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2026年9月17日木曜日

篩(ふるい)

先日、笠間市立図書館に本を借りに行きました。
これ以上本が増えても置くところがないので、読みたい本があったらまず借りてみることにしたのです。
ネットで調べたら借りたい本はありましたが、会員になっていなかったのでネット予約することができません。軽い気持ちで笠間に出向いたのですが、笠間市内には 図書館が3つあり、残念ながら行った図書館のその本は貸出中で、しかし1冊、別の図書館にあったので予約して、後日借りることになりました。


館内をぷらぷらしていると、『ものと人間の文化史61 篩(ふるい)』(三輪茂雄、法政大学出版局、1989年)という本が目につき、借りてきました。
『ものと人間の文化史』のシリーズは、『船』から始まって、『結び』、『ものさし』、『豆』、『猿』、『パチンコ』などなど、幅広いラインアップで、216巻も出版されています。しかも著者はそれ一筋に研究してきた人たちのようでした。
そして、『篩』の著者の三輪茂雄さんは、同じシリーズで『臼』も書かれている大学教授ですが、日本粉体工業協会常任理事であると同時に伝統技術史料調査保存特別委員長という、伝統と最先端事情に詳しいお方のようでした。

まえがきには、
「石器時代から現代まで、一貫して人類の生産活動の原点を担い、エジプト文明にも、徳川幕府体制下にも、ひたすら臼を挽き、粉をふるう大勢の人の汗と涙があった。そして現代も臼はミルの名で、篩はスクリーンと名を変えて活躍している。(中略)臼と篩は次第に人間が動かす道具から機械に変化し、苦しい労働から人間を解放していったが、今も大部分が人目につかない工場の片隅で、近代的装いで生き続けている」
と熱く語られています。

植物であれ、鉱物であれ、砕くことによって物質を生成する方法は人類の物質利用技術の根源的な方法で、それ無くして人類の今日はありませんでした。

馬の毛を網に織っているところ

にはものを通す網が必要です。古来、馬の尻尾の毛、羊毛や絹、竹や柳など植物素材、金網など様々なものが使われてきました。


長い間、手で持ってひたすら前後や左右にゆすって使った篩、単調で重労働でした。


参考文献からの図版は、傷んでいたり、朧げではっきり見えないものなど、著者自身が描き直しているようで、とても見やすいものになっています。


米は籾殻を取り除いて玄米を精白した状態で食べられるのですが、小麦は粉にするので、西洋と東洋では篩の「網」が違いました。しかし、東洋西洋どちらでも、中世になって大量に処理できる篩が出現するまで、ひたすら単純な道具を手で動かしたことに、違いはありませんでた。


食料だけでなく、鉱山でも篩は必需品でした。


この本には機械化された後の篩も各種載っています。
篩の網として使える絹織物を作るためにどう蚕を育てるかなど、ちょっと専門的だし、工業化してからの機械の篩についてはあまり関心はなかったのですが、人間は臼、篩、箕なしではこれまで生き延びてこられなかったと考えると、とても興味深い本でした。
また、この本を読んで、私の祖母(岡山方言)は「ふるい」とは言わず、「とおし」と言っていたことも思い出しました。


さて、我が家の大豆用の篩を、以前UPしたはずだと時間をかけて見返したのですが、見つかりませんでした。
UPしてなかったのでしょうか? 大きくて立派な籠目あみの篩です。






2026年9月14日月曜日

かびさせてしまった!


久しぶりにご飯を炊こうと土鍋を出してみたら、中がかびていました。今までかびたことなどなかったので甘くみて、よく乾かさないで蓋をして、しまっていたのが原因です。
漂白剤を入れて置いたので、カビはなんとかなると思うのですが、縁が欠けているし、そろそろお払い箱にした方がいいのかと思ったりしています。6年前の写真を見返してみたら、すでに縁が欠けていました。


2011年のブログの写真です。白い土鍋はないので、右奥の土鍋(おこげという名)が割れてから、新調したものだと思われます。

私はどんなお鍋でもご飯が炊けます。ガーナとアメリカに住んでいたときは、ガーナ製のペラペラのアルミ鍋でご飯を炊いていたし、タイとカンボジアに住んでいたときは、タイ製のやはりアルミ鍋でご飯を炊いていました。


でも、やっぱり厚いお鍋の方が火の通り方が全然違うからか美味しい気がするので、大きさがちょうどいい琺瑯のお鍋で炊くことにしました。これはフィンランドのサルバネヴァキャセロールというお鍋で、いつからあったか、古くからあるものです。


ちなみに、サルバネヴァキャセロールは1960年からつくられていましたが、一度廃盤になり、2003年に復刻されました。復刻版を見たことがありますが、どれも蓋がカタカタしていました。どうしてでしょう?


