いつも朝は大忙しです。
犬のうなぎは、認知症が進んだのかあまり昼夜の感覚はないようですが、早朝に騒ぎ出したらおしっこをさせ、おむつをつけ、水を飲ませ、自力では身体が動いてしまうので食べることのできないので、身体を前に進まないように抑えて食べさせ、またしばらくしたらウンチをさせたりと、いっときは手が離せません。
その間、尻尾を怪我しているトラには、化膿止めと缶入りの餌とを練り合わせたものをつくって、ドライフードの上にそれを置き、一時的にエリザベスカラーを外して食べさせます。
薬入りとはいえ、朝夕の食事時が待ち遠しくて、よく食べるので助かります。 食べ終わったら、間髪を入れず、また、エリザベスカラーをつけて、えりまき猫姿に戻ります。
ところが今朝はうなぎの世話はなし、トラに餌をやるだけで、のんびりしたものでした。
というのも、昨夜、うなぎが発作を起こしてしまって、その余波で、今朝はまだ寝ているからです。
敷いてあったものや縁にかけてあったものは掘り返されぐちゃぐちゃになっていますが、毛布の下で寝ています。
昨夜、うなぎの寝床(以前は三匹寝ていたので、文字通りちょっと長い)に入れて寝かそうとしたら発作を起こしそうになったので、慌ててサークルの中へ入れたのですが、次第にわけがわからなくなりました。うめきながら壁に頭を押しつけ、床を掘り、喘ぎ、吠え、夜の10時からそんな状態が5時間ほど続きました。
こんなときは、束縛されるのを嫌うので、抱いてやることもできません。
二日ぶりの発作でした。
発作の前には平穏な時間が続いたので、ひょっとしたらしばらく発作を起こさないかもしれないと淡い期待を抱いたのですが、そうは問屋が卸しませんでした。
最初に発作を起こしたのは九月、それから三週間ぐらい経って二度目の発作を起こしたのですが、その間隔は縮まるばかり、先週は三日連続で発作を起こしました。
発作を起こさない時はいたって正常で、ご飯もよく食べ、水もよく飲んでいます。ただ、意思とは関係なしにぐるぐる回ってしまう、「旋回運動」をせずにしないで、じっとしていられることは、ほとんどありません。
「旋回運動」は、平衡感覚を失ってしまう、犬によくある病気で、原因が耳にある場合と、脳にある場合があります。犬も、人間同様、老齢になると脳が委縮してしまうのです。
「旋回運動」は目まぐるしいもので、見ているだけで目が回りそうになります。
回らせすぎるとよくないとも言われているので、狭い寝床に入れて、出られないようにバリケードをつくって、回らせないようにすると、観念して寝ることもあれば、嫌がって出せと騒いだり、いつまでも敷いてあるものを掘り返し続けたりします。
その、自由に動けないストレスが、やがて発作へと続くこともあるので、寝床に入れるか、サークルに入れるか、それとも室内を自由に歩かせるかの判断が難しいのです。
自由にさせておくと、楽しく歩けることもあれば、わざわざ狭いところを見つけて首を突っ込み、出られなくなって騒ぐこともあります。
今朝は、うなぎはいつまで寝ているつもりでしょう?
おむつをつけているので起こしておしっこをさせる必要はありませんが、先回の、8時間の長い発作のあとは、12時間も寝ていたので、今日も、日中は一日寝ているつもりかも知れません。
さて、何度か室内で排せつして、すごい臭いをさせたトラですが、基本的には自分も嫌なのか、このごろは室内で排せつをせず、うなぎを外に連れ出すとき一緒に出てきてくれるので助かっています。
トラは、尻尾を噛まれてから、夜に外へ出るのが怖くなったのか、裏の出入り口のタイルに排せつし、猫砂を置いてやってからも、箱の中だけでなく、タイルの上にもおしっこをしました。
夫は、タイルだし、洗い流せばいいのだからさせてやればいいと言いますが、猫のおしっこは臭くて我慢できません。
そこでタイルを隠すように、廃材で台をつくり、そこにトイレ箱を埋めましたが、エリザベスカラーをつけているせいかどうか、これをつくってからは、一度も室内では排せつしていません。
外で、トラがトイレとして使っているところを数か所知っていますが、一度も臭ったことはありません。自然はすごいなぁと思います。
エリザベスカラーが取れるまで、まだ一週間もあります。
2017年11月5日日曜日
豪華な夕焼け
「あの日の夕焼けは豪華だったねぇ」
というのが、ちょっとした、みんなの合言葉、11月1日の夕陽でした。
山の稜線の上に、もう一本線ができて、その上に横縞が並んでいました。
私たちも、
「こんな雲見たことがない!」
と興奮してシャッターを押しました。
2017年11月4日土曜日
もう一つの収納棚
奥行きのある方の収納棚、下には重いものばかり集めて、キャスター付きの板に乗せて仕舞いましたが、その上にもう一段、仕切りのない棚をつくって、刈り込み機やチェーンソーなど、庭仕事の道具をまとめることにしました。
下の段に入れるものから、最初の棚の高さが決まったのですが、今度も、一番大きいチェーンソーの高さで決めました。
棚板は、十年以上も前に、材木屋さんから、
「もう輸入の予定がない床材が残っているから、使ってください」
