2016年9月18日日曜日
2016年9月17日土曜日
手に汗握りました
先日の万能木工機に次いで、角のみ機を移動しました。
作業棟の軒下にユンボを入れて、角のみ機を運びましたが、柱や梁が邪魔して、ユンボのアームを思うように動かせず、なかなか所定の位置に届きません。
やっとのことで、台座の上に乗せることができましたが、曲がっています。
万能木工機ほどではありませんが、角のみ機も重くて、押したくらいではびくとも動きません。そこで、夫が「てこの原理」で、少しずつ動かします。
八郷に来てから、実生活にこれほど「てこの原理」は役立つものかと思うほど、「てこの原理」を使う場面がありましたが、角のみ機も「てこの原理」を使わなかったら、1ミリも動かなかったことでしょう。
やっと、収まりました。
手前左下にユンボの轍の跡が見えますが、ユンボはそこ止まりでした。右手前には、コンクリートで打ったテーブルソーの台があります。そのため、ユンボがそれ以上は進めないので、真ん中に立つ柱すれすれに、斜めにアームを伸ばしたのでした。
ユンボが、しずしずと帰っていきます。
体力を使ったので、これでおしまいかと思っていたら、続けてテーブルソーも運びます。
テーブルソーは、片方の天板を延長しているのでバランスが悪く、まっすぐ持ち上げられないうえ、途中で下の台座が外れてしまいました。
ここで、きれいにおがくずを払ってから運ぶつもりが、起こすだけで一苦労、なかなか起きてくれませんでした。
台座は、先に置いておきました。
そして、きれいにしたテーブルソーを軒下へと入れます。
上はぎりぎり、テーブルソーは図体が大きいうえ、傾いているのでぶらんぶらんしますが、幸い、万能木工機や角のみ機と比べると少し軽いので、ユンボのアームを前に伸ばしておいてもバランスが崩れません。
最初の、がくんとなる段差の部分を超えたあとは、そう苦労しないで運び、設置することができました。
これで、重い機械の移動が終わりです。
角のみ機の背中は、ユンボのスコップがごつごつ当たって、すっかり剥げてしまいました。
2016年9月16日金曜日
スウェーデンの保存容器に思う
スウェーデンの磁器の保存容器です。
端正な姿。あいまいさがありません。
蓋を嵌めるところは削ってありますが、内側全体にも、まんべんなく釉薬がかかっていて、色や香りが移りにくく、洗いやすくできています。
かっちりした姿でありながら、蓋のつまみは厚ぼったく、しかもまっすぐにつくらないでゆがんでいます。これが緊張感を緩めて、全体を温かいものにしています。
つまみのおおらかさに対比して、蓋の形は正円で、エッジがぴんと尖っています。
蓋の内側にも釉がかかっています。
ちょっと形が似ているのは、デンマークの保存ビンです。
どちらも、渾身の力を込めてつくられているようで、見ていると、なんていうか、社会全体のありようまで考えてしまいます。
母の住んでいるあたり、東京郊外ですが、一軒の家が売りに出されると、必ず細分化されて数軒の家が建ちます。都会では、どこでも道路が広げられ、広い道路に面しては高い建物が建てられるのが当たり前で、道路の両側にまるで屏風のように建物が並びます。仕方がないどころか、それでいいと考えている人がたくさんいるからだと思います。
つくばに住んでいたとき科学博がありました。
我が家(借家)の前は行きどまりというか、鍵型に曲がった道路で、人通りも少ないものでした。ところが、幹線道路まで道をつなげる工事がはじまりました。予定地でもないのに何故とたずねると、田んぼなので道が通しやすいからだと説明されました。抗議しても、「便利になるのでいいでしょう」と、あきれられただけでした。
すべてに、「とりあえず用さえたせば、便利であれば、儲かれば」という思想が流れている気がします。
昨年デンマークに行ったとき、ドイツ、ソヴィエトという大国にはさまれて第二次大戦中翻弄されたデンマークが、翻弄されないような国になろうと、湿地を農地に変えた場所を見ました。鳥のための湿地は、ちゃんと残してありましたが。
やはり戦後、日本はやはり翻弄されない国になろうと、外国頼みの経済大国になる道を選びました。何か起こったときには、金にものを言わせて生き延びよういうわけで、自立とは正反対の道です。
また、デンマークは、第二次大戦後、電信柱をなくして、すべてを地下に埋める道を選んでいますが、日本はそんなことは気にしていません。身の回りの汚さは受け入れ、ときおり海外や日本の景勝地と言われる場所や自然の多いところを訪れて、美しさに触れてエネルギーを蓄え、また汚いところで頑張るのです。
北欧の美しいものたちを見ていると、身近で一番充足する、その日その日をないがしろにしない、そんな生活が見えてきます。
2016年9月15日木曜日
ガラスの独楽
あれっ、hiyocoさんに「あんてぃかーゆ」のものが我が家に移動していると指摘されたのは、この独楽たちがやってくる前だったか、それともやってきた後だったでしょうか?
