2016年10月3日月曜日

真似してみました。

その昔、
「この人とは、20年来の友だちでねぇ」
という言葉を、うらやましいような、ねたましいような気持ちで聞いていたころがありました。
ところがいまはどう、10年来の友なんて、まだまだひよっこ関係、20年来の友がごろごろ、気がつくと、知らない間に30年、40年来の友だちが、わさわさとできています。

そんな、30年来、35年来の友人たちが来る日、
「ご飯は何つくろうかなぁ」
と、深刻にではありませんが、ちょっと考えます。前に来た時につくったものを、また食べさせたくありません。ところが日記をひっくり返してみるのが、ことのほか面倒です。ましてや、四回、五回目の人たちがいると、もう何をつくったらいいのか、という気分になります。

そうだ、美味しかったOさんのお料理を、記憶が新鮮なうちにそっくり真似てみよう、献立を考えなくて済むし、一度つくればつくりかたを覚えられるし、なかなかいい思いつきだと実行しました。
豚バラ肉とレンコンの炊き合わせ、肉詰めトマトの姿焼き、海老とアボカドのサラダ、鬼おろしきのこ添え、きゅうりとミョウガとショウガの酢の物、ゆず味噌味をかけたふろふき大根と卯の花などを、味を思い出しながら、真似しました。
イクラご飯だけは、このところ白米から玄米に切り替えてしまったしと、山椒ご飯に変えました。

レシピをOさんに聞いたわけではありませんが、年の功で、何とか勘が働きます。それに、もしわからないことがあれば、ネットでレシピをあれこれ見ることができる時代です。
ところが、つくってみると、さすが料理上手のOさんのつくったものでした。私の、短時間でちゃっちゃとやっつける料理と違って、手間も暇もかかるのです。前日に下ごしらえしておかなくてはならないものもあるし、出汁を取ったり、時間をかけて煮込んだりと、台所に貼りついてしまいました。


そうやってつくった料理ですが、またまた写真は残っていません。
最初は撮っていましたが、そのうち忘れてしまったのです。
わずかに、きゅうりとミョウガ、ショウガの酢の物と、


アボカドとエビのサラダの写真があります。


Sさんからお土産にいただいた、生ハムやチーズは撮りましたが、写真はここまででした。


Dさんからいただいた、「夢の又夢」という名前のお酒のように、ちゃんと料理の写真を撮ることができるのは夢の又夢のようです。


みんなおしゃべりなので、会話は途切れません。
マルケサス諸島の戦士の踊りのDVDを見たり、パラワン島の塀のない家族と暮らせる刑務所の話を聞いたり、日本の刑務所には、一刑務所でも35ヶ国の人たちが収容されていて、外国人の割合が20%にもなっている話を聞いたりする中で、ときおり、共通の知り合いの名前が出てきたりしました。
話は、夜更けまで尽きることがありませんでした。








2016年10月1日土曜日

結のはなカフェ

昨日は、近くのこんこんギャラリーの店番をしました。


今回は、水戸で「結のはな」というお店をやっていらっしゃる吉田宏二さんの植物展示でした。
普通、戸外に並べるような鉢物が室内に並べられ、


昨年は室内に設けられていたカフェが、テラスにつくられていました。
テーブルには芝生を張っていて、お客さんがいらっしゃると、三本足の小さな五徳のようなものを芝生に突き刺し、その上に丸く切ったガラスのコースターを乗せて、コーヒーがふるまわれました。
テラスにも、芝生が敷き詰められていて、歩くとふかふか。こんこんギャラリーの木の床を知っている人はみんな、
「おぉぉ」
と歓声を上げます。


右手前の、赤く色づいた葉は、ナツハゼです。
足元にはシュンランなどを寄せ植えしてある立派な木で、たった一つだけ実が残っていました。ナツハゼは、私が子ども時代を過ごした倉敷ではガンスと呼び、秋にキノコ採りに山に行ったときにつまんで食べた、懐かしい味です。

そういえば、小学生のとき毎年秋にはクラス中でキノコ採りに行きました。
普段は目立たない子がきのこをいっぱい採って、串刺しにした枝を両手にぶら下げていて、みんなから羨望のまなざしを受けていたのを思い出しました。
私の枝には、いつも一つ二つ突き刺してあるだけでした。







2016年9月30日金曜日

いくら丼の夜

Oさんから、嬉しい電話がありました。
「北海道からいくらが届いたんだけど、いくら丼を食べに来ない?」
ううう、もちろん、行きます。
 

時間に行ったら、一番乗りでした。
お料理上手のOさんのお台所、興味津々です。石皿の上には、新鮮なクマザサが乗っています。
「庭にクマザサがあるんだ」
「そうよ、重宝してるわよ」
クマザサは北側斜面が好きで、我が家にも植えてあるけれど青息吐息、なかなか株が大きく育ちません。

