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2026年7月2日木曜日

リベットの頭

壊れやすいスズメバチの巣をどこに置こうかと、展示室の棚を見ていたら、鉄のリベットの頭が一つ、転がっていました。
随分前から、片づけなくちゃ、片づけなくちゃと思っていたものです。


25年ほど前、欲しい形に鉄骨を加工してもらえるかどうかを訊きに町の鉄工所を訪ねたとき、小さな、同じ形の鉄のかたまりが、庭のそこここに落ちていました。
「これは何ですか?」
と鉄工所の方に訊くと、鉄骨で建物をつくるとき切り離したリベットの頭だと教えてくれました。鉄骨を組んだらリベットで留め、それを、水平垂直を見ながらゆるまないように再度固く締めて完成させますが、どのリベットを締め忘れたかは、見た目ではわかりません。締め方がゆるいままだと危険なので、そのうち、締めると頭が切り取られ、一目でわかるように改造されたのです。
その鉄工所の作業場は鉄骨づくりだったので、そこここにリベットの頭が落ちていたというわけでした。
私は、手当たり次第拾いました。

さて、棚に転がっていたリベットの頭を、他のリベットと一緒にしようと、見回したのですが、リベット容器は見えません。
「どこに置いたんだろう?」
ライトを持ってきて、しらみつぶしに探すことにしました。


すると、置き場所に困ったものを集めたような、統一性のまったくない棚に置いてあるのを見つけました。


リベットの頭の容器は、ココヤシを丸のまま使い、ラタンと合板で蓋をつけた容器で、転がらないように底にもラタンの紐を回してあるもの、フィリピンの北ルソンの修道院で買いました。


ずっしり重い容器を取り出して開けてみると、リベットの頭だけでなく、大きなワッシャーも入っていました。


中に一つ、滑り止めの溝が入ってないリベットの頭もありました。改良される前の、古いものかもしれません。
建設仕事が減ったためか、この鉄工所はずっと前に廃業、今跡地はアパートになっています。








2026年4月6日月曜日

ままごとの家具


昔のままごと道具の、ベッドと肘かけ椅子です。
ラタンで形づくり、木綿布でマットをカバーし、レースで縁取りしてあります。


枕は、桜の木の枝を切ったものです。
木綿は着物地だったのでしょうか、プリントではなく織りで模様を出していて、しかもとても複雑な模様の出し方、どうやったらこんな模様が出せるのか、布裏を見てみたい気持ちですが、見ることができません
このベッドと椅子は、家内手工業といった、小さな工場でつくられたに違いありません。


セルロイドのテーブルと鏡台です。
セルロイドを丸く切るのはたやすくても、鏡を丸く切るのは大変、小さいけれど丁寧な仕事を生業としていた人たちの生活が偲ばれます。


セルロイドを型に入れて成型するのではなく、できている細い管や板を加工する仕事は、今では、おそらく誰もやっていません。


そんな昔のままごと道具に混じっているのは、おだじまさんのつくった木の枝の椅子です。
おだじまさんのスツールは、人が実際に座れる大きさのものから高さが3センチしかないものまで、そっくり同じ形をしています。


かわいい、ままごとの家具たちでした。







2025年10月17日金曜日

虫に喰われていた!

居間の壁にいろいろな木の実を飾っていて、その下に歴代の犬猫の写真を飾っているのですが、そこにたくさんの粉が落ちているのを見つけました。
どれかが虫に喰われているのです。


ビンロウの種に触ると、種を通している紐が切れて、ばらばらと10個ほど落ちてしまったので、ビンロウが虫に喰われているとわかり、落ちた種も拾って、まとめて5日ほど冷凍庫に入れて虫を駆逐しました。
さて、どうやって復元しましょうか?


ジュートの紐で止めてあったので、ビンロウの種を1つ紐に通して、それを芯にぐるぐると巻いているジュートにくぐらせて、紐の片端にもう1つ通して結んで、つまり2個ずつセットにして綴じつけました。


一度は捨ててしまおうと思ったビンロウですが、外から見ると無傷なので、これ以上木くずが出なかったら飾り続けられます。


これまで、ナタマメの莢も飾っていたのですが、豆がいくつか落ちてしまったし、


以前はきれいな赤だったのに真っ黒に変色してしまったので、処分することにしました。


まだ赤色が残っていたのは、おそらく壁の方を向いていて光が当たらなかったであろう先端の豆だけでした。


もう一つの赤い豆は、ずいぶん前に莢から落ちたので引き出しに入れておいた豆、光を遮断していると、変色は最小限に抑えられるようです。

一番下のへこんでいる豆だけ捨てて、あとは引き出しに入れました。




 