どれもよく回ります。サイコロの独楽は出る数字が偏りがちですが、この独楽も例外ではありません。
青い数字が出やすくて、とくに「1」がよく出ます。赤い数字の「4」は何度か出ましたが、「5」と「6」は、一度も出ませんでした。
ただ回しているだけなら楽しめますが、双六をやると、もどかしくて、やってられなくなりそうです。
夏休みに遊びに来たはなちゃんが、今度は仲良しのお友だちを連れてくると言ったので、双六を用意して待っていましたが、お父さんの都合だったのか、来ることができませんでした。残念!
ガラスの独楽たち。
おはじきやビー玉に勝るとも劣らない、にぎやかさです。
「そんなもんですかねぇ」
とトラ。
2016年9月14日水曜日
重かった!
八郷に来て、おもしろいと思ったことの一つに、納屋の形があります。
下屋(差し掛け屋根)を、二方向だけ寄棟にして、大きく張り出させて、その下に作業スペースをつくるのです。
他の地方ではほとんど見かけない形です。
下屋の軒下を広くとると、雨の日も軒下で作業できて、しかも明かるい。急な雨に、とりあえずそこいらの濡らしたくないものを投げ込める、などの利点があります。
我が家も見習って、作業棟の下屋の軒下を広く取り、三方向寄棟として、作業スペースにしています。
軒下にはアスファルトを敷いてもらうのですが、その前に、仮設木工室から800キログラムある万能木工機を移しました。
アスファルトを敷いた後からでは、アスファルトが傷むので、ユンボを絶対に入れられないからです。
万能木工機は、二人で押しても、もちろんびくとも動きません。四人でも持ち上げられません。それを、ユンボでぶら下げて屋根の下まで持ってきました。
そこからどうやって奥まで移動させるか?ユンボで押すと言っても、梁が低いのでぶつかる危険性があります。どうしたらよいかは、難題にぶち当たってもそれをものともしない夫にお任せです。
夫は万能木工機を設置するために、あらかじめコンクリートを打っておいたところに孔を開け、直径12ミリのボルトを打ち込み、鉄パイプを固定してそこに一トンの重さに耐えるチェーンブロックを設置しました。
あとは二人で、
「何やってんだよ!」
といった聞き苦しい怒号の飛び交う中、ひたすら二本のチェーンを引きました。
鉄パイプのコロの上を、万能木工機は静々と進みます。
あと一息まで迫ったところで、土台に固定した鉄パイプを外しました。
そして、遠くの「コンクリートの立ち上がり壁」や立ち木にチェーンブロックをひっかけて、再度引っ張りました。
チェーンブロックで引っ張るだけでは微調整ができません。
最後は、慎重にユンボを屋根の下に入れました。ワイヤーを掛けて、一旦万能木工機を持ち上げて、下敷きにしていた合板を抜き取り、向きを変えて、さらにユンボで少しずつ押しながら、所定の場所に設置しました。
普通、こんな重い機械は、一度据えつけてもらったら動かしません。
ところが、ヤフーオークションで落札した万能木工機は、最初は入り口近くの仮設の作業室に、設置しやすいという理由で設置してもらいました。
やがて母屋ができ、作業棟と門+駐車場の建設に伴って、入り口から離れた、仮設木工室に移しました。その時は、ユンボでぶら下げて運んで、設置しておいた上にビニールハウスを組み立てたので、そう難しい作業ではありませんでした。
そして今回、やっと最終的な場所に移動することができました。
まだ、テーブルソーと角のみ機が残っていますが、万能木工機に比べると軽いので、そう大変ではないはずです。
