2014年2月18日火曜日

積んで、積んで、積んでぇぇぇ

台所の引き出しは、使い勝手は悪くありません。
深い引き出しと浅い引き出しがあるのも、いろいろな大きさのものを収納するのに便利です。


調理台の下の利用ですから、基本、引き出しが三段(場所によっては二段)というのも悪くありません。


浅い引き出しは、カトラリー類にちょうどいい深さ。


小さいボウル、メジャーカップなどなど、他の調理道具も収まっています。


問題は、高さのある引き出しです。深い空間を目いっぱい利用したいのですが、なかなかうまく使えません。
幅も高さもある引き出しのうち、一つだけ奥に棚をつくっています。
使いやすくはなりましたが、棚の下のものは、簡単に取り出すというわけにはいきません。

棚をつくった引き出しの手前や、他の棚のない引き出しの中には、使い古しの布巾などをはさんで、目いっぱいお鍋類を重ねています。
「もう一息、すっきりしないかなぁ?」


思いたって、使うあてのないのタイの浴用布、パッカマーを、直径35センチと、25センチの丸い形に裁ちました。


二枚重ねて縫い、ひっくり返して、端ミシンをかけたら、お鍋類の緩衝布の出来上がりです。
一枚のパッカマーから、大きいのが三枚、小さいのが四枚できました。


ジンギスカン鍋の上に一枚敷いて、


その上に土鍋を乗せ、


さらに一枚敷いて、土鍋の蓋を置き、もう一つの土鍋を乗せて布を敷き、蓋を置いて、という具合に重ねます。
 

前よりはましでしょうか。
磁器の鍋の上には、布を敷いて蓋を乗せ、その上にもう一枚敷いて、


焼き芋鍋を乗せます。やれやれ。


相変わらず、引き出しの中はお鍋の積み木状態ですが、前よりはましに見えます。



2014年2月17日月曜日

豆猫箱


息子一家からもらった、お菓子の箱です。
金沢の、まめや金澤萬久というお菓子屋さんので、紙を豆の形に成型して、箱には一つ一つ手描きで絵を描いているそうです。


中には「しみみ」という名前の、黒豆の入ったおかき味のクッキーと言ったものが入っていました。
「んっ、お醤油を使っているの?」
と原材料名を読んでみると、お醤油は使っていません。ココアバターを使っていると書いてあります。感じない私は感覚がマヒしたのかな?チョコレートだったとは、気がつきませんでした。
 
 
手になじむ、素敵な箱です。





2014年2月16日日曜日

指抜き物語

雪の日が続き、洗濯ものは部屋干しを余儀なくされています。
先日、縫いものの手を休めて、洗濯ものを集めて畳んでいて、指抜きをしたままだったのに気がつきました。
「まあ、いいや」
と、新しく洗濯したものを干し、畳んだものを引き出しに収めていて、ふと気がついたら、外し忘れていたた指抜きが消えていました。

いつから私の裁縫箱にあったのかはっきりしない、昔ながらの真鍮の指抜きでした。
「しまった!」
つくろいものなどはいざ知らず、和裁の時はこの指抜きが必需品です。
洗濯ものを取り込んでいるときも、干しているときも、もし指抜きが落ちれば、音を立てたはず、畳んだ衣類について引き出しに入ったのかとさがしましたが、見つかりませんでした。

和裁?
そう、また性懲りもなく人形の着物を、本と首っ引きで、思い出したように縫っているのです。雪で外仕事ができないので、このところ縫いものは少し進んでいます。


慌てて裁縫箱の中の指抜きを入れている缶をのぞいたら、残りの指抜きはこの二つしかありませんでした。
これは、キルティングをするときの指抜き、と言うより、シンブルと言った方がいい代物で、針が違い、縫い方も違うので、和裁のときには役立ちません。


大きい裁縫箱をのぞくと、ありがたい、まったく同じものがありました。
指抜きは、大叔母の裁縫箱を母からもらったときついてきたものと、私が入れたものと混じっているので、いくつかありました。


革の指抜きは、学校の授業のために揃える裁縫箱によく入っているもの、真鍮の指抜きの改良版です。私のものだったのか、息子たちのものだったか、あるいは母が仕舞っておいた妹たちのものだったのか。わりと新しげですから、たぶん息子のものだったのでしょう。