クマザサの上には、ゆず味噌をかけた大根が、印判の鉢には、ショウガとミョウガの甘酢漬けにきゅうりを加えた、さっぱりした和え物が盛られました。


鬼おろしには、薄味で煮たきのこを乗せ、ほかにもごちそうがいっぱいでした。


古民家を移築したOさんの家は、すてきです。
台所は明るいけれど、居間は薄暗く、所々に置かれた、7年前に亡くなられたOさんのお連れ合いの、鉄作家Mさんのつくられた行燈が、優しい光をなげかけています。
「いいなぁ、ここやっぱりすごくいいよ。こんなに根性を入れて暮らしている人は、なかなかいないよな」
と夫。
「そぉ、普通に暮らしているだけだけど」
「あなたに家を頼む人と、なんて言うか、ちゃんと折り合いがつけられる?」
「まあ、みんな家じゅうむやみに明るくしたがるけどね。あとで、電球を変な明るい色のに変える人もいるし」
Oさんは建築家です。


Mさんの行燈は、春夏秋冬や文字をデザインしたものがあり、大きいのも小さいのも素敵です。
貼ってある和紙には、柿渋を塗ってあるとか、光をさらに温かいものにしています。

さて、みんながそろってからは、食べたり、飲んだり、話したりするのに夢中で写真はありません。
Oさん、いくら丼おいしかった、ごちそうさまでした。






2016年9月29日木曜日

古い棚


その昔、私たち家族が、東京の郊外で暮らしていたときも、棚や家具の大半は手づくりでした。
まだ、周りに空き地があったから作業できましたが、少ない工具で、あまりやったことのない棚づくりは、結構大変でした。
とくに居間の、天井まで届く飾り棚は大きく(4メートル近かった)、部分に分けてつくってから、床に寝かせて繋ぎ、それを必死で二人で立てたという力作でした。


半地下、一階、中二階という間取りで、子どもたちが大きくなって寝室を増築するまで、みんなで中二階に寝ていました。
その奥の棚は、私が一つづつつくっては嵌めていったもので、四つに分かれています。


食卓や階段の踏み板は、ガーナから帰国するおりに荷物を梱包した梱包材を利用してつくりました。
これはとても堅い材だったので、削ったり切ったりするのは大工さんにやってもらいましたが、鋸の刃がこぼれたほどだったそうでした。
テーブルの天板は、ボンドをつけ、播金で抑えて接着してありました。


思い出の家ですが、今はもう跡形も残っていません。


さて、こちらは大きな大工道具を移動させ、がらんとはしているものの、まだ片づけなくてはならないものが雑然と、いっぱい残っている仮設木工室です。
三年前の大雪でフレームがつぶれたものの、もう長くは使わないからと、あまりにも曲がったものはユンボで押し上げて伸ばし、そのまま使いました。そのため、角度がついていないのでビニールは傷みやすく、周りからは木や草が侵入して、めちゃくちゃな状態になっています。


その仮設木工室に並んでいるのが、昔の家から運んできた棚です。
大工道具の数々を収納するのに重宝しました。その大工道具たちはすでに、ほとんど作業棟に移してしまいました。
 

釘など置いていた棚は、ビニールが破れると雨が降り込み、釘箱に水がたまったりしましたが、これもすでに移してしまいました。


消耗品入れの小引き出しの中のものもあらかた移しました。


テーブルソーの脇の棚にまで、昔の棚をつかっていました。

それにしても、仮設木工室は、植物が侵入する、おがくずや鉋屑がたまる、ものもたまる、ときおり雨も降り込むで、本当に限界が来ていました。
この植物の中に、まだ糸鋸などが残っています。
やれやれ。
片づけても、片づけても片づきません。


で、とうとう長い間役だった棚を処分するときがきました。


板状で取ってあったものは、まだ再利用するつもりですが、ボンドをつけて釘を打ち、釘隠しまでしてある材の廃物利用する時間と根気がありません。
長い間、ありがとう。








2016年9月28日水曜日

なんでも直します。


電動工具を夢中で使っていると、ついついその道具でコードを切ってしまうことがあります。
これは電気鉋。
こんな時は、電線どうしをつなぎ、しっかり分けてビニールテープで包み、さらに全体を包んで補修します。


切らないように、もちろん注意しているのですが、夢中になるとコードの位置を忘れてしまって、傷つけてしまいます。
これはヘッジトゥリマー、生け垣刈り込み機です。買って、わりあいすぐに切ってしまいました。


丸鋸です。
しばらく前、大工さんたちが来ていたとき、コードを補修した丸鋸が置いてありました。
あれっ、私こんなところに丸鋸を置きっぱなしにしたのかと片づけようとして、よく見たら大工さんの丸鋸でした。
そうか、大工さんでもコードを切ってしまうことがあるのです。


昨日、延長コードを使おうとしたら、先がありません。ぶつっと切れています。
「どうして?」
夫に見せたら、何も言わないで修理してくれました。
でも、どうして切れたかは、謎のままでした。

