2019年10月4日金曜日

『赤毛のアン』


『赤毛のアン』カラー完訳愛蔵版(モンゴメリ著、西田佳子訳、フェルナンデス・ジェイコブソン絵、西村書店、2006年)は気に入っています。
これでもの足りないことは、『赤毛のアン』シリーズのうちの最初の1冊しかないことです。『赤毛のアン』は第1巻が代表的だとは思いますが、人生は続くもの、全部を読む面白さはまた別のものです。



さて、2019年7月から2か月ごとに、文春文庫から『赤毛のアン』シリーズすべての全文訳(松本侑子訳)が順次出版されています。表題は。村岡花子訳の表題を踏襲するものもあれば、原題に沿うものもあるようです。9冊か10冊になるのでしょう。
いろいろと宣伝文句は大袈裟だし、1巻の帯にアニメの画像を使っているのもいかがなものかと思うものの、シリーズ全部を新たに訳したとのこと、全部が出版がされるのが、待ち遠しい気分でいっぱいです。

戦後すぐ、村岡花子さんが『赤毛のアン』を訳したころは、一つ一つの言葉の背景にある文化をすべて知るには制約があったことでしょう。しかし現代、村岡訳の『赤毛のアン』で育った松本侑子さんは、カナダやアメリカの図書館をめぐって、作者モンゴメリの日記を読み、モンゴメリについて書かれたものを読み、モンゴメリの歩いた跡をたどり、引用されたシェイクスピアの戯曲や聖書に書かれた地にまで足を延ばして、言葉の背景をじっくりと検証しています。また、ネット検索のできる時代を迎えてからは、研究をさらに進め、巻末に膨大な解説(注釈)を書いています。
例えば第一巻なら、本文に加えて88ページの解説と、19ページの訳者あとがき、それに参考文献が添えられて、602ページの分厚い本になっています。

リンド夫人が棒針で編むリンゴの葉模様のキルト

物語を彩る風景や家といった場、そしてこと細かに語られている「もの」たちについて、読者は想像するだけでは限界がありましたが、松本訳はどの巻にも数枚の写真を添えて、理解を助けています。
例えば、リンド夫人がいつでも手を動かして編んでいる白い木綿糸のリンゴの葉模様のキルトとは、上の写真のようなものです。


第2巻の『アンの青春』で、ディヴィが割ってしまった青柳模様の大皿の写真も添えてあります。

ウェッジウッド社のもの。チャーチル社、WARRANTED社、バーレイ社などでもつくられた

ブルー・ウイローのお皿とは、当時イギリスで盛んにつくられた、中国の皿を模したお皿だったことがわかります。
ローラ・インガルスのシリーズでも、ブルー・ウイローはローラの一番大切なお皿として書かれています。

『ターシャ・テューダーの世界』より

余談ですが、これはブルー・ウイローのもととなった、中国製のお皿、ヨーロッパに輸出されて熱狂的に受け入れられたものです。手描きの中国製のブルー・ウイローは、ターシャ・テューダーだから持っていますが、赤毛のアンの時代でも、農民には高価すぎて買えなかったものでしょう。

さて、西田訳は「完訳」を謳っていましたが、松本訳は「全文訳」を謳っています。では、村岡訳はどうなのだと、3冊を比べてみました。
物語のどこをとっても長文になってしまい、書くのも翻訳するのもの並大抵ではないと思い知らされますが、マリラがなぜ孤児院から孤児を貰おうとしているかを、リンド夫人に説明しているところの、その会話の中の一部分だけを比べてみます。

1、1954年発行の村岡花子訳から
「前文略ーそれにあんたも知ってのとおり、人を雇うのは、おっそろしくめんどうになってきているしね。あの、まぬけの半人前のフランス人の小僧どもぐらいじゃないの、雇おうと思えば。それだってわたしらのやり方をならわせて、何か教えこめばすぐ、えびの缶詰工場や合衆国に行っちまうしね。最初マシュウはくろんぼの子はどうかって言いだしたんだけれど、それにはわたしはきっぱり、『いやだ』と言ったんですよ。何もそれがわるいというんじゃない。けれどロンドン育ちのくろんぼはわたしゃごめんだ。せめて、この土地生まれのにしてください、どんな人間を雇おうと心配はついてまわるけれど、カナダ生まれの者なら気心が知れているから、ずっと安心で夜もぐっすり眠れるからと言ったんですよ。-後文略」

