2016年9月11日日曜日

ブリキのままごと道具


古今東西のままごと道具には、どれも避けて通れない魅力があると思っているのは、私だけかもしれません。
ブリキのアメリカのままごと道具です。


ブリキは錆びに錆びていますが、塗装している部分は、ほとんど錆びていません。
ブリキの錆には味がありますが、錆びないで残っているのも、現役のころの姿が垣間見られて、素敵なものです。


プリント模様は、渋い!とても大人びています。


プラスティック以前、そしてアルミニウム以前のままごと道具。
子どもたちはどんな服を着てままごとをしていたのでしょうか?






2016年9月10日土曜日

あと一歩


注文しておいた引手が届いたのは、しばらく前のことでした。


さっそく小引き出しに引手をつけました。
予想していたことですが、幅の割に奥行きが短いので、引き出しがスムーズには出てこなくて、ぎくしゃくしてしまいまが、仕方ありません。
一つ一つを区切って、棚状につくって、箱を入れるという方法もありました。そうすると、出し入れはスムーズになりますが、材木をたくさん使わなくてはなりません。しかも、棚板の占める分、引き出しの数や深さを減らさなくてはなりません。


引き出しの中は、こんな感じになっています。


大きさ、奥行きとしては使い勝手のよいものができました。
たった一列の引き出しなので、中に何が入っているか覚えられますが、時間があるとき、ラベルを書いて、引き手に差し込む予定です。、

道具入れの引き出しの次は、消耗品入れの箱引き出しです。


これまで、これら消耗品は私の管轄ではなくて夫の管轄でした。私は、いろんなものを使ってみる気はあまりなくて、いつも決まりきったものしか使わないので、これらを一体どんなところに使うのか、わからないものもあります。
使った残りを適当に突っ込んでいたのか、何もかもめちゃくちゃに混じっています。


どの引き出しを開けても、ごった返しています。
それをできるだけ細かく分けてしまいます。ここには、おもにボルト、ナットとワッシャー 、小さめのコーチスクリューを入れることにしました。


箱引き出しの中身は、列によって入れるものを大まかに分けたので、ラベルを張らないでこのまま使います。
ナットとボルトはセットですから、同じ数が必要です。
ところが、ばらばらになっています。合わせておこうとしても、センチ仕様とインチ仕様のものがあり、ねじ山が微妙に違うので、試してみましたが相手がほとんど見つかりません。 諦めてそのまましまいましたが、再度使う日が来るのでしょうか?

引き出しの出し入れはスムーズで、必要な時は箱ごと取り出して使えます。


庭仕事の合間や、雨が降ったときだけつくっているので、箱引き出しは一日に三個くらいしかできませんが、残すところ一段だけなりました。
これで、仮設木工室のプラスティックの引き出しに入っていたものたちは、ほとんど移し終えました。







2016年9月9日金曜日

暮らしの道具


しばらく前に、八郷じっけん農場の面々が遊びに来たとき、研修生のIさんが、『昔の暮らしの道具事典』(小林克監修、岩崎書店、2004年)を借りて行きました。
そして、返しに来ました。
「すごく面白かったです。存在を初めて知ったものもあったし、名前は聞いたことがあっても、絵も見たことがないものばかりだったから」
「えぇぇぇ!」
何気なく貸して、何気なく返してもらうつもりが、びっくりしてしまいました。
 

「まあ、あがんなさいよ」
この本は目次にも絵がついているので、ざっと見渡してみます。


合計6ページある目次の中で、私に馴染みのないものは、「火打ち箱」と「吸入器」だけでした。


よくよく見ると、「火打ち箱」は明治時代に消えていました。これでは、見たことがなかったのも当たり前です。
そして、「吸入器」は喘息でもなかったので、身近にはなかったのです。
Iさんにとっては、ほとんど全ての道具が私にとっての火打ち石状態だったのです。


