2016年11月14日月曜日

七五三


昨日は、孫のはなちゃんの七五三でした。
はなちゃんのお母さんが七五三のときに着たという絞りと刺繍の着物、なかなかよく似合っていました。
息子たちに、お宮参りも七五三もしてやらなかった私としては、ちょっと面はゆい感じです。

最初は夕食時まで着物を着たままでいると言っていたはなちゃん、歩いて湯島天神まで行ったらこりごり、「新日本髪」に結った頭も痒くなって、帰ると早々に着替えてしまいました。


そのはなちゃんが来た時に遊ぼうと買っていたゲームを、うちにあるよりはなちゃんの家にあった方がいいだろうと持って行ったら、
「うちに、同じゲームがあるよ」
「えぇぇ?」


私が数年前に買ってやったのに、手元にないものですっかり忘れて、もう一度買ったものでした。
というわけで、そのゲームは、しおしおと持って帰って来ました。


そのはなちゃんからもらったもの、フリーマーケットで見つけた金魚のじょうろです。


はなちゃんのつくった傘ももらいました。


正七角形の傘でした。
金魚と傘をもらって、おばあちゃんとしては、いい年をして大喜びでした。






2016年11月13日日曜日

男の子のエプロン姿


土人形です。たぶん、射的の的だったのでしょう。
洋服を着て靴を履き、男の子ですがエプロンをつけています。
戦前は、男の子がエプロンをつけるのは一般的なことだったようです。


ちなみに、1936年に連載が始まった、横山隆一の漫画『フクちゃん』の中では、フクちゃんもコンちゃんの弟のキヨちゃんもエプロンをつけています。
そうたびたび洗濯できない着物を着た、動きの激しい男の子には、エプロンでもつけさせてないと、お母さんたちが困ったのでしょう。


漫画では着物が短くてよくわかりませんが、フクちゃん人形を見ると、もっとよくわかります。

と、ここまで書いて、父がエプロンをつけた写真があったのを思い出しました。
母が身辺整理をしたとき、処分するものの中に入っていたのを取っておいたはずです。


ありました。
すっかり色褪せて、ほとんど消えかかっていますが、左が父、右は従弟のみちろうおじさん、祖母の姉の一人息子でしたが、若くして戦死しました。
父は着物の上にエプロンをつけていますが、みちろうさんは、割烹着風の服を着ているようにも見えます。たぶん、大正10年(1921年)ごろの写真でしょう。


ついでに見つかったのが、母の妹のエプロン姿。
右端が母、そして妹と弟たちです。


今どき、見かけることはありませんが、男の子も女の子もエプロン姿は、なかなかかわいいものです。






2016年11月12日土曜日

田んぼ

今年も盛大にひこばえが伸びて、この季節でも緑の田んぼが多い中、暗渠(あんきょ)をつくっている田んぼがありました。


八郷では、35年ほど前に大規模な農地改良をして、給水パイプをはりめぐらし、蛇口を各田んぼにつけました。そのおり、小さな田んぼを統合して大きくして、再分配しました。
幹線道路のあたりでは、水道水を田んぼに供給していますが、我が家のあたりは谷あいなので、川の途中に堰をつくって水をため、その脇にポンプ小屋を建てて、堰にたまった水を田んぼに供給するシステムになっています。

もともと、谷あいに広がる谷津田は、どちらかというと、水はけが悪いものです。
水はけの悪い田んぼの一番の問題は、今は何事も機械なので、収穫時に刈り取り機械を入れにくく、ときには刈りどきが来ても刈れず、そのうち稲が倒れてお米が水に浸かり、だめになったりすることです。


そこで暗渠をつくることになります。
竹を入れて水はけをよくしようとするところは、伝統的な暗渠のつくり方と言えますが、もちろん手で掘ったりしないで重機を使っています。