2、2006年発行の西田佳子訳から
 「それにあなたも知っていると思うけど、このごろは人を雇っても苦労ばっかり。まだお尻の青いフランス系の子しかいないんだものね。それでもなんとか仕事を教えこんだと思ったら、ロブスター缶詰工場やアメリカに移って行ってってしまう。
 はじめのうち兄さんは、イギリスのバーナード孤児院の子をもらわないかといっていたの。けどわたしはきっぱり『ノー』と答えたわ。『バーナード孤児院にもいい子はいるかもしれないけれど、ロンドンの街角をふらついてたような子は、わたしはいやなんです。この国の子にしてください。どこからどんな子を引き取ってもリスクはつきものだけれど、カナダ生まれのカナダ人だと思えば安心していられるし、夜もぐっすり眠そうな気がするんです』とね」

3、2019年発行の松本侑子訳から
「と言って、手伝いを雇うのも難しいからね。あののろまで半人前のフランス人(17)の男の子くらいしか、人手はないし、それに人を雇って仕込んでも、一人前になるが早いか、ロブスターの缶詰工場(18)かアメリカへいってしまいますからね。最初マシューは、『故国イギリス』(19)の男の子はどうだろうと言ったんですよ。でも私は、『嫌ですよ』ってきっぱり言いましたよ。確かに故国(くに)の子もいいかもしれない・・・・・悪いとは言いませんよ・・・・・でも、『ロンドンの街角をふらついている浮浪児みたいなのは、ごめんですよ』と言ったんですよ。『せめてカナダ生まれの子にしてくださいよ。誰を引き取っても、何かしら問題はあるだろうけれど、カナダ生まれなら安心だし、夜も枕を高くしてぐっすり眠れるから』とね」

原文を読んでいない私には何も言えませんが、くろんぼうは村岡訳にしか出てこないし、バーナード孤児院は西田訳にしか出てきません。時代の移り変わりで、くろんぼうは忖度して削られたとして、バーナード孤児院とは何でしょう?

それはさておき、松本訳の膨大な注釈によって、いろいろな背景がわかって面白いのも確かです。
ちなみに、松本訳の番号は、巻末の注釈番号です。
(17)当時カナダではフランス人とイギリス人のあいだにたびたび戦争があり、戦争に勝利したイギリス系住民が、民族、言語、宗教の異なるフランス系住民を軽視する風潮があったこと、(18)ロブスターは今もプリンス・エドワード島の特産品であり、当時イギリス系の農民は甲殻類を食べなかったけれど、土地の所有が認められてなかったフランス系の人々の多くが漁民になり、ロブスターを食べていたこと、(19)カスバート家はスコットランド系のため故国はイギリスとなり、マシューとマリラが生まれたころのカナダはまだ英領だったことなど、事細かに解説してあります。



文春文庫の表紙の花々は、物語に出てくる花々のようです。
2巻までしか出ていないので何とも言えませんが、地の薄い緑やクリーム色は、赤毛でピンクの服が着られないアンが、好んで着た服の色を表しているのかもしれません。








8 件のコメント:

かねぽん さんのコメント...

こんにちは。
ちょっと調べてみたのですが、村岡さんが「くろんぼ」と訳したのは原文だと「Street Arab」となっています。本来は「浮浪児」という意味だったそうです。
西田さんの「バーナード孤児院」は「Barnardo boy」となっていて、アイルランド出身のDr.トーマス・バーナードがイギリスで多くの孤児院の設立に関わった事から一般的に孤児の総称として使われていたようです。
ちなみに僕は赤毛のアンは映画しか見たことありません。

さんのコメント...