といただいた、スウェーデンの床材を使っています。
母屋では、台所の床や棚、脱衣所の床などに使いましたが、まだ、残っています。パインの合板ですが、長い間保管している間に湿気たりしていて、「相じゃくり」加工したところが傷んで、叩いても叩いても入りにくくなっているので、けっこう力を使いました。とくに、最後に近い方、思いっきり叩くわけにいきません。
それでも、張り終えました。
奥行きがあるので、上はどうしようか、なかなか妙案がありません。
扉をつけて、何でもごちゃごちゃに突っ込むという手もあります。でも、仕舞い切れないでいつまでも残っているのは、不定形のものや、ペンキの溶剤の缶のように重いものばかりです。
重くて頻繁に使わないものを、使い勝手の良いところに置くのはもったいない使い方ですが、高いところにあげるのは不可能だし、片づけながら考える以外ありません。
2017年11月3日金曜日
2017年11月2日木曜日
さっさと片づけてしまいたいなぁ
棚をつくるため、市販されている24ミリ厚の破風板を一枚半、せっせとはぎ合せました。
35センチ幅の板ができました。
設置場所では組めないので、あらかじめ外で組んでおいてから嵌めました。
一番上の横板だけは幅の2ミリ引きくらい、あててみたら悠々入る寸法だったのですが、組むと入りにくくなります。
左右、別々に組んだ棚は、最上部でくっついているだけで、下の方は幅を固定せずに、嵌めやすくしています。
と言っても、やっぱり天板の寸法がぎりぎりでした。
棚の左右を交互に、掛矢で叩き入れなくてはなりませんでした。
二つに分けた棚をつなぐ、細いところには、前にもつくったように、幅の短い板を渡して、引き出しをつくります。
まだ夫の作業台の上に積んである、コーチスクリュー、各種釘、各種のボルトやナットなどなど、細々したものを入れなくてはなりません。
そして、勝手のいい一番下の段には、四つの引き出しタンスをつくって入れることにしました。
つくりつけにしないと、木が二重になるのでもったいないのですが、かといって、棚に直接引き出しを入れるようにするには、くぎをどう打つかといった問題が残ります。
こうして、小引き出しを、棚に置いた形にすれば、模様替えもそう難しくありません。
とりあえず、引き出し用の枠をつくって、あとから引き出しをつくります。
2017年11月1日水曜日
トラ受難
トラが、二週間ほど前に近所の猫にしっぽを噛まれて傷になっていたのですが、たいしたことはなさそうだからと、そのままにしていました。
神戸から帰ってみると、毛をなめとってしまったむき出しの肌は、ピンクから嫌な色になっていました。
K医院に連れて行くと、
「このあたり、肉が少なくてすぐ骨で、骨の間にばい菌がたまったりしやすい。なかなか治りにくいんだよね」
と言われて、手術してもらうことになってしまいました。
噛まれてすぐに連れて行っていれば、薬だけで済んだのに、可愛そうなことをしました。
さて、預けたトラを夕方迎えに行くと、
「二か所噛まれていたよ」
一度に噛まれたのか、再度噛まれたのか、裏側の傷の方が深かったのです。
連れて帰ってはきたのですが、傷口から膿を出すために、管を差し入れたままでした。
エリザベスカラーも、鋭角になっていて、自力ではなかなか、食事もとれませんし、水も飲めません。
尻尾は大切にしまい込み、
前足には緊張が走っています。
こんなでは、犬猫出入り口から外に出ていくこともできないので、おしっこは外に連れ出します。
「いやはや、参ったなぁ」
次の日、管を抜いていただきましたが、まだ膿が出ています。
それでも、エリザベスカラーは少し広げてもらったので、自力でご飯が食べられるようになりました。
一週間後の抜糸まで、不自由な姿は続きます。
神戸から帰ってみると、毛をなめとってしまったむき出しの肌は、ピンクから嫌な色になっていました。
K医院に連れて行くと、
「このあたり、肉が少なくてすぐ骨で、骨の間にばい菌がたまったりしやすい。なかなか治りにくいんだよね」
と言われて、手術してもらうことになってしまいました。
噛まれてすぐに連れて行っていれば、薬だけで済んだのに、可愛そうなことをしました。
さて、預けたトラを夕方迎えに行くと、
「二か所噛まれていたよ」
一度に噛まれたのか、再度噛まれたのか、裏側の傷の方が深かったのです。
連れて帰ってはきたのですが、傷口から膿を出すために、管を差し入れたままでした。
エリザベスカラーも、鋭角になっていて、自力ではなかなか、食事もとれませんし、水も飲めません。
尻尾は大切にしまい込み、
前足には緊張が走っています。
こんなでは、犬猫出入り口から外に出ていくこともできないので、おしっこは外に連れ出します。
「いやはや、参ったなぁ」
次の日、管を抜いていただきましたが、まだ膿が出ています。
それでも、エリザベスカラーは少し広げてもらったので、自力でご飯が食べられるようになりました。
一週間後の抜糸まで、不自由な姿は続きます。
2017年10月31日火曜日
岐阜