「見たことのあるものはなぁに?、火消壺は?」
「ないです。唐箕は農場にあります」
「農場では味噌の樽はどんなものを使っているの?」
「プラスティックです。いまどき木の樽なんて手に入らないのでしょう?」
「そうでもないわよ。毎年味噌づくりの季節になったら、生協には木の樽の予約が載っているけど。でも、農場で使うような大きな樽なら別注で値段が張るかもしれないわね」
「プラスティックのなかった時代の生活なんて考えられません」


そうか、プラスティックのなかった時代と、プラスティックが何にでも使われるようになった時代とに、大きくはわけられるかもしれません。

最近、長くサラワクに行っていたYくんに写真を見せてもらいました。
高い木がうっそうと樹冠を並べ、空さえ見えなかった熱帯林は完全に消えていました。
かつて、移動の民プナン人を守ろうとしたスイス人Mは殺されてしまいました。日本で一生懸命反対運動をしていたKは、絶望のため重いうつ病にかかって再起不能になりました。
それほどの力を注いで、現地で伐採反対運動をしていた人たちを支えようとしていた人がいたにもにもかかわらず、状況は少しもよくならなかったどころか、熱帯林は、私が思っていた以上に、完全に失われていました。もう、言葉を失うほどの写真ばかりでした。

熱帯林があったころ、人々の生活は熱帯林に依拠していて、食生活も豊かでした。でも今、サラワクの農村は、ただの「何もないところ」に変わってしまったようでした。
かつて、美しいラタンの籠を編んで使っていた人たちは、プラスティックの籠を使っているそうです。サラワクのラタンはうっそうとした森の中で、長く長く伸びていましたが、乾燥したところでは育たないのです。

Iさんのくれた唐辛子の飾りもの

一年半の研修を間もなく終えるIさんは、 八郷じっけん農場で知り合ったパートナーの待つ愛知県に行き、じっけん農場のような、農を広めるために研修生を受け入れたりする仕事をしていくそうです。
Iさんが私の年になったとき、『昔の暮らしの道具事典』がつくられたとしたら、一体どんなものが載っているのでしょうか。






2016年9月8日木曜日

がんばるにゃん


母屋、作業棟、門+駐車場に囲まれた中庭に比べると、軽視されがちの母屋の北側の片づけをはじめた発端は、約一年前に天秤梁を買ったとき、かんばやし製材所でいただいた、おびただしい数のケヤキの板でした。
土の上に、湿気が上がってこないようにビニールシートを敷き、その上に材木を置いてシートを掛けていたのですがもう限界、これ以上置いておいたら、
「薪にでもして」
と言っていただいたものですが、本当に薪にしかならなくなります。
階段の踏み板や床の見切り板などに使える部分も多いので、ちゃんとした置き場をつくらなくてはなりません。
 

というわけで、一週間ほど前から、昔つくった材木置き場を解体したり、大きくなりすぎて邪魔な木を伐り倒したりして、片づけています。
 

写真の向かって右側は、あちこちにものを置いてあるうえ、大きく育った木がうっそうとして、魔界のようになってしまっていて、足も踏み入れられませんでした。


ちよさんの畑との境の、伸び過ぎたベニカナメの生け垣にも、桑の木にも、いつの間にかクズが登ってしまっています。


その魔界も、数日経つとずいぶん片づきました。

庭仕事は力を使うので疲れます。
「明日は休むぞ」と決心して寝ても、朝が来たら少し元気が出ていて、ちょっとと思って作業をはじめると、なんとなく夜まで働いてしまう日々が続きました。


魔界に生えていた桑の木は切られてしまっています。桑は丈夫だから、また枝を伸ばすことでしょう。
いただいたミモザやビワも伐られてしまいましたが、こちらは再生しそうにありません。


十年も材木置き場だったところも、使えるものは移動させ、使えないものは燃やし、解体しました。


夫が、別の場所に新しい材木置き場をつくりました。
どんな屋根をつくるか、それが問題です。仮設小屋に使っていたプラスティックの波板は十分はありません。板を張り、上にシートを掛けて安心していると、傷んだところから雨が入って、何もかも腐ってしまうのは経験済みです。


