2026年4月11日土曜日
つくるのは好き、片づけは嫌いだけれど
この数日、夫は鉄骨(C形鋼)を三角に切り取って、曲げる作業をしていました。
素人なのに、固い鉄骨によく取り組むものだと見ていますと、直角に曲がって形になってきました。
曲げたところには、切り取った鉄板を当てて、ボルトで固定しています。
「何つくってるの?」
「えっ、知らないの?」
「そうか、あれか」
f邸の駐車場の柱に取り付けるのだそうです。
これは我が家の門兼駐車場ですが、敷地に余裕がなかったので、1本の柱だけで済ませたいことから、柱をコンクリートにして、そのコンクリートの柱を屋根の梁につなげるのに、鉄骨を使っています。
そして、今建設中のf邸も広く駐車スペースを取ることができないので同じ方式でつくるのだそうです。
フットワークが軽い!
ところで、工具などの片づけは進みません。1年前に使った工具セットがそのままとか。使うたびに片づけないで、いつか一気に片づけると言うのですが、その「いつか」はいつくるのでしょう?
以前、南アフリカの生活改善運動のリーダーのノグゾラ・マキダさんが言っていました。
「女は一度にいろいろなことを考えたりしたりするけど、男は一つのことしかできない」
世の男はみんなそんなものかしら?
それって先天的なもの? それとも社会の中で培われてきたもの?
何歳までだったら修正が効くの?
2026年3月19日木曜日
作業棟の左官仕事が終わりました
つかださんの左官仕事が終わりました。
正味何日だったかしら? 5日くらいだったかもしれません。
左官前の作業棟の中です。
ラスボードという、石膏板の上に紙を貼り、それに穴を開けて下地がくっつきやすいようにしたものを張ったまではよかったのですが、足場を足場屋さんに返したあとは、高さがあるので、周りに細い通路があるものの、そこに立つだけでやっとなのに、どうやって塗るかと戸惑っているうちに、長い年月が経ってしまいました。
たった1カ所(左)だけ下塗りしているように見えます。
壁が仕上がってもないのに、ポスターを掛けている壁もあります。
これは動物の実物大の足跡のポスターで、タイのNGOがつくりました。
つかださんは梯子を何台も持ってきて、それに足場板を渡して、瞬く間にきれいに仕上げてくれました。
私が下塗りしていたところは、ちょっとぼこぼこしているかしら?
すっかり美しくなりました。
つかださんの道具はほんの少々であっさりしたもの。お茶の時間もお昼も簡単に中断できて、私のように、「区切りがつかないのでご飯も食べられない」なんてことがありません。お昼を食べるために家に帰っているときは、しっくいを混ぜるフネに、段ボールをかぶせてあります。
しっくいはいピンからキリまでろいろありますが、つかださんはこんなのを使っていました。
私が前に、どのしっくいがいいかわからなかったので、建築家の友だちから教えてもらったのは「城かべ」というブランドでしたが、「村樫のしっくい」は、「城かべ」の倍近い値段でした。
2026年3月8日日曜日
餅は餅屋
私は、左官仕事を苦手としてきました。
それでも、7、8年前までは悪戦苦闘しながら、作業棟の外壁や門の壁の一部など、下塗りだけはすましたところもありました。しかし、道半ばで力尽きて、今では簡単にしゃがんだり立ったりできないので、そのままになっていました。
作業棟の室内は、足場がないこともあって、まだどこも下地のままです。
さて、夫が設計したf邸では、左官仕事を、以前我が家の母屋を仕上げてくれたつかださんにお願いしていたので、久しぶりにつかださんの仕事を見る機会がありました。いやはや凄い!わけなく、あっというまに壁が仕上がっていきます。夫とも相談して、中断している我が家の壁塗りを、つかださんにお願いすることにしました。
以前、我が家に来た建築家の方にあきれられたことがありました。普通、人目につく「顔」である表だけは、何があっても仕上げるものなのに、恥ずかしげもなく下地が見えていたからです。
「春になって、気温が上がったら行きましょう」