化学肥料を使えば土が締まります。農薬を使えば生物がいなくなって土に団粒構造がなくなり、堅くなります。田植え機や刈り取り機などの重い機械を入れれば柔らかい土がつぶれます。
その全部をやっているわけですから、せっかく暗渠をつくっても、その効果は長続きしません。


かつては、山の落ち葉をさらって、田んぼに入れるのが農閑期の仕事でしたが、今ではそんなことをする人はいません。
ただ、わずかにコンバインが刻んだ稲わらが有機物として、田んぼに残るだけですが、これでは足りないのでしょう。



 






2016年11月11日金曜日

藤戸竹喜

北海道ののらさんから届いた『のらつうしん』の中に、「アイヌ文化伝承創造館、オンネチセ・ホール」で、「アイヌアート展」を見たという記事が載っていました。
そして、パンフレットから転写した、藤戸竹喜の木彫り作品の小さな写真が四葉載っていました。
マッチ箱ほどの大きさの写真ですが、すごい、並々ならぬ迫力が伝わってきました。


少し前に、Y.Fさんが、「AINU ART-風のかたりべ」展のカタログ、『AINU ART-風のかたりべ』(北海道立近代美術館、2013年)を貸してくれました。
Y.Fさんは、三年前に故郷の北海道で、「AINU ART-風のかたりべ」展を見たそうです。
そのカタログには、19世紀から20世紀にかけての、すばらしいアイヌ工藝の数々に加えて、現代作家の作品も載っていて、その中に藤戸竹喜の作品もあります。 

狼、2005
 
それを見るまで、私は藤戸竹喜の名前を知りませんでた。


藤戸竹喜は、1934年に北海道の旭川市で生まれ、11歳のとき、父にならって初めて熊を彫りました。そして、その次の年から本格的に木彫りに取り組みました。

その作品は、写実的なのに写実を超えた躍動感に満ち溢れたもの、もう魔法の心と手を持っているとしか、言いようがありません。

鹿を襲う狼、1978

経歴を見ると、1971年、レーニン生誕100年の年にレーニン像を制作してレーニン博物館に収蔵され、 ソビエト連邦に招待されたり、

鹿を襲う熊、1978

1983年、「怒り熊」を制作、世界自然保護基金(WWF)会長のエジンバラ公に献上したり、

マタギシリーズ3、1980

1999年、アメリカのスミソニアン博物館で開催された、「AINU Spirit of Northern People展」に出品したりと、国際的にも大活躍されています。

マタギシリーズ4、1980

「のらつうしん」から
 
今回、のらさんの見たのは、人物像で、「鬼気迫る迫力だった」と記されていました。
 
四季(秋)、2004

いつか、本物を見てみたいものです。

川の恵み、2001




2016年11月10日木曜日

テラコッタの六地蔵


テラコッタの六地蔵です。

 
粘土で原型をつくり、石膏で型どりして、それに粘土を詰めて型抜きして、


お地蔵さまがレリーフになった茅葺小屋の粘土板と、お地蔵さまがいない粘土板を貼り合わせて焼いたものです。
骨董市で、まことさんの店先で、江戸時代の升に入れて飾ってありました。
「かわいいいでしょう?古いものだよ」
「ふうん」


お地蔵さまですが、なんとなくイコンを思い起こさせます。


「あれっ?」
左のお地蔵さまの鼻のあたりに、観音さまのお顔が見えてしまうのは、私だけでしょうか。












2016年11月9日水曜日

中国おもちゃの本


昨日、中国の竹細工の蛇はどんなだったかを調べようとして、これまでに、中国のおもちゃの本をまとめてUPしたことがなかったことに気づきました。
というわけで、UPしてみます。私の持っている、中国のおもちゃの本です。