神戸に一泊して、次の日の午前中、夫が大学で講義をした後、岐阜の友人Kさんを訪ねました。
Kさんの家は、長良川のほとり、かつては材木と和紙の集積場として問屋が並んでいた、河原町の一角にあるので、やはりその一角にある十八楼という宿に泊まりました。
十八楼は、今は一部高層ビルになっていますが、150年の歴史を持つ古い宿です。
これが、昔の姿です。
十八楼内の温泉の露天風呂からは、長良川の流れがよく見えて、なかなか趣がありました。
日本各地にある昔の町並みが、面影をとどめたり、リノベイションされたりはしているものの、実際は「大道具」として舞台をつくっているだけで、土産物店以外には実体がなくて、「死に体」になっているのに比べると、河原町通りは、県庁所在地の中心にあるという土地の利か、生きていました。
ここで店を開いていた問屋さんたちは、鉄道ができてからは駅周辺に、高速道路ができてからはインターチェンジ周辺に仕事場を移したものの、河原町の家を住宅として、今も使っています。
また、見事な木を集めた素敵な銘木店が、今も健在でした。
十八楼にあった古地図、です。
真ん中あたりに十八楼があり、その奥に河原町が、長良川の支流(運河?)に沿って並んでいます。
そして、これが、昔倉庫として使っていた建物を一部活かして建てた、Kさん家族の家です。
幅は狭いのですが、奥行きは二十数メートルあり、中はとても広々していて、M夫人は、ここで漆教室を開いていらっしゃいます。
さて、次の日の朝、急遽、ぎふメディアコスモスにある図書館に、Yさんを訪ねることになりました。
ぎふメディアコスモス前には、開館前から待っている人もいて、二階にある図書館は壁のない空間。
室内で乳母車を押している人も多く、老若男女、思い思いに楽しんでいる姿が印象的でした。
司書が選んだ本を置いてあるだけでなく、市民が選んだ本を並べたコーナー、DVDが楽しめるコーナー、みんなでつくった分野別の「まちのたからものマップ」を張り出している、などなど、いろいろな試みがなされていました。
昨今、子どもの声がうるさいと保育園建設に反対したりする風潮のある中、「子どもの声は未来の声」として、子どもの声の聞こえる図書館にしているのも、素敵な試みでした。
ちなみに、この建物の設計者は伊藤豊雄さん、魅力的な空間を生み出していますが、建物の前の広場では、いましも高層の市庁舎建設の基礎工事が始まっていました。
目の前に高層建築を建てれば、このぎふメディアコスモスの雰囲気は、ずいぶん変わってしまうことでしょう。
Kさんの家は、長良川のほとり、かつては材木と和紙の集積場として問屋が並んでいた、河原町の一角にあるので、やはりその一角にある十八楼という宿に泊まりました。

十八楼は、今は一部高層ビルになっていますが、150年の歴史を持つ古い宿です。

これが、昔の姿です。
十八楼内の温泉の露天風呂からは、長良川の流れがよく見えて、なかなか趣がありました。
日本各地にある昔の町並みが、面影をとどめたり、リノベイションされたりはしているものの、実際は「大道具」として舞台をつくっているだけで、土産物店以外には実体がなくて、「死に体」になっているのに比べると、河原町通りは、県庁所在地の中心にあるという土地の利か、生きていました。
ここで店を開いていた問屋さんたちは、鉄道ができてからは駅周辺に、高速道路ができてからはインターチェンジ周辺に仕事場を移したものの、河原町の家を住宅として、今も使っています。
また、見事な木を集めた素敵な銘木店が、今も健在でした。
十八楼にあった古地図、です。
真ん中あたりに十八楼があり、その奥に河原町が、長良川の支流(運河?)に沿って並んでいます。
そして、これが、昔倉庫として使っていた建物を一部活かして建てた、Kさん家族の家です。
幅は狭いのですが、奥行きは二十数メートルあり、中はとても広々していて、M夫人は、ここで漆教室を開いていらっしゃいます。
さて、次の日の朝、急遽、ぎふメディアコスモスにある図書館に、Yさんを訪ねることになりました。
ぎふメディアコスモス前には、開館前から待っている人もいて、二階にある図書館は壁のない空間。
室内で乳母車を押している人も多く、老若男女、思い思いに楽しんでいる姿が印象的でした。
司書が選んだ本を置いてあるだけでなく、市民が選んだ本を並べたコーナー、DVDが楽しめるコーナー、みんなでつくった分野別の「まちのたからものマップ」を張り出している、などなど、いろいろな試みがなされていました。
昨今、子どもの声がうるさいと保育園建設に反対したりする風潮のある中、「子どもの声は未来の声」として、子どもの声の聞こえる図書館にしているのも、素敵な試みでした。
ちなみに、この建物の設計者は伊藤豊雄さん、魅力的な空間を生み出していますが、建物の前の広場では、いましも高層の市庁舎建設の基礎工事が始まっていました。
目の前に高層建築を建てれば、このぎふメディアコスモスの雰囲気は、ずいぶん変わってしまうことでしょう。
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