「パイプなんか転がしときゃぁいいんだ。パイプ置き場をつくる時間なんてないよ」
と言われていた、単管パイプ置き場も、夫がちゃんとつくってくれました。確かに、パイプは地面に置いておいても傷まないのですが、だんだん埋もれてきて、間から草は生えるしで、草刈りの邪魔になります。


そんな日々が一週間も続いて、昨日はやっと雨で休みとなり、いい休養になりました。
今朝もしとしと雨が降っていて、やむまでは、庭仕事はお預けです。
と言っても、片づけの発端となったケヤキの板のほとんどは、まだそのままですが。






2016年9月7日水曜日

迷い込んだ鳩


骨董市で、まことさんの店に、恵比寿大黒の人形焼きの型などと一緒に、薄い銅板の鳩がいました。
ふと、鳩と目があいました。
「あれ、何と書いてあるのかしら?鏡があったら、それに写して見られるのに」
などと思いながら、手に取って見ていたら、まことさんが寄ってきました。
「裏返してみればいいんだよ」


なぁんだ、そんな当たり前のことを失念していました。
裏返したら、「八己た」と読めました。
読めたからと言って、読めないのと大差ありません。「八己た」ってなんだかわかりません。家に帰ってから、反対から読む「た己八」でも検索してみましたが、わかりませんでした。


「この鳩、お菓子の型かしら?」
「やっぱり、ほれ、あの.....」
「サブレーの型?」
「それじゃないかなぁ。鳩って言えばサブレーだろう」


だったら、もう少し厚めの銅板を使ったら、ペコペコしないのにと思いながら、ついつい、銅板のへこみを指で直していたら、まことさんに見れられてしまいました。
「持ってったら」
「そうしようか」


いったいどうするんだ、鳩よ!
消極的な理由で我が家に来た鳩ですが、見れば見るほど、いい形をしています。


豊島屋の鳩より、鳩らしく見えませんか?

追記:

これはべっこう飴の型でした。





2016年9月6日火曜日

瓦屋さんの仕事


お天気が悪かった日が多かったのですが、先週で門+駐車場の全ての瓦工事が終わりました。
暑い中、照り返しのきつい瓦の上で長時間いるのは至難の業だと思いますが、瓦屋さんは汗を流しながら、朝の8時から夕方6時まで働き続けました。


棟瓦を積んだ後、その奥にのぞいている漆喰の部分をコテで整える仕事はとくにたいへんだと思われます。
この部分を整えるための専用コテがあるのですが、引っ込んでいるし、手勝手が悪い上に、無理な姿勢で作業し続けなくてはなりません。


高い屋根と低い屋根が重なって、下になった部分は、特に時間がかかりました。
柱にぶつかるところは、瓦を切って収めています。もちろん直角ではなくて、四寸勾配でぶつかっているので、柱にぴったりくっつくように、複雑に斜めに切って嵌めてあります。


この見事な収まり、惚れ惚れします。
ここは、無理な姿勢を取らないと手に届かないところで、私ならすぐ脚がつってしまいます。

さくらいさんをはじめ、職人さんたちはほとんどが京都で瓦葺きを学んだ兄弟弟子たちです(中には、さくさいさんのもとで修業している人もいます)。その京都の親方は、由緒ある神社仏閣を手掛ける、すごい腕の持ち主だったとか、みんなはその親方に惹かれて弟子入りしたそうです。
親方は亡くなられましたが、その技術は、さくらいさんたちに受け継がれています。そして、また次世代へと受け継がれるのでしょう。
その技術の一端を目の当たりにできたことだけでも幸せでした。


門+駐車場が終わった後、以前葺いたところにも登って、点検修理もしてくれました。てっぺんの、大梁を覆っている鉄骨との取り合いや、コンクリート柱との取り合いが、瓦だけの屋根とは違うから、ということのようでした。

以前、下屋の瓦が一枚だけちょっと欠けてしまったことがありました。
朝起きて、何故、板が屋根に乗っているのか、不思議に思って屋根に上ってみたときに、瓦が一枚、小さく欠けているのに気づいたのです。板は、コンクリート柱の上に仮にかぶせていた板とわかりました。前日に強風が吹いて、置いてあった板が飛ばされて、下屋の屋根の上に落ちてきたのです。まだ足場のあったころ、夫が入院していたころのことでした。

