2019年10月27日日曜日

イノシシな一日


昨日は、「集落でどんなイノシシ対策ができるか」という集まりに参加しました。朝の10時から、夕方5時までという、長い長い集会でした。
まず、イノシシの生態についての講義を受けました。
イノシシは山に住んでいるのではなく、平地、それも耕作放棄地に住んでいます。40センチより高い草が茂ると、そこに刈り取った草で屋根をつくり、雨にも濡れないようにして子育てします。また、身体に泥をこすりつけているのが大好きなので、ぬた場となる田んぼの近くに住むのは好都合なのです。
そんなところが、我が集落にはいっぱいあります。
イノシシは、単純計算して、今10頭が近くにいれば、10年後には100倍の1000頭になっているという試算も知りました。


講義を受けた後は、約一時間集会場周辺の道を歩いて、イノシシの出た痕跡をさがします。


さがすまでもなく、落ちた栗を食べた跡、獣道、足跡、掘り返したところなど、いたるところにイノシシの痕跡が残っています。側溝はあちこちでイノシシが掘り返した土が詰まったため、前日に降った雨が道路上に溢れていました。

また、イノシシを里にひきつけるような、管理していない柿の木、栗の木、ドングリの木などがないかと見たのですが、これらは無数にあり、実り、かつ落ちています。


私たちがここに来た頃はなかった田んぼの電気柵は、年々増えていますが、その電気柵の使い方にも問題があるようでした。
夜だけ通電して昼間は止めるとか、お米を収穫したあと電気を止めた電気柵をそのままにしておくという使用法は間違っているようでした。いったん電気柵を設置したら365日、24時間通電しておかないと、イノシシは「電気柵なんて怖くない」とすぐ学習してしまうのだそうです。
他にも、電圧が下がったら電池を替えること、漏電を防ぐためこまめに草を刈ることなどなど、できてないことがたくさんありました。
 

おいしいお弁当が出た後は、2班に分かれて、田んぼや畑などの耕作地、森林、管理が行き届いていない藪や竹藪、耕作放棄地、防護柵などを地図上に落とします。


そして、イノシシの痕跡、被害場所などを書き込み、次に考えつく対策については、カードに書き込みました。


そして、今後何ができるか、出た意見をすり合わせました。
みんなで出した結論は、田んぼの周りに防護柵を巡らせることと、希望すれば貰える箱檻(箱わな)を市からもらって(市の職員も参加していた)、イノシシを捕獲するということになりました。
捕獲檻を置けばイノシシは簡単につかまるというものではありません。
防護柵も捕獲檻も、設置後のたゆまぬ管理が必要となります。また、防護柵設置は最も効果的に設置しなくてはならないし、立てるにあたってすべての地権者の承諾も得なくてはならないし、作業も必要などなど、まだ道は遠そうでした。

さて、防護柵を田んぼの周りに立てたとしても、我が家はその外にあるので、今後もイノシシとは何とか折り合いをつけて暮らしていく以外ありません。見通しの悪いところを見通しよくすると言っても、四方八方から来るので、限界があります。
イノシシが来るのに神経をとがらせるより、猿や熊が出ないことに感謝して暮らす方がよさそうです。

集会から帰る途中、
「シシ鍋を食べに行ってみようか?」
と夫がいいます。夫はずいぶん前から気にしていたのです。
丸一日イノシシの話をしていたのでそれもよかろうと、家に向かっていた車をUターンさせ、八郷に一軒あるシシ鍋屋さんに行きました。


放射能検査など、面倒な手順を踏んでやっと仕入れることができるというイノシシ肉、それでも珍しいので遠くからのお客さんも多いようです。


これで二人前。


ぐつぐつ煮えてきて、美味しくいただきましたが、野菜はたっぷり過ぎて食べ切れませんでした。

この店は「ほうろく屋」と言います。なぜほうろく屋というのか知りませんでしたが、店主のおじいさんの代まで、「太田焼(太田は地名)」という焼きもの屋をやっていたからだったのです。


というわけで、店主のおじいさんやもっと前の人がこしらえたという火鉢、甕など見せていただきました。


火鉢や甕は重いものですから、かつてはあちこちの村に窯場があったのでしょう。八郷は平安時代から瓦を焼いていたのでいい土が出ていたのは知っていましたが、焼きもの屋さんがあったことは、まったく知りませんでした。


こうして、長いイノシシな日が終わりました。





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