7月3日、箕の日に勝手に協賛です。
『明治物売図聚』(三谷一馬著、中公文庫、2007年)は、江戸風俗の資料画を描いては第一人者の画家三谷一馬さんが、街の風物詩であった明治の物売りを、当時の雑誌や様々な資料をもとに模写復元した労作で、300余点の絵に詳細な解説を加え、文明開化による急速な変化に直面しながらも逞しく生きる庶民の姿を鮮やかに描き出した興味深い本です。
道具の章では、ほとんどは東京や京都など都市の物売りの絵なので、農村を中心とした箕のみの行商の絵は、はなから期待できませんが、1枚だけ箕も含まれている絵がありました。
東京のざる売り。
江戸時代は担荷でしたが、明治になると車が使われました。車輪は鉄輪で、ゴム輪は使っていません。
原画は、明治35年に発売された『風俗画報』に掲載された山本松谷さんによるものです。箕は左端の方、売り手の頭の近くにあるものでしょうか?
以下は、この絵の解説、原画の説明文を引用しています。
笊類はその種類によって生産地が違います。
「先ず笊類は武州八王子在と新宿新町辺を上等品として、之に次ぐのが上総地方から輸入する品だ。乃で此笊のみでも目笊、味噌漉、亀の子笊、米揚笊、紙屑籠、塩笊等で、其の大小も一番二番等がある(略)。米揚笊の上等は甲州で、並品が武州蕨在、横曽根と云ふ所で製造するのだ(『太平洋』、明治37年)」
箕の物売りはこの絵のみですが、籠売りの絵も1枚ありました。
![]() |
| 原画は『風俗画報』。明治38年、佐藤一林画 |
山梨地方の籠売りだそうです。解説には、原画の説明文として、
「肥籠と称し肥料を背負ふ籠なり。往来で呼び、或いは戸毎にゆきて用不用をたづねて売る。平生依頼者を待ちて制作に従事するも、注文品なきときは暇にあかして、何個もつくりおく。あらかじめ使用時に先だち、あまた背負い出して販売するに、行先々でそれぞれの新しい注文を受く、一挙両得の行商なり。もっともこの外にこれより大なる木の葉籠あるも、道路嶮悪にして運搬に困難なるより持ち来らざる趣なり」



0 件のコメント:
コメントを投稿