骨董市で水屋さんの店先に小さな缶が三つ並んでいました。
最初、「ライオン」が目に入ったので、歯磨き粉かと思いましたが、近づくと、フ井ルムと書いてありました。
振ると音がして、開けてみると、どの缶にも35ミリのフィルムが入っていました。
「あらっ、フィルムが入っている」
「そう?缶が可愛いから買ったけど、まだ開けてみてなかったんだよ」
と、のんきな水屋さん。
「三つまとめて買ったから、三つまとめて1500円かな」
帰ってから調べてみると、玩具映画(おもちゃえいが)のフィルムだとわかりました。
大阪芸術大学の『玩具映画とフィルム・アーカイブについて』(太田米男、松本夏樹)によると、「玩具映画」は手回しの映写機で観る家庭用のフィルムで、大正の中ごろから、昭和40年ごろまで、家族団欒の中で楽しまれたそうです。大正期には、まだ上流家庭だけの高級な娯楽でしたが、昭和期に入ると一般家庭にも普及し、身近な楽しみとなったらしいのですが、ちっとも知りませんでした。
家で、おもちゃとはいえ、映画を楽しんでいた家庭があったなんて、初耳でした。
京都の壬生馬場町には、「
おもちゃ映画ミュージアム」があり、玩具映画の映写機やフィルムをたくさん展示しています。
手回しの玩具映写機は、国産のもの、輸入物いろいろあるようで、この缶と同じキングの映写機もライオンの映写機もあります。玩具映写機ができた当初は、最初と最後をつないで「わ」にしたフィルムを繰り返し見る、数秒の短いものでしたが、やがて改良され、長めのものが見られるようになりました。
フィルムには、劇場で上映された無声映画の断片を切り取ったものが多くありましたが、玩具映写機用に、独自に製作されたアニメーションなどもありました。
キング缶が二つとライオン缶が一つですが、うち一つのキング缶の胴に貼ってあるラベルには、「海底の實寫、海底の驚異(原名サマランダ)」書かれていて、ライオン缶のラベルには、「オリンピック大會 第二報」と書かれています。
もう一つキング缶のラベルは、はがれてしまっていますが、フィルムを伸ばしてみると、「茶目とワン公」という、アニメのフィルムでした。
「海底の驚異」のフィルムはこんな感じです。
当時、海底の実写はどうやったのでしょうか?
玩具映画は、一世を風靡した(らしい)のですが、家庭用16ミリフィルムとテレビの出現で廃れてしまいました。
しかし、無声映画を切り取って玩具映画フィルムとして売られたものの中には、尾上松之助、坂東妻三郎、大河内伝次郎、嵐勘十郎、市川右太衛門、片岡千恵蔵、林長二郎など、当代人気俳優の殺陣なども含まれていて、長いフィルムそのものはすでに失われているので、いまでは貴重な資料となっているそうです。
キング、ライオン、どちらの缶の底(裏)にも、こんな注意書きが書かれていました。
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| クワツドウシヤシン、『子供園』小学館、1932年10月号 |
玩具映画は、私のまったく知らない世界でした。