド戦記」シリーズの単行本は、『ゲド戦記外伝』以外にも見つかりましたが、第1巻の『影との戦い』だけが見当たりませんでした。
扉のある収納の中にも本を押し込んでいたので、どこかに紛れているかもしれないと、ずっとそのままにしていましたが、1冊だけ欠けていることが気にはなっていました。
そのため、ときおり思い出したように古本がネットで手に入るかどうかチェックしていましたが、後から出版された「物語コレクション」版などは簡単に手に入りますが、単行本は長く取り扱われていませんでした。
それがこのところ、『ゲド戦記外伝』を含めない単行本5冊セットとか、6冊すべて揃ったセットなどを見かけるようになりました。6冊セットは値が張るものの、5冊セットは高くありません。仕方がない、セットで買って、重複した本はどこかに寄付してもと思ったりしてぐずぐずしていたら、今年になって『影との戦い』が1冊だけばらで売られているのを見つけました。


もちろんすぐ買いました。
それまで、息子の本は開けてみることもなく、本棚に並べていたのですが、改めて手に取ってみると、単行本には表紙絵もあれば挿絵もあります。ときに挿絵は想像力を妨げることもありますが、よい挿絵なら、かえって想像力を補ってくれます。
その表紙絵が、珍しいことにシリーズなのに不揃いです。
『影との戦い』(原書の初版は1968年)の挿絵はルース・ロビンス、『壊れた腕輪』(同1971年)、『さいはての島へ』(同1972年)の表紙絵はルース・ロビンス、挿絵はゲイル・ギャラティ、版画風な絵です。
そして、『帰還、ゲド戦記最後の書』(原書の初版は1990年)の表紙絵と地図はマーガレット・チョドス=アーヴィン、『アースシーの風』(同2001年)と『ゲド戦記外伝』(同2001年)の表紙画はデイビッド・ワイヤット、具象的な絵です。


表紙絵や挿絵が不揃いなのは、物語が完結までに30年の月日を費やしているので、そのせいかもしれません。
ちなみに、現行の原書を見てみると、これまた全然別の絵で飾られています。

よい表紙絵や挿絵は嬉しいものですが、映像となると、頭の中につくった世界を壊されてしまうことがあります。この先、『ゲド戦記』の映画を見ることがあるかないかと問われれば、見ることはないと思います。






2023年1月14日土曜日

東京水天宮の犬張り子


この犬張り子を見た時、
「ん?そっくりの犬張り子を持っていたことがあったような?」
という記憶が、記憶のかさぶたの下の下の方から蘇ってきました。
浅緑色の飾り布、そしてこの顔(似ているけれど、一応個性もある)の犬張り子は、もう何十年も見ていませんが、見覚えがあります。

ちなみに、これは安産祈願で有名な東京水天宮の犬張り子です。


背中に結んだ麻にも見覚えがありますが、私は水天宮の犬張り子を持っていたことがありません。水天宮にこんな犬張り子がいたことも知りませんでした。水天宮の絵馬は持っているのですが、絵馬に描かれている犬張り子とはまったくの別ものです。

そのうち記憶がちょっとはっきりしてきて、持っていた、これに似た犬張り子は、芝大神宮の犬張り子と思い当りました。芝大神宮と言えば、千木筥が有名でした。しかも私が郷土玩具を集め始めた十代のころは、千木筥は9月の例大祭のときにだけしか授与されず、その日に芝大神宮に行く以外手に入れることはできませんでした。
千木筥を知ってから何年か後に、やっと都合をつけてお参りした芝大神宮で、犬張り子を見つけて一緒にいただいてきたのでした。


芝大神宮の張り子がどんなものだったかとネットで探すと、あるブログで、都合よく芝大神宮の犬張り子と水天宮の犬張り子が並んでいる写真を見つけました。
これこれ、芝大神宮の犬張り子は三つ巴の紋でした。左が芝大神宮の犬張り子、右が水天宮の犬張り子、2つはそっくりで、飾り布の紋だけが違います。
私の持っていた芝大神宮の犬張り子は、ダンボール箱もない時代にあちこち連れまわされ、つぶれたか破れてしまい、泣く泣く捨てたのでしょう。


さて、1970年ごろまでは、水天宮ではこの犬張り子を授与していたようです。
それから、犬張り子にどんな変遷があったのかなかったのか、


今水天宮では、こんな犬張り子が授与されています。
今でも日本でつくられているのかどうか、彩色に手がかかりそうな犬張り子です。


こちらは、芝大神宮の犬張り子を思い出させるほどではないけれど、似たコンセプトでつくられた張り子で、飾り布には牡丹の花がスタンプされています。同じ時代のもの、東京のどこかの神社の犬張り子だと思いますが、どこだったのでしょう?


背中に無造作に麻ひもが結わえてありますが、麻は生活の中で大切なものだったことから神社でよく使われていました。
神社で使うものだからと、大麻が今より手広く栽培されていた時代だからつくることができた犬張り子だったのでしょう。






 

2023年1月13日金曜日

菊水染


家庭染料、菊水染のビンです。
MANABE SEI OSAKAとありますが、「まなべ、せい」とは何のことかわかりません。

染料ビンの先達と言えば、maicaさんしかいませんが、maicaさんのブログの菊水染のラベルはこれと同じではありません。


ローマ字表記は同じく、「まなべ、せい」と読めます。


で、maicaさんのビンの色を表すラベルを見て笑ってしまいました。「まなべ」ではなく、「ななべ」になっています。英語表記を多用していますが、外国向けというわけではなかったのでしょう。
そして、SEIがなくなっていて、SEIの謎が深まります。
ビンの形も、maicaさんと私のとでは少し違うよう、どちらも右から書いているので、戦前のものに見えます。


ただ、maicaさんのビンのラベルの「藍鼠」に比べると私のビンの「青」は「靑」ではないし新しっぽい字にも見えます。
主ラベルの菊水の絵は、私のビンの方がずっと単純化されています。


ビンの胴にはエンボスはありませんが、底にはすてきな菊水のエンボスがあります。