かねぽんさん
ありがとう、よく調べてくれました。疑問氷解でしたね。原書を買わなくては調べられないと思っていました(笑)。ということは、松本訳が限りなくいいと言えるのかな。これから楽しみです。
私は、こんな長い物語を訳した方たちに敬意を表しているので、あら捜しをしたかったわけじゃありません。ただ、「完訳」とか「全文訳」というのはいったいどういう意味?と思ったから、ちょっと比べてみたら違ったので、へぇと思っただけでした。
もしかしたら、村岡訳以外にあらすじ的な訳本もいくつかあったのかもしれませんね。村岡訳も、聖書の言い回しなどは丁寧に解説しています。
『赤毛のアン』を映画しか見たことがないとはもったいないです。本の方が数倍いいでしょう。私の元同僚の男性に、アフリカに赴任するときも、一泊旅行にも使わないような小さなリュック一つで安全靴を履いて行くような猛者がいましたが、見かけと大違いで、『赤毛のアン』の熱烈なファンでした。
ちょっと女性に服にこだわりすぎているところがうっとうしいのですが、それを差し引いてもお勧めです。

hiyoco さんのコメント...

花岡さんの訳は江戸っ子な感じがします(笑)。

さんのコメント...

hiyocoさん
そうですね。とってもちゃきちゃきしています。文を書いた人だけでなく、訳した人の人柄も出てしまう、ちょっと恐ろしいことですね。
村岡花子さんは1893年生まれ、私の祖母と同年代です。時代を考えれば、とても進取の気性に富んだ方でもあったのでしょう。

karat さんのコメント...

おはようございます。
松本訳を読んでみたくなりました。子供の頃何回か繰り返し読んだ覚えがありますが村岡訳だったのだろうなと思います。確かにそういえば服とかに妙にこだわりが強くて、またはっきりものをいう子で、私には出来ないなという憧れもあったのかとぼんやり思い出しました。リンゴの葉模様のキルトとか、青柳模様の大皿とか、覚えてませんが絶対に子供時期に(今でも)想像もつかなかったと思います。適当に飛ばしていたのか(^^;)。この新しい訳本を読んでみたくなりました。私が好きだったのは第一巻だったので、それで満足するかもしれませんが(^^)。

さんのコメント...

karatさん
村岡さんが訳したころ、今では誰でも知っているようなキルトとかパッチワークという言葉も日本では知られてなかったので、刺し子とかつぎはぎとか、どう訳したら通じるか、きっと苦労されたことでしょう。
それにしても当時、ほとんどの人が服を塗ったり編み物をしたりすることができましたが、とくによその家を訪問するときでさえ編み物を持って行って、針を動かしながらおしゃべりしているのには、最初読んだときはびっくりでした。家はピッカピカに掃除をして、お料理からお菓子までつくって、それに加えて軽々と裁縫や編み物をしたなんて、気の遠くなるような話です。
リンゴ葉模様のキルトはいろいろなバリエーションがあって、リンド夫人は新パターンを仕入れては編んだようです。アンがまだ小さいころすでに16枚もつくっていたんじゃないかしら(笑)。白い木綿糸の棒針編みのベッドカバー(これも日本語で正確にはベッドスプレッドですね)のことを「キルト」というなんて、想像もできませんでしたが、棒針で分けて編むのか、大きいまま編むのか、そのあたりはいまだに不明です。
『赤毛のアン』は大人が読む方が面白いと思います(^^♪

hiyoco さんのコメント...

karatさんのコメントを読んで、ああ私だけじゃないんだとちょっとほっとしました。優等生の私は、石板を割ったり髪を緑色にしちゃったり(結果的にだけど)、そんな行動が理解できないというのが正直な気持ちでした。今なら自由でいいなぁと思えるかも(笑)。

さんのコメント...

hiyocoさん
小さいころ祖母に本や雑誌(娯楽)は禁じられていたので、『クマのプーさん』も『星の王子様』も、『赤毛のアン』も大人になって読みました。
アンはしゃべりすぎるし、しつこいし、次から次へと考えなしのことをするし、子どものときに読んだら、どうしてマリラたちに受け入れられたか、確かに理解できなかったかもしれないですね。
それにしても、私って時間の無駄遣いのし過ぎだと思います(笑)。