門+駐車場の打ち合わせに、久しぶりにさくらいさんがやって来たとき、入り口の方から歩いてきながら、開口一番、
「瓦が一枚欠けていますね」
と言いました。
すごい!下から見たら、探してもなかなか目に入らないほどの、小さな欠けだったのに、歩きながら見つけたのです。 さすがに餅は餅屋、うなってしまいました。

夫は最初から、「毎日目にするものだから」と、作業棟を瓦で葺くことを譲りませんでしたが、私はガルバリムでいいと思っていました。
ガルバリウムを葺く値段と、焼き締め瓦を葺く値段は、不思議ですが、思ったほど違いません。
ただ、できあがりの重厚さは全く違います。焼き締め瓦の方が値段以上に豪華なのです。私には、あまり重厚に見せたくない、ガルバリウムで軽々と見せたいという気持ちがありました。

焼き締め瓦で完成した今、建物が堂々とし過ぎていて、ちょっと気恥ずかしい気持ちはありますが、毎日逆光で瓦葺きの建物を眺める楽しみというのは格別なものだと知りました。順光で見るより陰影が出てきれいなのです。
というわけで、毎日、瓦や柱に当たる光の変化を楽しんでいる今日この頃です。






2016年9月5日月曜日

漆家さんの刷毛

骨董市で、水屋さんの店をのぞいたら、刷毛がありました。
水屋さんはこれまで、ただの「馴染みの骨董屋さん」 と書いてきましたが、古いつき合いでそれではかわいそう、名前は知りませんが、水屋を買ったときに知り合ったので、以後、水屋さんと呼びます。


「この刷毛は何の刷毛?」
「漆道具と一緒に出てきたから、漆家さんの刷毛だよ」
「へぇぇ。漆がついてないねぇ」


「なんか、泥みたいなのがついているだろう?たぶん、漆を塗る前に木地を磨くとき使ったんじゃないかなぁ」
と水屋さん。
「そうか、砥の粉で目地を埋めたのか」


この刷毛は、繊維をざっとまとめて刷毛として、それを杉の板二枚で挟んで持ち手にしています。
繊維は、カラムシとかシナノキの繊維に見えます。大麻かもしれません。


剥げた漆の下から覗いている杉に、年季が感じられます。
「刷毛はもう一つあっただろう?」
「えっ、見なかったよ」
刷毛を置いてあったところを見ると、他のものに毛先が隠れていた、もう一つ刷毛が出てきました。


こちらも、毛先に色はついていますが、漆はついていません。
朱漆を塗るときは、目地を詰める砥の粉に、赤い粉を混ぜたのでしょうか?
 

持ち手はこちらも漆を塗った杉板ですが、繊維のまとめ方が、もう一つの刷毛と違って、中でしっかり束ねてから、杉板で挟んであります。


素敵な道具たちですが、毛先が短くなりすぎてもう使い物にならないのでしょうか?それとも、漆家さんを、廃業してしまったのでしょうか?
二つで500円でした。


刷毛、好きです。
この二つは、機織り(はたおり)のとき、経糸(たていと)が切れないように湿らすための刷毛、韓国のものです。
左は箒草、右はシュロの繊維でできているようです。


エチオピアの挽いたコーヒーの粉を掃き集める刷毛は、イネ科の草(通称ギニアグラス)のしべでできています。
どの刷毛も、近くで手に入る材料でつくっているのが素敵なところです。


カンボジアの、やはり機織りのとき経糸を湿らせるための刷毛は、ヤシの繊維でできています。
 

これはタイの刷毛、お尻がまん丸くなっていて、膠のようなもので固めてあります。


先日、母のところに障子張りの手伝いに行きましたが、我が家の引き出しを探しても糊を塗る刷毛がありませんでした。前は、必要もないのにいくつかあったはずでしたが。
妹も持っていなかったので、妹の筆を借りて糊を塗りました。
そういえば、障子張りのために、昔はどこの家にも幅広の、ずんぐりした黒い毛の刷毛がありました。