ちなみに、チェーンブロックもユンボも、そして角のみ機も、ヤフーオークションで手に入れたものです。
砕石の上に鉋屑がたくさん溜まると困るので、残念ながらアスファルトを敷き終わり、200ボルトの電気配線をしっかりするまで、万能木工機は使えないことになりました。
棚や引き出しづくりは当分お休みです。
下屋(差し掛け屋根)を、二方向だけ寄棟にして、大きく張り出させて、その下に作業スペースをつくるのです。
| たばこ乾燥小屋 |
他の地方ではほとんど見かけない形です。
下屋の軒下を広くとると、雨の日も軒下で作業できて、しかも明かるい。急な雨に、とりあえずそこいらの濡らしたくないものを投げ込める、などの利点があります。
我が家も見習って、作業棟の下屋の軒下を広く取り、三方向寄棟として、作業スペースにしています。
軒下にはアスファルトを敷いてもらうのですが、その前に、仮設木工室から800キログラムある万能木工機を移しました。
アスファルトを敷いた後からでは、アスファルトが傷むので、ユンボを絶対に入れられないからです。
万能木工機は、二人で押しても、もちろんびくとも動きません。四人でも持ち上げられません。それを、ユンボでぶら下げて屋根の下まで持ってきました。
そこからどうやって奥まで移動させるか?ユンボで押すと言っても、梁が低いのでぶつかる危険性があります。どうしたらよいかは、難題にぶち当たってもそれをものともしない夫にお任せです。
夫は万能木工機を設置するために、あらかじめコンクリートを打っておいたところに孔を開け、直径12ミリのボルトを打ち込み、鉄パイプを固定してそこに一トンの重さに耐えるチェーンブロックを設置しました。
あとは二人で、
「何やってんだよ!」
といった聞き苦しい怒号の飛び交う中、ひたすら二本のチェーンを引きました。
鉄パイプのコロの上を、万能木工機は静々と進みます。
あと一息まで迫ったところで、土台に固定した鉄パイプを外しました。
そして、遠くの「コンクリートの立ち上がり壁」や立ち木にチェーンブロックをひっかけて、再度引っ張りました。
チェーンブロックで引っ張るだけでは微調整ができません。
最後は、慎重にユンボを屋根の下に入れました。ワイヤーを掛けて、一旦万能木工機を持ち上げて、下敷きにしていた合板を抜き取り、向きを変えて、さらにユンボで少しずつ押しながら、所定の場所に設置しました。
ところが、ヤフーオークションで落札した万能木工機は、最初は入り口近くの仮設の作業室に、設置しやすいという理由で設置してもらいました。
やがて母屋ができ、作業棟と門+駐車場の建設に伴って、入り口から離れた、仮設木工室に移しました。その時は、ユンボでぶら下げて運んで、設置しておいた上にビニールハウスを組み立てたので、そう難しい作業ではありませんでした。
そして今回、やっと最終的な場所に移動することができました。
まだ、テーブルソーと角のみ機が残っていますが、万能木工機に比べると軽いので、そう大変ではないはずです。
ちなみに、チェーンブロックもユンボも、そして角のみ機も、ヤフーオークションで手に入れたものです。
砕石の上に鉋屑がたくさん溜まると困るので、残念ながらアスファルトを敷き終わり、200ボルトの電気配線をしっかりするまで、万能木工機は使えないことになりました。
棚や引き出しづくりは当分お休みです。
2016年9月13日火曜日
傷んできました
その昔、息子がどこか(フィリピン?)のお土産にくれたヤシの葉で編んだポシェットです。
カメラを入れて、毎日肩から掛けて作業していて、身体を曲げたり伸ばしたりしたので、すっかり傷んでしまいました。