しばらく前ですが、電動チェーンソーをコンセントから抜こうとしたら、差し込み具の一本が抜けて、コンセントの中に残ってしまったことがありました。
なんてこと!
コンセントに残った差し込み具は、電源を切ってから抜きましたが、一本足になってしまった差し込み具は使えません。
「これ、なおる?」
と、なおし屋の夫に訊きました。
「あぁ、簡単になおるよ」


どうやってなおすんだろうと見ていたら、こうなりました。
確かに使えるんだけれど.....。
これを見ると、なんか、優雅な生活と程遠い、冗談生活を生きている感じがして、楽しくなります。




2016年9月27日火曜日

素敵なはがき


このところ、いつも目につくところに、一枚のはがきが置いてあります。
『日之影の竹細工職人 廣島一夫さんの仕事』(galleryKEIAN、文京区白山、10月6日-11月13日)の案内はがきです。
素敵な魚籠、素敵な写真。
たった一つの魚籠から、廣島さんが語り掛けてきます。

 
95歳くらいまで現役で籠を編んでいらっしゃった廣島さん。その籠たちは、どれも、これ以上ない美しさを見せています。
これを逃したら、見る機会がないかもしれない、籠たちに逢いに行きます。


川崎毅さんの展覧会の案内状、『川崎毅展、寛土里、千代田区紀尾井町、10月2日-10日』 を手にしたとき、靴かと思ってしまいました。
あれあれ、つくるものが変わったのかな?
よく見たら、小さな家があって、丘の後ろに雲が出ているとわかりました。
これも見に行きたいなぁ。
でもこの時期には、訪問者も立て込んでいるので、行けるかどうかわかりません。川崎さんは、もう40年も同じ画廊で展覧会しています。それって、すごいことですね。








2016年9月26日月曜日

梯子

外仕事用には、たくさんの梯子や脚立を使っています。
でも室内用には木の梯子とアルミの脚立の二つだけでした。アルミは伸ばせば梯子になりますが、ちょっと短くて用が足りないこともあったので、もう少し長いのがあったらいいなと思っていました。


アルミでは味気ないなと思っていたら見つかったのがこれ、二つ折りにしても、伸ばしても使える、樫の木でできた梯子です。
金具もしっかりしていて、十分使えそうです。日本製ですが、形は近代のものというか、和洋折衷と言ったらいいのでしょうか。


もともと日本には、室内で使うためには踏み台が、外で使うには木や竹の長い梯子がありました。


かつて、鉄道の駅という駅には、都会の電車の駅といえど、必ず列車から見えるところに竹の梯子を備えていたものでした。


また、植木屋さんは三角で三本足の梯子を使っています。
15年ほどまえに八郷に来ましたが、このあたりで見かける植木屋さんは、誰もがアルミの三角梯子を使っています。中には、トラックの荷台に設置した昇降台の上で作業している、進んだ植木屋さんもいます。
ところが、母を訪ねたとき、東京郊外で、いまだに木の三角梯子を使って、はっぴを着た植木屋さんが刈り込んでいるのを見て、びっくりしたことがありました。その植木屋さんだけなのか、あるいは東京ではそれが珍しいことではないのか、わかりませんが。


さて、我が家の梯子の置き場所も、居間の戸袋の中に決まり、出番を待っていました。


そして、いよいよ出番がきました。
ところが、高いところでの作業で使った夫が、
「だめだこりゃぁ、設計が悪いよ」
と言います。


言われて見ると、踏み板が、支柱に対して直角に収まっているのです。
これでは、いくら面を取っていても、踏み板が水平でないので、角が足に食い込みます。 しかも、踏み板は広ければ広いほど安定するのに、狭い方に足を乗せるようにできています。


踏み板の広い方を上にして、水平に取りつけてあったらよかったのですが、どうしたのでしょう?
そうすると、ほぞを横広に開けるので、支えの木が弱くなると考えたのでしょうか?それとも、ただ上るだけで、途中の踏み板の上に立って作業するとは考えずにつくったのでしょうか?

一番上の踏み板だけは広くて水平になっています。
でも、この形でこの高さの梯子や脚立は、最上段に立って作業するよりも途中に立って、身体の一部をより高い部分で支えて作業することの方が多いものです。
実際、アルミの脚立には、どれにも「最上段には絶対に立たないでください」という注意書きがついています。バランスを失ったときに支えるものがないからです。


ということで、夫は汚い外用のアルミの脚立の足を拭いて、室内に持ち込んできました。
やれやれ。
  

百戦錬磨の脚立ですから、曲がったり、コンクリートがこびりついたりしていますが、踏み板は広く、水平ですから、よっぽど使いやすいというのです。
というわけで、ちょっと登って、高いところのものを取ったりするには差し支えありませんが、立って作業するのは、樫の木の梯子は無理だとわかりました。


木でできていて、機能も十分果たす梯子はなかなか見つかりません。
まぁ、いつか高いところの本を出してみるのには、きっと役立つことでしょう。