2025年9月9日火曜日

痩蛙学舎


日曜日に、東京の阿佐ヶ谷で開かれるシンポジウムで夫が話すというので、一緒に出掛けました。
朝、電車の窓から見る雲が素敵でした。


瘦蛙学舎」というところが会場です。
駅からすぐで、路地の奥に見えるうっそうとした森の中に、鉄筋コンクリート造りのモダンな建物が建っていました。
天井近くに渡された古い梁は、いわば装飾です。


古いケヤキの大黒柱には、素敵なほぞ穴がありました。
鉄骨の梁の上の天井は、我が家と同じラタンの敷物が使われていて、我が家以外で使われているのを初めて見ました。


置いてあるものや絵にも興味津々です。
鮮やかな色の恵比寿さまの頭上の虫は、写真を撮った時は気がつきませんでしたが、何だったのでしょう?
右上の『阿佐ヶ谷歳時記』の隣には、鎌倉の鳩サブレの缶も飾ってありました。


その日は、「杜の学校(大地の再生)」の代表の矢野智徳さんたちのグループのシンポジウムでしたが、痩蛙学舎の庭は矢野智徳さんがつくったもの、この敷地を更地にした時出た瓦礫は、外に出さず砕いて埋め、地下の水や空気の通りをよくするのに使っています。
都市において、水と空気の循環を促進、土や木々などのエネルギーを取り戻すというコンセプトでつくられた庭で、隅々まできれいに手入れされていて、よい刺激になりました。


夜の屋上庭園。植物を植えているところだけ土を入れています。


奥は阿佐ヶ谷駅で、中央線の特急列車が、すぐ近くを通り抜けていきます。


いつだったか、長男が置いて行った矢野智徳さんのご著書『大地の再生 実践マニュアル』(矢野智徳、大内正伸著、農文協、2023年)です。
私もこれを読んで、建設で出た残滓の瓦、石、コンクリートの欠片や、とくにナラ枯れした木は埋めて、汚いものを隠すのではなく地中の空気と水の循環を促せたらと思いますが、なにせ掘るのも埋めるのも大変、できない可能性が大きいのですが。








 

2025年8月6日水曜日

小さな玉たち


卵の形のものも好きですが、丸いものも好きです。
写真は全部鉄の玉、フランスの土のビー玉を買ったとき、中に混じっていました。土のビー玉よりずっと重い、ビー玉として遊んだかどうかは不明です。


これも、土のビー玉を買ったときに箱に入っていたもの、右はたぶんゴム、左は木の玉です。
以上は、ちょっと昔のものでしょう。


日本の、青森ヒバだったかヒノキだったかの入浴剤の玉です。削れば今でも香りは残っているのかもしれませんが、まったく匂いません。


そして、ラタンで編んだ玉。
よく見ると左の玉の方がずっと完成度が高い! でも右の方だって編むのは大変です。だって、直径が3センチしかないのですから。


大きい鉄の玉   167.2g
小さい鉄の玉    92.5g
ゴムの玉      20.6g
小さい木の玉    13.6g
入浴剤の玉     12.2g
ラタンの玉      1.7g







 

2025年8月3日日曜日

箕形の菓子器


8月3日は箕の日。勝手に箕の日に協賛です。
しばらく前の骨董市で見つけたこの籠は、長径22センチほどの平べったくて小さいもの、箕ではなくて厳密には箕形菓子器とでもいうものです。


「これはいくらですか」
「あぁ、それね。まだ値段つけてないんだけど、100円でどう?」
横に置いてあった大きな籠たちには値段をつけたものの、これはどう値段をつけたものかと思っていたそうです。
箕の縁の大きく曲げてある「腕竹」は、1枚の竹ではなく5枚の竹を張り合わせてあり、一番外側の竹は幅が9ミリあります。


外側の竹の端は出っ張らせてストッパーとしていて、その内側に箕表には5ミリ幅の竹を2枚、箕裏には3ミリ幅の竹をやはり2枚、腕竹としてあてがい、その4枚で網代に編んだ本体を挟んで、ラタン(おそらく)で綴じています。


網代の箕先に通したひご(竹か針金?)は腕竹に通してあります。
2枚合わせて3ミリほどの奥行きの浅い竹で、馬蹄形の網代部分をちゃんと挟んでいて、なにげに高い技術が見られます。


蔓の結び方や、皮を削り取って薄く薄く削った網代部分の印象からは、一見、中国かヴェトナムでつくられた「輸出用の籠」にも見えましたが、よく見ると輸出用の籠として手を抜いてつくったところは見受けられません。


ちょっと昔の日本の籠でしょうか?