ご飯が大好きな夫ですが、お米を食べると血糖値が上がると信じて(そのわりにはアイスクリームは欠かさない)、毎日は食べたがらないので、消費は遅々としたもので、ずっと2キロずつ買っていましたが、最近は安全のため5キロ買うことにしています。


保存容器は鉄のもの、その昔は帽子入れだった箱だと思われますが、無農薬米ですが虫も湧きません。
お米をつくっていたころは何十キロも備蓄があって、3.11の時も「食いつなげる、心配ないなぁ」と思ったものですが、5キロでも一応安心です。





 

2026年9月13日日曜日

立派な餌台

猫は毛を舐めるので、葉っぱを食べたりして、毛玉を吐くのが当たり前です。
でも、毛に関係なく食べたものをすぐ吐き出したりしないようにするには、餌の器をちょっと高くした方がよいので、台つきの器や、器を乗せるための台などが売られています。
でも、毎日洗うことを考えたら、器はシンプルなものが最適です。


そこで、餌台をつくってやりましたが、タマはいつも食事を準備している時からまとわりついて台所で食べたがるし、マルはかなり遠くに離れた場所に佇んで、持ってきてくれるのを待っています。そのため、つくってやった餌台は、一度食べた後の器(猫たちは必ず残す)を置く場所になってしまっています。


なんとか高くしようと器を木片や紙箱に乗せるなど、高くするために工夫していましたが、見苦しいので高台を使うことにしました。


特に吐きやすいマルは、これで気持ちよく食べられています。


高台はお正月やお盆などのときに使われていた韓国のもので、木を轆轤で挽いて、漉き漆を塗ってあります。


祭事の時に使われていたものなので、一日に2度の食事時はやむなく床に置いていますが、食事が終わったらすぐに高いところに置いて、粗末に扱わないようにしています。


缶詰のトッピングを主に食事をすました後は、器を餌台に移しておけば、気が向いた時ちびりちびりと食べるのが猫たちです。
そういえば、犬と猫が一緒にいたときは、犬が必ず猫が残した餌を食べてしまうので、猫には犬が飛び乗れない高いところで食べさせていました。今は本棚の一部になっていますが。






2026年9月7日月曜日

ランドセル

骨董市のまことさんの店に布製のランドセルがありました。普通のランドセルより一回り小さいもので、デッドストックのようでした。
「なんて可愛いんだろう!」
としばし眺めた後、別のものを見たり、お連れ合いのふくさんとしゃべっていたりしたら、ランドセルの近くで一人のおじさんが、
「じゃぁ、ランドセルもらって行くよ」
と声を張り上げたので、思わずそちらを見てしまいました。
「これからこのランドセル背負って、勉強して、おれ、ハーバードに行くからね」
と周りを笑わせながら去って行くおじさんを見ながら、「売れちゃったのか」と思いながら、ふくさんに、
「あのランドセル可愛かったね」
と言いました。
「そうね、3つあったのよ。2つが野球の模様で、もう1つは別の模様だったの」
えっ、複数あったのかと目を凝らすと、台の上の私の見たランドセルはまだ残っていたので、「私は買わない」と整理のついていた気持ちが、またざわついてしまいました。
「ランドセルの写真を撮らせてもらってもいい?」
「ああ、いいよ」
と、まことさん。


写真を撮っていたらふくさんが来て、留め金を外して、中も見せてくれました。魅力的です。
「やっぱり買おうかな」
というわけで、ランドセルが我が家にやってきました。


全体は布でできていて、要所要所に革を使っていますが、革は貴重だったのか、厚い革を使っている場所は限られていて、あとは信じられないような薄い革が使われているところもあります。


留め金を開けると時間表と名札を差し込むところがあります。


硬い布と硬い革なので、てっきりミシンで縫っているのだと思っていましたが、こうして拡大して見ると縫い目が不揃いです。ミシンで縫ったと見せかけていながら手縫いだったようです。


肩紐の留め金が、長く固定されていたからか(写真の)右側は固まってしまっていて、動かすことができません。


というわけで、残念ながら肩に掛けてみることはできません。


刺繍も手でやっているようですが、当時は手仕事より機械仕事の方がもてはやされたと見えて、ところどころで機械で刺繍した感を強調しています。
このランドセルは、もののない時代につくられたものだろうとは思いましたが、ネットで「代用ランドセル」と画像検索してみると、1件だけヒットしました。