使ってみましたが、セルロイドが動いて片寄ります。やっぱり真鍮の方が使いやすいようでした。
もっとも、小学生のときまじめに練習しなかったせいで、運針が満足にできないのですから、指抜きについてとやかく言う資格もありませんが。


このシンブルは、どうして入っているのでしょう?誰かのお土産だったのかもしれません。
何でも集めてしまう私ですが、シンブルは集めていません。オーストリアのもののようですが、使ったことがないので、ただの飾りか実用品かもわかりません。

さて後日、指抜きをなくしたときに干した洗濯ものを畳み、引き出しに収めていたとき、
「ちゃりん」
と音がしました。
「あっ」
と思い、床をさがしてみたら、やっぱり指抜きでした。

もし、指抜きを洗濯したものと一緒に干していたのなら、どうして畳んだとき出てこなかったのでしょう?そして、しまうとき、どうして出てきたのでしょう?
わからないことばかりですが、手元に戻ってきたことだけは確かでした。


というわけで、しばらく代用していた指抜きは元の裁縫箱に戻しました。
そして、また、黒ずんでいる古い指抜きを使っています。ときおり、指抜きをはめていることを忘れるくらい、なじんだものです。


2014年2月15日土曜日

笹野花


箱の両脇から木の枝が勢いよく飛び出した大きな箱が届きました。
「あっ、もう届いたんだ」

笹野一刀彫の戸田寒風さんにお電話したのは、ほんの数日前でした。たまたま目にしたテレビで、けずりかけの花を見たので、連絡してみたのでした。
けずりかけには、なんだか引きつけられるものがあります。以前からけずりかけの花のことは知っていましたが、なかなか手には入らないものと、諦めていたのです。

見たテレビ番組も再放送で、いまでも花をつくっていらっしゃるかどうか半信半疑でしたが、電話口に出た女性は、
 「花は咲いたのが四つと蕾一つのセットになっています。花ができたら着払いで送りますよ」
と、頼もしく請け負ってくれました。
せっかくだからと二セットお願いして、できるまでには、てっきり時間のかかるものだと思っていましたが、すぐに届きました。


「わぁ、りっぱ!」
箱には想像したよりずっと大きな花が入っていました。


けずりかけの「笹野花」は、コシアブラの枝を、鋭利なナイフ(チヂレ)で薄く削ってつくります。薄く削ると、削られた木が、くるくる巻いていきます。もちろん、薄く均一に削らないと、きれいに巻きません。

米沢のけずりかけは、名藩主の上杉鷹山が農家の副業を奨励した昔から、営々と農民たちによって受け継がれてきました。その中で、戸田家は職業として一刀彫に特化したのです。
戸田寒風さんは、笹野花のほかにも、笹野一刀彫を代表するお鷹ぽッぽや、干支ものもつくっていらっしゃいます。

今でも、毎年一月十七日に笹野観音で、「笹野観音十七堂祭り」が開催されるさいには、門前にお鷹ぽっぽや笹野花を売る出店が並ぶそうです。


生木に花をつけると説明されていたとはいえ、こんなに緑の量が多いものだったとは、想像していませんでした。
ツゲの木だそうですが、アカミノイヌツゲでしょうか、赤い実が少し生っていました。


さて、電話口で念を押されたのは、
「空の花瓶ではなく、生の花のように、水に入れて活けてください」
ということでした。


笹野花は、神仏に供える花で、先祖供養や火伏せにもつかうものですが、水を入れた花瓶はとても重くて、床の間の上の神棚には乗せられません。
お雛さまの両脇に置いてみました。

お雛さまは、急に賑々しくなりました。
 

笹野花は、花のない冬の間につくり、花のない季節を彩るものです。
米沢あたりでは、いまでも需要があり、人々とともに、生き続けているようです。




2014年2月14日金曜日

嵌め込み細工の箱


マダガスカルの嵌め込み細工の小箱です。


木を薄く切り抜いて、貼って模様を出しています。
マダガスカル版箱根細工というか、「マダガスカル細工」でしょうか。


拡大してみると、木目が見えています。


遠い島の生活が伝わってくるような、素敵な絵です。


箱としても、とてもいいつくりで、


中には草で編んだ茣蓙が貼ってあります。




2014年2月13日木曜日

中国の切り絵


クリスマス・カードにしようと買って、使わなかった中国の切り絵のカードです。
何枚かはカードとして使ってしまったのですが、残りは惜しくなって、今日まで持っています。