平らなので、お菓子皿にはぴったりでした。





 

2025年7月13日日曜日

中国の籠

昨日は、東京白山のギャラリーKEIANに、「みんげいおくむら」店主の奥村忍さんの「中国のかごの話を聞こう」を聞きに行ってきました。
奥村さんは広い中国を、東西南北、縦横無尽に訪れていらっしゃるので、期待通り、中国の籠事情が立体的によく伝わってきた有意義な集まりで、行った甲斐がありました。
興味深いスライドを見せていただいた中に、直径1.5メートルもある大笊や、九州の「ご飯じょけ」にそっくりな籠などいろいろあったのですが、それらは、近々その続編が出るという、『中国手仕事紀行』の第2弾に掲載されることでしょう。
昨日は写真も撮らなかったので、手元の『 中国手仕事紀行・雲南省、貴州省』(奥村忍著、青幻舎、2020年)の中から、籠にちなんだ写真を数枚紹介してみたいと思います。


これは、雲南省のタイ族の村のタイ正月の大晦日の宴の後の写真だそうです。
ルーツが同じだから当たり前とも言えますが、タイ北部やラオスのちゃぶ台とそっくりの食卓を使っています。

tsuyukusa storeからお借りしました

タイやラオスなら、足はラタンを曲げてつくりますが、雲南省のちゃぶ台の脚は自然素材ではないのかもしれません。また、バナナの下の甲板がどんな素材でできているのか、ちょっぴり気になります。
そして余談ですが、タイやラオスなら、茶碗ではなくてお皿で、お箸ではなくて匙か手で食べるところが違います。


これは蕎麦あげ籠でしょうか?


私の持っている籠とよく似ています。


闘わせるこうろぎを入れるこうろぎ籠、何かの樹液を塗ったのか、色もいい感じです。


さて、「みんげいおくむら」さんから買った貴州省の籠は、かつては工具入れとして使っていたのですが今は外に放りっぱなしでした。
スライドを見せていただいているうちに、なんだか申し訳ない気持ちになり、とっても大きいものですが室内に入れることにしました。


長年軒下に置いていたので、壊れてはいないのですが、汚れたりかびたりしていたので、ブロワーでおがくずなどを吹き飛ばし、濡れ布巾で拭いてみたら、きれいになりました。


上の写真は、奥村さんが中国から運んでくださった籠たちの中から、我が家にやってきた籠たちです。
大工道具入れ蓋つきの籠こうろぎ籠茶葉入れの籠、などなどです。

 






2025年6月25日水曜日

出窓の天井


f邸の出窓の天井ができたというので見てきました。
天井と同じ材ではうるさすぎないかと思っていましたが、気持ちいい仕上がりでした。


天井に使っているのは、自然素材で編んだ茣蓙(ゴザ)です。


ところで、我が家の出窓的な場所で天井を張る必要があった最初の場所は、寝室のベッドの枕元でした。
材木屋さんの倉庫で、何かいい材料がないかと探していると、薄い竹の板を網代に編んで三六の合板に貼りつけたものがありました。値段を訊いたら残りものだから持って行けと言われて、ただでいただいたのを使ったのですが、正直、これでよかったのかと、いまだに納得できていません。


室内ではなくて外につながっているので、ちゃっちゃと済ませてしまいたい工事だったので、深く考えないで使いましたが、手づくりの材料を使えばよかったと、ときおり残念に思ってしまいます。
といっても、タイ南部の村で手に入れた、アダンで編んだ(イスラムの)お祈り用の敷物は保管する場所が悪くて腐らせてしまったし、網代を編むような材料も思い浮かばなかったし、編む時間もなかったので、仕方なかった、ないものねだりです。


土間入り口の天井は、節の小さい竹を切って並べてつくっています。こちらは気に入っていますが、自分も含めて誰の目にもなかなか入りにくい位置にあります。


神棚の下は手漉き紙(ネパールのロクタ)、ここはこれで気に入っています。

でもf邸を見て、我が家にも素直に天井材と同じラタンの敷物を使ったら、どんな感じだっただろう、もっとすっきりしていかもしれないと思ったものでした。