手前の真ん中のランドセルが、私が手に入れたものと留め金などが同じ仕様になっています。
写真の出所はオークフリー、写真の下に「戦後に不要になった兵器(軍事用品の間違い?)を解体してつくられた品」と説明書きがあるのですが、そのサイトに移動してみるとすでに引き上げたのか写真も文もなくて、これ以上の詳しい情報を得ることができませんでした。


私はランドセルと無縁な小学生時代を過ごしました。田舎の、1学年が1クラスしかない小学校に通い、白い肩掛け式のカバンはちらほら見かけましたが、ランドセルは誰も持っていませんでした。そして、自分がどんなカバンで通学していたのか、全く覚えていません。
歳の離れた妹たちはランドセルを背負っていた気もするけれど、ランドセルといって真っ先に光景が目に浮かぶのは、高校通学の時いつも乗り合わせた、付属小学校に通う制服姿の小学生たちの背負っていた黒いランドセルです。今はどうか、あの頃は小学生でも一人で電車に乗って遠くまで行くことができました。

そんな、ランドセルに無縁の私、このランドセルとどうつき合うのでしょうね。





2026年9月3日木曜日

インドの箕

9月3日、箕の日にちなんで、勝手に協賛です。


あの、韓国の世界食糧デーの記事に載っていた、パキスタンのとびきり素敵な箕を覚えていますか?
同じような水草(葦と思われる)で編んだ箕の写真を、ネットで見つけました。


この箕は、水草を並べて紐で綴って、奥を折り曲げてつくってあります。


水草を経材(たてざい)にして、端、折り曲げるところ、補強のために途中に入れる緯材(よこざい)は、水草を複数本まとめるかあるいは平らな材を使っていますが、経材と緯材を編むのではなく、経材を紐で緯材に綴りつけています。
どの箕も、折り曲げたところの両脇に、斜めに掛けた紐が見えますが、この紐はずっと残しておくようです。


箕を編んでいる動画もありました。


男女どちらかがつくるものと決まっているわけではなく、どちらもつくるようです。
これが、東南アジアや南アジアの面白いところです。北から織りもの、陶芸、籠つくりなどの手工芸が伝播したアフリカでは、男性の職能と女性の職能がはっきりと分かれていて、職能だけでなく、市場での商売で手織りの布は男性の扱う商品、工場生産の布は女性の扱う商品などなど、男女の役割が交わることがありません(遅れての海側からの伝播には当てはまりませんが)。


箕は、インド(バングラデシュやパキスタンを含む)では何世紀にもわたって使用されており、現代でも広く使われています。


西ベンガル州、オリッサ州、アッサム州、ビハール州では、結婚式で新郎を迎える際にも箕が使われるそうです。

現在では水草を綴るのに市販の紐が使われていますが、かつては自然素材の紐が使われていたものと思われます。





2026年8月27日木曜日

新しいブロワー

エンジンのブロワーがずいぶん前から壊れています。
息子が何度か修理したのですがエンジン式は壊れやすい(我が家のものだけ?)ので、息子は「断然充電式が欲しい」と言います。確かに、この数年、充電式の道具は飛躍的に進歩したし、エンジンのブロアーもチェーンソーも発動させる力が無い私が使うとしたら、充電式のブロワーが最も相応しいのです。
でも、「いつも使うものではないし、熊手と箒でなんとかなるし」と、私はブロワーを買うことには長く消極的でした。


息子の家のテラスは、今の季節になるとハイイロチョッキリがどんぐりに卵を産んで、そのどんぐりがついた枝を切り落としてすぐに枝だらけになってしまうので、確かにブロアーがあれば手軽く掃除できます。
また、コンプレッサーが使えない日に、使ったチェーンソーを小さいブロワーで掃除しようとして、できないことがありました。隙間に入り込んだ木屑がまったく取り除けず、役に立ちませんでした。
そんなことから、とうとう、落ち葉の秋を控えてブロワーを買うことにしました。ブロワーといってもピンからキリまでいろいろあるのですが、強力でないと意味がありません。


悩んだのは、すでにいろいろな道具で使っている18Vの電池が使用できる機種にするか、持っていないけれどさらに強力な40V の電池を使う機種にするかということでした。
電池は高いので、18Vが使えれば出費が少なくて済みます。しかし性能は日進月歩、しばらく迷いましたが、思い切って40Vの電池のものにしました。


40V使用のブロワーを買った人たちのレビューを読むと、概ね好評でした。しかし最強の風力で使うと6、7分しか使えないとのこと、そこで電池が2つついているものを買いました。