薄い紙を鋭利な刃物で切り抜いて彩色し、台紙に貼っています。


暮しがわかるような素朴な模様の切り絵があれば、京劇ではなく素朴な方を買ったと思いますが、そのときは京劇の模様のカードしか売っていませんでした。これも洗練されていますが、素朴さも十分残しています。
1981年か82年、香港で手に入れたものです。 


当時、中国本土ではまだみんな人民服を着ていて、上海にも北京にも、新しい建物など建っていない時代でした。

このカードの裏に書いてある説明によると、中国には専門の切り絵師もいましたが、多くの切り絵は農民がつくっていたようでした。


それにしても、切り絵の技術も優れていますが、構図や色彩も、なかなかのものです。


それぞれ二人ずつの人物を、バランス良く配置してあります。


平面ですが、立体的にさえ見えるのが不思議です。
 

どうやって、貼ったのでしょう?
糊を切り紙の裏から吹きつけてあるのかもしれませんが、当時は輸入品しかなかっただろう高価な糊が使えたかどうか。薄い紙のことではあるし、見事です。
私ならせっかく切り出しても、貼るときにちぎれたり、撚れたりして、台無しにしてしまいそうです。


髭やまゆ毛の線の、この細かさ。0.3ミリほどでしょうか。気が遠くなりそうです。


目は立体的に見えているので、下にもう一枚紙を重ねているのかと思いましたがそうではなく、白眼とともに目の上を細い線に切り抜くことで立体感を出しています。


波模様なんて、朝飯前なのでしょう。
きれいです。


いまでも中国には、こんな切り絵をつくれる人が、たくさんいるのでしょうか?




2014年2月12日水曜日

雪のあと

先週の土曜日に、ここ八郷にも大雪が降りました。
我が家から道路に出ていく坂道は東向き。40センチと厚いコンクリートを打っていて、朝日もよく当たるので保温力があり、次の日まで雪が残ったことはこれまでありませんでした。
ところが、今回の雪はさすがに残り、初めて坂道の雪かきをしました。
このあたりの積雪は、30センチほどでした。
 
 
日曜日、南側の屋根の雪は、OMソーラーのガラス箱が乗っているところから溶け、押されて雪が屋根からせり出しました。お昼ごろから晴れたので、その溶け方は加速度を増しました。


家の前に植えてあるコブシは、冬の今は枝だけですが、それでも枝の下は積り方が薄かったのか、枝にあたってから落ちた雪の質が違っていたのか、枝が伸びているあたりは早々に雪がなくなりました。不思議!
 

南に向いていても、ソーラーパネルが乗っていない屋根は、月曜日まで雪が残りました。


もともと、雨受けとして置いてあるつくばいは、屋根から最初に落ちた雪で埋まりました。
中にいる金魚が迷惑だろうと、雪を取り除いて、これ以上雪が入らないように板で覆いをしてやりましたが、ふと見ると、夫がつくばいに、やかんのお湯を入れてやっています。
「金魚を殺す気!」
「普段は底の方はあったかいけど、雪でどんどん温度が冷えているから、かわいそうだろう」
「冷たくたって、金魚は平気よ。やめて!」
「いいんだよ」
夫がお湯をさしたけれど、金魚は何とか無事だったようです。


夫は、自分目線で考えすぎます。夏は金魚に餌をやり過ぎるし、何度注意しても、「一緒に生きているのに犬猫を差し置いて自分だけ食べるのは忍びない」と、自分が何か食べるときには、いつも犬猫におすそ分けします。

みんなで集まった暮れのお餅搗きの日には、犬へのおすそわけが多すぎて、次の日に糖尿病のアルシの様子が変になりました。血液検査をしてもらったら、インシュリンを打っているにもかかわらず血糖値が高くなり、肝機能もものすごく低下していました。
それからしばらくは、インシュリンの量を調節するとか、肝機能をよくするサプリメントを食べさせなくてはならないなど、甚大な影響があったのに、全然懲りません。
  

屋根から雪がどんどん落ちてくるので、軒の下の小路の上には雪が溜まって、当分は犬走りしか歩けなくなりました。


雪から三日目の火曜日の朝、北側の屋根の雪がすべり落ちそうになっています。


気温が上がらなかったので、お昼になってもそのままでしたが、出かけて帰ってきたら、持ちこたえられずにとうとう落ちていました。


裏に回ってみると、屋根の上にはもう雪はわずかしか残っていませんでした。