先日、笠間市立図書館に本を借りに行きました。
これ以上本が増えても置くところがないので、読みたい本があったらまず借りてみることにしたのです。
ネットで調べたら借りたい本はありましたが、会員になっていなかったのでネット予約することができません。軽い気持ちで笠間に出向いたのですが、笠間市内には 図書館が3つあり、残念ながら行った図書館のその本は貸出中で、しかし1冊、別の図書館にあったので予約して、後日借りることになりました。
館内をぷらぷらしていると、『ものと人間の文化史61 篩(ふるい)』(三輪茂雄、法政大学出版局、1989年)という本が目につき、借りてきました。
『ものと人間の文化史』のシリーズは、『船』から始まって、『結び』、『ものさし』、『豆』、『猿』、『パチンコ』などなど、幅広いラインアップで、216巻も出版されています。しかも著者はそれ一筋に研究してきた人たちのようでした。
そして、『篩』の著者の三輪茂雄さんは、同じシリーズで『臼』も書かれている大学教授ですが、日本粉体工業協会常任理事であると同時に伝統技術史料調査保存特別委員長という、伝統と最先端事情に詳しいお方のようでした。
まえがきには、
「石器時代から現代まで、一貫して人類の生産活動の原点を担い、エジプト文明にも、徳川幕府体制下にも、ひたすら臼を挽き、粉をふるう大勢の人の汗と涙があった。そして現代も臼はミルの名で、篩はスクリーンと名を変えて活躍している。(中略)臼と篩は次第に人間が動かす道具から機械に変化し、苦しい労働から人間を解放していったが、今も大部分が人目につかない工場の片隅で、近代的装いで生き続けている」
と熱く語られています。
植物であれ、鉱物であれ、砕くことによって物質を生成する方法は人類の物質利用技術の根源的な方法で、それ無くして人類の今日はありませんでした。
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| 馬の毛を網に織っているところ |
篩にはものを通す網が必要です。古来、馬の尻尾の毛、羊毛や絹、竹や柳など植物素材、金網など様々なものが使われてきました。
長い間、手で持ってひたすら前後や左右にゆすって使った篩、単調で重労働でした。
参考文献からの図版は、傷んでいたり、朧げではっきり見えないものなど、著者自身が描き直しているようで、とても見やすいものになっています。
米は籾殻を取り除いて玄米を精白した状態で食べられるのですが、小麦は粉にするので、西洋と東洋では篩の「網」が違いました。しかし、東洋西洋どちらでも、中世になって大量に処理できる篩が出現するまで、ひたすら単純な道具を手で動かしたことに、違いはありませんでた。
食料だけでなく、鉱山でも篩は必需品でした。
この本には機械化された後の篩も各種載っています。
篩の網として使える絹織物を作るためにどう蚕を育てるかなど、ちょっと専門的だし、工業化してからの機械の篩についてはあまり関心はなかったのですが、人間は臼、篩、箕なしではこれまで生き延びてこられなかったと考えると、とても興味深い本でした。
また、この本を読んで、私の祖母(岡山方言)は「ふるい」とは言わず、「とおし」と言っていたことも思い出しました。
さて、我が家の大豆用の篩を、以前UPしたはずだと時間をかけて見返したのですが、見つかりませんでした。
UPしてなかったのでしょうか? 大きくて立派な籠目あみの篩です。








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