『ロシア民族学博物館アイヌ資料展ーロシアが見た島国の人々』(編集・発行 財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構、2005年)の存在を知ったのは、『織物技術民俗誌』の中にアイヌの織り機のイラストを見て、「実物はどんなだったのかしら?」と検索したときだったでしょうか。
『ロシア民族学博物館アイヌ資料展ーロシアが見た島国の人々』は、2005年に北海道開拓記念館と川崎市民ミュージアムで同名の展覧会が開催されたとき、そのカタログとしてつくられた冊子です。
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| 左下は紐ほどき、右下は織り機の腰当て |
カタログに載っている織り機の美しさ、かわいらしさをなんと形容すればいいのか、道具たちの隅々に、愛が満ち溢れています。
ロシアのサンクト・ペテルブルク市にあるロシア民族博物館には、約2600点のアイヌ資料が収蔵されています。そのほとんどは同博物館の嘱託職員であったV.N.ヴァシーリエフが、サハリン(1910=11年)や北海道平取(1912年)などで収集したもので、収集年、収集地が判明していることと、日本には遺っていないものが多くあることなどから、アイヌの貴重な資料となっています。
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| ヴァシーリエフのアイヌ資料収集地 |
ヴァシーリエフは、1877年に、ロシアのヤクーツク州で、政治流刑囚の父と、ヤクートの血を引く地元農民の母との間に生まれました。父が早逝したために母と母の一族に育てられ、幼い頃から培ったヤクートの伝統文化と言語の知識が、のちに彼を民族学や民俗学に傾倒させることになりました。
日本での収集は、日本語も英語もできないので危ぶまれましたが、ロシア大使館などのサポートがあり、北海道でも素晴らしい収集ができて、アイヌ文化の貴重な一端を遺すことができました。
この織り機も、ヴァシーリエフが訪れた時にはすでに消えようとしていたものだそうです。
ヴァシーリエフの目は、いろいろな小さいものにも注がれています。
これは背負い縄です。
上は紐編み機、下は糸巻きです。
男性の技と女性の技が共同して、美しいものを生み出しました。
左上は杓子、左中と下はどぶろく用の米やキビを混ぜる団子べら、右上は木彫りの酒入れ、右下はトドの内臓でつくった酒入れです。
男性が織り機をつくって女性が織り、男性が紐編み機をつくって女性が紐を編み、男性が杓子や酒造りの道具をつくって女性がつくる。
道具たちから、幸せだったアイヌの日常が蘇ってくるようです。






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