冬場は、カメラを作業用ズボンのポケットに入れられるのですが、夏場、古くなった薄手のパンツを作業用にしていて、ポケットが十分でないものもあるからです。
紐が、籠の本体の底と、かぶせる蓋を突き抜けるつくり方です。
カメラを取り出すときに、開けるのも閉めるのもとっても簡単、重宝していたのだけれど、重さがかかっって揺れたり、こすれたりで、使いすぎました。
穴がすっかり大きくなってしまいました。
やれやれ。
とっても素敵だった、二色遣いのポシェット。
たぶん、使えるのは今シーズンが最後だと思います。
2016年9月12日月曜日
「彩」の招き猫
先日、私の古いブログ記事を見た方から、この招き猫はどこで手に入るかという質問をいただきました。
その方は、いただきものでこれと同じ招き猫を持っているのですが、それを見た人から、どこで手に入れたのかと、訊かれたのだそうです。
古いことで、私はどこで手に入れたか、まったく覚えてはいませんでした。
ただ、同じ工房でつくられたと思われる招き猫を三つ持っています。
一つは小さなものです。
名古屋の地下鉄の駅から新幹線乗り場へと急いでいたときに、地下商店の店先で見つけました。変哲のないものですが、顔が前垂れに埋もれているところ、前垂れに金具のついているところなど、なかなかユニークな猫です。
もう一つは、大きな千両箱を背負った招き猫です。
これも、どこで手に入れたか記憶にありません。
ただ、場所を取るし、欲張り猫なので、見つけてすぐには買わず、何度か見たのちに買ったような気がするので、東京のどこかだったのでしょう。
これら、別々に手に入れた三つには、共通点があります。底に「彩」と印を押した紙が貼ってあるのです。
ネットで、「招き猫、彩」で検索すると、薬師窯が出てきます。ところが、それを画像で検索するとこれに類似している招き猫は見当たらないのです。
というわけで、薬師窯でつくったのか、そうでないのか。昔はつくっていたけれど、今はつくっていないのか、まったくわかりません。
これらが薬師窯の招き猫たちです。
薬師窯は瀬戸の陶磁工房である中外陶園の窯名で、招き猫制作の最大手工房の一つです。
招き猫を収集された、板東寛司、荒川千尋夫妻が、その日本最大のコレクションを中外陶園に託され、中外陶園がそれをもとに「招き猫ミュージアム」をつくられたことからも、中外陶園の規模や姿がわかろうというものです。
薬師窯の招き猫は多種多様です。
目を線描きした招き猫が多いのですが、目がぱっちりした猫もつくっています。
そして、時代による「かわいい」の変化に呼応してか、身体に対して顔が大きかったり小さかったり、デフォルメが強かったり、リアルなものになったりしています。
薬師窯の招き猫以外にも、目が細い猫はたくさんいます。
しかし、よく見ると、目の感じが違います。
ところが、中には目の感じがわりとよく似ているものもありますが、これは有田でつくられたものです。
「彩」の鯛持ちの招き猫には、模倣招き猫があります。
この模倣鯛持ち招き猫に、プノンペンの裏通りで出遭ったときには、びっくりしたものでした。
「彩」の招き猫に、もっといろいろな種類があったかどうか、今となっては不明です。
当時と違って、巷に招き猫の溢れている今、私も招き猫に目を向けてないのでわかりませんが、「彩」の猫たち、気に入っています。
もっとも、中外陶園にたずねれば、すぐにわかることだとは思いますが。
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