と言っていたつかださんが、ついに来てくれました。
1日目に、外壁で下地が見えていたところはすべて下塗りされ、2日目には漆喰で仕上げ塗りされました。
写真は、門の左端です。
壁の右側は坂を上ってきたらまず目に入るところ、植木が邪魔なので下塗りをしてなくて、あきれられた壁です。でも左側部分は、見えないところです。材木置き場の屋根が迫っているので、屋根の上下から塗らなければならないし、面倒だったらそのままでいいと伝えたのですが、つかださんは塗ってくれました。
全く手つかずのところも、下塗りで灰色だったところも、白いしっくい壁になりました。
作業棟の屋根と下屋の屋根の間の壁は、下塗りしたところと下塗りもしてないところがありましたが、今では下塗りされて灰色です。これが、やがて真っ白になったら印象が違うことでしょう。
2025年10月14日火曜日
住み始めていました
先日 痩蛙学舎でお会いした、大地の再生を目指し、自然と共生する生活を目指す建築家や、有機農業、地域運動などをやっていらっしゃる方たち5人が訪問されました。
一日目はご自身のやっていらっしゃることなど話し合い、二日目は八郷の中をめぐりました。訪問先は「やさと暮らしの実験室」、O家、S家、「つながる図書館」などでした。
まずは、有吉佐和子の『複合汚染』に触発されて結成された、有機農業と消費者を「ていけい」によって結ぶ運動の草分けである「やさと暮らしの実験室(旧たまごの会)」を訪ね、建ててから50年経って老朽化した外壁を自分たちで張り替えて、塗料を塗ったりしているところを見ました。
屋根が外せる模型もつくっていて、農畜産業のかたわらの修復作業は長丁場になりそうですが、外壁修理には何人かのボランティアたちも参加していました。
次に、今年から住み始めたOくんの家に行きました。躯体の刻みと上棟だけは友人たちの手を借りたものの、あとはすべて自力建設、大きくて広々とした家には、Oくんの「こうしたい」と頭の中で発酵させていた工夫や試みがいっぱいで、超気持ちいい空間が広がっていました。
ロフトに行くかわいらしいケヤキの階段は、
途中から梯子になって、その先に広々としたロフトがあります。
こだわりの台所は、シンク・ガス台の上に何本ものステンレスの棒が渡してあって何でも掛けられる、とても使い勝手がよさそうでした。そして、天板もステンレス、しかし引き出しが全部無垢の木の手づくりなので、冷たい無機的な感じはしません。
床材は、材木屋さんから半端ものを格安で買ってきたもの、場所場所によって幅が違っていたりするそうですが、まったく気になりません。また、窓ガラスはヤフーオークションで定価の半値以下で買ったもので、各窓によってメーカーが違ったりするそうです。
外の壁にかかっているのは何でしょう?
うおぉぉ!植物の壁飾りでした。
玄関を入ってすぐの部屋は植物のために用意されたもの、冬はこれらの植物も室内へと移動するそうです。
立派な無農薬無化学肥料の野菜を栽培し、田んぼもつくる合間に、大工仕事だけでなく建具まで全部自分でつくり、庭づくりだけでなく、観葉植物も色々育てているOくんは、まさに超人に見えます。
3人の子どもたちも、楽しそう、友だち100人きても楽々遊べそうな、楽しい家になっていました。
2025年10月2日木曜日
また、見に行きました
またまた、f邸コンクリート打ち見学記です。
テラスの基礎のコンクリート打ちをしてから、なか2日置いて入り口の水平基礎のコンクリート打ちがありました。我が家の時と同様、ポンプ車なしでコンクリートミキサー車から、太い樋のようなものを使って直接生コンクリートを流すというので、それを見たかったのです。道路が高い位置にあるので、ミキサー車と打つ場所との関係は最高です。同じ地平にミキサー車がいたら、こうはいきません。
ちなみにこの樋はU建設さんのものですが、我が家にもこの長さのものともう少し短いものがあります。
余談ですが、ミキサー車の運転手さんは、23年前に、生まれて初めて、我が家の坂道のコンクリート打ちをした時に来てくださった運転手さんです。生コンクリート屋さんは、お隣のひろいちさんが紹介してくれました。