確かに、最大のパワーで使っていたら数分で風力が弱くなりましたが、電池2個で我が家の坂道とその下の市道の、落ち葉、ハイイロチョッキリが切った枝、落ち葉が堆積してできた土などを、すっかり吹き飛ばすことができました。土のところまで運んでおけば、分解します。
熊手と箒を使うと30分以上はかかるところ、10分以内ですっかりきれいになったので、時間の節約だけでなく、体力の節約もできました。

刈り払い機だけは、体力がなくても発動のための紐が引けるので、相変わらずエンジン式派ですが、チェーンソー、トリマーに続いて、ブロワーも充電式になってしまいました。というか、これまで男性に任していたブロアーにデビューしました。





2026年8月22日土曜日

ガーデントラッグ出動!

長く重宝していたクラフトテープ製の道具入れの持ち手が取れてしまったので、何かそれに代わるものを見つけたいと思っていました。
大工仕事の道具は、それぞれ置き場所があるのですが、私専用のいつも使う鉛筆や消しゴム、カッターナイフ、コンベックスなどの文房具とともに、定位置に置いておくと無くなりやすい細いドリルの刃、彫刻刀などを入れています。


道具入れは深さがあると使いにくい。隙間があると引っかかって使いにくい。その点、ガーデントラッグはよく考えられています。
となると、長い間ガーデントラッグに入れておいた種たちを移す、別の容器を探さなくてはなりません。


モロッコの円筒形の籠が目につきました。倒れやすいと困りますが、わりと安定感もあります。


種たちは、ガーデントラッグに入れていたときより場所を取らず、籠が倒れる心配もなく、前よりよくなりました。


というわけで、ガーデントラッグを道具入れにしてみました。
筆記用具、ノミ、彫刻刀、ドリルのビット、コンベックスなど入れましたが、頑丈なのでインパクトドライバーも入れて持ち歩けそうです。








 

2026年8月21日金曜日

屑入れ

我が家の、各所に配置してある屑入れはほとんどが籠で、 1ヵ所、居間の屑入れだけ、ずっと昔使っていた合板を円筒形にしたものでした。
ところが合板の宿命、剥がれてきて、しかも黒い色だったので剥がれたところが目立ってしまっていました。


というわけで、跡を継ぐ屑入れとして白羽の矢を立てたのは、柳の籠でした。
ちょっとサイズが小さいのですがもともと居間の屑入れはそう頻繁に使うわけではないけれどないと困るというものなので、デスクの足元に置くものほど大きくなくていいのです。


というわけで、1、2ヵ月試してきましたが、この大きさで問題ないようです。


この籠に決める前、新しい屑入れを買おうかどうか迷いました。高いものは、「たかが屑入れなのに、この値段?」と思うし、安いものでは気に入ったものがありませんでした。

柳の籠は、韓国にも似たものがありますが、これはやっぱり中国の籠と考えてよさそうです。






2026年8月17日月曜日

刺繍のポシャギ


韓国(朝鮮)の、表地が桃色の絹、裏地が生成りの木綿の、袷(あわせ)の刺繍ポシャギ(風呂敷)です。


刺繍糸は絹で、なかなか数えにくいのですが12色使っているようです。
『李王朝時代の刺繍と布・Patterns and Color of Joy』に掲載されている刺繍されたポシャギを参照すると、カンウォンド(江原道、現在は北朝鮮の東南端)でつくられたものと特徴が似ていますが、カンウォンドでつくられたものか、あるいは朝鮮半島全土に同じような刺繍のポシャギがあったのかどうか、わかりません。


これは、婚礼後、花嫁が夫の父母をはじめ婚家の目上の人たちに挨拶をする際に、木の実などを持参して贈るペペク(ペベグ、
幣帛)という儀礼に用いられたポシャギにも見えますが、他の時も使ったものかどうか、それもわかりません。
ペペクに用意する木の実は栗、棗などで、夫の両親が投げるのを新郎新婦が布を広げて受け取るといった、子が授かることを祈願する儀礼です。


ゆるい模様と優しい色が、なんとも言えない温かさを漂わせています。


朝鮮の武漢の背守りと比べてみました。
どちらも、サテンステッチの周りをコーティングステッチで囲んでいますが、背守りのコーティングステッチの芯にしている刺繍糸は2本どりの細かいもの、ポシャギの方は4本どりでしょうか。そこで緻密さと素朴さがそれぞれ出ている気がして、どちらにも良さがあります。
そういえば、日本の伝統色に、緋色、橙色、桜色、赤紫色などありますが、濃い桃色はあまりなかったような気がします。


木の実を入れたつもりの籠を包んでみました。


とても可愛いらしいものです。