中国は、日本、ロシア、インド、メキシコなどと並んで、おもちゃが数多く伝承されている、おもちゃの宝庫の一つです。


『中国郷土玩具』(中国人民美術出版社+美之美、中国カラー文庫、1981年)に載っている郷土玩具たちは、すべて、李寸松さんのコレクションです。
1981年だったか82年だったか、香港の店で、お土産ものとは明らかに違う中国の土人形に出逢いました。
「何だろう?どこでつくられたものだろう?」
そんな疑問に答えてくれるこの本を、何度も見返したものでした。

幌つき馬車、1949年前後

子どものおもちゃとして、芸術品(宮廷)に比べると郷土玩具(民間)が、低く見られているのは、どこも同じですが、それに加えて、中国の郷土玩具には悲しい歴史があります。
収集家もいましたが、文化大革命時期に見つけられ、ほとんどが打ち壊されてしまったのです。

阿福、無錫

その文化大革命から、コレクションを守った李寸松さんが、中国の子どもたちと郷土玩具のかかわりを、歳時記に乗せて記している文には、おもちゃへの思いが溢れています。

李寸松さんの文は、
「子どもの頃は、正月(春節)が一番楽しかったものです」
からはじまります。
春節になると、 おもちゃの出店がどこにでも出ていて、泥人形、布や革の虎の縫包み、木彫りの馬、焼きものの犬、粘土細工の猫、京劇の隈取のお面など、色も鮮やかに何でもそろっていました。
また、売る方はただ売るだけでなく、おもちゃを小さいのを前に大きいのを後ろに立たせ、輪投げの輪を用意して、それがはまった人形をくれたり、いろいろな趣向を凝らして、子どもたちをひきつけていました。
春節が過ぎると、すぐに灯節、そして端午の節句や中秋佳節などと、それに関連するおもちゃについても、興味深いお話が語られています。

母子、陝西

ここには泥人形ばかり転載しましたが、『中国郷土玩具』には、木彫り、縫包み、張り子などのほかにも、漢代、唐代、宋代、明代などの古い陶磁器の人形たちも載っていて、中国の伝統的なおもちゃを知るには、最高の本です。

 
『中国のかわいいおもちゃ』(島尾伸三、潮田登久子著、平凡社、1997)には、中国好きのご夫婦が、中国に出かけるたびに買い集めたおもちゃが並んでいます。
 

郷土玩具から工場生産のおもちゃまであり、それらに出逢ったときの、著者のわくわく感がエッセイと写真を通して伝わってきます。
雑誌で読んだのですが、娘さんのしまおまほさんによると、島尾家は、家じゅう中国の雑貨やおもちゃであふれかえっているそうです。


中国の街角の写真もいろいろあり、興味をそそられます。
これは、ままごと遊びをしている女の子たち、通りがかりの小さな女の子が、うらやましそうに見ています。


『中国の民間玩具』(田原(TAIN YUAN)画集、中国外文出版社、1981年)は、郷土玩具の画集です。


郷土玩具に花をあしらった絵は、どれもかわいらしいものです。
 

この馬車の人形のように、中国には、泥と針金を組み合わせた人形が、数多くあります。


『中国民間玩具に魅せられて』(斉藤真木子著、文芸社、2006年)は、著者の一万点を超えるコレクションの一部を紹介したものです。

山東省臨沂市の土人形

著者の斉藤さんは二十代から郷土玩具に関心を持っていましたが、1987年、お連れ合いが中国浙江省の大学に赴任することになって一緒に中国に渡り、以後中国のおもちゃを、集め続けていらっしゃいます。

浙江省の竹細工のミニチュア

泥人形、ミニチュア、動くおもちゃ、凧などなど収集は多岐にわたっています。
こけし、マトリョーシカなど、外国のおもちゃを真似たものもありますが、おおむね、日本のお土産物より丁寧につくり込まれていて、見事な出来栄えです。
   
山東省の貝の中の娃娃

また、中国は広いので、地域による違いがあるのも、面白いところでしょうか。

陝西省鳳翔の泥虎

端午の節句の虎のおもちゃにも、

山東省の皮老虎

地方色があります。

浙江省、泥人形のさんざし売り