当時は、生コンクリートの会社は、打つコンクリートの場所や形状によって、セメント、砂、砂利の配合と水の分量を計算し、それらを高い塔の上から人力で操作して、それぞれの部署からミキサーに落として混ぜて、用途に合った配合のコンクリートをつくっていました。例えば坂道だと、流れにくいように水をちょっと控えます。砂利も、砕石を使ったり川砂利を使ったり、両方を混ぜたりと、いろいろありました。その、毎日塔に上って、次々と入る注文通りに材料をミキサーに落とす仕事を、ひろいちさんがやっていたのです。
ところが、それらの仕事を、全部コンピュータがする時代がきました。人が高いところに上って、下に材料を落としたりしなくてもよくなったのです。建設の需要も減っていく中、コンピュータ化できないで廃業する生コンクリート屋さんがたくさんありましたが、「Y生コン」は、ひろいちさんがコンピュータの使い方を習得するなど努力して、会社は大きい会社に併合されはしましたが、従業員はそのままで、生き残ることができたのです。
さて、ミキサー車の操作をすると、生コンクリートが流れはじめて、たまっていきます。
たまったコンクリートを鍬で動かそうとすると大変ですが、バイブレーターを突っ込んで振動を与えると、あら不思議、勝手に広がっていきます。
2度ほど落とす場所を動かしました。
ミキサー車1台分ではちょっと足りなかったようですが、ほぼほぼいっぱいになり、コンクリート打ちは終了しました。
補充する分は、自分で練ることができる量だったようです。
昨日の、入り口部分です。
傾斜した道と階段との取り合いが、気になります。間にU字溝もあります。
テラスの基礎の方は、型枠は外されて、土もずいぶん埋め戻しされていました。
2025年9月20日土曜日
テラスの基礎のコンクリート打ち
「f邸のコンクリート打ちはいつ?」
「知らねぇよ」
「訊いてきてね」
コンクリート打ちには、なんだか興味があります。夫が金曜日と訊いてきてくれました。
さて、金曜日になり、現場に行こうとしている夫に、
「今日はコンクリート打ちだね。何時からかな?」
と訊くと、
「知らないけど、見たいの?」
と、珍しいものでも見るような顔をしています。
「うん、見たい。訊いてきて」
と頼んでおいたら、8時半からとの電話がありました。
「もうすぐじゃん!」
早速行ってみると、もうポンプ車もミキサー車も来て、コンクリート打ちがはじまっていました。
お隣のゆみこさんも見に来ました。普通、コンクリート打ちの現場を間近に見ることなどできません。近づいても胡散臭そうに追っ払われるだけです。
コンクリートは、ホースの先から飛び出さないように手で抑えながら流し、もう一人はバイブレーターで振動を与えて、コンクリートを隅々まで流します。
途中からバイブレーターは2台使用となりました。
コンクリートを好きなところにホースで運べるポンプ車がなかった時代は悲惨でした。東京タワー建設の映像を見ると、コンクリートを一輪車に乗せて、高いところに渡した足場の上を、大勢の男たちが走りまわっています。そして、一輪車も入らない場所には、人力でバケツリレーをする以外ありませんでした。
その昔、タイやカンボジアで、コンクリートを入れたバケツを滑車で高いところに次々とあげているのを、何度も見ました。1990年ごろだったか、日本に来たタイ人がポンプ車を見て、「こんなものがあるのか!」と感動していたのを思い出します。
右の2人がポンプ車つきの職人さんで、左はこの型枠を組み立てたU建設のUさんです。
1本目の柱にコンクリートが詰まったら、型枠が垂直に立っているかどうか最後のチェックをします。
片端は問題なかったのでそのままで、片端は斜めに渡しているパイプのネジを、ちょっとだけ調節して、次の柱に移りました。
夕方、型枠をつくるUさんから連絡があり、夫がf邸に行くというので、同行しました。
端にU字溝のある、斜めになっている道路から玄関へと階段をつくるのですが、斜めの道路に階段をどうつなげるのか、道路下に見えている、断面のでこぼこした土との取り合いはどうするか、そんな相談のようでした。
テラスの支柱は、天端がきれいに均されていました(当たり前ですが、素人だとでこぼこしてしまいます)。
八郷の稲刈りはすっかり進んでいて、ほぼ刈り取られました。緑色に見えているのは、早くに刈り取られた田んぼに青々としてきたひこばえです。
2025年9月12日金曜日
明かりのメンテナンス パート2
夫は目の横にブリンカーをつけた競争馬のように、前しか見ません。
行動力も集中力も抜群ですが、一度に一つのことしか考えません。したがってメンテナンスは大の苦手、生け垣は植えたら後は知らない、草も刈らない、ただただ、その時興味のあることに向かって日々邁進しています。
反対に私は、いつもあれこれ目が行って、一緒に作業するときなど、
「もっと集中しろ。ほかのことをするんじゃない!」
と叱られたりします。作業中なのに、ちょっとした隙を見つけて、目についた足元の草を抜いたりするからです。
電球の交換も、夫の眼中にありません。
切れていようが、ちかちかまたたいていようが気にしないというか、見えないのです。そして私は見えるけれど、自分では交換できない電球(蛍光灯形のものも電球と言っていいのか?)もいろいろあるのです。
「ねぇ、居間が暗いんだけど、交換できる電球はあるの?」
と訊いたら、夜でしたが、珍しく夫が腰を上げました。普通のLEDのほかに特殊電球もあって、私はどこに何を使うかよくわかりません。
これまでのと長さが違う電球はあったので、ソケットごと(?)交換してくれました。
ここの左側も切れていますが、ここはまたの機会にと言われてしまいました。
台所の照明も一つが、長く切れたままでした。
まぁ、そこそこの明るさはあるのですが、そのあたりに、先日、居間の電球を交換したときの電球が転がっていたので、替えてくれるよう頼んでみました。
「長い間替えてないから、どうやって開けるか忘れちゃったよ」
自分でつくった枠を外すまで、しばし時間がかかりました。
家にあった電球をはめてみました。
「だめだ。昼光色だった」
「まぁいいよ、それでも」
「だめだ、だめだ。買ってくるよ」
買ってきて、めでたく交換終了です。
「昼光色のは取っておいて」
「絶対使わないのに、取っておいてどうするの?」
「.....」
「てか、なんで昼光色のを買ってきたの?」
「間違えたんだよ」
ところで、居間の天井の高いところに一つ電球があります。切れたら、いったいどうやって交換できるでしょうか?
考えただけで頭がくらくらしてしまいます。
2025年9月11日木曜日
コンクリート工事
f邸の第1回のコンクリート打ちから2日後に、どうなっているか見に行きました。
まだ、型枠はそのままでした。
型枠は、数日後に外してしまうのがベストですが、力の要る作業なので、我が家でコンクリートを打った時は、外すのがなかなか間に合わず、長く放置していたので、よけい外しにくくなったこともありました。
とくに、角の内側部分の型枠は外しにくいものでした。
擁壁は、型枠を外したら土を埋め戻します。
一か所、天端が斜めになっているところがあります。
重力のあるコンクリートを、どのくらい固まるまで待って仕上げたら、こんなにきれいに斜めになるのでしょう?
まっすぐな美しい線。
そして数日後、型枠を外したところを見ると、案の定、きれいに仕上がっていました。
建物の東側の擁壁をつくりながら、西側では、テラスをつくるための基礎がつくられていました。
テラスの基礎は土を深く掘り、砕石を敷いて突き固め、まず水平基礎をつくります。
水平基礎の上に垂直基礎を立てます。
水平基礎はとても重要ですが、コンクリートを打った後、土を埋め戻したらすっかり隠れてしまい、土から垂直基礎がすくっと立っているように見えます。
水平基礎の鉄筋の組み方の美しいこと。隠れてしまうのが惜しいくらいです。
昨日、久々に訪ねたら、水平基礎はとっくに打ち終わっていました。
テラスは、とても楽しい場になりそうです。






















